04 TERRIBLE REUNION:ここで会ったが百年目 ④

 そこは、地獄絵図と言っても差し支えなかった。



「──どうですかあ? 完全勝利☆ ぶい☆」



 地に倒れ伏すのは、

 首から上があったであろう部分は地面ごと抉れており、そこからまるで波が起きたみたいに血飛沫が全方位に飛び散っていた。

 地面には焼け焦げた炭のようなものがぱらぱらと散らばっていて、街道の両脇に立ち並んでいた林も余波を受けて黒く焦げて、あるものは倒れている。

 ……火事に発展しそうな火勢じゃないのがせめてもの救いか。どちらにせよ、辺りはとんでもない戦場跡になっていた。



「こ、れは……」



 オレは呟きながら、足早に魔獣ジナラシの屍骸へと駆け寄っていく。

 ……ガソリンの匂いは、しなかった。さっきの炎上の仕方も本当に可燃物由来なのか、疑問にすら思ってしまうほどに……残り香すらも存在しない。

 証拠隠滅か? そういえば、気付けばデーアが手に持っていたビニール傘も消えている気がする。


 だが、近づいたことで魔獣ジナラシの屍骸の損壊状態はよく確認することができた。

 倒れ伏した魔獣ジナラシの負傷は、正確に表現すると傷跡だった。まるで、喉元に巨大な風穴が空いて、そこから上下に吹き飛んで顎から上の肉が引き千切れたような……そんな破損だ。

 先程の爆音と併せて、おそらくこの喉元が爆発の中心部だったことは間違いない。そして、皮膚の焼け焦げ方から見て……おそらく、爆発は体表ではなく体内から発生している。



「………………」


「おやおやあ? ご主人様、どうされたんですかあ? 難しい顏されてますけどお……」


「うるさい。今、考えているんだ」



 口を挟んでくるデーアに、オレは短くそう言う。

 オレの思考は、既にデーアの持つ能力に焦点を移していた。



「ありゃ。もう集中しちゃってますねえ。さっきまであれだけ弱音だらけだったのに。ま、それでこそご主人様ですが☆」



 ……神様らしく何でもできるように見えるよう振舞っているが、コイツの戦闘は全て『物質の発現』で説明がつく範疇に収まっている。

 もし仮にコイツが爆発そのものを扱っているのであれば、魔獣ジナラシの破損はこうはならないと思う。この傷は、ことによってできた傷のはずだ。


 ……間違いない。

 コイツの能力の根幹は、物質を発現すること。

 そして……コイツが今回の戦闘で発現したのは四つ。

 ガソリンと、爆弾と、それらに点火する火種と、ビニール傘だ。だが……これだけじゃあ、推論としてはあまりに大雑把すぎる。この程度で成功扱いとなるような試練なら、最初からこの性悪邪神が提示するはずがない。

 さらに一歩……いや、もう二歩くらい踏み込む必要がある。



「……お前、さっき爆弾を発現していたよな」


「お答えできかねますが☆」


「答えは聞いていない。ガソリン、ビニール傘、爆弾。お前が明確に発現していた物品だ。火種もあるんだろうが確認できていないから今は除外する。……今挙げたものには、ある共通点が存在していた」



 あまりにも見慣れた物品の数々。

 それゆえに、戦闘中はオレもそこまで意識していなかったが──あれらは、ある意味ではでもあった。

 何故ならば。



「全部、この世界の物品じゃない。……『



 ガソリンも、ビニール傘も、爆弾も、この世界においてはまだ存在していない。

 『地球』と違い、工業ではなく魔業の道を進んだこの星の科学では化石燃料の需要が生まれなかったし、それゆえに化石燃料から精製される製品も存在しない。

 魔法が武力であり特権として機能する世界だからこそ、爆弾に類する武力の発明もされてこなかった。

 オレにとってはこれらの物質は、ある意味では見慣れていたが──実のところ、この世界では見たことすらない『見慣れない物質』でもあった。


 デーアの薄っぺらな笑みが、じんわりと濃くなっていく。


 つまり、コイツの能力っていうのは──



オレの前世の世界……『地球の物資を発現すること』、」



 ──オレはそこで一旦言葉を切って、




「…………あは☆」



 それまでの推論を、一旦破棄した。


 地球の物質を発現すること。確かに、その推論に筋は通る。ガソリンも爆弾も、余裕を見せたビニール傘の発現すらその理屈で説明ができる。

 できるが……しかし違和感だってある。

 もしもストレートにヤツの能力が地球の物品を発現することだったなら、もっと他にやりようがあったはずだ。


 ガソリンを発現してジナラシの地面操作能力を妨害し、そのガソリンに着火することで呼吸器と肉体へのダメージを加えつつ、打撃で弱らせたあとに爆弾を起爆させることで相手に何もさせずにトドメを刺す──という戦略。

 それ自体は、確かに能力を活用しつつジナラシの能力を封じ、ワンサイドゲームのうちに敵を討伐するスマートな解法だったと言えるだろう。


 だが、そもそもオレが能力を推察する起点はデーアが発現したガソリンと思しき炎上の仕方だった。それすらオレに気付かせないように立ち回っていれば、この戦闘でオレが能力を推測することは難しくなっていたはずだ。

 爆弾にしたって、あまりに派手すぎる。

 確かにあの詰めの局面では大きな破壊力による一撃が欲しいと思ったしそのオレの展望にはこの上なく合っていたが、ガソリンに感づかれて『何かを発現すること』が能力だとバレている段階では攪乱することすらできない。むしろ、『物質を発現する能力』であると確信する根拠にすらなっていた。


 そもそも『リンカーネイト』で呼吸がいらないんだから、接近戦で戦いながら呼吸器周辺にガスを発現するような戦い方だって、デーアはできたはずだ。液体のガソリンを発現することが可能なら、毒ガスだって単体で発現できてもおかしくないし。

 何より、能力を隠したいデーアが、ああいう戦いの組み立て方をする意味がない。



「……お前の能力は全能じゃない。燃え方が特徴的なガソリンを使ったように、派手な爆弾を使ったように。全能の能力の様に見せかけて、避けては通れないポイントがあったはずだ」



 その、ポイントというのは。



「『オレの願望』。違うか」


「…………、」



 ──『オレの願望』。

 それが、コイツの能力の条件だ。


 考えてみれば、コイツがそれぞれの物質を発現したタイミングは絶妙だった。

 ガソリンを発現した時、オレは魔獣ジナラシの地面操作能力を警戒していた。だから地面に直接触れない液体で、かつ魔獣ジナラシの行動を阻害するガソリンを発現することになった。

 炎上した時、オレは魔獣に対する決まり手として炎による呼吸器への攻撃を意識していた。だからデーアはガソリンに火をつける火種を発現した。

 爆弾が起爆する直前、オレはより大きな破壊力による一撃を欲していた。だから格闘戦による一撃よりも大きなダメージを与えられる爆弾が発現された。

 ビニール傘も、オレが降り注ぐ血を雨だと勘違いしたときに発現していた。あの時、オレは咄嗟に傘がないと──欲しいと考えていたはずだ。

 おそらくあの局面でヤツがビニール傘を発現したのは、オレが能力の推察を九分九厘済ませたことを察したから。戦闘と関係ない部分で前世を強烈に印象づける物質を発現することで、『自由に物質を発現できる』とオレの思考を誘導しようとしたのだ。


 つまり。

 ヤツが発現した物品は全てオレの願いを叶える為のもので、そのタイミングはオレが願った時だった。逆に言えば、毒物だのといった物質は

 これらの情報が示す、デーア=レプリカが内包する能力は。



「──『オレの願いを叶えること』だ」



 簡潔に言えば、そういうことになるだろう。



「より正確に言えば、『オレの願いを叶えることが可能な物質を発現する』、か? まさかそのへんの言い回しが違うから『試練』失敗、なんてみみっちいことは言わないよな」


「……ええ、それは勿論☆ ですがその前に、回答はそれでよろしいのでえ?」


「今更つまらない揺さぶりなんてやめろよ。オレの答えは此処から揺るがない」



 オレはそう言って、デーアの瞳をじっと見つめる。

 鳶色の瞳が音もなくゆっくりと、真面目に細められた。



「ちなみにい、根拠をお聞きしても?」


「発現する物質の種類とタイミングが、戦略性を越えてオレの願望に寄り添いすぎていた。……そもそもの戦略からして、『能力を隠す』というお前のニーズからしたら合理的とは言えなかったしな。お前としては、能力を知らないオレの願いに最大限沿いながら戦略的最適解に近い物品を取り出していたんだろうけど」



 ついでに言えば、オレの推測だとコイツは別にこの世界の物質だって発現できるだろう。ガソリンだって、人類の間で広く使用されていないだけでこの世界にも当然あるだろうし。……前世の物質ばかり使っていたのは、さっきも考えた通りそういう制限の能力だとオレに誤認させるためのミスリードだと思う。



「なるほどなるほど☆」



 女神は、オレの説明に愉快そうな笑みを浮かべた。

 その様子にオレは舌打ちをして、さらに続ける。



「それに、お前は言っていたもんな。自分は女神だって。『人の子の願いを聞き届け、それを叶える手段を与える』。なるほど女神様らしい、涙が出るくらい慈悲深い能力だよ。……それが根拠だ、クソ女神」



 ──ぶっちゃけ、先に挙げた理由なんていうのは後付けだ。

 この女が持つ能力が、ストレートにオレが歓迎できる能力な訳がない。とびっきり女神らしくて、オレにしてみたら最悪の皮肉。コイツが持つのは、きっとそういう能力だ。

 そういう『信頼』が最初からあって──実際に予測された能力がまさにその通りだったから、確信できた。それだけの話だ。根拠は裏取りに過ぎない。


 どうだ女神と、そんな言葉を呑み込んで睨みつけてやると、にい──と、女神の口元は弓の様に吊り上がった。

 そして。



「────流石です☆」



 そう、笑った。



「流石、流石ですよご主人様!! 大当たり!! 流石の人間力です! あっはっはっはっはあ☆ まさかまさかまさか! 一年どころか、数週間どころか、刻限の明日の日没どころか──この場で試練を克服してしまうなんてえ☆☆」



 楽しそうに、嬉しそうに、誇らしそうに。

 あらゆるポジティブな感情を滲ませるその笑みは、傍目から見ればオレの成功を心の底から喜んでいるようで──オレを陥れて修羅の世界に転生させた邪神と同一人物とは到底思えない。

 そんな女神に対して、オレはあくまで吐き捨てるように、こう言い返した。……あるいは、この女神の期待に寸分違うことなく、だが。



「……この程度で試練とは。笑わせてくれるぜ、クソ女神」

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