初めての栄光

「準決勝第一試合は浅田くん。中学三年生で、トルーパー歴は三年の強豪だ。機体はお馴染み速度優先のレパード改。私の愛機と同じだね。……そして相手は、脅威の飛び入り参加者の八神くん! 借り物のバリアント2で、遂に準決勝まで来たぞ!」


 中三なら受験に専念してくれよ……と思うが、まだ春先。余裕があるのか。

 つばさちゃんが、ルーレットで選んだバトルステージは……巌流島?

 虚無な背景に白い砂浜と海、所々に浮かぶ岩礁と青い空が作り出されてゆく。え~っと、宮本武蔵が戦った巌流島ってこと?


「浅田くん。中三の春だけに期すものがありそうだね?」

「今年もつばさちゃんがブロック大会にシードされた分、県大会の枠が空くからね。そこで良い成績を上げれば、高校大会の強豪校からスカウトされるかもしれないし、何とか全国大会に出たいよ」

「わぁ、これは切実だ。頑張ってもらいたい所ね」


 おっと、こんなショッピングセンターのイベントに、そこまでの意味があるとは……。

 優勝の副賞は県大会参加資格と、それまでのホビーショップ天宮での無料トレーニング券だったな。自分の機体など持っていないし、そんな高いものを買えない俺には無意味……と思っていたら、髭のおじさんがマイクを取って


「もし、飛び入りの八神くんが優勝したら、特別賞として、トルーパー機体のメモリーをプレゼントしよう」


 なんて言い出したものだから、こっちも気合を入れ直すしかない。

 やってみると意外に楽しいし、これっきりで終わるのもなんとなく寂しいもんな。それに面倒見の良さそうなつばさちゃんなら、親身になって教えてくれそうで……。

 あんな可愛い女の子とお近づきになれる、このチャンスを逃す手はないだろう!


 両者気合を入れ直した所で、カウントダウンが終わり、準決勝が始まる。

 今度ばかりは、逃げも隠れもできない見通しの良い砂浜のステージだ。

 さすが速度優先型。しなやかな曲線で象られたレパードの機体が一気に迫ってきた。

 振り抜かれたソードを、今回はすんなりと躱す。機体の反応速度がいい感じになってる。

 最初につばさちゃんに教わった通りに、まずは躱すことに専念しよう。本当に早いから、相手のスピードに慣れるまでは迂闊なことはできないや。


「カウンターに待ち伏せと、奇策で勝ち上がってきた八神くんだけど、ここは小細工の効かないステージだ。まずは慎重に躱しているのは、初心者らしく好感が持てます」


 右、左、右……切っ先を良く見て、慎重に躱してゆく。

 だんだんリズムが掴めてきたと油断をしていると、不意に脚を払われて砂浜に転がされる!

 転がりながら、必死で突き出される切っ先を躱す。


「ええいっ! お前も転がれ!」


 転がりながら間合いを狭めて、脛を蹴飛ばしてやった。

 上手く不意をつけたのか、仰向けにひっくり返る。前の試合の成功に気を良くして、足首を捕まえて捻り上げる。

 どうだ、アキレス腱固め! トルーパーは初心者でも、プロレスファン歴は長いんだ。

 ……だが、忘れていた。

 レフリーもロープも無くても、プラズマソードを持ってることを。

 いきなり振り上げられたプラズマ剣の輝きに、慌てて技を解く。勢い余って、自分で脛にソードを掠らせてやんの。やーい。

 でも、掴みに行こうとすると、やっぱりまだワンテンポ遅れるなぁ……。もっと過敏なセットで良いのかも。


「おっとぉ! 初めてのトルーパーに慣れてきたのか、八神くんもプラズマソードを握ったぞ? 遂に反撃開始か?」


 何だろう? みんなして、意外と白兵戦のバリエーションが少ない気がする。

 攻めが単調というか、切り返し技が少ないというか。

 好きで、ネット配信を契約してまで追いかけてるプロレスの方が、手が広くないか?

 もし決勝まで残れたら、つばさちゃんに訊いてみよう。

 何か理由がありそうだ。


 再び飛び込んでくる相手に、グンとプラズマソードを突き出す。振り回すより、突き出して牽制する方が、効果があるんじゃないか?

 すっと躱した足元を、ローキックで払ってやる。バランスを崩した所に、飛び上がって、ニードロップを叩き込む。

 今度は忘れずに、右手を蹴飛ばしてソードを手放させる。

 よっしゃ! 俯せに倒して逆エビ固めだ!

 こいつら、揃いも揃って、武器に頼り過ぎだろう?

 さすがに潔い。駄目だと見るや、タップして負けを認めた。

 盛大な花火が勝利を讚えてくれる。


「まさかの大番狂わせ! 飛び入り参加の中学二年生、八神翔やがみ かけるくんが決勝進出だぁ!」


 つばさちゃんの大はしゃぎが心地良い。

 大拍手に、ガッツポーズで応える余裕ができた。

 席に戻って、もう一つの準決勝……最後の対戦を見つめる。

 勝ち残ったのは、またも中学三年生の川崎というイケメンだ。それだけでもう、二つほど負けられない理由ができたね。

 機体は同じバリアント2だけど、こいつは剣道の経験があるみたいで、剣捌きが尋常じゃない。見様見真似じゃあ、勝てそうにない。

 決勝のコクピットに収まると、またつばさちゃんが機体の調整に来てくれる。


「手脚の反応を、もう一段過敏にして欲しい」

「次で最高値だけど、大丈夫?」

「もうちょっと速い方が好みだから。……それと、みんな武器に頼り過ぎて、格闘のバリエーションが少なく感じるんだけど、これはなぜ?」

「そこに気がついちゃうんだ。決勝まで来るわけだね。……実は、いつもみんなが戦っているレギュレーションは、格闘だけじゃなくて、射撃武器も使っているの」

「格闘は射撃の補助程度?」

「そんな感じね。だから、射撃無しだと勝手が違っちゃうのかな? でも、川崎くんはご覧の通り、剣道部出身だから手強いわよ?」

「チャンバラじゃあ、勝てないだろうなぁ」

「君の戦い方は面白いし、どんな作戦で行くのか、楽しみにしてるから。……頑張ってね!」


 可愛い女子にそう言われたら、頑張るしかないだろう。

 昔から爺ちゃんに仕込まれてたこと、少しは役に立つかな? この機体の最高反応速度が、イメージ通りなら、勝負になりそうだけど……。

 チビな上に、生まれが三月下旬と早生まれ。四月生まれの奴とは、丸々一歳違う成長度だから、イジメられたり、泣かされたりしてきたんだよな。体力勝負じゃ勝てる気がしない。

 そんな俺に、自信をつけさせようと爺ちゃんが教えてくれた事。

 使えるかどうか解らないけど、やってみるしかない!


「さあ、決勝戦のステージはルーレットを回さないよ? 決勝はここでするしかないでしょの、トルーパーコロシアム!」


 出来上がったステージは、冷たい金属製のグランドをグルリと観客席が取り囲んだ、スタジアムのような建造物だ。ローマの剣闘士が戦ったコロシアムの現代版というわけか。

 同じバリアント2同士、とは言ってもこちらは白い素体でも、あちらはカラーリングもきちんとしている。ゴールド・アンド・レッドに、鮮やかに塗り分けられた機体だ。

 まずは、フィールドの中央に進み出て、機体同士握手を交わす。

 すんなりとイメージ通りに手を出せたことに、頬が緩む。

 やっと、俺向きのセッティングが決まった実感がある。

 これなら、戦えそうだ。

 プラズマソードを正眼に構えた川崎と、向かい合う。

 俺は無手のまま、剣は持っていない。


「泣いても笑っても、これが最後の一本勝負! ホビーショップ天宮主催、トルーパーバトルトーナメント決勝戦! 順当に川崎くんが勝つか? それとも大番狂わせを起こし続けてきた奇跡のルーキー、飛び入り参加の八神くんが押し切ってしまうのか? いよいよ、決勝戦の開始だよ!」


 つばさちゃんの宣言とともに、カウントダウンが始まる。

 今回はダッシュするまでもない、ほんの数歩でお互いの間合いに突入する距離だ。

 試合開始! だけどどちらも踏み込まない。

 敵は腰だめに構えた剣の切っ先を、俺の目に向ける正眼せいがんの構えで、俺は軽く腰を落とし、どうにでも動けるような構えで、互いに時計回りに動いて間合いを測る。

 むやみに飛び込めるような隙がない。

 これでは埒が明かないのだけれど、何を仕掛けても対応されちゃいそうだ。それに、今までのステージのような障害物もないから、紛れもないだろう。


(さすがに決勝戦まで残る奴は、強えなぁ……)


 勢いで来るなら、カウンターも狙えるんだけど、こうじっくり構えられてしまうと、ど素人には、最初の一手こそ難しい。

 逆に迎え撃たれるのが必至だ。

 とはいえ、このままじゃ……。

 一瞬、前に出る振りをして、バックステップ。上手く釣られて、相手が踏み込んできてくれた。

 突き込んで来る剣先を躱し、身体を反転させつつ胸元に入る。

 この反応なら、イメージ通りのタイミングで腕を取れた。

 そのまま、自分の重心を下に落とす。!

 バランスを失い、勢いをつけられた敵の赤い機体を、地面に叩きつけた。


「なんと! 八神くんの一本背負いが決まった! そのまま寝技勝負に入ろうとしますが、そこは川崎くんもプラズマソードで牽制し、逃れます。……聞いてなかったけど、八神くんは柔道の経験でもあるのでしょうか?」


 残念、つばさちゃん。

 今のは、一本背負いじゃ無いんだ。

 でも、完全に投げ切った。もしも時間切れになったら、判定に有利のはず。

 事実そうらしく、敵の攻撃が苛烈になる。

 むしろ願ってもない。カウンターで対する方がやりやすい。

 機体の反応も申し分ないし、これなら行けるだろう。

 相手の面打ちを誘って、躱すようにして擦れ違い、背後を取る。

 そのまま、相手の右手首を右手で重ね、左手で首の付根を押してやる。剣を振り抜く勢いに合わせて右足を大きく引き、相手の首筋に力をかけた。

 踏みとどまれずによろけ、何とか身体を起こそうとした時に、今度は右手を首筋に回して、起き上がろうとした勢いを借り、そのまま仰向けに投げ倒した。

 相手が取り落としたプラズマソードを、遠くに蹴飛ばす。

 そこで初めて抜いた俺のプラズマソードが、コクピットがあるとされる鳩尾みぞおちに突き立てられた。

 勝負、ありだ!

 モニターに花火が乱れ咲く。

 コクピットブースから出た俺に、再び柔らかな衝撃に飛びついてきた。


「凄い凄~い! 並み居るプレイヤーをなぎ倒して、優勝したのは飛び入り参加の中学二年生、八神翔くんだ!」

 


 通い慣れたショッピングセンターのエスカレーターホール。

 決して少ないとはいえない観客の拍手と声援を浴びる気持ちが、悪いはずがない。

 生まれて初めて知ると言って良い、晴れがましさの中で、俺は小さなトロフィーをつばさちゃんから受け取った。

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