20 STAKE INERTIA:望まれない才能 ⑥

「デーア!」



 オレはデーアに一言だけ呼びかける。

 オレの願望を読み取ったデーアは、それだけでオレの意図を正確に把握したらしかった。



「はいな☆」



 断続的に放たれる羽根の射撃を回避し続けていたデーアは、そこでぱっ、と飛び上がる。

 これまで身を低くしながら駆け回っていたから回避できていたのが、突然動きを止めて直上に飛び上がる。──あまりにも狙いやすい一瞬に対して、パトヴァシアは罠の可能性を疑う間もなく射撃してしまったようだった。

 ストト! と軽い音を立てて、デーアの身体に羽根が直撃し──そして、デーアの身体がふわりと宙に浮いた。



「何を……? どういうつもりだ? ひょっとして、勝ちを諦めて、実際に能力をその身に受けることで私の技術情報を少しでも解析しようって魂胆か? だとしたら、無意味にも程があるだろ」


「んー。その程度の発想力では、人間力が足りていませんねえ☆」



 怪訝そうな表情を浮かべるパトヴァシアを、デーアが嗤う。

 オレはもう聞き慣れた感すらあるその挑発に、パトヴァシアが何かを返すよりも前に──


 ドウッ!! と。

 デーアの両手から、『何か』が放出される。

 そしてデーアの体が、その『何か』の勢いに押されるような形で一気に浮遊林の真上へと移動した。



「な…………ッ!?!?」


「軽量化によって、空気よりも相手を軽くする攻撃。……重量化では、下手なリンカーネイトの膂力なら無視して行動されてしまうリスクがあるから使えなかったんだろうけど」



 実際、デーアの膂力ならば生半可な重量化は無視して行動が可能なはずだ。

 それこそ、おそらく林に対してやったような『複数の羽根を使った重量操作』でもやらない限りは、殆どパフォーマンスに影響が出ないと思う。

 向こうもそれが分かっているから、一発で効果が発揮される軽量化による足止めを選んだのだろう。

 ただし。


「……『空気よりも軽くなる』ってことは、些細な力でも移動しやすくなるってことだよね?」



 軽量化によって足止めができるというのは、大前提として『空中での移動方法が一切存在しない』ということだ。

 仮に些細なものでも移動方法が存在するならば、この前提は途端に機能しなくなる。


 たとえば、『両手から空気を発現する』とか。


 デーアの能力は、不定形物を発現する場合にはそのものが急に現れるのではなく、両手から放出するような形で発現する仕様となっている。つまりそれは、両手から何かを噴出すれば反作用がそこから発生するということでもある。

 普段は気にするようなものでもないが、大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーの能力下に置かれた状態ならば、それを利用することで空中機動を行うことだって可能になるのだ。



「くそっ、解除……いやダメだ!!」



 慌ててデーアにかけた軽量化を解除しようとしたパトヴァシアだったが、寸でのところで思いとどまったらしい。

 ……なんだ、解除してくれれば、島にデーアの渾身の蹴りを叩き込んで、浮遊林を墜落させてやれたのに。



「それで」



 一気に表情から余裕がなくなったパトヴァシアに対して、オレは声をかける。

 空中戦のアドバンテージは、これで失われた。

 カメラを確認しながら人間の動体視力で操作している大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーと違い、デーアはオレの操作を必要としない。リンカーネイトそのものの動体視力と判断能力を用いて、急機動をこなすことができる。……土壇場の行動でどちらが有利かは、分かり切っているだろう。



「この後、あなたにやれることって、何?」



 突きつけるような、パトヴァシアへの問いかけ。


 一撃目で縫い留めて集中砲火という黄金パターンが失われた、その後は? 完全なレールの外へと転がり出た攻防において、お前の意思決定はどこまで戦況を左右しうる?

 ……もちろん、別に相手が詰んでいる訳じゃない。だが、自分が最も信を置いていた戦法が瓦解した直後の高圧的な問いかけは、精神に著しい負担をかける。多大なストレスは、判断能力に明確な綻びを生んでくるものだ。……特に、パトヴァシアのような感情的なタイプは。



「う、う……!」



 パトヴァシアは、即答できないようだった。



「答えられないようなら、こっちから畳みかけるけど。──いいよね?」



 ボバッ!! と、デーアが両手から膨大な空気を放出し、林の中へ隠れていた大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーへと肉薄したらしかった。ゴッ! という鈍い音と共に、林の外まで巨大なフクロウが弾き飛ばされた。

 ……軽量化していて命拾いしたな。デーアの重量が本来の通りだったなら、今の一撃で胴体がひしゃげていたっておかしくなかった。


 吹っ飛ばされた大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーを追うようにして、デーアもまた大空を駆け巡る。

 ……どうでもいいけど、初めての空中機動だっていうのに全然ぎこちなさがないな。小器用というかなんというか……。



「……っ! まだだ。空中機動戦の経験なら、こっちの方が上だろ! 今度は重量化を食らわせてやる! 一撃でも食らえばその飛行は使えなくなるだろ!」


「いや、そうじゃなくて。?」



 完全に思考が空中機動戦に流されているパトヴァシアに向かって、オレは指摘する。

 さっきまでパトヴァシアが軽量化を解除できなかったのは、デーアが浮遊林の真上に位置していて、解除すれば浮遊林を地面へと墜落させられてしまうからだ。今は吹っ飛ばされた大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーを追って浮遊林の真上から外れているのだから、このタイミングで軽量化を解除すれば空中機動のアドバンテージは守れるというのに。頭に血が上って、一瞬思考から漏れていたな。

 ついでに言えば、この期に及んで解除のタイミングがどうこうと思案している時点で、戦闘の流れからは一周か二周くらい置いて行かれていると言わざるを得ない。

 何故ならば。



「──良~い人間力ですねえ☆」



 


 ヒュッ、と。

 デーアの片手からさりげなく、火のついた固形燃料が零れ落ちる。

 固形燃料が羽根から染み出た油に瞬く間に引火し──そして、パトヴァシアの周辺を取り囲むような炎のリングが完成する。



「な、ひやあッ!?」



 パトヴァシアが、一連の仕込みをどれだけ認識できたことか。

 向こうからしたら、上空の空中機動戦のあれこれについて思案していたら突然意識の外の選択をオレに指摘されて、驚愕したと思ったら一気に火に囲まれた──という認識だろう。



 ──別に、これ自体は本体への攻撃でもなんでもない。

 炎のリングは一番近いところでもパトヴァシアから五メートル以上は離れているし、そもそも引火のもととなった羽根の弾丸はパトヴァシアが放ったもの。オレはただそこに火をつけて、パトヴァシアの注意を逸らしただけ。

 



 そして。



 思考の周回遅れに炎への過剰な警戒。

 意識にそれだけの間隙が産まれれば、それは十分に『致命的』だ。


 ゴウ! とデーアの両手から風が吹き出し、空中で無防備に羽ばたいている巨大なフクロウへ肉薄し──

 そして、その頭を右手でがっしりと握り締める。



「あッ、まずッ、大地の羽ばたきヘヴィー・フェザー、解除をッ」


「もう遅いよ」



 ここから軽量化を解除しようが、もう既にこちらの間合いだ。

 それよりも、



「デーア、発現した空気を解除」


「了解ですよお」



 ──デーアが空中機動に使用していた空気を解除する方が早い。



 直後、だった。

 ドッッッッッッッ!!!! と、上空で膨大な空気の流れが爆発する。浮遊林も、デーアも、大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーも、全てが上空へと一旦巻き上げられ──浮遊林が、ちょうどパトヴァシアの上空に差し掛かったタイミングで。



「はい、これにて決着です☆」



 上空で大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーの頭を掴んでいたデーアが、もう片手に発現した短剣でその首を斬り落としていた。


 ……リンカーネイト能力の解除条件というのは、様々あるようでいて、意外と共通している項目も多い。

 任意での解除もそうだが、能力射程外への移動や、持続限界時間の超過なんかは、数値こそ違えど多くのリンカーネイトに備わった能力の解除条件になる。

 その中でも、最も多くのリンカーネイト能力において共通している解除条件が存在する。

 それは──


 ──リンカーネイト自体の破壊、だ。



「へ、はっ?」



 パトヴァシアの上空で、『軽量化』が失われつつある浮遊林がゆっくりと落下を開始する。


 事故、と言っていいだろう。


 空中機動の為に発現した空気を解除することで発生した乱雑な気流が、浮遊林をパトヴァシアの頭上へと移動させた。

 そのタイミングで、デーアが大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーにトドメを刺して、能力が解除された。

 どちらも偶然のタイミングだ。結果として出力されるのが『落下した浮遊林によって一人の少女が圧殺される』という結末なだけで、此処にオレの悪意は一切介在していない。

 これは、ただの事故だ。


 それをよく認識したうえで。



「デーアぁッ!!」


「お安い、御用ですッ☆」



 両手から空気を放つことで空中を移動したデーアが、林に向かって思い切り体当たりをかます。

 同時にオレは、(デーアによって油を部分的に解除させて火勢を弱めさせた)炎のリングに突っ込み、パトヴァシアを抱きかかえて、炎のリングから彼女を救出した。

 ──ずずん……! と、一拍遅れて、草原の上にリュカの林が着陸した音が聞こえて来る。



「……!! はっ……! はっ……!」



 腕の中の少女は、がくがくと死の恐怖に震えていた。

 ほっとしただろう。オレが飛び込まなくてもデーアが動いた時点で助かってはいたわけだが、人に抱き締めてもらうのとでは精神的な安心が段違いだ。



「……な、んで……?」



 腕の中のパトヴァシアは、そう言ってオレに問いかけてくる。

 なんで、ときたか。



「私は……お前達の『派閥』に喧嘩を売った。それは私達の技術を守る為ではあったが……お前達にとっては、敵といってもいいだろ……。そんな私を、どうして身を挺して……?」


「別に。それ、理由が要ることかな?」



 だからオレは、簡単に答えた。



「敵だろうとなんだろうと、命が危険なら助けるよ。こんなことに、特別な理由なんて必要ないんじゃないかな」




   ◆ ◆ ◆




 その後。

 オレとパトヴァシア、双方の介添え人が戻って来て、パトヴァシアが彼女の『派閥』に回収されたタイミングにて。

 戦場跡に残されたオレは、デーアと共に事の成り行きを見守る姿勢でいた。現在は、フラムジア殿下がパトヴァシアの『派閥』の面々と色々と段取りを決めているところだが──双方の話し合いは、だいぶスムーズに行っていそうだった。

 『決闘』がオレの勝利で終わったこともあるが、その『決闘』の中で『事故』からオレがパトヴァシアの身を守ったことも、大きな理由だろう。


 そんな流れを眺めながら、デーアが愉快そうに口を開く。



「『敵だろうとなんだろうと、命が危険なら助けるよ』、ですかあ☆」


「…………クサいことを言った自覚はあるっての」



 我ながら照れ臭いことを言ったもんだと思うよ。分かってるんだから突くな邪神め。



「いやいや、そうではなく。、と☆」


「…………」



 ……………………。



「空中機動の為に発現した空気を解除することで発生した乱雑な気流が浮遊林をパトヴァシア様の頭上へと移動させ、そのタイミングで、私が大地の羽ばたきヘヴィー・フェザーにトドメを刺して、能力が解除された。いやあ、まさしく『殺人的な偶然』と言うほかありませんねえ☆☆☆」


「………………全くだな」



 そこまで分かっているのなら、オレとしては何も言うことはない。


 強い上昇志向を持つが、一方で人情家。挨拶に来たアザレアさんの身を案じて自らの『派閥』に招くほど、面倒見の良い少女。

 実際に話してみても、策を弄することはあるのだろうが、誰かを陥れるような謀に通じているようには思えなかった。言動からしても──本気でオレ達が技術情報を盗んでいると信じているような態度だった。

 少なくとも、『欺瞞情報を流してオレ達を陥れている』ような感じではなかった。


 もしも今回の謀が『外交勢力』主導によるもので、パトヴァシアの『派閥』はむしろオレ達にぶつける為の噛ませ犬、鉄砲玉的な立ち位置なのだとしたら。

 ──『勢力』の中では下位の立場にいる小規模な『派閥』。しかも、他の『勢力』との付き合いも深く、信頼できない。……使い捨てるには、持ってこいの人材じゃないだろうか。


 だからオレは、彼女達の『派閥』を上手いこと味方に引き込めるのではないかと思ったのだ。

 まずは完膚なきまでに叩きのめし、その上で適当な危機を演出し、そこからオレ自身の手で守ってみせる。そうして適度なドラマを作った上で優しい顏をすれば、『人情家』は勝手にこっちに対して恩義を感じて態度を軟化してくれるというわけだ。



「この絵図、どこから描いていたんですかあ?」


「……最初に人物像のプロファイルを集めた時点で、ある程度は。完璧に手順が固まったのは、林が浮いた時だな」



 あれほどの体積の物体を自在に操作することは難しい。リンカーネイトを撃破すれば制御不能に陥るはずだし、アレを絡めれば適当な危機を演出するのは容易い──とは思った。

 まぁ、基本的にはアドリブで進めていたが……。



「……クク、流石の人間力ですねえ☆ ご主人様は、もっとご自分の才能を自覚されるべきだと思いますけどお」


「………………自覚なら、してるっての」



 自分の才能のことなら、オレ自身が一番よく分かっている。


 オレのこの手は、血に塗れている。

 思いつくのは、殺し手ばかり。


 今回だってそうだ。

 ただ味方にできそうな敵を懐柔する為だけの策が、一歩間違えば圧死体を生み出すような剣呑な事態に早変わりしている。


 『リンカーネイト:オーバーライド』だって……。

 魔獣戦線を終わらせて、平穏を取り戻す為の技術だったはずなのに、放っておけば世界が滅ぶような最悪な魔導論文になってしまった。


 オレの才能っていうのは、そういうものなのだ。

 どう足掻いても、人が死ぬ方向へねじ曲がってしまうように、そういう風に成り立ってしまっている。オレの意思では、どうすることもできない。


 フラムジア殿下のような、輝かしいそれとはまったくの逆。



 ──ってのも、この世にはあるんだよ。

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