初めての公式戦

 JR千葉駅の駅ビルの最上階に、ジュニアクラス全国大会千葉県予選会場が設定されている。何とも地味な場所だけど、一応ネットの配信中継はあるらしい。

 もちろん生中継などではなく、専門チャンネルでのトピックス程度だろう。

 午前中に一回戦からベストエイトまでを選出し、午後にはその先優勝までのトーナメントを一試合ずつメインステージで行うのだそうな。

 そんな状況のため、ホビーショップ天宮のワンボックスカーに同乗させてもらえるのは、願ってもないことだった。

 何しろ、朝が早い。

 後ろで熟睡していなけりゃあ、睡眠不足で戦うどころじゃない。


「本当に、大会前にそれだけ熟睡できる根性があれば、楽に決勝までは行けるよ」


 今日はショップのブルーのつなぎに、キャップというボーイッシュな姿のつばさちゃんに、朝食のコンビニおにぎりを齧りながら笑われた。

 武装変更用の追加武装データカードや、コントローラーの動作のバラツキを測る電子スケールなどの販売をメインにしつつ、俺の応援という触れ込みで同行してくれてる。

 参加手続きを済ませて、G04というゼッケンをもらう。

 一応トーナメント表を貰ったんだが、誰が強豪なのかなんて解りはしない。そういうのに詳しい、シードで関東地区大会出場のお嬢さんに見てもらおう。


「くじ運が良いねぇ。ざっと見た所、名の通った選手はいないかな? このブロックのシードも、去年がラッキーだった印象だもん」


 あっけらかんと、何の不安もないような顔で言われた。

 そうは言っても、初の公式戦だ。Gブロックの簡易対戦ブースに向かって歩いてると、だんだん緊張感が増してくる。

 シード一人を含む合計七人。中学生の男女問わず。誰もが強そうに見えてくる。

 荷物を置いて、番号順に整列して開会式。

 観戦者は一部の参加者の父兄がいるくらい。高校大会だと、学校の応援団とかいたりするらしいのだけど、ジュニアの県大会じゃあ、地味なもんだ。

 ウチの親父も、家に置いてきたし。

 みんな、挨拶するお偉いさんの後ろにある、メイン対戦ブースを睨んでいる。

 予選を勝ち抜いて、あのメインブースで試合をする為に来たのだから。

 千葉県から、関東地区大会に進める代表選手は四名。その内一枠は、すでに昨年の全国大会で準優勝して、地区大会のシード権を持っている天宮つばさに決まっている。

 残り三枠──。

 決勝に残れば、まず確定。準決勝では、印象に残った方となるだろう。

 地区大会出場を確実にしたければ、決勝に残るしかない。

 お偉いさんの長い挨拶は、選手の緊張を増すだけ。終わってホッとしたし、誰もが腕を回したりして、体をほぐしてる。

 親の指示を仰ぐ者。ショップのスタッフと相談する者、一人で宙を睨む者。色々だ。

 俺の場合は……。


「緊張しないでよ。たかが県大会じゃない」


 ラフな格好をしていても、存在自体が派手な娘だからなぁ。親しげに天宮つばさががアドバイスする俺に、敵意の視線が集まるのは理不尽だろう。


「緊張くらいさせてくれよ、初めての公式戦なんだから」

「それもそっか。……じゃあ、一つだけアドバイス」


 そう言いながら、後ろから抱きつくのはやめてくれ!

 周囲から、歓声と悲鳴が上がってる。

 背中に丸くて柔らかいものが二つ、押し付けられてふわんと潰れた。嫉妬の視線が注がれて、また俺は悪役ヒール確定だ。


「八神くんの機体は、ウチのコントローラーに合わせてセッティングされているから、カウントダウン中に、対戦ブースのコントローラーとの差を確かめること。よほど癖のあるブースでなければ、自分の感覚の方を合わせなさい。下手にイジるとドツボに嵌るわよ」


 甘い香りと、柔らかな感触がサッと離れて行く。

 せめて、もうちょっとだけ……と、こっちは未練アリアリなんだけどなあ。

 煮え滾った男子の助平根性は、ガチガチの緊張を溶かし切ってしまっている。前屈みなのが収まれば、力を出し切れそうだ。


「次……G03、高橋浩二くん対G04、八神翔やがみ かけるくん」


 最初の相手は、ママにアドバイスされていた中学一年生か。

 やたら敵意のある目で睨まれているのけど、こいつもつばさちゃんのファンか?

 簡易型のコクピットに座り、メモリーカードを挿し、セフティーバーを下ろす。アルコール消毒済みの、ヘッドフォン付きのVRゴーグルを装着する。

 対戦フィールドは、何も無い宇宙空間だ。レパード改の華奢なボディが描き出されたら、アドバイス通りに、レバーやペダル、脳波コントロールの感度をチェックする。

 右加速と旋回がやや鈍く、左は少々過敏。脳波コントロールも同様。多少のズレは、操作で吸収できるだけの練習はしてきたつもりだ。

 あまりしんどい勝負に、ならなければ良いが……。

 相手の機体もレパード改だ。色が銀色なだけで印象がずいぶん違う。


 試合開始の合図とともに、俺はレパードを加速させた。

 上下、左右ランダムに機体を振り、ビームの射撃を避けながら接近させてゆく。

 同じ機体同士なら、取る戦略にも大差はない。

 互いの機体が擦れ違う、その刹那の瞬間が勝負となる。

 プラズマサーベルを振り下ろそうとする腕をほんの一瞬だけ、バックラーで外に押す。

 生じた僅かな空間に、ビームピストルを構えた右腕を滑らせるようにして二射。

 入れ替わるように機体が離れた時には、もう勝ちを祝う花火が咲き乱れていた。

 一回戦、突破だ。

 う~む。……意外に手応えがない?

 二回戦もレールガンがバーニアにヒットして、動きの鈍った所を難なく仕留めた。

 一応シード扱いの三回戦の相手も、意外なほどあっけなかった。

 普段の練習相手であるヒロキたちって、ひょっとしてかなりレベルが高いのか?

 ベストエイトが出揃って、お昼休憩。

 階下の洋食屋さんでカツカレーを食べながら質問すると、オムライスを頬張ったつばさちゃんに、思い切り呆れられた。


「そりゃあ、川崎君たちも私相手に鍛えられてるもの。ショップに集まるプレイヤーのレベルなんて、そこのトッププレイヤーの腕を見れば、だいたい想像できるわ」

「時々、忘れそうになるけど、日本のジュニアのトップだもんなぁ……」

「高校生とか、シニアとか以上のレベルになると、部室や、チームの練習場で戦うから、あまり街中のショップには出てこないからね。たまに遊ぶことはあっても、長くはいないから、お店のレベルを上げるほどの影響はないもの」

「なるほど……俺は本当に恵まれた環境にいるわけだ」


 トルーパーなんて、やたらお金のかかるeスポーツを、ほとんどショップの奢りでプレイして、全国レベルのプレーヤーに鍛えられ、県大会で「手応えがない」などとほざいてる。

 本当、何様だよ、俺って。

 などと内心、天狗になっていると、それを見透かしたように冷ややかな言葉が飛んでくるわけだけど。


「でも、ここからは要注意だよ。八神くん以外はお馴染みの顔ぶれ。鍛えてあげたと言っても、まだトルーパー歴はひと月未満なんだから。……できれば三つ勝って優勝。最低でも二つ勝って決勝に残らないと、関東地区大会は望めないわよ」

「しんどいんだか、楽勝だかわからないよ、それ」

「勝ち抜ける力はあるけど、油断せずに謙虚に全力で戦いなさいってこと。……相手が可愛い女の子でも、鼻の下を伸ばさずに」

「いるの? そんな可愛い娘?」


 単純な好奇心なのに、思い切りグーで頭を殴られた。

 そんな可愛い娘がいるのは、休憩時間を終えて会場に戻るとすぐに解ってしまう。

 休憩の間に、大勢の参加者を捌いていた簡易対戦台が除去され、メインステージの大型対戦台に向けてパイプ椅子が並べられている。

 勝ち抜いたプレイヤーが座るステージ上の椅子に、早々とツインテール女子がひとり待っていたのだから。控えめにフリルの付いた黄色いワンピースに、験担ぎなのか、手の平サイズのくまのぬいぐるみを膝に乗せているのが、ちょっとあざとい。

『Bブロック 春日 このみ』と、ご丁寧に名前も席の上に書いてある。

 俺も、自分の名前のあるGブロックの席に座った。

 会場を見渡すと、三脚に取り付けられた小さなビデオカメラを操作してる人がいる。

 ネット配信の録画スタッフなのかな? なんか別班に、つばさちゃんがインタビューされてるし。

 会場も意外に人が増えてきて、椅子席は三分の二ほどが埋まっている。

 結構、人気なんだな。自分がプレイするようになるまで、ジュニアの県大会なんて、ちっとも知らなかったよ。

 などと、周りを眺めていたら、不意にキンキン声が降ってきた。


「ちょっと、あなた。そこの八神翔とかいうあなたです」


 いつの間にか、正面に黄色いワンピの女の子が仁王立ちしている。

 春日このみちゃんである。

 この所、急に可愛い女の子に、声をかけられる機会が増えてきた。

 もっとも、この娘は肩幅に脚を開き、腰に手を当てつつ、睨んでいる。あざとさを忘れての仁王立ちである。


「はい? 何かありました?」

「一つだけ、お伺いしたいのですが……。あなた……と、随分親しいようにお見受けしますが……まさか、お付き合いなさっているとかではないでしょうね?」

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