11 WRONG'UN JUNGLE:青二才達の戦場 ③

「いやあ、流石の人口密度ですねえ」


「…………」



 その後、記念講堂にて。

 オレとデーアは二人で、入学式に参加していた。セントリア学園には一応クラスという概念はあるものの、いわゆる『日本』の学校教育のように整列入場のような概念はないらしい。ステージのような講壇を中心として、扇状に並べられている座席のうち、講壇から見て左端の一番奥に座っておく。

 ちなみに、軽く一〇〇〇席はあろうかという講堂内は、既に七割が埋まっていた。


 ……一応は婚約者なので、入学式はフラムジア殿下と一緒に参加しておきたかったのだが、殿下の方は一応王族として式で色々とやることがあるので別行動とのことらしい。ただ、これは考えようによっては好都合かもしれない。入学式のド頭からフラムジア殿下と一緒に行動していたら、気後れされてそこで交友関係が途絶えてしまう可能性もあるしな。

 そうなる前に、この場である程度の交友関係を築いておいて、フラムジア殿下との関係性が知られてもそこを足掛かりに交友関係を広げていくべきだ。



「しかし良かったですよお。一年生の勧誘についてある程度の権限を認めてもらえたじゃないですか」



 オレの後ろに立つデーアが、楽しそうに笑いながら言う。

 そう。朝のブリーフィング(結局、あの後自己紹介からブリーフィングが始まったのだった)でオレがした提案は、概ね好意的に受け止められ、フラムジア殿下からは『独断で勧誘をせず、有望株を見つけ次第わたくしに繋ぐのであれば歓迎する』という言質を手に入れたのだった。

 独断で勧誘するなというのもオレが『派閥』の中で一番の新顔であることを考えれば当然の条件だし、その上で人事権の一端を任せてもらえているというのは人格面・知能面で信頼してもらえたと考えてもいいだろう。朝の大立ち回りも報われたというものだ。



「本当にある程度、だけどね」



 猫被りの口調で、オレはデーアに答える。

 ──信頼してもらえているからこそ、半端な仕事はできない。そういうプレッシャーもあるのは確かだ。言うなれば、これがオレの初仕事。此処の成果如何でオレの評価は高くも低くも、いくらでも変動するのだから気は抜けない。

 そう考えると自然と気合も入る。……そういうのを見越しての、フラムジア殿下の裁量なんだろうけれども。



「うんうん、その意気です☆ 良い人間力ですねえ☆」


「前から思ってたけど、その『人間力』ってなんなのさ……」


「あっ!!!!」



 と、あまりに今更なツッコミを入れようとしたところで、横合いからデカい声が響いて来た。

 何だどこかで揉め事か、と視線だけちらと声のした方に向けてみると──そこには、一人の少女が仁王立ちしていた。

 なんとも、平凡そうな見た目の少女だった。

 栗色の髪を背中の中ほどまで伸ばした、一年生の少女。重めの前髪から覗くくりりとした丸い眼は小動物のような印象を与えてくるが──こう言ってはなんだが、全体的に華がない少女だった。長めの前髪のせいで全体的な印象は大人しめに見えるし、学校指定の制服のスカートも普通の生徒よりも長い(普通の生徒は膝上だ。オレは恥ずかしいのでせめてもの抵抗で膝丈にしているが)。

 いや、直前まで華の塊のような存在と飽きるほど接していたからそう感じるだけだとは思うが……。


 で、そんな一見すると何の変哲もない少女だったが、異様な点が二つ。

 一つは、とんでもなく驚愕していることが分かるほどに口を大きく開けて、目を見開いている点。

 そしてもう一つは──そんな少女の視線が、こちらに向けられている点だ。



 ……何なの、また厄介ごとなのぉ……?



 げんなりしかけた心を奮い立たせ、オレは猫被りの強度を意識的に上げながら少女の方に向き直る。



「……どちら様かな? 私ときみは初対面だと思うんだけど」


「あっ、すいません……。突然おっきな声で」



 そう言って、少女はぺこりと頭を下げる。

 ……? …………?



「えっと……申し遅れました。私、アザレア=イクス=ヴィラムルースと申します」



 挨拶を受けて、オレは得心がいった。──そうか、か。

 ヴィラムルースと言えば、フィリデイ辺境伯の隣に位置する男爵領の名前である。そしてヴィラムルース男爵領といえば、オレが魔獣ジナラシと戦闘した場所であり──名も知らない学生を乗せた魔駆車が襲われた場所でもある。

 察するに、彼女が魔獣ジナラシに襲われた学生なのだろう。オレは顔を見ていないけど、デーアは魔駆車を横転から立ち直らせているので、その時に顔を覚えられていたとしても不思議じゃない。服装もあの時のままだしな。



「そちらのデーア様……じゃなくて、アルマ様に、魔獣から助けてもらった者です」


「…………私?」


「はい。デーア様が、『自分はアルマ=イクス=フィリデイ様のリンカーネイトである』とおっしゃられていたので……」



 こ、この邪神、オレの知らないところでオレの名前を売ってやがる……!!

 …………いや、この場合は別にいいのか。オレのポジティブな情報を広めてくれてるわけだし。うん、グッジョブと言うべきだ。



「気にしないでいいよ。あんなところで魔獣に襲われている人がいたら、助けるのが当然だもの。それより、此処で会ったのも何かの縁だし、一緒に式に参加しようよ。友達になろう?」



 そう言って、オレは隣の空席を指し示す。

 あの時は『学園』に行けば敵同士かもしれないなんて言っていたが、嬉しい誤算だ。けっこう友好的な感じのキャラクターをしているし、同級生の友人になれたらいいな。この子を『派閥』に勧誘するかは、また別として……。



「はい、喜んで!」



 笑顔で頷いて、アザレアさんはオレの隣に座った。

 オレは苦笑して返して、



「友達なんだから、畏まらなくていいんだよ。フランクに行こう?」


「え、でも……」



 オレの提案に、アザレアさんは困ったように言い淀む。命を救われた負い目がある……だけじゃなく、家格的なところを気にしているのもあるんだろう。

 フィリデイ辺境伯は生存難易度超絶激高ルナティックだが、それはそれとして広大な領地を持ち、国境を防備するだけの潤沢な戦闘力と資産を持っている。家の歴史も長いので、公爵とまではいかないが、それなりに高い家格と言っても良い家なのである。わざわざ特典ギフトでもらった『太い実家』なのだから当たり前だが。

 翻ってヴィラムルース男爵家は、割合新興の家だ。数十年前の魔獣侵攻の折に起きた大壊滅を期に行われた領地再編によってできたとかなんとか、そんな歴史の家らしいが(物騒すぎる)……領地もそれほど広いわけではなく、新興ゆえに後ろ盾も少ないと聞く。アザレアさんが尻込みするのも無理はない。


 ただ、



「『学園』内では無礼講。気に入らないことがあれば王族相手でも楯突いてもいいのが此処のルールでしょ? 気にしないでいいから」


「……う、うん」



 『学園』内では無礼講。

 これはこの『学園』で行われる貴族同士の『格付け』の大前提である。リンカーネイト同士の武力衝突で決着をつけるこの『学園』で、争いの解決手段に『学園』の外の力を持ち出すのは基本的にNG。『お前、僕の言うことを聞かないとパパが黙ってないぞ』なんて言おうものなら、そいつが袋叩きにされるのがこの『学園』の不文律だ。……と、お母様が言っていた。

 まぁ、だからといって実際に王族に楯突こうとは思わないけどな。



「分かった! よろしくね、アルマさん」


「うん、改めてよろしく。アザレアさん」



 にこりと笑い合うと、自然と距離感も縮まったような気がした。

 思い出したように、アザレアさんは傍に立つデーアのことを見上げて言う。



「……でも、不思議なリンカーネイトね。……いや、リンカーネイトさん、ですか? …………私、見たことなくって。このリンカーネイトさん、アルマさんが動かして喋らせてるわけじゃないのよね?」



 あー……やっぱりそこが気になるか。



「うん。『契約コントラクト』の応用でね」


「こんとらくと……?」



 私が外部向けの嘘っぱちで応えると、アザレアさんはぽかんとして首を傾げてしまった。

 ……ああそっか。『契約コントラクト』って『学園』に入学してから学ぶ高等技術なんだった。


 魔法技術・四奏魔法リンカーネイトは手法の簡略化に伴ってもはや誰でも簡単に習得できるようになるが、それだけではただの剥き身の『魔法の才能』でしかない。

 これに対して、『契約コントラクト』で少しずつ能力をカスタマイズしていくところが術者の腕の見せ所ではあるのだが……能力の暴走なども考慮して、基本的にリンカーネイトは『学園』入学の一週間前以降にしか発現させてはいけないことが法律で決まっている。これに逆らおうとすると、めちゃくちゃ面倒くさい申請とかが必要になってくるのだ。オレは断念した。

 そういうわけなので、大半の新入生はリンカーネイトを発現することはできても、『契約コントラクト』までは知らないらしい。オレみたいに昔から勉強していたり、フラムジア殿下のように立場上知っている情報が多いのは少数派なのだ。



「……まぁ、『学園』でそのうち勉強すると思うから今はやめておくよ。ウチの『』みたいなものだと思っておいて」


「はあ、アルマさんちって凄いのね……」



 ぼんやりと答えるアザレアさんは案の定なんのことだか分かっていないようだったが、それでいい。このへんの話は掘り下げるだけオレの首が絞まる。

 オレは話を変える意味も兼ねてパンと手を叩き、



「そういえば、アザレアさんはもうどこの『派閥』に入るのか決まってるの?」



 と問いかけた。

 別に勧誘する気はないが、一応の確認だ。ここから他の『派閥』の勧誘攻勢がどのくらいの勢いか把握しておきたいという狙いもある。

 アザレアさんは頷いて、



「うん。実はもう、入ろうと思ってる『派閥』は決めてるの」


「ええ、そうなんだ」



 ……ってことは、もう勧誘攻勢は始まっているのか。しかもアザレアさんみたいな、言い方は悪いけど『地味』な学生にまで。

 意外だった。もうちょっとこう、互いの『派閥』で様子を見合うものなのかと。どこも早いうちから動いているもんなんだな。



「お父様の知り合いのお子さんが運営している『派閥』でね。挨拶に行ったら、面倒見てやろうって誘ってくれたの。だから、ご厄介になることにしたのよ」


「そうなんだ。随分面倒見のいいお方なんだね」


「うーん、まぁそうね……」



 お? なんか含みがある感じだな? 『学園』は無礼講だから……その前提を踏まえても断り切れないくらい強力な家同士の上下関係がある? ……ないな。

 ヴィラムルース男爵家はフィリデイ辺境伯領の隣に位置していることからも分かる通り、アンガリア王国の中でも随一の田舎貴族だ。国防の為に独立独歩の方針でやっているフィリデイ家とは違い多少の交友はあるみたいだが、完全な主従関係みたいな家はなかったと記憶している。

 となると、アザレアさん自体が断るのが苦手な性格か、誘ってきた相手が特別に押しが強い性格か……だな。

 まぁ、そこは私にとってはどうでもいいことだ。



「軍事系の技術研究を主題にしている『派閥』なのよね。私のリンカーネイト、そんなに戦闘が得意なタイプではないから」


「あー、なるほど」



 リンカーネイトは術者の才能の具現化だ。そんなリンカーネイトが戦闘タイプでないということは、術者の持つ魔法の才能も軍事向きではないということになる──ということはないが(サポート型が軍事向きじゃないってことはないしな)、魔法の才能がそういう向きにあるということは、大なり小なり精神的にそちらに傾いている可能性が高い。

 そういう点で、アザレアさんはあまり気質に合わない『派閥』に入ることになってしまっている──というわけだ。

 性質に合わない『派閥』に入ることになってしまって、気乗りしない。そんなところだろう。……引き抜きできそうな条件だな。覚えとこう。



「──おや、どうやら始まるようですねえ」



 そこで、黙ってオレ達のやりとりを見ていたデーアが徐に口を開く。

 言われて講壇の方へ視線を向けてみると、そこには老年の男教師──おそらく学長だ──が佇んでいた。時刻は八時五九分。そろそろ開式の時間だ。


 さざ波の様に引いていく喧騒に耳を傾けながら────入学式が始まった。

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