模擬戦
「ちょうど良い相手がいたわ。 川崎くん、ちょっと戦ってみない?」
つばさちゃんが、同じ東中学の詰め襟制服を着た男子に声をかける。
制服で、ちょっと真面目そうな印象になってるけど、昨日の決勝戦で戦った彼だ。向こうも気がついたらしく、表情が引き締まった。
「いいけど、作ったばっかりの機体だろう? 相手になるのかい?」
「どうだろう? まだ調整込みでのお試しだから。こっちのセットアップ用の対戦台でやるから、無料で戦えるよ?」
「またそういう断りづらいことを言う。いいよ、天宮の策に乗ってやるよ」
苦笑しながら、川崎くんがスクールバッグからメモリースティックを取り出す。
ずいぶん気安いけど、どういう関係?
「クラスの同級生よ。お小遣いの都合もあって、週に三回しかバトれないのよ」
「うるせえ、この悩みがショップの娘に解かるかよ」
「だから、こうして声をかけたんじゃない。ありがたく思いなさい」
つばさちゃんが電源を入れると、カウンターの奥にある対戦台に座り、舌打ちしながらもメモリースティックを挿す。
俺も誘われるままに、反対側のゲーミングチェアに座る。
すでに椅子に、ペダルとレバーは備わっており、ヘッドセットの代わりにVRゴーグルを装着する。
「昨日のブースと違って、衝撃とか揺れは視界にしか来ないから。それ以外は、あまり違いは感じないと思うわ」
「結局、レパードにしたのか。シールド無しは舐めすぎじゃねえの?」
ブースの内側に表示されていたものを、今日はゴーグルを通して見ることになる。
まだカウントダウンも始まらないので、相手の機体情報が大きく表示されているのを見て、川崎くんが舌打ちをした。
こっちも、それでいけるものなのか解らないので、試すんだけどな。
相手は、タワーシールドにビームライフル+1。重量値0.5分だけ強化されたタイプのビームライフル。攻撃重視型の、スタンダートな装備だとつばさちゃんが教えてくれる。
ランダムで選ばれたステージは、荒れ地。
アメリカのグランドキャニオンのように、乱雑な岩に囲まれた砂塵のステージだ。
真っ青な空に、白い夕月が浮かんでいる。
「遠慮なく、潰しに行くから」
スタートと同時に、どちらも巨岩の上に上がる。
どう考えても、高低差のアドバンテージは大きそうだ。どうでもいいけど、今日は近い分、相手の声が聞こえ過ぎるな。
待っていたビームの三連射。
躱して、躱して……三発目が左脚にヒット。チッ!
「今のは射撃の基本だよ。一、二発目で体勢を崩して本命は三発目。八神くんは見切りが上手い分、誘導しやすいのかもね」
「ふうん、ど素人っていうのは、本当なんだな」
「悪かったな、本当に昨日が初めてだよ」
片脚を失ってはどうにもならず、遠距離射撃だけで負けた。
何とも情けない、トルーパー初敗戦だ。
「でも、今の勝負じゃあ、機体のセッティングの良し悪しは解らないね。もう一戦、同じステージで行ってみよう!」
スタートから、再び岩の上に。
待っていてもしょうがないから、今度は敵のいる方へ突っ込んでゆく。
うわっ、バリアントより数段移動が速い。これは武器にできるかも。
今度の三連射はまとめて躱す! が、そこに四射目。屈み込んで躱すと五射目? 大きくスライドして躱す。
「ビームライフルって、何発撃てるんだっけ?」
「機体からエネルギーを取っている設定だから、エネルギー消耗が設定されてないジュニア戦規約だと、無限に撃てるよ。頑張って避けてね?」
「ちょっとそれ、ズルくないか?」
「スタンダードとなってる武器は、それだけ使い易く出来てるってことだよ! ちゃんと理由があるんだ」
説得力抜群の台詞をありがとう。
でも、カタログにあれだけ武器がラインナップされてるってことは、使い易けりゃあ良いってだけじゃない証明だよな?
必死で避けながらも、何とか腰のスラスターキャノンを回転させて、腕に抱え込む。
狙いはあやふやだが、敵の射撃を止めるために撃っちまえ!
地面を抉りながら、ぶっといビームの奔流が突き進む。大口径砲の反動で、俺の機体も後ろに転がった。
これじゃあ追撃どころじゃないな……。
「嘘だろ……ちゃんと避けたはずなのに」
「熱までは避けきれていないんじゃない? まだキャノンの設定までは、していないから」
バリアントの左半分、シールドまで含めて表面が溶けかけている。
この時点でギブアップが入って、一勝一敗だ。
「初めて食らったけど、スラスターキャノンは半端じゃないな……」
「威力はあるけど、撃つ度にあんな反動を受けるんじゃあ使えないなぁ」
「そうね……大学リーグや、プロのチーム戦じゃないと見ない武器だもの。個人戦のジュニアじゃあ、持て余しちゃうわね」
「何でそんなものを選んだんだ?」
「俺の戦い方は知ってるだろう? なるべく邪魔にならないように、両手をフリーにしておきたかったから」
「気持ちはわかるけど……もうちょっと考えて選べよ!」
「じゃあ、あなたの意見もちょうだいな」
つばさちゃんがグルリと後ろに手を伸ばして、カウンターからカタログを取る。
彼女の膝の上で拡げられた分厚い冊子に、三人が頭を寄せ合った。
「手で握らずに撃てる射撃武器となると、限られちゃうよな。……ミサイルポッドは、あくまでも補助だし」
「ショルダーカノンじゃ、実体弾ってだけで今のと大差ないか……」
「このパイルバンカーは? チェーン巻き付けて引っ張るやつ」
「射程が短すぎて、場面が限られちゃうんじゃないかなあ? どちらかと言うと、中距離?」
「こいつはどうよ? 実体弾なのは気になるけど、レールガン。腕にセットできる」
川崎くんが、カタログを指差す。
重量値は1か……。自動装填型で、弾数は46発。
「レールガンって、磁力で撃つ大砲だっけ?」
「簡単に言うと、そんなもんだね。射出速度はビームにも負けてないし、ゲームだから撃った弾丸は、ビームと同じように光で目視できるようになってるはず」
「実体弾とビームの違いって?」
この疑問には、つばさちゃんが答えてくれた。
実体弾は、貫通力が無いんだそうな。ビームなら命中すれば、相手の装甲を貫いたりするけど、実体弾は装甲を凹ませるだけに留まる。
その代わり、命中の際は大きな衝撃を伴って、機体の姿勢や機構に影響を与えるのだそうな。
「とりあえずは試してみましょう。それと、腕につける円盾のバックラー。あと、0.5の重量値があるから、何か補助武器も付けよう」
「補助か……ミサイルポッドとか?」
「あ、これ良いかも。さっき欲しがってたパイルバンカーみたいな、ワイヤーフック。これ左手のバックラーの下に付けとくよ?」
あ……俺が何か言う前に決まっちゃったよ。
まあ、扱いずらければ、また装備を変えれば済むことだ。
ここは先輩二人の意見に従いましょう。
装備を変更したら、お試しプレイの再開だ。
今度は宇宙。小惑星が漂うアステロイドベルトのステージだ。
「それと八神くんは知らないだろうけど、バックラーは表面にビームコートがされているから、ビームを数発なら弾けるからね。シールドはビームを拡散するけど、バックラーは弾くのよ」
「使い方が違うってこと?」
「そういう事。慣れてきたら、工夫してみると戦い方が広がるよ」
「ありがとう。レールガンは何か無い?」
「それは私も使ったことがないから……ごめん」
「了解。自分で工夫して見るから、何か気がついたら教えて」
「オッケー。頑張って」
試合開始とともに、大きめの小惑星の影に隠れる。
……ふむ。右手を伸ばすとレールガンの発射体制に入って、腕についた照準カメラからの画像が呼べて、狙いを定められるのか。ちゃんと残弾表示もあるね。
後は威力と使いやすさが問題。
バックラーの性能も見たいので、思い切って飛び出す。
いつもの三連射を躱し、そこに放たれる四発目をバックラーで弾く。ゲージを見ると、ビームコートで弾けるのは、あと五発までか。
敵の隠れた小惑星に狙いを定め、レールガンを撃つ。
小惑星が派手な土煙を上げて、ズレた。露出したバリアントの赤い機体に向かって、飛び込んでいく。
真似をして三連射してみるが、何の考えもなく三発撃っても全部避けられちゃう。
……もっと練習が必要だね。
それでも牽制には充分効果があって、今日始めての接近戦に持ち込んだ。
「得意の投げ技も、地面が無ければ効果半減だろ?」
「そう思うかい?」
いいなあ、この相手の声が通るのって。
アニメの戦闘シーンみたいで面白いかも。実際の大会とは違う面白さがある。
ビームライフルを捨てて、プラズマソードを構えるバリアント。
いいのかな、川崎くん。ここは、宇宙空間だぜ?
剣道が得意の相手をおちょくるように、仮想地面を敢えて外してレパードを九十度傾ける形で安定させる。
「な……おい、やる気があるのかよ」
「何もそっちの得意の剣道に合わせて、同じ仮想地面に立つ必要はないだろう? 俺の方はこれでも戦えるけど、そっちはどうかな? 勝手が違うぞ」
「あはは……そうか、剣道対策には、そういうのもあるんだ。相変わらず、八神くんの戦い方は面白いなあ」
「天宮は黙って見てろよ!」
正眼の構えから、一気に踏み込んで横に切り払うが、真横に浮いてる相手を攻撃する剣なんて使ったことがないだろう。
動揺が見え見えなので、あっさり懐に飛び込める。
両肘を跳ね上げてやって、がら空きの鳩尾のコクピットに、ゼロ距離でビームピストルを撃つ。
それで、おしまいだ。
「やられたぁ……何だよ、そのポジショニングは!」
「陸上ステージならともかく、宇宙ならこんな事もできるんだ」
「盲点だった……対策しないとな」
「良かったじゃない、練習中に知れて。試合だったら、取り返しがつかなかったよ? 次も同じステージでやる?」
「いや、今日は僕じゃなくて八神くんの練習だろう? まだワイヤーも使ってないし、装備の良し悪しは計れてないじゃないか」
「じゃあ、先に八神くんの機体の調整をするから、ちょっと待って」
「これ以上動きが速くなるのかよ……」
楽しげにパラメーター調整を始めるつばさちゃんに、川崎くんが呆れる。
つい目が合ってしまって、お互い吹き出してしまう。
昨日までは、顔も知らなかった奴らばかりなのに……。
つくづく、不思議なものだと思う。
たかがゲームではあるのだけど、真剣に向き合ってみるのも悪くはない。
俺も変更中のパラメーターを、身を乗り出して覗き込んだ。
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