02 TERRIBLE REUNION:ここで会ったが百年目 ②

 ──この一〇〇年あまりの魔法技術の発展は、幾つかの『特異点』を生み出していた。


 この魔駆車を始めとした魔業製品もそうだが、一番大きなものはといえば──魔獣との生存競争において人類が平穏を勝ち取るに至った最大の要因、魔法技術の奥義・『四奏魔法リンカーネイト』だろう。

 かつてとある『聖者』によって生み出されたというこの技術は、今や『学園』に入学する生徒全員が入学前に習得する必須技能と化していた。


 そしてこの奥義の効果は──『己の魔法の才能を具現化すること』。

 たとえば炎魔法の使い手であれば火を噴くドラゴン──といったように、現時点での自覚のあるなしにかかわらず、その術者の才能を反映した『使い魔』を作り出す技術、あるいはそうやって作り出された使い魔自身を『リンカーネイト』と呼ぶわけだ。


 そして、問題のオレのリンカーネイト。

 即ちオレの魔法の才能の具現化は──どういうわけか、オレを陥れてこの修羅の世界に転生させた張本人・邪神デーアなのだった。

 ……いやホント、才能すらこんな邪神に上書きされてるオレってどうなのよ?


 ちなみにリンカーネイトは一体につき一つの能力を持っているものなのだが、それはまだ分からない。どんなリンカーネイト使いも、よほどの例外でもない限りは最初の内はちょっとずつ試運転して能力を知るものなのだそうだ。


 もっとも──、



「なあ、お前の能力ってなんなんだよ?」


「ん~、秘密、です☆」



 ──この邪神は、自分がリンカーネイト自身だからか、自分に宿った能力を既に理解しているようだが。



「おい、ふざけている場合じゃないんだぞ。こっちは命がかかってるんだ。お前の能力理解が完璧なら、それを知ることができるか否かでだいぶ話が変わってくる」


「ええ~、そんなに変わらなくないですかあ? だってこれから向かうのは『学園』。貴族の子女を一人前に育て上げるなわけで……生命の危険なんて滅多にないと思いますよお?」


「分かってて言っているんなら褒めてやるけどな」



 意識的に息を吐いて心を落ち着けて、



「魔獣との生存競争真っ只中だった頃ならいざ知らず、今の時代、一人前の貴族に育て上げる教育機関なんてお題目は建前でしかない。大事な大事な跡取り息子・娘をわざわざ領地の外に出す最大の理由は、だよ」


「ほむほむ?」


「マジで人類同士で内ゲバをやれば、途端に魔獣との戦線維持に問題が生じるってことくらいはみんな分かっている。だから、子どもの喧嘩で済むうちに『格付け』を終わらせるんだ。人類生存のための知恵ってヤツだよ」



 学園にやってくる生徒は漏れなくその家の『未来の特記戦力』。リンカーネイトもそうだが、その時点での家の最高戦力を背負って学園にやってくる。

 リンカーネイトの能力が根本的には変化しないことを踏まえると、大抵はそこで成立した格付けがそのままになるってことだ。

 他にも将来的な協力関係を作る場でもあるから、学園内では派閥だのなんだので生徒同士の謀略戦が日夜繰り広げられているとかなんとか。こんな状況で『教育機関』という触れ込みを無邪気に信じるようなヤツ、三日と経たないうちに破滅するだろ。


 ──総じて、オレがこれから向かうのは学園という名ではあるものの、ある種の戦場に等しい。

 自前の戦力の理解度一つとってみても、今後の人生を大きく左右するファクターになるというわけだ。


「……それに、今年の新入生にはこのアンガリア王国の第一王女もいるんだ。いい感じにつかず離れずの距離を保って覚えを良くしていたら、上手くすればこのクソったれなフィリデイ辺境伯家の運命からオサラバできるだろ。……そのためには『学園』でさっさと頭角を現さなければならないんだよ」


「ほお~。ご主人様、意外と考えていらっしゃるんですねえ」



 一息に言ったオレに、デーアは心底興味なさそうな言葉を返した。

 こ、この女…………。



「そういうわけだから、オレの『学園』での目標は二つ! 『平穏に生きること』、それと『なるべく早くそれなりの地位を確保すること』! お前もリンカーネイトなら最低限主人の目標には協力しろよ」


「構いませんが、『平穏に生きること』と『なるべく早くそれなりの地位を確保すること』は微妙に相反しませんかねえ? そもそも、そのような治安の『学園』で頭角を現したら、『平穏』どころではないようなあ?」



 …………どうでもいいところでもっともなことを言うなよ。



「それでも、なるべく両立させるんだよ。だから能力教えてくれない?」


「はあ。その文脈でお願いされると、応えるべきですねえ。……ですがあ、同時に私は女神でもあるので☆」



 と。


 そこで突然ガクン! と体が傾いた。──魔駆車が急停止したのだ。突然の急制動に、オレもデーアも思わず言葉が止まる。

 ……まだフィリデイ辺境伯領を出てから間もない。現在地は隣領のヴィラムルース男爵領か? 『学園』のあるセント地峡まではあと二時間以上かかるし、途中運転術師の休憩に立ち寄る街までもまだ時間がある。

 つまり、不測の事態。



「ヒュース! 何があったの!」



 即断して、オレは前方座席(魔駆車内は向かい合う形の客席と運転席が壁で仕切られている)へ続く小窓を開けながら問いかける。

 ……今となっては、こうやって女口調を取り繕うのもお手の物だ。もはや羞恥すら感じなくなって久しい。最悪だ。何も感じないのが却ってむなしい……。


 オレが呼びかけた運転術師──魔駆車を操縦する術者のこと。平凡な貴族なら家に数人はお抱えの運転術師がいる──のヒュースは戦慄した表情を浮かべ、



「魔獣でございます、アルマお嬢様……! ありゃあ……!! 『ジナラシ』です!! 拳を打ち下ろすことで、大地から大津波さえ起こすことができるっていう……! 対処だけなら私でも可能ですが……危険ですし、無用に争う必要もありません。此処は迂回して、」


「いーえいえ!!!! とんでもないっ!!!!」



 そこで。

 運転術師と会話していたオレを押しのけて、女神は満面の笑みを浮かべながら身を乗り出してきた。



「渡りに船ですご主人様。これを『試練』と致しましょう!!」


「何言ってんの!?」



 オレは、思わず女神への敵愾心とか不信感とかを投げ捨てて素の反応をしてしまった。

 運転席へ顔を出したから分かる。風防から覗く、魔獣ジナラシ──その威容が。


 そいつは、体高五メートルにもなる巨体だった。

 見た目の第一印象を表現するなら、『鼻の削げ落ちたマンモス』だろうか。長い茶色の体毛に覆われた四足の姿勢。丸太のようなという形容が過小評価に思える逞しい四肢。そして顔面からから伸びた二本の牙。氷河期時代の古代生物が復活して暴れている──なんて説明したら、浪漫を求めるバカなら信じてしまいそうな風貌だ。

 だが、茶色の体毛から覗く相貌は異様そのものだった。

 しかめっ面の阿修羅像みたいな顔面は、どう考えてもネコ科動物のそれ。

 さらによく見てみると、四足の姿勢は実際には『四足歩行』というより、両拳で地面を突いた、ゴリラのそれに近いことが分かる。


 ──魔獣ジナラシ。

 拳を撃ちつけることで地面を操作する『』を有する、中型魔獣だ。

 より正確に言えば──拳によって発生させた運動エネルギーの分だけ、直接殴りつけた地面を自在に操作することができる。

 威力は絶大で、本気で両拳を叩きつければ、そこを起点に地面の大津波を起こすこともできる。フィリデイ辺境伯領の記録によれば、コイツが暴れたせいで一つの村が丸々『土没』した事件もあるとかなんとか。

 ……能力もそうだが、体高五メートルとかいう巨躯でも分類が『中型』なあたり、本当に魔獣という生物種は最悪だと思う。


 ……武闘派のリンカーネイトを持つ護衛がいなければどう考えても即撤退が正解なバケモノな訳だが……コイツは今、なんて言った? 試練とする!? 何の!?



「わお、ゴリラみたいなサーベルタイガーですねえ☆」



 身を乗り出したデーアは、そう言ってさらに笑みを深める。



「だから、試練って何! 目の前に魔獣がいるんだよ!?」


「ああ、そちらについてはご心配なく! 魔獣程度なら、私の方で片付けておきますのでえ☆ ご主人様には、その様子を見て私のについて推測していただきましょう!! 期限は明日の日没まで! 達成すれば難易度相当の望みを叶えて差し上げますが、!!」


「な、にを……!?」



 コイツ……ふざけているわけじゃない。真面目に、本気で言っていやがる。この局面で……!

 デーアは笑みを引っ込めると、



「此処で決断が鈍ってしまうようでは、が足りていませんよお、ご主人様。の難題なら……『この程度で試練とは笑わせてくれるぜ』くらいは言ってくださらないと☆」


「無茶言わないでよ!!」



 完全にノーヒントの状況から、たったの一日で能力を推察しろだと!? 本来であれば早くても数週間、遅いヤツは自分の能力を把握するのに一年かかる場合もあるのが『リンカーネイトの能力把握』なんだぞ!?

 それも、コイツは明確にオレに対して能力を隠す意思がある。通常よりも圧倒的に不利な状況だってのに……!



「無理と言うなら、此処で終わりでも私は一向に構いませんけどお? もっともその場合、ご主人様は完全な丸腰で学園生活を過ごさなくてはいけなくなりますけど☆」


「………………!!」



 突然突きつけられた異常な条件に、戦慄していたオレだったが……この邪神はさらに、新たなる情報を付け加えてくる。



「──まあ、とはいえ私はご主人様のリンカーネイトですのでえ、ど~~してもと言うのであれば、この場は矛を収めます。試練は撤回しませんので、どのみち明日の日没までに私の能力の手がかりを探してもらう必要はありますけどねえ」



 デーアはそこまで言って、不意に視線を魔獣ジナラシからずらす。

 ちょうど、魔獣ジナラシの──足元あたりに。



「それに……間が良いことに、どうやら魔獣はを狙っているようですし☆」


「は?」



 その言葉を聞いて、オレは改めて魔獣ジナラシのを注視する。


 ──そこには、横転した小型の魔駆車が転がっていた。


 破損はない。だが転がっているため、動かすこともできないようだった。……辺りに人影の類はないから、おそらく脱出すらできていない状態だろう。

 このままオレ達が逃げれば、間違いなく彼らは魔獣ジナラシの餌食になる。


 逆に言えば、すぐに逃げれば、魔獣ジナラシがあの人たちを狙っている間にオレ達は安全に逃げることが、できる、が……。

 …………それは、あの人たちを見捨てるということだ。



 ………………………………。




「…………



 気付けば、オレの口からはそんな言葉が突いて出ていた。

 オレの言葉を聞いて、デーアの表情が愉快そうに綻ぶ。



「おやおやあ? 良いのですか? 逃げなくて。おそらく、相手は隣領の貴族ですよねえ? どうせ学園では敵同士のようなものなのですし、わざわざ助ける必要もないのでは?」


「そんなの別に、助けない理由にはならないでしょ」



 オレは呼吸を落ち着けて冷静さを保ちながら、デーアに対して答える。


 確かに、学園では敵同士になるのかもしれない。助けたってオレの得には一切ならないのかもしれない。むしろ、将来的にオレの首を締める結果にすらなるのかもしれない。

 

 それがこの場であの人たちを見捨てて良い理由になんか、魔獣というこの世の理不尽にすり潰されそうになっている被害者を見捨てることへの正当化になんか、一ミリもならない。……



「……良い人間力です☆」



 睨みつけるオレに向かってにやりと笑みを向けた。

 オレはそれには取り合わず、



「デーア。アナタのスペックであの横転した魔駆車は立て直せる?」


「無論でございます☆ 片手で持ち上げるのも容易ですよお」


「……なら、まず魔獣ジナラシの動きを止めた後で、魔駆車を立て直して逃がしてあげて。囮が必要なら私がやるよ」


「心配ご無用! あの程度の魔獣の討伐であれば、私がしっかりきっちり人命救助も含めてこなしてご覧に入れますとも! 何せ、私はご主人様のリンカーネイトですから☆☆」


「…………そう」



 救助と討伐を両方こなせると自信満々に断言できるほどのスペックなのは有難いが、その分試練が……。……いや、今はとりあえず人命優先か。

 オレがとりあえず承服したのを見て取った女神は一旦顔を引っ込めると、客席の窓枠に足をかけ



「なぁッ!? お嬢様、何を……」


「あの魔駆車の乗員を助けるよ。私達は、とりあえず此処で待機。下手に近づいてもデーアの邪魔になるだけだから」



 状況について行けていない運転術師ヒュースを押しのけ、オレは運転席に乗り込んで戦況を注視する。

 此処からなら、デーアの戦いぶりがよく分かる。


 魔獣ジナラシは、拳で直接地面を叩くことで地形を変化させる魔法を使う。

 つまり、対魔獣ジナラシの攻略をするというのであれば、アイツが地面を叩く行動そのものを阻止する必要がある。デーアの初手も十中八九その意図に沿った動きになるはず。

 ……既に一手目の当たりはつけた。あとはあの人たちが無事に逃げるのを見届け次第、初手の動きからアイツの能力を考察して、



 そう考えている最中に、デーアが魔獣ジナラシの正面に降り立った。


 ──その直後。



「!?」



 ずずん……! と。

 デーアと相対したはずの魔獣ジナラシが、

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