07 SUDDEN ENGAGED:告げるは諸刃の婚姻 ③

 圧倒的な優位を誇っているはずの上級生が、今年入学してきたばかりの──いや、まだ入学すらしていない新入生未満に傅いている光景。

 異様──ではあった。ただ、同時に納得もあった。


 何せ、相手は王族。言ってみれば王国一〇〇〇年の歴史をそのままぶん回せる超チート持ちである。そりゃあ、一人二人の天才では容易に覆せない学年という差もあっさりと覆せようというものだ。

 いや、ああいうイレギュラーもあるもんなんだな……。入学前から自分を信奉する臣下の上級生を基盤にして『派閥』づくりとか、王族らしい豪快さだ。

 ああいうイレギュラーによって誕生した『派閥』は得てして波乱を生むものだ。きっとこれからフラムジア殿下が卒業するまでは、彼女を中心に学園で混乱の渦が巻き起こるのだろう。それを入学前に把握できただけでも、今日はかなりの収穫だな。


 とはいえ、この場で彼女達と出くわすメリットは一つもない。

 オレは横にいるデーアにこの場から離れるように促そうとして、



「…………は?」



 確かに横にいたはずのデーアの姿が、忽然と消えていることに気付いた。


 ──直後、オレの背筋に説明不能の悪寒が走る。

 いや……これは悪寒じゃない!! 予感だ!! 絶大な厄ネタ、その芽吹きの予感!!



「おお~、上級生がまだ入学前の新入生に傅く姿。圧巻ですねえ! あるいは、流石の忠義と感じ入るべきでしょうか☆」



 声の方へ弾かれたように視線を向けると、デーアはたった一人でフラムジア殿下とその臣下達の環の中に突っ込んでいた。おそらく決起集会というか、そんな感じの厳かな集まりをしていたであろう雰囲気・空気を全部ぶち壊して。



 ………………。


 …………な、何してくれやがってんだあのクソアマ~~~~~ッッッ!!!!



 相手は王族だぞ!? しかもめちゃくちゃ大事な話の最中だぞ!? そんなとこに部外者が首を突っ込んでみろ!! 最低でも悪印象は確実!! 下手したら無礼討ち……なんてことは流石にないと思うが、跳ねっ返りが暴走して喧嘩を売るくらいは全然あり得るぞ!!

 戻って来い~……! 戻って来い~……! オレの願いを読み取れるんだろお前! オレは今! 戻って来いと願ってるぞ……!!



「…………人間力が足りてないですねえ」



 が、邪神は当然のようにオレの願いを聞き届けることはなく。



「今、何か言ったか? そもそもなんだ貴様は。……平民の装いをしているが、その容貌、只者ではあるまい。……用件次第では、こちらも穏やかではいられんぞ」



 案の定、デーアに対して環の中の一人が立ち塞がる。……ド正論の上に問答無用という感じでないのが余計に恐ろしい。

 っていうかやっぱり、美しさが人間離れしてるからメイド服を着せておいたにも拘らず関係なしに悪目立ちしてやがる……!


 デーアの前に立ち塞がった女性は、長い黒髪をポニーテールにした、武人のような雰囲気の女生徒だった。目つきも第一印象に違わず鋭く、警戒しているのもあるだろうが寄らば斬るとばかりの剣呑な態度だった。

 声からして、先ほどめちゃくちゃにデカイ声を出した女子生徒と同一人物だろう。自然にフラムジア殿下を護る立ち位置を取っているし、彼女が臣下連中の中心的人物とみて間違いない。

 ……じゃなくて! 呑気にフラムジア殿下の『派閥』内の力関係を考察している場合じゃない! 早速怪しまれてるじゃないか……!



 しかし、デーアは多数の生徒からガンつけられている状態にも拘らず全く気にした様子も見せずに、



「ああ、お気になさらず☆ 私はしがないリンカーネイトですのでえ」



 考えうる限り最悪の回答をした。



「…………リンカーネイト、だと?」



 その瞬間。

 危機感ゼロのデーアがそう言い放ったとほぼ同時に、臣下達の警戒レベルが桁違いに跳ね上がる。

 リンカーネイトっていうのは、学園においては個人が取り回せる最強の武力の象徴。何せ多くのリンカーネイトは中型魔獣くらいなら互角の殴り合いができるレベルなのだ。そんな存在が突然姿を現したと言い出したなら、よほどの馬鹿でなければ警戒はする。

 ただ、警戒はしても即座に攻撃を仕掛けないのは──



「……通信系の能力でも持っているのか?」



 リンカーネイトとしてのセオリーのお陰だ。基本的にリンカーネイトは発声機能を持っていない。喋ることがあるとしたら、何らかの能力を応用して術者の言葉をリンカーネイトが媒介できるタイプくらいだ。

 そして発話が能力であるなら、そのリンカーネイトの能力自体はそこまでの致死性を帯びてはいない。そういう判断があったのだろう。



「術者はどこだ。……宣戦布告であれば、術者自ら出向いてするのが礼儀というもではないか?」


「あら? もしかして、リンカーネイトの肉体を通して術者がお話していると思われてますう? 心外ですねえ! 私が、私自身の、」



 ……クソ!



「も、申し訳ございません!!」



 デーアがそれ以上話す前に、オレは走り寄ってデーアの頭を後ろから押さえつけて下げさせる。



「これはその……私のリンカーネイトの仕様でして! まことにお恥ずかしい限りですが、まだ未熟ゆえに完璧に制御しきれていないのでございます! どうかご容赦ください!」



 そう言って、オレもまた頭を下げる。

 こんなところで面倒事なんて御免である。どう転んでも平穏が遠ざかるような真似は看過できない。……このクソ邪神アマ、妙な行動するなと言っておいたのに早速無視しやがって……!



「……リンカーネイトを、制御できていない? ……自動操縦タイプですの? シュヴィア、アナタも聞きましたわよね?」


「はい。確かにそう聞こえましたが……」



 下げた頭の上で、フラムジア殿下とその従者の生徒が話している声が聞こえて来た。

 やはり警戒は保たれているようだが、術者らしきオレが顔を出したことで、一触即発の空気は回避できたようだった。

 此処からどう話を進めようかとオレが思考をぐるぐる巡らせていたところで、



「んもう! ご主人様! 突然頭を押さえつけるなんてひどいじゃないですかあ!」



 デーアが、オレの手を優しくどかして顔を上げる。リンカーネイトの膂力なので、オレはそれに逆らう間もなかった。

 この期に及んでまだ暴走を続けるデーアを茫然として見上げながら、オレはある種の確信を抱いていた。


 ……この女……どう足掻いても此処でフラムジア殿下の『派閥』と関係性を築くつもりだ。

 決起集会の途中で乱入してきた妙なリンカーネイトを持った女なんて、どう考えても印象に残るに決まっている。そして外部から見れば、それは立派な『縁』だ。この件の舵取りを間違えれば、その『縁』はさらに強固になってしまう。

 そうなれば後は真っ逆さま。このあとフラムジア殿下の『派閥』が暴れるだけで、オレは高確率でその余波を受けることになるというわけだ。

 確かにフラムジア殿下とは接点を持っておきたいと思っていたが、それはこんな形じゃない。もっと距離感を保って、ほどよく利用し利用される程度の関係を想定していた訳で……!

 ……本当に悪魔的な厄介さだな!! 



「それに、そんなにへりくだるのも人間力が低いですよお。権力があるとはいえ、相手は結局のところ結成したばかりの新興勢力。基盤は他の『派閥』と比べても緩く不安定なんですからねえ」


「馬鹿!!」



 突然フラムジア殿下の派閥をdisり始めたデーアの口を、オレは慌てて塞ごうとする。……まぁ、もう既に手遅れな訳なんだが。

 少しは考えろよ……!

 リンカーネイトっていうのは基本的に術者の意思通りに操れるものなんだ。ってことは、リンカーネイトの言動には何らかの術者の意思が滲んでいると考えるのが当たり前な思考回路。その前提で今の台詞を聞けば、どうなるかくらい誰だって分かるだろ……!



「貴様……今の発言」



 案の定、従者の人は表情を強張らせながら、デーアではなくオレの方を見下ろしてくる。



「あああああああああ!! まっ、まことに申し訳ございません!! ホントに!! 『契約コントラクト』の都合でして!! リンカーネイトの発現解除制限とか! 行動条件の多重設定とか! 一定の不利益な行動をする制約とか! そういう条件で出力の底上げをするという試みでして! まだ制御が足りていなくてですね!」



 ペラペラと適当なデタラメを喋りながらなんとか取り繕おうとするオレだったが、従者の人の表情は一向に緩まない。むしろ、他の面々やその後ろにいるフラムジア殿下の表情まで深刻なものになっていった。


 ……これ、決闘とかかなぁ……? この学園、とにかく治安が悪いもんで、生徒同士の揉め事とかが起こったらとりあえずリンカーネイト同士で決闘をして勝敗で物事を決めるという風潮があるって前にお母様から聞いたんだよなあ。

 王女様の『派閥』を真っ向からdisってるんだもんなぁ、この学園の治安的に、どう温厚な運びになってもとりあえずヤキ入れられる気がする……。くそう、結局入学前から無用な注目を集めるハメになるのか……邪神め……。


 まるで沙汰を待つ罪人のように身を低くしつつ従者の人を見上げて言葉を待っていると、従者の人は初めて戸惑いを表情の中に見せて、



「……『契約コントラクト』、だと?」



 と、そんなことを言った。

 ……へ?



「魔法というものは、意思によって引き起こすものだ。ゆえに意思の強度を高める為に自ら制約を設けることが、威力の底上げにも繋がる。この魔法の基本法則を応用し、リンカーネイトに特定の制約を課すことが『契約コントラクト』だぞ」


「はぁ」


「……大概のリンカーネイトの場合は、『触れたときにのみ能力が発動する』といったような発動機会の制限によって『契約コントラクト』を成立させる。稀に術者がリンカーネイトの制御を手放す完全自動操縦タイプもいるにはいるが……それにしたって単純な条件によって動くものしか、私は存在を知らない」



 …………あ。



「これほど行動条件を設定した『契約コントラクト』だと?」



 あ、あああああああああああああ!!!! し……しまった!! !!



「……面白い! 変わった技術を実装するではないか。それにリンカーネイトの造詣も、実に美しい……彫刻のようだ。実用性は乏しそうだが……案外こういった技術が何かに繋がることもあろう。殿下! 彼女を我が『派閥』に加えてみては如何でしょう」


「ええ、面白そうね。勧誘は、一旦アナタに任せましょう」



 確かにデーアの性質を認識されたら、物珍しい目で見られるのは十分あり得ると思っていた。柔軟な発想の持ち主には有用と受け入れられることも……! だからこそ、メイド服を着せて一見すれば顔が良いだけの従者に見られるように偽装していたんだけれども……。

 だが、『派閥』に勧誘されるのは想定外だ! そして……一番困る!! これならまだ無礼を理由に決闘を申し込まれていた方が一億倍マシだった!! 技術を見込まれて『派閥』に参入すれば……!!



「──申し訳、ございません。大変恐縮ですが、お受けできかねます」



 オレは、不退転の覚悟でその申し出を断る。

 これで話が拗れるようなら、フラムジア殿下の『派閥』と敵対関係になることも辞さないつもりだった。この先の学園生活におけるオレの平穏が乱されることよりも…………



「……ほう? 何故だ。貴様のリンカーネイトの言う通り確かに我が『派閥』は結成したてで基盤は不安定だろう。だが、此処にいる家臣団はみな入学前から殿下に手ずから見出された忠実な部下。団結で言えばこの学園にいるどの『派閥』より強固だし──何より並の生徒より遥かに精強だが?」


「殿下の『派閥』に対する不安が理由ではございません。ただひたすらに──私のでございます」



 オレはそう言って、従者の人の眼を見つめ返す。

 を、よそ様においそれと渡すわけにはいかない。渡せると思われてもいけない。オレの平穏の為にも……そして、



「……ふむ、だがそう言われてもな、」


「おやめなさいな、シュヴィア。彼女の眼を見なさい。ただで説得できるような色はしていませんわ」



 そう言って、フラムジア殿下はオレの前に立っていた従者の人を下がらせる。……よかった、分かってもらえたか。



。そしてわたくしは、最早アナタを諦めるつもりもない。…………迂闊でしたわね。おそらくアナタも、



 …………あ?



「──『王族特権スコアビューア』。王族たるわたくしは、臣民の名と臣民が持つ功績スコアを見ることができるんですのよ?」



 …………。

 あ、ヤバイ。これは、本気でマズイ。



──我が従者の勧誘を断るのならば──わたくしはアナタに、『』を申し込みますわ!!」



 ヤッ……………………バイ!!!!!!!!

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