09 WRONG'UN JUNGLE:青二才達の戦場 ①

 ──そして、夜が明けた。


 翌日、朝六時ごろ。

 オレは微睡の中で優しい揺れを感じて目を覚ました。

 昨日は色々とあったものの、『学園』で手配されたベッドの寝心地は素晴らしく、ぐっすりと眠ることができた。目覚めの方も快調で──



「ご主人様。朝ですよお。今日も入学式前に色々とやることがあるんですよねえ?」



 ──朝起きて一番最初に目に入る存在がこの邪神でなければ、きっともっと良い朝になったことだろう。



「……んあ、おはよ……」



 眠い眼を擦りながら、オレは起き上がる。

 こういう広々としたベッドはこの世界に転生してきた当初はどうにも慣れないものだったが、流石に一五年もこの世界で生きていれば慣れてくる。

 起き上がったオレは、ネグリジェのままうーんと一つ伸びをした。……慣れたといえば、このネグリジェの方は未だに慣れない。前世はともかく、一応は貴族令嬢の端くれとしてこういうものを着ないと示しがつかない為、こういう服を着ているが……薄いしスケスケだし、なんとも落ち着かない。Tシャツと短パンで寝かせてほしいと、未だに切に思う。



「まだ眠そうですねえ……。大丈夫ですかあ? 二度寝します?」


「絶対寝坊するパターンだからなそれ……」



 女神のくせに悪魔の囁きを繰り出すデーアに言い返しながら、オレはベッドから立ち上がる。そしてベッドの脇に立つデーアの横を素通りして、洗面所に向かって行った。

 オレの自室は、廊下から見た時に部屋の右側に扉がある。扉を開けると目の前にカーテンがかかっており、その向こうにベッドがあるという形だ。洗面所は廊下から見て左端にあるので、地味に遠い。



「では、この後のご予定を確認しますねえ」



 のそのそと歩いていくオレの後ろから、デーアが声をかけてくる。

 いかにも従者然とした態度だったが、昨日と違ってデーアはメイド服ではなく、学園に行くまでの間身に纏っていたギリシア神話の神様が着ているようなキトンの服装に戻っていた。

 というのも、フラムジア殿下の婚約を受けたことで、事実上オレは彼女の『派閥』に所属することになったからな。デーアの造詣がクソ目立つ為に、その特異性とかを目当てに『派閥』に寄って来られて面倒事が起きるのが難点だったのだから、既に王女の『派閥』に所属することになった以上、そのへんを下手に考慮する必要もないという訳だ。



「この後は、九時から入学式。一一時より新入生オリエンテーションがあり、一二時からお昼休憩。一五時から自由時間となりますが、ご主人様は既に『派閥』に所属しているのでフラムジア王女の『派閥』と共に行動することになりますねえ。……流石に六時起きは早起きすぎだと思いますよお?」


「……ぷはっ。そうでもない。九時までゴロゴロしてるような生徒はよほどの実力者か数日で学園を去る愚鈍かの二択だ」



 予定を聞きながら洗顔と歯磨きを終えたオレは、そう言ってタオルで口元を拭う。使い終わったタオルを洗濯かごに放り投げて、



「とりあえず近々の方針として、『派閥』内での発言力を強くしておきたい。『王女様のお情けで「派閥」に入れてもらったポッと出の女』という認識だと、何かと面倒だし『リンカーネイト:オーバーライド』の抹消に『派閥』の力も頼りづらいしな」


「ほむ。道理ですねえ。では、具体的にどうするんですかあ?」


「一番の近道は…………『派閥』への貢献ってことになるかな」



 言いながら、オレは設置してある化粧台の前に座って、髪を梳く。寝癖がちょっと気になったのだ。



「もちろん、『リンカーネイト:オーバーライド』については秘匿だ。他に新規技術を開発する案も……なるべく流出は避けたい」


「人間力が足りないですねえ……」


「うっせえ」



 櫛はこの後も使うので化粧台の上に置いてから、ネグリジェを脱いでさっきとは別の洗濯かごに放り投げた。

 用意していた下着を胸にあてがいながら、



「だから、学内行事で好成績を収めて『派閥』の名声を高めたり、新規メンバー……特に新入生を『派閥』へ勧誘するのが、近々の目標だな。まぁ勧誘は殿下と話しておかないと面倒なことになると思うが……」


「前者は分かりますが、何故後者を? 大分派閥メンバーは粒揃いだったと思いますけどお」


「でも、ほぼ二、三年生だったろ」



 オレは制服に袖を通しつつデーアの疑問に答える。



「フラムジア殿下だって、卒業まで現状のメンツのままでやっていくなんてことは考えていない。あくまでも今のメンツはスタートアップメンバー。フラムジア殿下が卒業するまで『派閥』の権勢を保っておきたいなら、一年生メンバーの早期獲得は必須だからな」


「なあるほど! 一年生メンバーの勧誘で活躍すれば、『派閥』に貢献できると同時に一年生メンバーの中心的役割も担えるので、『派閥』内での政治力向上にもつながりますものね☆」


「…………そこまで分かってるなら、余計なことは言うなよ?」



 一年生であることを示す赤いタイを締めながら、オレはデーアに釘を刺す。

 このへんの思惑を周りにバラされたら、まぁ上級生……というか『派閥』内での立場があるあのキツそうな人──シュヴィアさん? あたりは良い顔しなさそうだからな。オレとしても、発言力は強めたいけど『派閥』内にさらに派閥を作るような真似は避けたい。



「委細承知致しました! ……ただ、それがこの早い時間に活動を開始するのにどう繋がるのでしょう?」



 デーアの問いに、オレは化粧台の鏡と向き合って薄く化粧をしつつ、



「先輩達に挨拶するんだよ。昨日のうちにアポを取っておいたんだ。貢献するにしても、まず個々人との関係を築いておくのは前提だろ?」


「ははあ、流石はご主人様ですねえ──」



 そうして身支度を整え終わったオレに感心するような視線を向け、デーアは続ける。



「──すっかり、女の子の身支度が板についておられます☆」


「誰のせいでこうなってると思ってんだっっ!!!!」




   ◆ ◆ ◆




「おはようございます、先輩方」



 ──現在地は、オレの入寮している第五学生寮を出てすぐのところにある庭園。

 七時前に到着したのだが、既に先輩達の幾人かは庭園で待機していた。……一応待ち合わせは七時一五分にしていたんだけどな。



「すみません。お待たせしました」


「あ~ん、良いのよぉ。アタシ達が好きで待ってただけだからぁ」



 先輩を待たせてしまったということで開幕謝罪をしたオレに答えたのは、そんなだった。

 顔を上げてみると、ふわふわの金髪が印象的な綺麗な人がそこにいた。体格と声からして男性のようだが、服装は女子生徒のものだ。

 その後ろで、メガネをかけた男子生徒がこちらの方をじっと見ている。気難しそうな表情とは裏腹に、栗色の髪を短く刈り上げた活動的な印象の少年だ。体格もよく、体つきもがっしりしている。

 そこから少し離れたところに、何やら三人で話している女子生徒の一団が一つ。彼女達も挨拶もそこそこにこちらの様子を見ているようだった。

 ……この人達の誰もが、フラムジア殿下が認めたその道のプロフェッショナルなのだ。『派閥』内の発言力を強めるというのもそうだが、個人的にもコネクションを作っておくに越したことはないだろう。



「改めまして、アルマ=イクス=フィリデイと申します。よろしくお願いします」



 この後も数人ほど来る予定ではあるが……ひとまず、その場にいる生徒達に向かって挨拶をする。

 婚約者──と名乗るのは流石に感じが悪かったのでやめておいた。

 ちなみに、婚約については昨日のうちに実家に連絡を取って、つつがなく受理されている。フィリデイ辺境伯の後継ぎについてはまだオレのままになっているが、一応オレの下には妹が何人かいるので、何もなければそいつが次の後継ぎになることだろう。ご愁傷様である。



「アタシはネヴィウス=イクス=オベーリシア。見てお分かりの通りオトコだけど心はオンナのコ! でもそのうち気にしないでねぇ。あと、本名はカワイくないからネヴィアちゃんって呼んで!」



 まず最初に名乗ったのは、先ほどの女子制服を身に纏った男子生徒だ。

 タイの色は黄。つまり二年生ということらしい。



「よろしくお願いします、ネヴィア先輩」


「──ネヴィアちゃん、な?」


「あっ、はい……」



 急にドスを効かせてきたネヴィア先輩……もといネヴィアちゃんに、オレはぺこぺこと頭を下げる。なんだこのアクの強い先輩……。



「私はシュケル=イクス=ザクヘインス」



 次いで、メガネの生徒が名乗った。こちらはネヴィアちゃんとは違ってシンプルな自己紹介だ。あんまり濃い人がわんさか来られても困るので、有難いけれども。

 タイの色は青。三年生ということらしい。とすると『派閥』内でもかなり重要なポストの可能性があるが……。

 シュケル先輩はさらに続けて、



「殿下の『派閥』では主に経理を担当している。もしも君が何かしらの活動をしたいときには、まず私に相談してくれ。力になれるだろうしな」


「はい、ありがとうございます」



 非常に常識的かつ友好的だった。

 勧誘を蹴った上で婚約で『派閥』入りを決めたから、けっこう悪感情があるものと覚悟していたが……経理という集団のそこそこなポストがこの感じなら、割と『派閥』内でのオレの受け止められ方は良い感じなの……か?

 そして要件を伝えたシュケル先輩と入れ替わるように、先ほど三人で話していた女子生徒達が笑いながら口々に言う。



「ウチはアズトリアー!」


「あたしはマーシャ」


「……キーエ」



 三人の先輩は、互いに黄色のタイを揺らしながら名乗っていく。……二年生か。距離感も近いし、公私ともに頼れそうな先輩だ。

 そして最後にまとめるようにして、アズトリア先輩はこう締めくくった。



「同じ『派閥』の一員として、しっかりきりきり殿下に尽くしましょー! まぁ、あんまりよろしくする気ないけど!」



 すごくフレンドリーな挨拶に、笑顔で返そうとして……、……ん!? よろしくする気、ない!?

 思わずぎょっとして目を剥いたオレに対して、



「だってあたしら、アンタのこと気に食わないし。ねー?」



 アズトリア先輩は、にこにことした笑顔で──しかし目だけは、毛ほども笑わずに。

 オレのことをじいっと見据えて、真っ直ぐに言い捨てた。

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