10 WRONG'UN JUNGLE:青二才達の戦場 ②

 『お前のことが気に食わない』。


 まさかの宣言を前に一瞬動きが止まった俺の目の前で、アズトリア先輩、マーシャ先輩、キーエ先輩は互いに顔を見合わせて頷き合っていた。

 悪びれた様子や、面白半分にこちらを嘲るような様子は毛ほどもない。これは……かなり固い意思を持っての表明と見るべきだろう。


 ……弱ったな。友好的な関係が築けるかと思った矢先にこれだ。これは、この後のメンツの好感度次第では(精神的)袋叩きに遭う可能性もあるが……っていうかオレに対するスタンスで『派閥』に亀裂が入る可能性すらあるが……。

 これだけ固い意思を持っているってことは当人なりの正当性もあるってことだろう。ちゃんとした理由(たとえそれがオレの落ち度でも)があるってことは、オレが何か行動すれば関係を改善できるってことだから、その点はまだマシだが……。


 …………いや、待て。

 にしては、おかしくないか?


 常識的に考えて、気に食わないヤツとの顔合わせにわざわざ集合時間よりずっと早く集まっているというのは違和感がある動きだ。その場で宣戦布告をしてくるというのもいかにも『あからさま』すぎる。

 それに、オレに友好的な態度を示した前の二人はアズトリア先輩達の言葉を聞いても何らリアクションを示していない。まるで、最初から知っていたかのようだ。

 これ……試されてるな。『当然現れるであろう「自分のことを気に入らない人間」を前にした時、どう対応するか』。……となると……。


 オレは、チラとデーアに視線を向ける。

 知らぬ存ぜぬを貫いていたデーアは、オレが視線を向けると観念したかのように苦笑して、それから頷いた。……この野郎、気付いていて黙っていやがったな。



「──殿下も、お人が悪いですね」



 オレは溜息を一つ吐いてから、おもむろにそう言った。


 正式な婚約者になった人間に対するやっかみ。フィクションではありがちなシチュエーションではあるが、この『学園』は疑似的な戦場で、この『派閥』の面々は『殿下が手ずから集めた精鋭』なのだ。その精鋭が婚約者に対して表立って悪感情を露わにして対立を生もうとする──そんなことがあり得るか?

 否、あり得ない。

 では、心ある先輩が新米婚約者に対して心構えを説くためにあえて悪者を演じているか。──あり得るかもしれないが、にしては他二人のリアクションが弱すぎる。とすると、このやりとりは二人も含め既定路線ということになる。そこまで行ったら、個人の判断というよりも組織全体の判断と考える方がしっくりくる。


 そして、デーアに周辺に殿下がいるかどうか確認させた結果──答えは『YES』。

 つまり、この一連の流れはフラムジア殿下がオレの反応を試す為に仕組んだテストだったという訳だ。突然殿下の婚約者になったことで増長していないかとか、突然の対立に動揺してしまわないかとか、そのへんの人間性を確認したかったんだと思う。功績スコアが高くとも人格がまともとは限らないというのは、奇しくも昨日オレが考えていたことだし。

 ……一応、向こうも既にオレのプロファイリングは済ませているはずだがな。



「驚きましたわ。意図を読まれるくらいまでなら想定の範囲内でしたが、まさかわたくしが隠れていることまで気付かれるとは」



 言いながら、フラムジア殿下が物陰から現れた。シュヴィア先輩や他の数人の『派閥』の面々も一緒だ。

 ……ってことは、オレがやって来る前に全員集合していたのか。二〇分前に着いたのに……。めっちゃ手の込んだことしてくれるなぁ。



「殿下のお作りになられた『派閥』の精強さを信頼しておりますから。それに──アズトリア先輩もマーシャ先輩もキーエ先輩も、声色から優しさが隠せていませんでしたよ」


「くあー! この後輩! 可愛いこと言ってくれるじゃないのー!」


「イジワル言ってごめんなー」


「……後輩、嬉しい」



 にっこりと微笑むと、三人の先輩はさっきまでの反動が出るみたいにオレのことをもみくちゃにしてくる。うおおお……スキンシップが強い……。……でもまぁ、ファーストコンタクトはグッドコミュニケーションだろう。

 このやりとりを見ていた他の『派閥』の先輩達も、最低限頭の回転に関しては信頼してくれたはずだ。



 …………ただし。

 今の話は、あくまでも『この場で悪感情を表明してくるのはおかしい』というだけの話。

 『派閥』の中には、殿下の顔を立ててわざわざ悪感情を表明しないだけで、心の中ではオレの存在が気に入らないという人だっていてもおかしくない。殿下の王配になるのを狙っていた人だっているかもしれないしな。

 今回のこれはそうした意識を暗にオレに促すのと──の意味合いもあるのかもな。

 そして、そういう人達がもし仮にいた場合、オレはどうするべきか。……そこについては、今のうちから考えておかないといけない。オレの平穏な日常の為にも。



「こらこら、婚約が正式に成立して、アルマはわたくしの婚約者になったのです。スキンシップは控えなさい」


「はい! 失礼しましたフラン殿下ー!」



 程よいところで止めに入ったフラムジア殿下に、三人がさっさと散っていく。……意外とコミカルというか、フレンドリーなやりとりだな? 思ったよりも、『派閥』の人員とフラムジア殿下の距離って近いのかな……。

 ……いや、違う! シュヴィア先輩がめちゃくちゃ苦々しい表情で天を仰いでる! あの三人がおかしいんだ……。



「さて。先程までの顔合わせは、アナタの察している通り、アナタへの『テスト』の意味もありました。婚約を受け入れたアナタを試したことについては、申し訳ないことをしましたわね」


「……殿下! 王族がそう軽く謝られては……」


「別に構わないでしょう。相手は単なる臣下ではなく、わたくしの婚約者ですわ」



 フラムジア殿下はさらりと言って、



「話を戻しましょう。確かに、先程のやり取りは『テスト』。ですが……その人選については、無作為に選んだ訳ではありません。先程アナタと引き合わせた面々は、今後のアナタの活動に必要な人員を選出したつもりですわ」



 ああ、なるほど。

 経理のシュケル先輩に、一個上で学園の『普通の暮らし』に詳しそうなアズトリア先輩・マーシャ先輩・キーエ先輩。四人とも、今後のオレの生活上はよく話すことになるであろう人だ。

 ……でも、だとするとネヴィアちゃんは一体どういうポジションなんだろう? 技術がどうこう言ってたから、魔法研究分野はあの人が担ってるとかなんだろうか? だとしたら、二年生なのに『派閥』の魔法研究分野を引っ張っているとか凄い人としか言いようがないが……。



「シュケルは経理。アズトリア、マーシャ、キーエは学園生活。それぞれ四人に相談なさい。そしてネヴィアですが……」



 フラムジア殿下はそこでネヴィアちゃんに視線を向けて、



「彼女には、


「はえ?」



 世継ぎ?

 でもオレも殿下も女だから……子ども、作れないよね?


 困惑しているオレを置いて、ネヴィアちゃんの身体から剥離するように大きなクラゲが現れる。……リンカーネイトだ。空中を泳ぐように浮遊している。



「アタシのリンカーネイトねぇ。細かい内容は省略するけどさ、要するに『身体の部品を作れる』のよん」


「……身体の部品を?」


「そそそ! こう、髪とかをもらって、リンカーネイトの中で分解するとねぇ……。好きな部位に成長させられるのよぉ。全身は無理だけどね。大怪我してもそれで治せるってワケ」



 ……そりゃ凄い。

 デーアの能力でも、魔力を帯びている人間の身体は発現できないからな。出せて義手だ。四肢を失うような負傷も治せるというのは、本当に凄い。『回復キュア』の名手でも、そんな芸当をこなせるのは本当に一握りだ。まして、学生の身分で出来るのなんてネヴィアちゃんくらいじゃないか?



「それでねぇ! 今はまだ、試している途中の段階なんだけどぉ。の作成もできないかって、研究中なのよねぇ~!」



 ネヴィアちゃんは、嬉しそうに笑いながら話す。

 ……ああ、そうか。というのは、そのままの意味。自分の能力によって性転換手術……いや、性転換を行うという意味なのか。

 ……で、それが何で世継ぎの面倒に繋がるんだ……?



「ネヴィアの研究が実を結べば、世継ぎを作るのに性別など関係なくなりますわ。つまり、アナタにはわたくしの子を孕んでもらいます」


「はい?」



 はい?



「……聞き取りづらかったかしら。アナタには、わたくしの子を孕んでもらうと言ったのですわ」



 ………………。


 あっ、『性転換魔法』が可能ってことは、やろうと思えば一時的に色々付け替えることもできるわけで、そうしたら女同士で子どもを作れるわけね。なーるほど。

 …………いや、なーるほどじゃないが?????



「……い、いやいやいやいや! いや……あの、えっと!」



 ちょ……待て!? そそそ、そんなこと急に言われましても!? 孕む!? オレが!? 殿下の子を!? いやそんなマタニティフラグがあるとは露ほども思っていなかったのですが!?

 いや元々そのうち誰かの子を産むことになるなろうなー貴族だしーとは思ってたから、そこはもう諦めてるところではあるんだけど、とはいえだぞ!? とはいえだろ!?

 混乱でパニックになりつつある心を必死に落ち着けて、オレは深呼吸する。……あ、横で邪神がめちゃくちゃ笑い堪えてやがる。死ねコイツ。



「す、すみません……。その、話が急すぎて、心の準備が……」


「ああ、誤解させましたわね。別にすぐという話ではありませんわ」



 孕ませ宣言王女は苦笑しながらそう言って、



「そもそも、まだネヴィアの魔法は研究途中。きちんと子を成せるかどうかの検証も含め、すぐにはいきませんわ。実際に子を成すのはわたくし達が『学園』を卒業した後になることでしょう」


「はぁ……」



 よかった。一応心の準備をするだけの期間は用意されているらしい。



「ただ、それまでの調整の為に色々と必要な情報も多くなるでしょう。ネヴィアには健康状態は逐一報告するように」


「承知しました」



 要するに、お抱えの産婦人科医みたいな感じってことか。

 なんかめちゃくちゃな爆弾を落とされたけれども、とりあえずそういうことであれば今後とも頼りにさせてもらおう……。



「では──続いて、残りの人員の紹介に移りましょうか。シュヴィア、進行を」


「はい。承知致しました、殿下。……まずは私だが──」



 ほっと胸を撫で下ろしたオレをよそに、シュヴィア先輩が『派閥』の面々の紹介を始める。



 …………申し訳ないけど、正直それどころじゃなさすぎて名前と外見を一致させるので精一杯だった。

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