05 SUDDEN ENGAGED:告げるは諸刃の婚姻 ①

 ──無事に魔獣ジナラシを討伐したのは良いが、オレ達は学園に向かっている真っ最中な訳で。

 魔獣ジナラシの検分とデーアとの言い合いもそこそこに、魔獣討伐の連絡をして(魔獣に遭遇したら仮にその場で討伐したとしても所定の機関への連絡が義務付けられているのだ)オレ達は揃って魔駆車へと戻った。


 そしてオレは──やはり、先ほどまでと同じように頭を抱えていた。



「ご主人様、どうなされたんですかあ? 試練にも完全勝利して、一旦学園での憂いは断たれたのではあ?」


「全然断たれてないし、そもそもお前はオレが試練をクリアすることなんか大前提で、別口でオレの学園生活に混沌を齎す気満々だろうが……」


「えー、そんなことないですよお☆ この場であっさりと試練をクリアして下さったのは、私としても嬉しい誤算でしたしい」



 『いっぱい面白いことしてやるぞー』って、顔に書いてあんだよ。はぁ、最悪だ。今から何をやらかすのか心配すぎる……。

 流石に誰彼構わず喧嘩を売りに行くような真似はしないと思うが、オレが喧嘩を売らざるを得なくなるように仕向けるくらいはやりそうだからなあ。

 ……それに。



「お前の能力。オレの願いを叶える物質を発現できるってことは、逆説的に、


「…………あは☆」



 オレにとっては、この事実が痛い。

 能力からしてオレの思考全部を把握できるわけではないと思うが、オレがその時何を望んでいるかをこの邪神にリアルタイムでチェックされているというだけでかなりの痛手だ。

 だって望みっていうのは、常に本音でしかないからな。向こうは無限に腹芸をかましてくるのにオレの腹芸は自動的に無効化されるときた。



「……最悪だ……」


「またまたあ! 痒いところに手が届く便利リンカーネイトと考えればいいじゃないですか☆」


「………………最悪だ…………」



 『まだまだ人間力が足りませんねえ~』とか勝手なことをほざくデーアを無視して頭を抱えていたオレだったが、ふと思い出したことがあった。



「……そういえば、試練をクリアしたらその難易度に応じた望みを叶えるとか言ってたよな」



 『クリアできなければ見捨てる』というデメリットばかりが印象に残っていたが、そういえばそもそもこの試練はそういう話だった。

 危ない。あやうく危険を冒しておいてメリットだけ踏み倒されるところだった。



「ああ、はい。そうでしたねえ。私の能力も分かったところで! 試練の報酬として相応の願いを叶えてさしあげましょう!」


「じゃあ、今後は試練の代償として自身の制御不能をちらつかせるペナルティを提示するのを禁止してくれ」



 女神の言葉に対して、オレはほぼ即答でそう返した。


 願い、といってもそれでこの女神に何らかの報酬を願うのは馬鹿のすることだ。

 何せ、オレはそれで散々痛い目を見ているからな。だから、願いを盾にコイツにするべきは──制約を課すことだ。そうして、コイツを少しでも扱いやすく雁字搦めにする。それが、オレにとって一番得をする『願い』の使い方だ。

 ……本当は『今後は試練とか言い始めるのはやめてくれ』と言いたいところだが、多分この程度の試練じゃ、そこまでコイツの行動を縛ることはできないからな……。


 女神はというと、そんなに深刻そうな色も感じさせないようなきょとんとしたような表情で、



「あらら、そんなことでいいんですか? 別に構いませんけどお……。……人間力が足りてませんねえ」



 何か無理難題を提示されることを期待していたのだろうか。なんかテンションが下がりながら、デーアは唇を尖らせる。

 女神は不服そうにしながら、



「ともあれ、承知致しました。その願い、叶えて差し上げましょう☆」



 と、手を合わせながら言った。

 ……別にそれで何かが変わるわけじゃないけどな。『契約コントラクト』は設定できないっぽいし。



「ただ、これだけだと若干釣り合いが取れませんねえ……。そうだ☆ 無欲なご主人様の為に、特別に女神様が能力についての解説を解禁しましょうかあ」


「あ、それは真面目に助かるわ」



 思い付きで言ったらしいデーアに、オレは思わず素で乗っかってしまった。

 ……そもそも、こういう流れが欲しかったんだよ! なんか途中で窮地に追いやられて必死に能力推理が始まっちゃったけど! 本来はこうやって本人から解説がしてほしかったんだよ!



「私の能力は、ご主人様が推理されたように『術者の願いを叶える物質を発現すること』ですう。この物質は魔力によって構成されているので、魔獣やリンカーネイトにも効果がある──というのは既にお見せした通りですねえ」


「ああ、それは知ってる。……他に条件はあるか?」



 念の為確認すると、デーアは唇に指を添えながら、



「ん~……先ほどは『地球』の物質ばかりでしたが、この世界の物質も一応は発現できますねえ。ただ、魔力を帯びた物質や魔力で稼働する物質──たとえばこの魔駆車のような物質は、私──リンカーネイト『デーア=レプリカ』の魔力と干渉するのか発現不可のようですねえ」



 なるほど、それは考えられるラインだ。

 ……可能だったら、オレが知っている便利な魔法のアイテムが使えるかもしれないと思ったんだけどな。



「ってことは、魔法関連の組み合わせはほぼ不可能と見たほうがいいか。そうなってくると、どのみち科学技術が発達している『地球』の物質をメインに利用していくことになりそうだな……」



 まぁ、オレは残念ながら軍事ネタに強かったりはない普通の一般人だったから、そういう部分で的確な兵器を願うことも難しそうだが。



「あと、発現できる物質は私が片手で持てるサイズや重さまで、ですねえ。参考までに、私はこの魔駆車くらいまでなら片手で持ち上げられますよ☆」


「化け物かよ……」



 いや、リンカーネイトっていうのはそういうものなんだが。

 でも、可憐な美女の姿でワゴン車くらいの大きさと重さは余裕である魔駆車を片手で持ち上げられますとか言われると、流石にビビる部分もあるというか。

 ……というか。



「その制限、液体とか気体みたいな不定形物には適用されない──っていう抜け穴があるだろ?」


「…………お察しの通り☆」



 オレが指摘すると、デーアはにっこりと笑みを深めて答えた。……この女、しれっと一番重要な部分を隠しやがったぞ。

 さっきの戦闘でガソリンをそのまま出していたようだったから、おかしいと思ったんだ。

 『手で持てる』っていう制約を言葉通りに捉えるなら、液体はそもそも手で持てる量が極端に少ない。手を器にするとかしないと零れるからだ。もしも出せるガソリンの量がその程度なら、あの戦闘は絶対に成立しなかっただろう。



「つまり……液体や気体のような不定形物は例外的に、手で持てるような『重量』の内であれば、サイズの条件は無視して発現できる……いや、放出するような形で発現できる、か?」


「ご明察です、ご主人様! 液体や気体の場合、私は許される『重さ』の範囲ならサイズを問わず発現可能です。ただ、一度に全量を発現させることはできず、だいたい液体であれば『放水車』くらいの勢い、気体であれば『突風』くらいの勢いで連続して最初に願った量を『発現し続ける』ことになりますねえ。もちろん、勢いを弱めることもできますよお」



 ってことは、気体であればほぼ無尽蔵に出し続けることも可能ってことになるな。

 まぁ、さして強くない以上、無尽蔵に発現できるメリットなんて火災に巻き込まれたときに窒素を大量放出して火を鎮火させるとか、口元に手をやった上で空気を放出して即席の酸素ボンベにするとかくらいしか思いつかないが……。


 ……っていうか、こうやって詳しく聞いてみると『手で持てる』っていう制約が定量的な制限を分かりやすく言い換えたものかどうかも怪しいもんだな。

 たとえば──



「ちなみに、お前に身体強化の魔法をかけるとかして腕力を上げた場合、制限はどうなる?」


「もちろん、より重くより大きい物質を発現できるようになりますよ☆」



 ……ほら、やっぱり……。

 魔法で腕力を強化したらそれに応じて発現できる物質の上限も変わるってことは、それもう発現プロセスに『手』が関わってるってことじゃん……。めっちゃ大事な前提じゃん……。

 最低だよ! なんでご褒美の能力解説だっていうのに、神経を張り巡らせて相手の説明の裏を読まなきゃいけないんだよ! めんどくせえな! 何も言わなくても一から十まで説明しろや!

 ……あ、待てよ。発現の条件に『手で持つ』がこうも絡んでくるってことは……。



「改めて確認するぞ。物質の『発現』だが……起点を手以外に設定することは?」


「不可能です☆」


「……もし戦闘で両手が切り落とされたりした場合は?」


「リンカーネイトの自動修復が完了するまで、物質を手元に発現できなくなりますね☆」


「なりますね☆ じゃあね──んだよ……」



 めちゃくちゃ大事なところじゃん! じゃん!!


 リンカーネイトの破損は基本的に時間経過で修復されるんだが、全損の場合は復活まで三日くらいかかる。部位欠損となったら場所にもよるが丸一日は復活まで時間がかかると考えるべきだろう。

 ……丸一日能力使用不能。リンカーネイトの手が切り落とされるような状況に至ればその時点で敗北必至としても、かなりのウィークポイントである。事前に知れておいてよかった……。



「もちろん、何らかの方法で手を生やした場合は、起点が増えます。お得情報ですよ☆」


「……どのへんが???」



 腕が生えるようなレアケースなんか早々ねーだろうが!

 ほっと胸を撫で下ろすやら憤るやらのオレを放置して、デーアは説明を続けていく。



「さて、解説の続きですねえ。発現した物質は先ほども言った通り魔力で構成されております。魔獣やリンカーネイトにも通用しますが──科学的性質は本物同様なのでご安心ください☆」


「……電化製品の扱いはどうなる? 電源が必要な物品とか」


──といったような便利補完はありませんねえ。ただし、ポータブル発電機を別口で発現することで電源を別途用意する、みたいなことはできるようですよお?」


嵩張かさばるな……でもまぁ、そのあたりは工夫次第か……」



 この分だとスマートフォンとかも、衛星がないのでネットワークが必要な機能は使えないが、単品で使用可能なものについては使えるだろう。

 カメラとか時計とか、一応この世界にもありはするけど、まだ流石にスマホの機能に追いつけてはいないからな。咄嗟の時には重宝するかもしれない。


 ……というか。



「……よく考えたら、金品も出せるんだよな。そう考えると地味にヤバイ気がしてきたぞ」



 紙幣や貨幣はともかく、金や銀、宝石が高価であるのはこの世界でも共通だ。

 この能力でそれらを発現して売り捌くことができれば、一気に経済に多大な影響力を与えられるかもしれない。……平穏な暮らしとは程遠いからやるつもりはないが、交渉カードの一つとしては意識しておくべきだろう。



「もちろん出せますし、拒否もしませんけどお……どのみち発現した物質は発現後一時間経つか、私から一キロ離れた時点で解除されちゃいますよお?」


「…………まぁ、そりゃそうだわな」



 ……そんな上手い話はないよな……。うん、分かってたよ。経済掌握なんて大きいことは言わなくても、小遣い稼ぎくらいは……なんて思ってないよ。

 『お金持ちにはなれませんねえ☆』などとのたまう女神に八つ当たりの恨めしさを向けつつ、オレはそこでふと気付いた。



「解除、か。そういえばさっきの戦闘でもガソリンがいつの間にか消えてたけど、時間経過と距離超過以外の解除条件ってあるのか?」


「んー、まず任意が第一ですねえ。私が念じるだけで、一瞬で物質は消せますし、部分的に消すこともできます。ご主人様が願うことでも私がそれを汲み取って解除できますけど、それだと一拍程度のラグがあるでしょうねえ」


「まぁそれは仕方ないな……」


「ちなみに、部分的な解除はパーツが明確に区切れているものなら可能ですよお。シャープペンシルを出したあと、中身の芯だけ残す……みたいに。破壊されて分断された物質も、破片ごとに部品とカウントされます。不定形物の場合はもっと自由で、任意の部分だけ解除できますねえ」


「……ああ」



 オレは頷く。この辺は、なんとなくそうなんじゃないかと思っていたんだ。



「さっきの戦闘だと、ガソリンや炎は適宜解除しながら戦っていたみたいだしな。お前自身炎の影響をし、近くまで行ったのにガソリンの匂いもしなかったし」



 自分に影響がある部分や、気化したガソリンは適宜解除していたのだろう。でないと気化したガソリンに引火して大爆発が起きかねないので妥当な判断だ。



「ご明察です‪☆」



 デーアは頷いて笑い、



「ただし、解除しても物質の二次影響が消えるわけではありませんよお。発現した火で燃えた跡が消えるわけじゃないってことですねえ。ちなみに、あまり大きすぎる物質を一気に解除するとその体積分の真空が生まれるので、その辺りはお気をつけて☆」



 それはむしろ利用できるかもしれないな。もっとも、かなり限定的な状況に限るだろうが。

 と、そこで解除の話題をしていくうちに──ふと、オレの中にある疑問が生まれた。



「……そうだ。食事は出せたりするのか?」



 食事の発現。

 単純に食欲を満たす為──ではなく、というケースを考えたゆえの疑問だ。

 たとえば、生物が水を摂取すると摂取から二〇~三〇分で血管を通して全身に巡る。デーアが発現した水を飲ませて、それを一時間後に解除したならば──そいつは飲んだ分の水が血液から失われるということにならないだろうか?

 もしこれが通るなら、魔獣の巣近くの水源に水を垂れ流して魔獣にそれを飲ませて、それから解除することで急速な脱水症状を引き起こす──というようなことも可能になるだろう。それは対魔獣戦においては相当強力な勝ち筋となる……!


 ──果たして、デーアは楽しそうに笑いながら、



「もちろん出せますとも☆ そしてご安心を。食事等で魔力ある生物に取り込まれた場合、発現した物質はその生物の魔力と結合して解除不能になります。安心して好きなお食事がいつでも楽しめますねえ☆」


「…………あぁ、そう……」



 ……分かってたよ。そんなに世間は甘くないってことくらい!

 いやむしろ、総合的にはプラスと言ってもいいかもしれない。だっていつでも好きな料理が食べられるんだ。前世の料理も食べ放題。いいことじゃないか。

 ……この世界、食文化がかなり発達してるから、食で物足りなさを感じたことは今まで一度もないんだけどさ……。



「ご主人様、ひょっとして発現した食べ物を食べさせてから解除したらダメージを与えられる……とか考えたりしてました?」


「……………………」


「…………転生の『特典ギフト』に『太い実家』を選んだ時から思ってましたけどお……ご主人様ってなんかこう、発想が……なんて言うんでしたっけ? え~と……ああそう! 地に足が着きすぎマンチですよね☆」


「悪いかァ!!!!」



 ガソリン撒いて敵の能力発動を封じつつ炎上ダメージを稼ぐ性悪邪神に言われたくないわ!!


 …………。


 ………………最悪だ……。




   ◆ ◆ ◆




 そんなこんなで粗方の能力について説明を受けたオレは、横になって体力の回復に努めていた。…………決して不貞寝ではない。

 そもそもからして、心労がモリモリなのである。さらに慣れない人助けなんかをして、試練とか、能力の推理とか、いい加減疲れた。この上にこの邪神の相手などやってられるかという感じである。

 女神の方も流石に疲労困憊のオレにちょっかいをかける気はなかったのか、あるいは別で思惑でもあるのか、特にオレに干渉するようなこともなく──ささやかな平穏の中、オレはいつの間にかうたた寝していた。



「…………ハッ!?」



 ──じゃねぇよ! と我に返って目を覚ましたのは、一体どれくらい経ってからだろうか。

 さっき魔物の襲撃を受けたっていうのにうたた寝してるとか、そこはかとなく不用心だ。なんか凄くぬくぬくしていて気持ちよかったから、うっかり船を濃いでしまっていたが……!


 ……ん? ぬくぬく?



「あ、おはようございますう。よくお眠りでしたねえ、ご主人様☆」


「あ!? 何これ!?」



 ……気付けば、オレはふかふかの布団にふかふかの枕、もふもふの掛布団という完全安眠体制に入っていた。

 こ、これは……デーアの能力!?



「ご主人様が安眠をお望みだったようですので! 僭越ながら、リンカーネイトとしてお力添えさせていただきました」


「ああうん、ありがとう……」



 くっ……確かにお陰様ですっきり爽快な目覚めだし、頭が痛い感じとかも大分和らいではいるが……! こう、素直に親切にしてもらえると強めに突っぱねにくくなるからやめてほしい……!



「あはあ☆ ご主人様のそういうところ、私好きですねえ」


「よし、遠慮しなくて良いらしいということは分かった」



 ……これ、こうやって良い感じのコミュニケーションも取ることでオレの態度を軟化させようっていう作戦だな!?

 全体的な損得のバランスがプラスにもマイナスにも振れないような、そんな微妙な塩梅でいられるのが、人間は一番困るんだよ……! 扱いに……!



「うーん、人間力の方はまだまだですがあ……ともあれ、起こす手間が省けたのは良かったですねえ」



 布団が解除されて一気に硬く感じるようになった座席から身を起こしたところで、デーアがそんなことを言う。

 意図が分からずに首を傾げるオレに対して、デーアは窓の外の景色を見遣りながら、



「だって、もう見えて来たじゃないですかあ。運転席の先に──これから私達が過ごすことになる、学び舎の姿が」


「……あ、」



 言われて、オレは顔を上げてみる。

 魔駆車の窓から顔を出して前方を見てみると、オレ達の前には巨大な城壁と城門、そしてその向こうにある石造りの巨大な学び舎の姿が見えてきていた。


 ……あれが、このアンガリア王国唯一の魔法教育機関。


 オレがこれから、この先の一生を懸けて奮闘することになる戦場──


 ────セントリア魔法学園か。

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