強敵、遠方より来る
飛び来るビームを、左右にステップしながら掻い潜り、素早く間合いを詰める。
相手の予測を裏切るように、ステップの幅もタイミングもまちまち。意識しなくても、そういう動きができるようになったのは進歩だろう。
来週の「昭和の日」に控えた千葉県大会に向けて、俺と愛機レパード改とのマッチングは、ほぼ完璧に仕上がっている。
意志の通りに動き、タイミング一つズレずにアクションを繰り出す。
機体は完璧。県大会突破に向けて不安なのは、トルーパー歴数週間の俺の方だ。
右腕を伸ばし、レールガン三連射。
見様見真似から、コツを掴み、それなりの精度でタルタロスの左脚を弾き飛ばす!
肉薄し、コクピットにビームガンを突きつけて、ギブアップ勝ちだ。
十戦十勝。右拳を突き上げて、コクピットブースを出る。
戦績は文句無しなのだけれど、これで大丈夫なのか?
首を捻りつつ、カウンターへ戻った。
「何が不満だ、八神? 十連勝の割には浮かない顔してるじゃないか」
「勝つには勝ってるけど、いつもの似たような顔ぶれだからな。ヒロキも含めて、慣れた相手とばっかりで、本当に練習になってるのかと思ってさ」
スポーツドリンクで喉を潤しながら、口元を歪める。
いつの間にか川崎くんとも、名と名字を呼び捨てにする仲になってるのと同じで、『ホビーショップ天宮』に集うプレイヤーたちの顔と名前はもちろん、戦い方まで熟知している。
そんな所で勝ち進んでも、初見ばかりの県大会で通用するのかどうか……。
「よほどズバ抜けたルーキーと当たらない限りは、地区大会出場枠を争えるくらいの実力はあるはずよ?」
「そうそうズバ抜けたルーキーなんて出てくるかよ。天宮は心配し過ぎだ」
「だって、現に八神くんがいるじゃない? 他のショップでいないとも限らないわ?」
「まあ、そうだけどよ……。俺から出場権を奪ったんだから、決勝くらいには残ってもらわないと困るぜ」
「余計なプレッシャーを掛けないの!」
まあ、つばさちゃんの見立てなら間違いはないのだろうけど……。
それで自信を持てるほど、お気楽な性格はしてないんだよな、俺は。
「このあたりで、他に対戦ブースを持ってる所ってどこだろう?」
「お? 道場破りにでも行く? 電車で千葉の方まで出ないと無いよ。千葉市に津田沼、幕張、浦安……方向違いで松戸に柏、ユーカリが丘。木更津。鴨川。どこに行くにも、ちょっと遠いのが難点よ」
「田舎は困るよな。天宮の所がブースを持っていて、本当に助かったぜ」
一番行きやすいのは津田沼か、千葉か……。
往復の電車賃と、ブースの使用料を計算し、財布の中身を思い出す。
だめだこりゃ。ため息しか出てこねえや。
県大会の会場は、千葉市のビルの最上階のイベント会場だもんな。その時も往復の電車賃くらい、準備しておかないとマズかろう。
金欠で不戦敗なんて言ったら、絶対ヒロキに殺される。
「どうしたの? 反応が悪いわよ?」
「現実に打ちのめされたって顔してるな。中学生の小遣いなんて高が知れてるから」
「ブースの使用料は、そこらのテレビゲームの比じゃないからな……」
「言わないで。改造コードのチェックから、ランキングデータベースのアクセスとか、結構なデータ量をホストとやり取りしてるし、どうしても維持費がねぇ……。やたらに電気を食う筐体なのよ、これ」
困った顔で、経営者の立場のつばさちゃんが肩を竦める。
見るからに電気を食いそうだもんね、この筐体は。最先端のCG描画能力があって、揺れるわ、衝撃が来るわ、コクピットは傾くわで、臨場感は凄い分、電力消費も多かろう。
意外に故障が少ないのが、唯一の救いかも知れない。
eスポーツとしては、将来職業にできるくらい発展していても、中学生の遊びとしては贅沢過ぎる。
小学生で遊んでる子もいるのだから、文句は言えないけど、お財布にしんどい競技だ。
「お……なんかお誂え向きの人が来た」
入り口の方を眺めて、つばさちゃんがニヤリと笑う。ちょっと悪い顔で。
視線の先には、見慣れぬ顔だ。ストライプの半袖シャツにチャコールグレイのコットンジャケット。ちょっとオシャレというか、チャラい感じ?
明るい髪色をツーブロックにした奴は、つばさちゃんを見つけたらしく、片手を上げてこっちに歩いてくる。
「よぉ、天宮さん、お久しぶり。調子はどうよ」
「まだ出番じゃないから、そこそこよ。工藤くんこそ、こんな所に遊びに来る余裕はあるのかしら?」
「都内じゃ、相手がいねえもん。自分の力を試そうとすると、どうしてもな」
「誰だよ、天宮。こいつは?」
敵意ありありのヒロキの言葉に、そいつは苦笑する。
苦笑いしながら、つばさちゃんが紹介してくれた。
「八神くんが知らないのはともかく、川崎くんは勉強不足よ。東東京出身の地区大会シード選手。去年、一昨年と関東地区二位の
「あぁ……毎年第二シードで、決勝で天宮にやられて、二位止まりの……」
「その覚えられ方は、心外だな!」
「でも、事実じゃん。全国大会でも、相手に恵まれてベスト十六に残るかどうかだろ?」
「そう言う川崎くんは、地区大会にも出てないけどね……」
「ぐっ……」
工藤の成績をからかってたヒロキも、つばさちゃんに現実を突きつけられて撃沈した。
痛み分け……と言って良いのか? この場合。
立ち直りは、工藤の方が早い。
「まあ、過去は置いておいて。工藤匠の今を確かめるためにも、天宮つばさと試合をしたいと思って、来たんだぜ」
「じゃあ、この後アリーナを貸し切ってくれる? ホビーショップ天宮の娘としては、なるべく有料使用でブースを回したいんだけど。維持費高いのよ、これ」
「おい! 真面目に答えてくれよ」
「経営の方も、本気で頭が痛いんだけどなぁ。私としては、あの淑やかぶった
「さすがに京都からは来ないだろ? って、俺じゃあ相手に不足かよ」
「はっきり言っちゃうとね」
一刀両断されて、ガックリ来たみたいだ。
まあ、気持ちはわかる。自分がどこまで伸びたのか確かめるには、実力が上の選手と戦わないとな。
とは言っても、俺がつばさちゃんに挑んでも瞬殺されて練習にならないのと一緒で、実力差にだってバランスは必要なのだ。
上から目線で言えるだけの実力と、実績がつばさちゃんにはある。
「でも、まあ……私の相手になるくらい伸びたのかは、確かめたいところね」
「だろ? 試して驚くなよ? この野郎で試すか?」
「違う、こっちの八神くん。ちょうど県大会に向けて、初見の格上と当ててみたかった所なのよ」
「こっちか……初めて見る顔だな」
初めて俺の方を意識して、見極めようとする。
まあ、先日のショッピングセンターの大会なんて、ネット配信もされてない。東京の人間が知ってるはずもない。
「来週の県大会、ウチの代表として出る
「はあ? 二週間って、それで県大会に出すのかよ?」
「当たり前じゃない。トルーパー初体験で、出場権を賭けたトーナメントに優勝しちゃったんだもん。ウチの期待の新星よ」
「マジかよ……初めてで優勝なんて、ニュータイプか?」
「アニメの見過ぎ。……そうね、八神くんを瞬殺できたら、相手になってあげよう」
「そう言われたんじゃあ、本気でやるしか無いな」
「じゃあ、メインブース使用料五百円頂きます」
にこやかに手を出すつばさちゃんに、工藤は情けない顔で財布を開く。
県大会までは、無料の権利を貰っていて良かった、俺。
本当に高いよなぁ、トルーパーバトルって。
お客さんの対戦の区切りの良い所で、工藤が来ていることを紹介する。
会場が盛り上がるくらいには、知られてる奴なんだと実感。
でも、そこは地元で、俺の名前の方が盛り上がったぞ。
「八神、本気出していいから、あのチャラ男をやっつけちまえよ」
「無茶言うなよ。相手は関東大会常連だろ?」
「天宮が県大会優勝を狙えるって言ってるんだから、お前だって同じくらいの力があるってことだ。自分を過小評価し過ぎるなよ?」
「そんな事を言われたって、まだ評価基準が解らねえもん」
「この一戦だよ。……工藤相手にどこまでやれるかで、相対評価ができるだろう」
「確かに……」
俺はメモリースティックを挿し込んで、セーフティーバーを降ろした。
戦ってみたかった、他所の強豪選手。
こっちから行かなくても、向こうから来てくれて助かった。
これもつばさちゃん人気の賜物だ。逢いに行くなら可愛い女の子。工藤も男子だね。
「準備できた? 敢えて、工藤くんの情報は流さないよ?」
「仮想県大会でやるから、その方が良い。……って、ミニスカートでしゃがまない。見えてるぞ」
「エッチ! どこを見てるのよ」
「エッチだったら、内緒で覗いてるよ」
あかんべえをして、つばさちゃんがスカートを抑えて立ち上がる。今日は白だ。
あまり試合直前に、気を逸らさないで欲しいよ、まったく。
先に、工藤の方でもしゃがんでないだろうな?
工藤の機体はタルタロス2。意外だけど、パワータイプか。武装はお馴染みのビームライフルに、盾ではなく、ビッグアックス。大型の斧を持っている。
初めて見るタイプだ。
(仮想県大会と思ってやるしか無い。じっくりと相手を見極める所からだ)
ルーレットで決まったバトルフィールドは『月面』。
弱いながらも引力があるステージ。土煙を煙幕として利用できるが、重力が弱い分、消えるまでに時間がかかり、自分にとっても目隠しになってしまうこともある。
ちょっと注意が必要な条件だな。
試合開始とともに、工藤のタルタロスが突進してきた。
こいつ、マジで瞬殺を狙うつもりか? あまり舐めるなよな。
タルタロスの足元、地面に向けてレールガンを発射する。鋼弾に抉られた大地が、大規模な砂埃を、爆煙のように巻き上げる。
目隠しをしておいて、このステージの定石通り、スラスターを噴かして移動する。レパードのスピードは、すぐにタルタロスの背後を取った。
敵もさる者。即座にスラスターで煙幕を飛び越え、ビームを連射して、こちらの追撃をさせない。それを起点に、再び攻撃のイニシアチブを取り返す。
左手のライフルからのビームを躱して懐に飛び込みたいが、それを見越したように襲いかかる大斧が厄介過ぎる。
それも、大人しく待っているタイプではなく、ガンガン前に出てくるタイプだ。
(でも、さすがに大斧を振った後は、勢い余るか。ライフルのゼロ距離射撃に注意しながら、飛び込めるか?)
翔のフェイントに合わせて振り抜けれた斧を追うようにして、レパードを懐に飛び込ませる。
グイと肘を押して、斧の勢いを増してやりながら、背中を向けさせて、首の付根を押し込んでやる。
タルタロスの姿勢を崩しながら、斧を振る力を下にずらし、ビームライフルを持つ右手を後ろに引く。
タルタロスの巨体は、スピンするように地面に抑え込まれた。
「もらった!」
ビームピストルを抜いて、コクピットに狙いを定める。
だが、予想もしなかったことに、暴れるタルタロスに、レパードはそのまま振り落とされていた。
そこを目掛けて、大斧が振り下ろされる。
盛大に上がる花火が祝福するのは、俺ではない。工藤だ。
「何で……いくらパワー差があったって、あんなに簡単に……」
「もう、八神くん。地面があっても、月面ステージだよ? 重力の違いを考えて戦おうよ」
「あぁっ……」
つばさちゃんの指摘に、思わずしゃがみこんでしまう。
何考えてるんだ、俺……。
「ヤバイヤバイ……見た目に反して、格闘技経験者か」
「ステージに救われたね、工藤くん?」
「そうと解れば、同じ手は食わないぜ?」
「じゃあ、再戦行ってみる?」
そのまま対戦ステージを変えて、対戦を続行する。
工藤の言葉に嘘はなく、それ以降は接近戦に持ち込むことさえできなかった。
もっとも、射撃戦でケリがつくほどの差も無くて、ひたすら引き分けを繰り返す。何とも消化不良な試合に終始した。
「参ったな……射撃だけじゃあ、どうしようもない。かと言って、組んだらこっちが不利かよ」
「残念。私までは届かなかったね、工藤くん」
「こんな奴がいると解っただけでも収穫だよ。負け惜しみじゃなく、な」
「毎度あり~」
上機嫌なのは、さんざん対戦料金をせしめた、ショップの娘さんだけだ。
こっちは不安でいっぱいだって言うのに。
帰る工藤を見送って、にこやかに手を振るつばさちゃんに、俺は不安をぶちまけた。
「こんなんで大丈夫なのかなぁ……。結局、一度も勝てなかった」
「相手は関東二位だよ。一つ負けた後は、引き分けてたじゃない」
「でも……次に当たっても、勝てる気がしないよ」
そんな俺につばさちゃんは、不敵に微笑んだ。
「安心しなさいって、工藤くんと当たるとしたら関東地区大会だよ。県大会と関東大会の間には、一ヶ月も余裕があるんだから」
その時はまだ、彼女が何を考えているのか、俺には知る由もなかった。
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