それは依怙贔屓なのか?

『つばさちゃん』のフルネームは、天宮あまみやつばさというらしい。

 ホビーショップ天宮の娘なのだそうな。

 ってことは、あのエプロン着けた髭おやじの娘?

 ……奥さんが、よほどの美人なんだろうなぁ。


 ぼんやりと実況を聞きながら、試合を見ていると、そんな事もわかってしまう。

 飛び入り参加も俺一人になり、貸出機体を使うのが他にいないものだから、メモリーを渡されてしまっている。

 すでに次の対戦相手は決まっており、富田という中三の体育会系の男が相手だ。

 機体は同じバリアント。つばさちゃんのハグもあってか、やたらに俺を睨んでいる。

 あの感触の為なら、多少は妬まれてもしょうがない。

 あのぷわぷわは、良いものだ。もう一度勝てば、また味わえるか?

 駄目で元々の勝負でも、そう思うと気持ちに張りが出てくるぜ。


 再び、呼ばれてステージへ。

 さっきのハグ効果は大きく、盛大なブーイングを浴びてるよ。

 コクピットブースに入って、メモリーユニットを挿す。セフティー・バーを降ろしてロックすると、ふわりと甘い香りが……。つばさちゃん?


「さすがにハンデが大きすぎるから、一回戦の動きを見て、八神くんの機体を軽くセッティングしちゃいますね」


 狭いコクピットの中で身を乗り出して、何やらキーボードを叩いてる。

 おぉ、ブーイングが凄いぜ。


「もう……依怙贔屓じゃありません! 試合をする以上、なるべく良いコンディションで戦ってもらいたいと思うのが、プレイヤー精神というものです。富田くんのは、長い経験で整えたものだから、セッティングしても、急場凌ぎでテストもしてない八神くんじゃあ、対等とも言えないのよ?」


 マイク片手のつばさちゃんの訴えで、少しは会場も静かになる。

 彼女は真剣にセッティングをしてくれているのだけれど、俺としては顔の左横にミニスカのお尻があって落ち着かない。

 ちょっと屈めば見えそうなのに、セフティー・バーがそれを許してくれないんだ。

 クルッと振り向いた笑顔に、ドギマギさせられる。


「暫定的だけど、こんなものね。動作がちょっと過敏になってるから、カウントダウン中に慣れてね」


 そんな事を言われても、こっちは初心者のど素人なんだよ?

 とは言え、ここまでして貰ったなら、期待には応えなきゃ男が廃る。

 瞬殺だけは、何としてでも避けてやるさ!

 志は低いけど、それ以上のことは言える状況じゃない。

 バトルステージは……都市の地上戦か。モニターのフィールドにニョキニョキと高層ビルが生えてくる。


「さあ、バトルステージは都市の地上戦だ! 銃火器を使っての射撃戦が映えるステージだけど、今日は白兵戦で戦わなくちゃね。雰囲気は、迷路の中の遭遇戦かな?」


 つばさちゃんの解説は、本当に助かる。

 ステージの説明をしてるようで、ちゃんと戦い方を教えてくれているんだから。

 建物に邪魔をされて、相手のポジションは見えない。

 スタートへのカウントダウンの間に、言われた通り、機体の動作をチェックする。

 うあっ。本当に動きが変わった。ほんの僅かの操作で鋭く、方向転換や回転も可能だ。俺にはこの方が遥かに戦いやすい。

 凄いな……。さっきの試合でこれだけ、俺の操作を見てたんだ。


 試合が始まっても、音がするだけで姿は見えない。

 ビルの上に登って、上から確かめるか? それとも音を頼りに地面を移動するか?

 ええいっ! 考えようにも何の経験もないんじゃあ、解かるはずもない。

 ダーッと地を駆けて、見つけた低いビルの上に飛び乗る。

 左右と背後を高いビルに囲まれた窪みのような場所だ。

 ここで耳を澄ませて待ち伏せよう……。

 客席から笑いが漏れているな。

 でも、笑いたければ笑うがいい。こっちだって必死なんだから。


「さあ、八神くんは待ち伏せの構えだ。富田くんは、この奇策にどう対処するのか?」


 これも戦法と、つばさちゃんは支持してくれる。

 相手はビルの上を移動しているのかな? バーニアの音にビルが崩れる音が混じっている。右か、左か、後ろか……。だんだん音が近づいてくる。


「ああ、今日が初めての八神くんの為に教えてあげなくちゃ。相手トルーパーの大まかな位置は、モニター右上のサーチ画面に表示されているから参考にしてね。今日は電子戦ルールを採用してないから、索敵の必要がないのよ」


 そういう事は先に言ってよ、つばさちゃん!

 真後ろまで来てるじゃないか!

 バーニアの音に続いて、見上げればプラズマソードを突き出しつつ、敵が落ちてくる。

 背後のビルを慌ててプラズマソードで切り裂く。少しでも奥に避けられれば良し。


「間に合えっ!」


 空いた穴に背中を押し付ける。ガラスの割れる派手な音が響き、何とか機体を隠せるスペースが空いた。

 そう見るや、向こうもビルに切っ先を差し込み、切り裂きながら落ちてくる。

 タイミングを合わせて、斜め上にバーニア全開!

 機体が衝突した衝撃で、コクピットが跳ね上がった。

 縺れるようにして二体とも、向かいのビルに激突する。

 敵の機体を挟んだ分、ダメージの少ない俺が、先に立ち上がれた。お互い、サーベルはどこかに飛ばされて、もはや素手だ。

 起き上がろうとするのを蹴飛ばし、俯せに転がす。

 とにかく逃さないように、腰に馬乗りになって……どうしよう?

 ええい、困った時のプロレス技だ!

 敵の両腋から手を入れて、肩を掴む。そのまま強引に上半身を反らせれば……入った!

 キャメルクラッチ! ラクダ固めという奴だ。


「これは珍しい! トルーパーで関節技だ。富田くんの機体の腰が悲鳴を上げてるぞ! ギブアップの時は、地面をタップしてね」


 意地を張っても、レフリーもいなければ、ロープに逃げることも出来ない。

 何度も締め上げていくと、不意に抵抗がなくなった。

 タップ拒否の代償は、機体が真っ二つという敗戦だ。デジタルデータのポリゴン機体だから、破損こそしないものの、機体が可哀想だろう……。

 華やかな花火が上がり、俺の勝利を祝ってくれる。

 セフティーバーが上がり、コクピットから降りる。


「凄い凄い! 初めてなのは見て分かるけど、勘が良いのかな? これで準決勝進出だよ!」


 残念、ハグは無しか。

 興奮気味のつばさちゃんが祝ってくれる。


「試合前のセッティング調整で助かりました。ありがとう」

「それくらいは、逆ハンデになっちゃうからしてあげないと! 次も頑張って!」


 ど素人の連勝で、会場の目は暖かくなったけど、その分ステージに控える連中の目は冷ややかだよね、本当に。

 それなりに経験を積んで自信があるだけに、素人には負けられないって気迫を感じる。

 とはいえ、俺もつばさちゃんみたいな可愛い女の子に「勘がいい」とか褒められたら、調子に乗るしかないでしょう。ひょっとして、才能があるのかと自惚れちゃうよ?

 勉強も、スポーツもそこそこで、ただ無難な存在だと思ってた自分なんだから。


 トーナメントが進んで、ステージ上の選手が少なくなれば、出番は早くなる。

 もう俺も入れて、四人しか残っていない。

 コクピットブースに収まると、またつばさちゃんがセッティング調整に来てくれた。


「できることなら、もう二、三段、手足の反応を早く出来ないかな?」

「できるけど、物凄く過敏になるよ?」

「なんか、思ったよりも反応が遅く感じるから……」

「おぉ……頼もしい発言だね。相手は優勝候補の一角だから、気合を入れていこう」

「そういうの、解っちゃうものなの?」

「だって、みんなウチのお店のお客さんだもん。月例トーナメントとかでお馴染みのメンバーなのよ」

「なるほど……」

「トルーパーのバトルセットを置いてあるお店は、この辺りじゃウチくらいだからね」


 ふわんと甘い香りが遠ざかる。

 くそぉ……もうちょっと話してみたかったのに。


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