03 TERRIBLE REUNION:ここで会ったが百年目 ③

 その瞬間。

 あまりに自然すぎて、オレはそれが、魔獣ジナラシの攻撃の予備動作なのかと身構えてしまったくらいだった。

 地響きから一拍遅れてから、魔獣ジナラシの苦し気な雄叫びを聞いて──オレはようやく、この事態が魔獣ジナラシにとってまったくの想定外であることを悟った。



 ……何も分からなかった……! 既に、女神ヤツの攻撃は始まっていたんだ……!!



 そして魔獣ジナラシが突然の転倒から立ち直る間もなく、デーアはさらに追撃を開始する。

 デーアはド派手に転倒したことで吹き上がる粉塵の中に突っ込んでいき──そしてドゴシャ!! と、肉が潰れる音が響き渡った。……姿を見るまでもなく状況は分かる。おそらく、デーアが魔獣ジナラシの顔面なりなんなりを蹴り飛ばしたのだろう。



「ゴォォおおおおあッオオォォおおおアァァああああああああああッッ!?!?!?」



 その証拠に、魔獣ジナラシの苦し気な悲鳴があたり一面に響き渡った。


 魔獣は魔力を帯びているから、魔法攻撃以外の攻撃は極端に効果が落ちてしまう。だが、術者の魔法の才能の具現化であるリンカーネイトは当然ながら、魔力によって構成されたいわば魔力の塊だ。魔力による防御を貫通して魔獣にダメージを与えるのも容易い。

 ちなみに、他に魔獣に有効打を与える方法としては『窒息』がある。一体で都市を破壊しかねない魔獣と言っても、結局は生物だからな。酸素がなければ生きられないし、むしろ巨大な分生存に必要な酸素は多くなる。リンカーネイト発明後の今も、魔獣の死因で最も多いのはリンカーネイトによる外傷ではなく放火や生き埋めによる窒息だというのだから、どれだけ有効な作戦か分かるだろう。



「あっ、魔駆車が!」



 隣で、ヒュースが短く声を上げる。

 見ると濛々もうもうと立ち込める土煙を突っ切るように、先ほど横転していた魔駆車が走り去っている姿があった。……良かった、走行は出来る状態だったようだ。

 ──これで、女神の能力を考察する余裕ができた。


 ……ほぼ戦闘の内容は土煙に覆われていて分からないが、デーアの膂力に関しては分かった。

 少なくともヤツは、跳躍だけで十数メートルを移動し、一撃で魔獣を苦悶させられ、そして容易く横転した魔駆車を元通りに戻してやれる程度の身体能力を有している。

 これは一般的な『リンカーネイト』よりもやや強いくらいの身体能力だ。能力が何かは分からないが、身体能力だけでもある程度魔獣相手にやっていけるというのはオレにとってはグッドニュースである。……『試練』においては能力を使う機会が減るってことだから、そういう意味ではバッドニュースでもあるか。


 程なくして、土煙の中から魔獣ジナラシが顔を出すが──その姿も、既に異様だった。

 顔面中央を陥没させて鼻から血を溢れさせた魔獣ジナラシは、その体毛全てを焼け焦げさせる勢いで炎上していたのだ。



「馬鹿な……魔獣ジナラシが燃えている!? お嬢様のリンカーネイトは炎を操ることができるのですか!? そんな魔法の才能がお嬢様に……」


「さあ、どうだろうね」



 ヒュースの言葉に適当に答えながら、オレは状況を注視していた。

 そして同時に、女神のについても何となく察しがついていた。


 デーアのいやに好戦的な態度……そして惜しげもなく能力の片鱗を見せる戦闘方法。あの女の性格からして、単なる大盤振る舞いという可能性はゼロだろう。そこから考えるに……おそらく、あの邪神の能力の本質は炎だとか急な転倒だとかそんな表層的な情報から推測できるようなものじゃあない。

 だからこそデーアは、オレがこの戦闘からでは自分の能力の秘密を読み取れないと判断して、あんな条件を提示したんだ。


 そしてこの戦闘でデーアの能力を突き止めることができなければ、オレは次にどう動かざるを得ないか。

 ……そう。

 刻限の日没までに、デーアの能力を突き止める材料を得る為に使のだ。

 例えば──誰彼かまわず喧嘩を売るとかして。


 つまり、この試練の『目的』はデーアが口にしていたような『オレの資質を見極めること』ではない。というかヤツは、腹立たしいことにオレが期限内に自分の能力を看破すると

 ヤツの真の狙いは、能力を推測する為にオレに自発的に戦闘を引き起こさせること。それが──デーアがこの試練をオレに課した『目的』だ。

 もちろんそれは、『平穏な暮らし』というオレの目的に真っ向から反するもの。デーアはそれを分かっていて、望んだ暮らしから乖離した学園生活になるようにオレを誘導しているんだ。

 ……実に邪神らしいやり口だろう。



「!! お嬢様!? 何を……、」


「悪いね、ヒュース。お母様には、内緒にしておいてよ!」



 ──だがその目論見が成立するのは、オレが後ろでぼーっと突っ立って一部始終をだった場合のみだ。


 オレはヒュースに呼びかけてから、運転席の扉を開けて車外へと降り立つ。

 目的は一つ。──デーアの戦闘を間近で観察し、遠方から観察するだけでは掴めない能力の手がかりを手に入れること。


 オレが魔駆車から降りると同時に、魔獣ジナラシはまたしても転倒したのか、土煙の中に引っ込んでそれからズシン──と物々しい音を立てた。

 そのあとは、断続的にズズ……と地響きのようなが響いていく。

 ほどなくして、土煙から飛び出して後退したデーアがオレの目の前に飛び込んで来た。土煙の中でよほど暴れ回ったのだろう。デーアは両手を血に染め土埃をそこかしこにつけていた。……あまりにも野蛮な有様だったが、その血染めの風貌はこの邪神には不思議とお似合いだった。



「──おや、ご主人様☆」


「……襲われた人たちは無事に避難できたみたいだな。助かった。お疲れ様」


「いえいえ、このくらいはお安い御用ですよ☆」



 デーアは、土煙の奥にいる魔獣ジナラシの方へ視線を向けたままオレに言う。



「ところでご主人様、此処は危ないですよお? 戦闘に巻き込まれでもしたら……」


「その危険からオレを守るのがお前の役割だろうが」



 デーアから、五メートル程度。

 その位置に立ったオレは、暗にオレを遠ざけようとするデーアに切り返すように答えた。

 さっきまでは避難優先だったのでデーアに負担はかけたくなかったが……何も背負うものがない戦場なら、話は別だ。コイツが言い出したことなんだから、いくらでも負担をかけてやる。



「『試練』に異存はない。受けてやるよ。だが、一方でお前はオレのリンカーネイトだ」


「……………………」


「『お前にばかり戦闘を任せるものか。オレも共に戦おう』。……?」



 立て板に水の勢いで喋っていたデーアの言葉が、此処に来て止まる。

 すっと、これまで魔獣ジナラシの方だけを見ていたデーアの視線が、オレの方へと向けられる。


 ──ヤツがあくまでオレに対して能力を隠そうとするというのであれば、こっちだって暴こうと行動してやればいい。

 何もこっちから動いちゃいけないだなんてルールが決められている訳でもない。術者がリンカーネイトとともに戦場に出ること自体は、至極自然なことなのだから。


 当然オレもまた魔獣の危害を受けるというリスクを背負うことになるが、そこは状況判断だ。

 此処でたった一時、魔獣と戦うリスクを背負うか、学園でコイツの能力を暴くために死に物狂いで揉め事を起こし自分の立場を悪くするリスクを背負うか──どっちが危険かなんて、考える余地もないだろう。


 視線を交わした数瞬が、何十倍にも引き延ばされているかのような緊張の後で──女神はニイと、禍々しい笑みを浮かべた。



「……仰る通りです!! 流石はご主人様☆ 魔獣との戦闘においても前線に立つ勇猛果敢ぶり! このデーア感服致しました☆」



 そう言うと、デーアはスッと土煙の奥にいる魔獣ジナラシへと視線を向け直す。そして──そのまま、斜め上方へと跳躍して魔獣ジナラシへと接近を始めたのだった。

 改めて見ても、凄まじい身体能力だ。まぁ、それ自体はさっき魔駆車から跳躍していたときにそれ以上の跳躍を見せていたから、新事実でもなんでもない。オレが注視したのは跳躍したこと自体ではなく──



「……『上』を選ぶのか」



 正面からの接近ではなく、攻撃の回避が難しい上空からの接近を選んだ、という事実。


 土煙によって魔獣ジナラシの視界が覆われているとはいえ、逃げ場のない空中であの攻撃を受け止めるのは通常であれば避けたいはず。

 にも拘らず回避のしづらい『上』からの接近を選ぶというのは、空中でも問題なく回避できる手段があるか、相手の攻撃を防御する方法があるか──、──いや、違う。



「──魔獣『ジナラシ』は、



 それは紛れもない事実だ。

 だが、紛れもない事実だからこそ──この戦場では、既に異常な事態が発生している。


 姿


 もっと言えば、何度も転んだりする前に地面操作を使って立ち上がる補助を生み出す手だってあったはず。魔『獣』と言っても、そのくらいの知恵を働かせる頭はあるのに。

 普通に考えればやっているはずのことを未だに実行していないということは、それはということだ。

 例えば──。



「…………さっき土煙から垣間見えた燃え方……あれはただ火をつけたってだけの燃え方じゃない。なにかガソリンでもかけられたような……」



 ──


 その証拠に、土煙によって覆われているものの、僅かに漏れ出ている炎はよく見ると燃え広がっている。……液体に引火し、そこから火の手が上がっている為に起きているような光景だ。


 そしてだとするならば、全ての辻褄が合う。

 魔獣ジナラシが地面操作を行えないのも、ヤツが攻撃のリスクがある空中からの接近を敢行したのも。

 魔獣ジナラシが地面操作を行えないのは、地面がガソリンで覆われているから。さらに拳にもガソリンが付着して炎上しているので、地面に触れるという条件が満たせないから、操作ができないのだ。

 ヤツが攻撃のリスクを考えなかったのは当然で、『上方』という重心を高くしなければ迎撃できない方向からの攻撃ならば、ガソリンで足場が不安定な魔獣ジナラシは攻撃できないと踏んだのだろう。

 そして魔獣ジナラシは、気化したガソリンが炎上しているせいで先ほどから満足に呼吸もできていない。当然ながら、魔獣ジナラシの迎撃は成立せず、


 ズドン!!!! と。


 地響きさえ轟かせながら、デーアの攻撃が着弾したらしかった。

 おそらくは──喉笛あたりにでもストンピングキックをかましたのだろう。先程の顔面への攻撃と言い、デーアの攻撃は魔獣ジナラシの呼吸機能へ集中している。今の炎上で呼吸がろくにできていない相手への詰めの一撃なら、まず喉を狙うはずだ。

 ただ、それだけだと魔獣の生命力では即死はしない。反撃を食らう恐れがある以上、追撃が必要になってくるはずだ。ガソリンによる足場崩し、それから炎上による窒息。これによってその場に縫い留めた上に直接攻撃で以て大ダメージを与えた直後──オレなら、大きな破壊力による一撃が欲しいところだけれども。



「──ご主人様!!」



 と。

 そんなことを考えながら戦況を睨んでいると、粉塵の中からデーアが跳躍してこちらの方へと飛び出してくる。

 粉塵の中で暴れ散らかしたからか、デーアは土煙と血で汚れてはいるものの──ガソリンに塗れていたり、炎で焼けたりしている様子はなかった。……魔獣にも効いている訳だから、あの炎も普通に魔獣に効く魔力を帯びた炎のはずではあるんだが。





 ぐぐっと。

 そんなことをぼんやり考えながらデーアの様子を観察していると、いつの間にかオレの目の前まで近づいて来ていたデーアがオレの頭の上に右手を載せ、そして思い切り下に押し込んだ。

 手加減されているとはいえリンカーネイトの怪力だ。オレの膝はあっさりとデーアに屈して、かくんとその場で尻餅を突いた。


 直後、だった。


 ズッドォオオオオオオオオン!!!! と、腹に響く轟音が響き渡り──それから、びしゃびしゃと何か水っぽいものが降り注ぐ音がした。

 …………雨? このタイミングでか? 傘持ってきてな……、いや、それよりも魔獣ジナラシの火が消える!?



「……っ、」


「ご安心を、ご主人様」



 バサッ、といつの間に取り出したのか、ビニール傘を差しながらデーアはオレを見下ろしてこう告げた。



「魔獣ジナラシ、討伐完了です☆」



 その笑みを見上げながら、そこでオレはようやく気付いた。

 降り注いでいたのは、雨なんかじゃなく。


 バラバラに飛び散った、魔獣の肉片と血煙だったことに。

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