08 SUDDEN ENGAGED:告げるは諸刃の婚姻 ④

「む、無茶ですフラン殿下! 婚約を!? ご自身の身の上をお忘れになられたのですか!?」



 シュヴィアと呼ばれていた従者の人が、目を剝いて言い募る。

 正論だ。フラムジア殿下は国王の『長女』。長子が家督を継ぐアンガリア王国の伝統において、それは即ち王位継承権第一位を持つ、次期国王であることを意味する。

 その彼女が婚約するということは、即ち未来の王配。彼女が子を成さなかった場合、必然的に彼女の弟妹がその次に王位を継承するわけで……継承関係でゴタゴタする火種が生まれることは想像に難くない。



。──それに、そうした苦労をおしてでも、彼女はわたくしの手元に置きたいのです。是が非でも」



 そう言って、フラムジア殿下はじいっとオレのことを見つめてくる。

 先程の言動からして……フラムジア殿下は、



「──わたくしの祖先ウナシウス=イクス=アンガリアが開発した『護国の誉れオナーオブアンガリア』。これは一般的に臣民の功名心を向上させ、国防意識を上げる為の施策とされています」



 『聖者』の話も含め、それは一面では事実だろう。

 ……ただし、それだけではなかった、ということらしい。



「しかし、その真の意義は『功績スコア』という形で。これを王族のみが確認できるようにすることで、一目見ただけで王族が真に重用すべき英雄を明確にすることですわ」



 ……考えてみれば当然の理屈ではあるが、盲点だった。

 『国父』ウナシウスが存命の時代はリンカーネイトもなく、それどころかアンガリア王国という国すらも成立して間もない──本当に、たかが魔獣の縄張り争いで村が消し飛ぶような状況だったのだ。

 そんな状況で国家運営の為に本当に優秀な人材をかき集め制度を考えたら──国家への貢献度の可視化というのは、非常に理に適っている。……フラムジア殿下に求婚されるまで気づかなかったのは、ちょっと不覚だったな。



「『護国の誉れオナーオブアンガリア』に加え、王族のみが使用可能な魔法、『王族特権スコアビューア』。アンガリア王家は代々、そうして国防に必要な人材を登用して魔獣との戦いを生き抜いてきたのです」


「……それは……」


「ですが、この功績スコアというのは大して大きな数字にはならないものです。個人の力が国防に直結した一〇〇年前でも、何度となく前線で武勇を示した英雄が生涯で残した功績スコアが一〇〇点。此処に集ったわたくしの臣下もみな功績スコア持ちですが……その殆どが、功績スコアは五点に満たないですわ。おそらく、生涯で功績スコアが五〇〇点に到達する者は一人いるかいないかでしょうね」



 それでも、現代では一般的な貴族が生涯に一〇点という中でまだ学生の身分だというのに五点も六点も功績スコアを稼いでいるというのだから凄まじい。

 ……いや、そうした優秀な人材をかき集めて入学前の段階でこうして『派閥』として形にしているフラムジア殿下の手腕が、か。



「かく言うわたくしとて、功績スコアは一八点。国を護り、死ぬまでに『聖者』として名を遺すことがわたくしの夢ではありますが──それはあくまで人生の目標。気の長い話でしかありませんわ。ただし」



 そこで言葉を止めて、フラムジア殿下はスッとオレの方を見据える。

 ……言いたいことは、分かっていた。



「アナタの功績スコアは、現時点で九一二点」



「なんと……!?」


「九一二……!? 殆ど『聖者』では……」


「そういえばさっきそんなようなことを仰っていたような……」



 フラムジア殿下の言葉に、事の成り行きを見守っていた臣下達がどよめく。オレとしては、自分の功績スコアがこうして広まってしまうのはなるべく避けたいところだったが……事ここに及んでは仕方がない、か。

 王族が功績スコアを確認できるというのは想定外だった。……まぁ、想定できていたとしても、何も対策はできなかっただろうが。



「これが信じられない水準であるということは、自覚がおありですわね? わたくしと同じ齢で、既に『聖者』に手が届く。……一体どんなことを成し遂げたのか、興味がないと言えば嘘になりますが」


「…………、」


「それを無理に問えば、アナタの心はさらにわたくしから離れるでしょう。ですから無理に聞き出そうとは思いません。今はただ──アナタが欲しい」



 真剣に、真摯に、フラムジア殿下はオレにそう言った。



「──性急な申し出なのは百も承知。ですが、わたくしもそれだけアナタを真剣に欲していると、誰にも奪われないほど身近に置きたいということを伝えたかったのですわ」


「…………、」



 ぐっ、と。

 フラムジア殿下は真っ直ぐに、決意に満ちた眼差しでオレのことを見据えてくる。もちろん、打算ありきだ。フラムジア殿下は別にオレのことをパートナーとして愛したい訳ではないだろう。ただ、功績スコアが高いから魅力的なだけ。

 ただ──だからこそ、誠実だった。誠実に己の想いを明かし、王族の立場を一切ひけらかさずにオレに向き合っている。


 ……これだけの臣下を入学前に集められるのも納得の手腕だった。



「…………畏まりました」



 観念したオレは、渋々フラムジア殿下の前に跪いた。



「臣下として光栄余りあるお言葉、感謝します。この婚約、我が母フィリデイ辺境伯へ持ち帰ったのち、改めて正式に回答させていただきます」



 当然、返すのは事実上の承諾の言葉。


 まぁ、ね。

 もともとフラムジア殿下と良い感じにお近づきになるのは計画の内だったし。


 …………でもさぁ……。


 まだ、入学式すら始まってないんだけどさ…………。




   ◆ ◆ ◆




 この修羅の世界に転生して、その惨状に絶望したオレだったが──何も、最初から現在のような方針を取っていた訳じゃなかった。

 というより、最初の方は一応、奮起していたりもしたんだ。本当に一応だけれども。


 この世界にインターネットは存在していないが、それに代わる集合知として『大図書塔アカシア』という施設が王都に存在しており、魔法道具を通じてそこにアクセス・蔵書登録ができたりする。

 幼い頃のオレは、それこそ嬉々としてこの大図書塔アカシアにアクセスして、様々な魔法技術を学んだり、自分でも匿名で論文を書いたりしていた。辺境伯領という魔獣との戦いの人生を前にして、『人類の技術を底上げすることで魔獣の危険を減らす』という方針を目指していたのである。



 その過程で生まれた魔導論文が、『リンカーネイト:オーバーライド』だった。



 『リンカーネイト:オーバーライド』──リンカーネイトの生成式に人格情報を組み込むことで、『自我を持ったリンカーネイト』を生み出す技術論。

 この魔導論文の目玉は、何と言っても自動操縦型リンカーネイトをさらに発展させた、『自我を持ったリンカーネイト』という概念の発明にある。

 自我を持ったリンカーネイトを生み出すことができれば、リンカーネイトの操作を術者が行う必要はなくなるからな。リンカーネイトだけを好きに行動させて、術者は術者で別の作業をすることが可能になる為、純粋に手数が二倍になるのだ。

 それだけじゃない。操作に意識を集中させなくて済む分、戦闘において自分の身を守る余裕も生まれる。それは結果的に戦場における術者の死亡率を大きく低減させるはずである。

 また、操作コストの低減はそれまで操作コストから下火になっていた群体型リンカーネイトの開発にも繋がってくる。そうなれば、リンカーネイト開発はより多様性を持っていく。


 当初、『リンカーネイト:オーバーライド』という技術はそうした展望を持って開発したものだった。

 とはいえ、その為に組み込む人格情報の開発があまりにも難しすぎるということもあり、考案者が匿名だったことも手伝って、当時、この技術自体が注目されることはなかった。今も、数多ある匿名論文の中の一つとして日の目を見ることなく大図書塔アカシアの中で埋もれているはずだ。



 ただし、この技術論には二つの誤算があった。



 一つは、人格情報がリンカーネイトの能力にも影響を与えてしまう点。

 完全に能力が変質する訳ではないが、組み込んだ人格情報によって能力は大なり小なり変化してしまうことが、のちに理論を検証した結果分かった。これは一見すればデメリットだが、これは裏を返せば『優秀な能力を持つ人格情報を使い回せば、優秀な能力を(多少の変質はあれど)安定的に量産できる』ということを意味する。

 現状のリンカーネイトは、属人性の極みである。強い能力はとことん強いが、弱い能力はとことん弱い。そして『契約コントラクト』などの些細な例外はあるにせよ、基本的に能力は変動しない。

 こうした現状から『安定して強い能力』を作り出せるようになれば、それはもう『戦力のルール』が変化するに等しい革命だ。


 そしてもう一つは──この技術論に使用する『人格情報』に、『国父』ウナシウスが展開した結界に記録された『聖者』の行跡──『聖跡』が使用できる点。

 結界に記録された『聖者』の行跡。行跡とだけ言えば、その人が行った偉業を記録しているだけと思うかもしれないが、実際にはそうではない。詐称のリスクをなくすため、結界魔法によって功績スコアは複数の人間の記憶から引き出された情報を複合的に分析し、そして『国父』ウナシウスが設定した条件に照らし合わせて算出する。つまりどんな『聖者』も頭の中をスキャンされている訳で──その過程で、人格情報すらも記録されているのだった。

 そしてもちろんこの場合、『聖者』の人格を持ったリンカーネイトであっても通常のリンカーネイト同様に能力を備えている。それも、国を変えるほどの才能を持った人格が備える『魔法の才能』の影響を受けた、独自の能力を。


 つまり。


 『リンカーネイト:オーバーライド』とは。

 歴史上に一〇人存在する、一人一人が国を変えるほどの偉業を成し遂げた大豪傑たちを『リンカーネイト』として強化した上で、使役できる技術だった。


 そしてこの技術の凄まじいところは、術者の才能に関わらず人格情報さえ組み込めば確実にリンカーネイトを上書きし、人格を再現できる点にある。

 つまり、術者はのだ。

 これが実用化すれば、生存競争の軍配は間違いなく人類側に上がる。一〇〇〇年に渡って続く王国の礎を築き上げた聖者の知恵を好きなだけ借りて魔獣との戦争に臨めば、当然そうなる。この発明を以て、オレ功績スコアは齢一〇にして九〇〇点を越えた。


 デーアが自我を持って動いているのも、周りには『契約コントラクト』だのなんだのと説明していたが……アレは厳密には嘘になる。

 デーアもまた、『リンカーネイト:オーバーライド』の産物。……オレの魔法の才能なのだから、デフォルトで『リンカーネイト:オーバーライド』を実装していて──そして転生という因果からか、そこに組み込まれた人格情報にはあの邪神が選ばれたという訳だろう。

 最初から、上書きされることが前提の才能。……なんともまぁ、オレらしい才能ではあるが。



「ははあ……。なるほど、流石はご主人様です☆」



 今日のところはとりあえず解散して、詳しい話はひとまず明日以降に詰めましょう──。

 フラムジア殿下の有難いお言葉もあって、自室に戻りオレが抱えている事情をある程度解説したデーアから出てきたのは、そんな感嘆の台詞だった。



「何を白々しい……。本当に余計なことしてくれやがって。オレ、ちゃんとお前に釘を刺してたよな? 変な行動するなって。分かりやすい厄ネタに突っ込みやがって……」


「やだなあ。心外ですよお、ご主人様」



 デーアはそう言って、



「そもそも、ご主人様の方針から言えば第一王女の『派閥』と全く無関係でいるのは得策ではないでしょう?」



 と、悪びれた様子もなく言い切った。

 悪意でも、茶化しでもない。真面目に、オレの方針と向き合った発言だった。



「平穏と栄達。どちらにせよ、ああやって第一王女がイレギュラーな『派閥』を立ち上げた時点で、その中心軸となるのは第一王女ですからねえ。そことの接触手段を持たないというのは、明確な悪手。アンコントローラブルな環境で手探りのまま平穏を探すのは、流石にご主人様といえど分が悪いですよお?」


「……、それは……」


「ならば、私という珍しいリンカーネイトの技術情報を引っ提げて介入するのは最適解のはずですよねえ?」


「…………」


「むしろ私は、リンカーネイトとして二の足を踏むご主人様の背中を押したつもりだったんですよお☆ 結果的にご主人様は、次期女王の婚約者というこの上ないポジションを得られましたよねえ?」



 …………正論だった。

 そもそも本来なら、『リンカーネイト:オーバーライド』を広めるのは間違いなくオレの出世にプラスとなるのだ。功績スコアが九〇〇点以上にもなるような技術情報だからな。それを直接次期女王に売り込めば、それこそフィリデイ辺境伯領の運命から逃れることだって容易になったはずだ。


 …………だが、それでは駄目なのだ。





 断言する。

 『リンカーネイト:オーバーライド』が実用化して広まるようなことがあれば──人類は、いやこの世界は、間違いなく滅亡する。



「そもそも、現段階ですら内ゲバが勃発するような世界だぞ。『リンカーネイト:オーバーライド』なんてものが実用化されて、誰も彼もが歴史に名を遺す偉人の知恵と戦力を借りられるようになれば……その傾向はさらに加速するに決まっている」



 それこそ、『学園という閉鎖環境の中に留めた限定的な代理戦争』なんて甘っちょろい話じゃない。相対的な魔獣の危険が減少する分、本当に内戦レベルの争いが勃発する可能性が非常に高い。



「それに何より……お前自身が証明しているが、人類に『リンカーネイト:オーバーライド』を制御できる確証もないだろ」



 これが、最大の問題。

 歴史に名を遺した大偉人といっても、別に清廉潔白であることが条件ではない。

 『護国の誉れオナーオブアンガリア』が記録しているのはあくまで『国家への貢献度』でしかないのだから、たまたま貢献度を稼いだだけの極悪人が『聖者』として記録されているリスクだって当然ある。

 ……いや、『地球』の歴史を鑑みる限り、むしろそうした戦乱期の英雄が清廉潔白である可能性の方が低いだろう。

 仮にたまたま犯行が明るみに出なかっただけの快楽殺人鬼なんかが『聖者』として登録されてしまって、『リンカーネイト:オーバーライド』によって誰も彼もが呼び出せば、世界がどうなってしまうか。……そんなこと、改めて考えるまでもない。


 …………そもそも所詮、あの理論はオレの中から出て来たモノだ。

 真っ当に何かを護れるような性質を帯びているとは、到底思えない。



「ん~、人間力が足りていないですねえ……。それにご主人様は、十分私を制御できていると思いますけどお?」



 ……どこがだよ……。ついさっき、まさに暴走してオレの不利益になるように盤面を動かしまくってたじゃねーか……と言いたいところだったが、アレ自体はデーアに開示されていた情報から見たら最善の行動だったというのは事実だ。

 コイツのことを警戒して『リンカーネイト:オーバーライド』について説明していなかったオレの落ち度というのもあるので、そこは黙っておく。……それに、コイツの暴走がなかろうとオレ功績スコア九一二点がある限り、遅かれ早かれこうなっていた気はするしな……。



「ともかく、だ。……オレが『なるべく早くそれなりの地位につく』って目的を掲げているのも、これに関連している」



 話題を切り替えるため、意図的に咳払いをしながらオレは言う。

 デーアの方は胡乱な目を向けているものの、それ以上どうこう言ったりするつもりはないようだった。そこでオレは一呼吸おいて、



オレの目的。それは──魔導論文『リンカーネイト:オーバーライド』の抹消だ」



 そう、宣言した。

 『リンカーネイト:オーバーライド』の無秩序な普及は、世界の破滅を齎す。『聖者』の中にいるかもしれない特大の悪人を引き当てるか、さもなくば人類の悪意が『聖者』という特大の戦力と乗算されることで世界の許容値をオーバーするか。いずれにせよ、その破局的な結末カタストロフは試行回数が増えれば増えるほど現実味を帯びていく。

 だから早急に立場を得て、埋もれているあの論文を抹消するのだ。…………あの論文が、世界のどこかに必ずいる悪人に見つかる前に。


 オレの宣言に、デーアは得心が言ったように頷く。


「なあるほどお。ご主人様の目的のちぐはぐさが理解できましたあ。要するに、本心では平穏無事に暮らしていたいけれど、推定・世界を破滅に導く論文が残っているのでそれをどうにかしないことには安心できないってことですね☆」


「……そうなる」



 首肯すると、デーアは納得して、しかしつまらなさそうに眉をひそめた。メイド服姿の女神は『はあ』と溜息を吐いてから、



「う~ん、人間力が足りてないですがあ……他ならぬご主人様の第一目標とあれば、私もリンカーネイトとして尽力しない訳にはいきませんねえ」


「……どこまでアテにしていいのか分からないのが厄介なんだけど」


「私をアテにするようでは、まだまだ人間力が足りませんよお☆ お前の助力なんて必要ない! くらい言ってくださらねば!」



 またコイツは無茶を言いやがって……。

 オレは呆れつつ、首を振る。こんな邪神でも、今は使い倒さないとどうしようもないんだ。


 フラムジア殿下と婚約したことで、オレの目的である『それなりの地位』への道はかなり明確になってきた。この分なら、手段を選ばなければ在学中に目的を達することだって不可能ではないかもしれない。

 ……ただし、王女の狙いはあくまでもとしてのオレだ。そこに価値を置いている以上、向こうもオレの技術──『リンカーネイト:オーバーライド』は欲してくるだろう。婚約という迂遠な方法を選んできた以上、そこまで早急のアプローチではないだろうが。


 …………。


 フラムジア殿下との婚約関係を発展させて『大図書塔アカシア』に眠る魔導論文『リンカーネイト:オーバーライド』を抹消する手を打ちながら、フラムジア殿下からの情報供与の要請を上手く躱し続けつつ婚約関係を継続する。


 ……オレに、そんなことがやれるか……?


 ……いや、やらねばならない。

 世界の平和の為……そして何より、オレの平穏な未来の為にも!!

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