夕食の風景

 静かな住宅街にある木造二階建ての古びた一軒家が、俺と親父が暮らす八神家だ。

 一階の洋間は親父のアトリエで、隣接の四畳半が親父の寝床。

 俺の部屋は二階で、母親を亡くしてからは、ほぼ一人で使ってるようなものだ。

 掃除、洗濯、料理……生活に必要なことはほぼ出来ない親父に代わって、ガキの頃からずっと家事は俺の仕事だ。

 なかなか売れないとはいえ、親父の絵の稼ぎが、八神家唯一の収入源だからな。


 絵に集中していても、空腹と匂いには敏感なようで、支度が終わると呼びに行くまでもなく、親父の方からリビングにやって来る。

 油絵の具の匂いが、いつも親父の匂いだ。


「……今日は豪勢じゃないか」

「金の入った時くらいは、な。それでも、我が家じゃあ豚コマを焼肉のタレで炒めるのがせいぜいだけど……」

「良い肉をちみっと食うよりは、安い肉を腹いっぱい食う方が、食った気になるだろう? 育ち盛りの子供は、その方が良い」


 笑いながら、豪快に飯をかっこむ。

 俺とは真逆の体型からも、画家というよりも肉体労働者にしか見えないよ。

 これで、繊細で叙情的な風景画を得意としてるんだから、人は見かけによらない。

 炒めた豚コマに千切りキャベツ。豆腐と油揚げの味噌汁に漬物。

 そんなひねりのない食卓だけど、男二人にかかってはみるみる消えてゆく。腹を満たして、のんびりして、親父が風呂に入っちまう前に言い出さなくちゃな……。


「あのさ……」

「ん? どうした?」

「これからしばらく、休みの日を含めてちょっと遅くなるかもしれないから。おかずなんかは作り置きして冷凍しておくから、適当に温めて食ってよ」

「お前にばかり家事を押し付けてるから、それは別に構わないが……。部活とか始めるには、中二っていうのは時期外れだし……さては女でも出来たか?」

「ち、違うって! そう言うのじゃねえよ……」


 からかうような言い方に、ついつばさちゃんの笑顔が浮かんで、口籠ってしまう。

 まあ、そっち方面の期待も無いわけじゃないけどさ。


「アナザー・ディメンション・トルーパー……ADトルーパーって、知ってる?」

「知らないわけはないだろう? 昔の野球に取って代わって、お台場の高校大会も、プロのリーグも大人気。俺がいくら世間に関心が薄くても、それくらいは」

「今日買い物に行ったら、ショッピングセンターで大会やってたんだよ。それに飛び入りで参加したら……優勝しちゃって、ジュニアの県大会に出ることになっちゃった」


 一気に言って、親父の反応を伺う。

 怒られるかと思ったら、笑い出したよ……。


「俺の若い頃には、対戦格闘ゲームなんてのが流行ったが……お前にそんな才能があったか。もっとも、小さい頃から和美の……勝浦の義父さんに、合気道を仕込まれていたから、その分有利だったのかもしれないな」

「うん、それはかなり大きかった」

「じゃあ、あの機体メモリーってのを買ってやらなきゃな。アレがないと、借り物じゃあ辛いだろう?」

「それも大丈夫。飛び入りだったから、優勝賞品に上乗せしてメモリー貰った」

「まったく……少しは親らしいこともさせろ」


 新品のメモリーを見せたら、軽くゲンコツを食らった。

 何でだよう……金のかからぬ良い子じゃないか。


「じゃあ、ゴールデンウィークの県大会までは、家事は手抜きになるから」

「それまでと区切ることはない。子供は子供の内に遊んでおけよ。飯を炊くくらいなら、俺でもできるんだ。家事に追われて、遊んだり、友達も作れないんじゃあ、あの世から和美が怒って抗議に来るぞ」

「母さんに会えるなら、その方が嬉しいんじゃない?」

「当然だ、馬鹿野郎。だが、お前はもっと遊べ。その何とかトルーパーが気に入ったなら、とことんやってみりゃあ良い。それこそ、プロになるくらい真剣によ?」

「無茶言うなよ! 全国に何人プレーヤーがいると思ってるんだ? そう簡単にプロになんてなれるか」

「プロになれとは言ってないぞ。それを目指すくらい真剣にやってみろと言ってるんだ。テレビでプロレス見て、興奮してるよりはずっと良い」

「まあ、そりゃあそうだけど……」

「何でも仕事になれば、苦労と責任がつきまとうんだ。同じ苦労するなら、好きなことをやって苦労する方が楽だぞ。売れない絵描きが言うんだから、間違いない」


 そんないい加減なことを言って、親父が風呂に向かう。

 どうやら、俺がトルーパーをやることに問題は無さそうだ。

 とりあえず、夕食の後片付けをしたら、大量にカレーを作って明日からの食事を楽にしようと、俺は企んだ。

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