06 SUDDEN ENGAGED:告げるは諸刃の婚姻 ②

「…………終わったぁ」



 ──オレはベッドに腰かけて、首に巻いた赤のタイを緩めて一息つく。

 学園に着いたオレとデーアは、まず城門で諸々の手続きを済ませて、魔獣の血で汚れたオレやデーアの身を清めたり、それから案内された自室で多少の荷ほどきを終え、ひとまずの休憩をしていた。

 もっとも荷ほどきといっても、粗方の荷物は事前に運ばせているので、オレとデーアがやったのは精々持ち運べる程度の私物を棚に仕舞ったり、実家から持ってきた書類を引き出しに仕舞ったり、そういう細々とした作業である。


 オレが通された部屋は一人部屋で、教室くらいの大きさの広々とした部屋が一つ、そこにトイレや洗面所、風呂場が備えられている──という簡素なつくりだ。

 これからオレが三年間暮らすことになる自室を眺めてぼんやりとしていると、ベッドの傍で佇んでいたデーアが笑いかけてくる。



「お疲れ様でした、ご主人様☆ しかし驚きましたよお。此処に到着した時点で、既にだいたいの荷物は運び込まれていたようでしたのでえ……」


「貴族だしな。『地球』の引越しよろしく、ちゃんと事前に家具類は運んで配置までしてもらえるんだよ」



 教室みたいにだだっ広いワンルームの空間には、ベッドの他に学習机、応接机、ソファ、化粧台、本棚(四つ)、クローゼット、金庫、が配置されていた。

 学園の生徒は一応全員貴族なので、誰かを招くとなったら必然的に自室を使うことになる。その時にフォーマルな話し合いができる場所がないと文字通り『お話』にならないので、応接机とソファはそのためのものだ。

 本棚は純粋にオレが持っている本で学園にいる間読みそうなものを持ってきたらこの量に。どうもこの程度でも貴族の中では本の虫に分類されるらしく、申請したとき担当の人に驚かれたほどだった。

 クローゼットと金庫は文字通りのもので────もう一つのベッドは、これから同居人となるコイツのものだ。



「しかし……私のベッドなんて要りますかねえ? リンカーネイトに睡眠は要りませんけど。それに、なんでこの格好なんでしょう? 確かに私は衣服の下の裸体もされたリンカーネイトですので、衣服を着替えることは可能ですけど……」


「お前、解除できないじゃん」



 そう。

 リンカーネイトというのは基本的に術者の任意で発現と解除が行えるのだが……コイツに関しては一度出した後はどう念じても解除ができないのだった。まぁ、女神の自我が宿っている時点で想像はできていたけども……。

 一応リンカーネイトは出しているだけで微量ながら魔力を消費するので、四六時中強制的に発現しているというのはなかなかに負担である。魔力は食事をすれば回復するので、別に命に別条のある問題ではないんだが。…………卒業後の食費がかさみそうだなあ。



「解除できない上に、人型どころか人そのもの。お前はリンカーネイトとしては、かなりのイレギュラーなんだよ。端的に言えば、お前にデフォルトの格好をさせたままだとめちゃくちゃ悪目立ちする」



 これは当然の話だが、リンカーネイトというのは第一義として『使い魔』なので、基本的に怪物の姿を取ることが多い。もちろん人型のリンカーネイトも存在はするが、人間らしい見た目をしているものはおらず、たいていが『亜人』と形容できるものだ。生物的であることすら珍しい。

 そんな中で、デーアは見た目だけ見れば神々しいまでの美女。コイツをそのまま連れ歩けば、無用に注目を集めまくることは想像に難くない。



「もっと言うと、傍目から見たらお前はオレの従者に見えるんだ。……リンカーネイトを知っている人間でも認識がバグるだろうし、リンカーネイトについて詳しくない平民からしたら余計にそうとしか見えないだろうよ。……そんなお前に人並みの生活環境を与えてなかったら、オレがどういう見られ方をするか分かるだろ?」



 学園生活において、平民というのは決して侮ってはいけない『多数派』である。

 メイドとか用務員とかそういう人からの印象をよくしておいたら何かお役立ち情報をもらえるかもしれないし、逆に心象が悪くなれば不利な情報を漏らされてしまうかもしれないしな。



「なるほどなるほど☆ 流石ご主人様、抜かりないですねえ」


「……お陰で家具リストに土壇場でベッドを捻じ込むハメになってめちゃくちゃ大変だったがな……。説明するのも大変だったし……」



 リンカーネイトについて知っている人からしたら、『なんで解除しないの?』とか『解除しないにしても床に置いとけばよくない?』とか、疑問のオンパレードだからな。

 それらしい理由を係の人に説明して、不審に思われないようにするのは大変だった……。



「それで、今日は如何いたしますかあ? 確か、明日は入学式でしたよねえ?」


「それなんだが……入学式の前に一応、やっておきたいことがある」



 そう言って、オレはベッドから降りて立ち上がり、ぐぐっと胸を反らせて伸びをする。

 ……ん。馬車の中である程度寝られたお陰で、体力的にはだいぶ余裕がある。



「やっておきたいこと、ですかあ?」


「ああ」



 オレは緩めたタイをすっと締め直して、



「勢力調査だよ。……言ったろ? 此処は戦場だって」




   ◆ ◆ ◆




 そうして、オレとデーアはそのまま学園の散策を始めていた。


 セントリア魔法学園の地理的構造は、イメージで言うなら大きめの大学のキャンパスを想像してもらえればいいかもしれない。

 中心に本部棟、体育館、講堂、一号校舎があり、その周囲を囲むように二~七号校舎が点在している。そしてその南にグラウンドと研究棟、南東方向へ少し離れたところに学生食堂、学生寮の一号~五号寮、図書館がまとめて配置されている。これらの施設の間を埋めるように街道や庭園、人工林みたいな場所が散らばっているという作りとなっていて、総合的な広さとしては学園というよりも小さめの都市と言った方がいいかもしれない。

 ちなみに生徒達の生活領域は、基本的に学生寮周辺とそれぞれの校舎に限られるらしい。講堂なんかはイベントがない限りは利用されない──というのは、お母様からの情報だ。


 その中で、オレが散策に向かったのは生徒の生活領域内──学生寮周辺にある庭園。

 時間帯の問題か、庭園の中にはまだ一人も生徒がいない状態だった。これでは目的である調査をするのに少しばかり不都合だが……他の場所も全く人がいないということはないだろう。気にしないで歩き回っていれば、いずれは上級生の姿を見つけられると思う。

 そんな風に楽観しつつ辺りを見渡しているオレに、デーアが問いかけてくる。



「勢力調査……とのことですが、具体的にどうやって行うのですかあ? こう言ってはなんですけど、ご主人様に観察するだけで勢力図を把握できるほどの事前知識や後ろ盾は存在しませんよねえ? 何せ辺境生まれ辺境育ちで中央とは縁がないですしい……」


「どの面下げて言ってんの、その台詞……」



 全ての元凶がよ……。



「……別に、『聖者』の卵を探そうって話じゃないよ」



 オレはデーアの懸念に、軽い感じで答える。ちなみに、どこで誰に聞かれているか分からないのでもう猫被りモードである。

 オレの否定に、デーアは話の腰を折るレベルのド頭で首を傾げた。



「聖者?」



 ……いやいや、知らないなんてことないよな。すっとぼけてるのか?

 オレは半笑いになりながら、



「いや、『聖者』だよ。そのくらい分かるでしょ」


「い~え? この世界特有の文化ですか?」


「マジなの、こいつ……」



 思わず、オレは絶句していた。

 この世界……っていうかこの国の根幹に関わる概念だぞ。魔術情勢については知っていたくせに、聖者のことは知らないの? いったいどういう基準で情報収集してんだコイツ? 放置ゲーでもやってるつもりで人類のこと見守ってたの?

 オレは溜息を一つ吐いてから、デーアに説明を始める。……っていうか、コイツの情報網についても知る必要があるよな。どこかで一回、デーアの常識についてチェックするべきか……。


 切り替えたオレは、人差し指を立ててデーアに向けて言う。



「いい? 『聖者』って言うのは、生涯のうちに功績スコアを一〇〇〇点集めた偉人のこと。第一の『聖者』……『国父』のウナシウス=イクス=アンガリア様が開発した結界魔法『護国の誉れオナーオブアンガリア』で、この国では『国の為の偉業』に対して功績スコアっていう点数が与えられるの」


「あ~、それ知ってますよお。よくできたシステムですよねえ。国への貢献度を記録していって、最終的に一〇〇〇点を越えた国民の行跡を結界に記録する名誉結界でしたっけえ? お陰で人類の頑張りが増えたのを覚えてますう。死後も残る名誉というのは人間力を増大させますよね☆」


「しっかり覚えてるじゃん……」



 救世主、大賢老、建国王、そして最初の『聖者』……盛りだくさんの肩書を持つ男──ウナシウス=イクス=アンガリア。

 一〇〇〇年以上の歴史を持つこのアンガリア王国には、彼を筆頭にして歴史上で一〇人、功績スコアが一〇〇〇点を越えた偉人──『聖者』が存在している。

 彼らの行跡は『護国の誉れオナーオブアンガリア』を通して『聖跡せいせき』という石碑として国内各地に配置されている。アンガリア王国ではこの一連の流れを『列聖』と呼び──これを成し遂げた者は『聖者』として国民から例外なく尊敬を持って扱われる。


 『聖者』はアンガリア王国の一〇〇〇年以上の歴史の中で一〇人しかいないので、さっき言ったように、勢力調査と言っても『聖者』レベルの実力者を探そうという訳じゃない。っていうかそもそも、一般貴族は一生かけて一〇行くか行かないかくらいなんだけどね、功績スコアって。



「……ちなみに、ご主人様に功績スコアを確認する方法はあるんですかあ?」


「いや、ないよ。基本的に確認できるのは自分だけで、他人の功績スコアは見られないからね。私達が確認するのはだね」



 そう言って、オレは自分の首に巻かれたタイを摘まみ上げて見せた。このタイの色は赤だが……学年によって色が異なるので、タイを見ればその人の学年が分かるのだ。

 一年なら赤、二年なら黄、三年なら青である。『地球』で言うところの信号と逆の順番だな。



「ようやく話を戻すけど……何も、『聖者』の卵を見繕う必要はないの。確認すべきは『上級生の勢力図』」


「その心は?」


「個人の才能なんて高が知れているからね。どれだけ能力があろうと、学園という閉鎖環境では過ごした年月による人脈が物を言うから。どんな天才だろうと、学園の中でうまく立ち回りたいなら自然と上級生の『派閥』に所属していくことになるはずだよ」



 それはもちろん、『平穏な日常』と『なるべく早い栄達』を目標に掲げているオレも──いや、そんなオレだからこそ同じだ。

 だから、観察するのも上級生──青いタイの三年生に集中する。三年生の関係性について観察することで、所属するのによさげな『派閥』を見繕う訳だ。

 そんなオレに対して、デーアは溜息を吐いて、



「う~ん。人間力が足りないですねえ……」


「……急に何さ」


「いや、、と……」



 ……悪いかよ。

 流石に特典ギフトを選んだ時の判断は早計だったと思っているが、それでも『人間一人の才能には限界が存在する』っていう持論は今も変わっていないんだ。絶大な才能を持っている『聖者』にしたって、一〇人いたっていうのに魔獣戦線が安定したのはここ数十年の話だし。

 である以上、オレが真っ先に考えるべきは『所属先』の吟味。安定していて、かつ上を目指しやすい『派閥』。それを早いうちに見つけて、おそらく勃発するであろう『派閥』同士の新入生獲得争いに巻き込まれないうちにスムーズに『派閥』に所属するのが、『平穏な日常』と『なるべく早い栄達』を両立する第一歩になるのだ。



「いっそ、ご主人様が新たに『派閥』を立ち上げてみてはいかがですかあ? 既存の権力構造に嫌気がさしている層だってそれなりにいると思いますし、案外需要があるかもしれませんよお?」


「……それ、『既存の勢力に喧嘩を売りたい破天荒共の巣窟』にしかならないでしょ」


「あは☆」



 この野郎……当たり前の様に焚きつけてきやがって……。

 だが、そういうのを抜きにしてもオレが『派閥』を立ち上げるのはナシだ。……『派閥』の立ち上げなんてやろうものなら、その運営で手一杯になって個人的な行動がとりづらくなるからな。そうなってしまったら、がやりづらくなってしまう。



「冗談はさておき、ご主人様の意図は理解できました。では、今日はのちのちに所属する『派閥』を見繕う為に三年生の行動を観察して、大まかな上級生の勢力図を把握しておきたい訳ですねえ!」


「そういうこと。でも、アナタは悪目立ちするから、くれぐれも変な行動はしないでよ。私の傍にくっついてるだけで良いから」


「了解でえす☆」



 ……本当に了解しているのやら。

 オレが呆れ混じりに疑いの視線を投げかけていた、ちょうどその時だった。



「総員、礼ッッッ!!!!」



 庭園の奥まった場所。

 そこから、女性のものと思しき低く鋭い号令が響いて来たのは。



「…………何、今の?」



 思わず、オレとデーアは互いに顔を見合わせる。

 まるで軍隊の人みたいな声色だった。何というか……実家にいる国境軍の人達みたいな感じだ。端的に言って、お貴族様の子女が集まる魔法学園には全然似つかわしくない『覚悟』のキマった雰囲気である。

 一体、そこに誰がいるのか。

 気になったオレは、物陰から庭園の奥の方を覗き込む。そこでは──



 十数人ほどの二年生と三年生が、



 唖然とするオレの視線の先で、先ほど声を張り上げたらしき少女が傅いたままに続ける。



「お待ちしておりました。我ら一三名、殿のご入学を心よりお祝い致します」



 彼女達が傅いている、その人物は。


 金色の長髪をウェーブさせた、高貴な印象の少女。

 学園内においては才能なんかでは崩せないほど圧倒的な差があるはずの上級生を十数人も従えておいて、当然のような顔をしている彼女の名は。



「──ようこそ、セントリア魔法学園へ。フラン殿下」



 フラムジア=イクス=アンガリア。


 最初の聖者、『国父』ウナシウス=イクス=アンガリアの直系の子孫──つまり。


 この国の王位継承権第一位を有する、いわゆる王女様である。

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