12 WRONG'UN JUNGLE:青二才達の戦場 ④
『──このセントリア学園は降誕暦二三一年の建学より今年で七八五周年──』
さて、入学式だ。
魔法で拡声された学長の話が始まり、
ウチの学長──ドクトリー=スティト=デル=イクス=セプテントリオは、中小貴族の次男坊からその才覚だけで学長の座に上り詰めたという努力の人で有名だし、アザレアさんも尊敬しているのだろう。
『──第二の「聖者」メイヴィス様が降誕暦一六六年に設立した「大書庫」が前身となる当学は──』
「…………随分、悠長に構えてますねえ?」
と、ドクトリー先生の話を聞いていたら、不意に傍に佇んでいたデーアが囁きかけて来た。……なんだ、藪から棒に。
「悠長も何も、入学式中に暴れ回れって?」
「いえいえ。ただ──急ぐべきなのでは?」
デーアはそう言って、
「アザレア嬢ですら『派閥』の加入を決めているということは、当初のご主人様の読みよりも各『派閥』の動きが早かったと言わざるを得ないでしょう? あまり悠長にしていては、新入生の加入先がすぐに決まってしまうと思うんですよお」
……なるほどね。ところでアザレアさん『ですら』っていうのはナチュラルに失礼だぞお前。
まぁ、確かにアザレアさんのケースを考えればその懸念は的を射ている。あまりもたもたしていたら他の『派閥』との新入生の取り合いになって、無用に敵を増やしてしまうかもしれない──という危険性は大いにある。
「それについては問題ないよ。私も最初は警戒したけど、話を聞く限りではアザレアさんが所属する『派閥』は縁故かつ相手がかなり強引みたいだし。全体の中でもレアケースだと見ていいでしょ」
貴族である以上、大なり小なり学園の『外』の縁故はあるだろうが──だからといって全ての生徒がそれで所属する『派閥』を決めるとは限らない。
所属する生徒の立場になってみれば分かるだろう。『学園』での三年間が、その後の己の人生に大きく影響を及ぼすと分かっていて──たとえば『学園』の外ではたま~に付き合いがある程度の家だけど、『学園』の中では冷や飯を食らっているような相手の『派閥』に入りたがるか?
少なくとも
それと同じ。
大多数の新入生は、まず『派閥』に入ろうとすることはないだろう。その前に、色んな『派閥』を見極めるフェーズが入ってくる。逆にこのフェーズの前に『派閥』入りを決めるような
ゆえに、
『──また一週間後には、新入生による「魔法品評会」が行われ──』
これだ。
「魔法品評会、ですかあ?」
学長の言葉を耳聡く拾って、デーアが首を傾げる。
「うん。魔法品評会──新入生による魔法を披露する会だね。『派閥』にとっては此処で有望な生徒を見つけて勧誘する場にもなるし、逆に新入生は此処で目立つことで『派閥』へのアピールチャンスになる。……ただ、私が動くのはこの段階じゃない」
「はあ」
「その前段階。新入生が目立つために色々な準備をしているその現場で、存在感を示し、同級生の信頼を集めつつ『見定める』。そうしたら他の『派閥』に先んじて動けるからね」
「はあ」
……なんか反応が悪いな? また『人間力』が足りてないとかそんな話か? 安全択……というか最適解を選んでいる自覚はあるけど。
でも、縛りプレイしてないと不満とかそういうこと言い出されても、
そんなことを考えながらデーアと対決姿勢を固めようとしていると、デーアは腑に落ちないような表情のままこう囁いてきた。
「その作戦、本当に上手くいきますかねえ? 魔法品評会と言っても、結局はリンカーネイトのお披露目大会でしょう? 普通に考えたら、リンカーネイトの能力なんて公衆の面前では晒さないじゃないですかあ。ましてその前段階の準備なんて、それこそ大したことはしないし、干渉も難しいと思いますけどお」
……ああ、なるほど。そういうことね。
「そこについても心配無用。──魔法品評会でリンカーネイトを披露するのは、何かが事故ったかわいそうな人くらいだからね」
このあたりの事情は、お母様
そもそも四奏魔法・リンカーネイトというのは特殊な技術だ。
術者の魔法の才能を反映した、固有能力を持つ術者だけの使い魔。従来の体系的な魔法と違い、リンカーネイトという魔法技術は属人性の極みと言ってもいいだろう。……だからこそその属人性を突破できる『リンカーネイト:オーバーライド』に価値が生まれるのだから。
だが、一方でリンカーネイトというのは『既存の魔法の応用』である。
つまり、全く再現不能な特殊能力というわけではないのだ。個人の資質などが複雑に絡んではいるが、時間をかけて紐解いていけば、部分的にでも汎用化が可能になる。
そして実は、リンカーネイトという技術の神髄は此処にこそあった。
デーアの『術者の願いを叶える物質を発現する能力』を研究すれば、その能力をリンカーネイトによらず再現することができるようになるかもしれないのである。
──というのは流石に極端すぎるが、たとえば『凝視した箇所を石に変える能力』を持つリンカーネイトを研究することで、『物質を石に変える魔導的仕組み』を解明し、それを汎用化できるかもしれない、といえばリンカーネイトの意義が分かりやすいだろうか。
そして、各家はそれぞれそうした自分の一族のリンカーネイトを研究解析した魔法──『秘儀魔法』を幾つか持ち合わせている。もっとも、リンカーネイトが普及したのが今から五〇年前とかだからまだまだ歴史の浅いし、どの家の『秘儀魔法』もまだまだリンカーネイトに比べたら大したことのないレベルなんだけどな。
つまり、魔法品評会というのは虎の子のリンカーネイトの手の内を明かすイベントではなく、ギリギリ奥の手を隠しつつ、現在の自分の家の力を周りに広めるアピール会場というわけなのだ。
「魔法品評会で披露されるのは、各家がリンカーネイトを元に開発した『秘儀魔法』なんだよ。生命線になるリンカーネイトの能力に比べればガードは緩いし、私は他の新入生に比べれば魔法の知識はあるみたいだから、一般知識を教えればそれだけでアドバンテージが取れるでしょ」
「ははあ、なるほど。そういうことでしたか」
「それに、リンカーネイトの顔見世自体は別の機会があるし」
……こいつ、状況を掻き回すような言動しかしないかと思いきや、こうやってちゃんと前提条件を整理するようなツッコミも入れてくれるんだよな。正直
……あ、まさかそれが目的!? じゃ、邪神……。
『──諸君らは転暦一〇〇〇年という記念すべき年に生まれ──』
「ところで、具体的に品評会はどのようにするおつもりでえ?」
ドクトリー学長の話をガン無視しながら、デーアが小声で問いかけてくる。聞けよ、ドクトリー学長の話をよ。あの人も立派な当代の偉人だぞ。
……まぁ、セオリーで行けば
「フィリデイ家の『秘儀魔法』は……一つしかない上に使いづらいから。別の手を考えてあるよ」
「あ、そうなんですかあ? でも……何故一つしかないんですう? 五〇年前に普及したなら、平均して三〇歳で後継者ができると考えても三世代分くらいはあるんじゃないですかあ?」
「そりゃ、お母様より上の世代は魔獣との戦闘で早死にしてるからねェ……!!!!」
デーアのクソナメた疑問に、
テメェが追い込んでくれたこの最悪環境のお陰でよぉ!! お祖母様も曾お祖母様も死んでんだよなぁ!!
「おお……どんまいです☆」
死ねこいつ。
「最悪だ……。……まぁともかく、そういうわけだから、色々手は考えてあるよ」
じゃなかったらもうちょっと慌てているし。
そんな風に言いながら、
壇上では、ちょうど学長の話が終わり、フラムジア殿下が登壇しているところだった。しまった。結局、学長の話が殆ど聞けなかった。
◆ ◆ ◆
壇上でのフラムジア殿下は、王族としての挨拶から始まり、学内では一生徒として頑張りますみたいな宣誓の挨拶に留まった。
なんでも、王族が入学する場合は必ずこうした宣誓を入学した王族全員がやるらしい。まぁ、分かる話だ。でないと学内でも王族として色々忖度しないといけないような気分になるしな。
そういう点では、学内では王族だろうと平等に生徒という建前をここまで大々的に提示できるこの国は、とても健全だと思うが──逆に言えば、ここまで健全じゃないと(腐敗していない状況を維持していないと)外敵に即滅ぼされる環境だった、ってことでもあるんだろうなぁ……。
「これは壮観ですねえ☆」
デーアは楽しそうに言いながら、物珍しそうに周囲をキョロキョロと見渡している。
入学式の後で。
講堂東に広がる草原に集められた
その場は、ある種異様な空気に包まれていた。
理由は考えなくても明白だ。──生徒たちの大半が、リンカーネイトを発現しているのである。デーアが物珍しそうにきょろきょろしているのも、そうしたリンカーネイトが興味深いからだろう。
本当に、色々な種類のリンカーネイトがいる。
そんな中で女神型のリンカーネイトは、
「……不思議なんですけど、どうして『あっち』の
「類似した
あまりにも異形ではあるものの、逆にこの場においてはそれが当たり前になっているので、どのリンカーネイトも特別目立つというものはいなかった。むしろ、目立つという意味ではさっきからデーアが滅茶苦茶に目立っていた。
当たり前である。コイツのことを憎んでいる
──新入生オリエンテーション。
この場では、リンカーネイトの『顔見世』をするのが『学園』の伝統になっている。まぁ、見ての通り、リンカーネイトの見た目からでは精々格闘能力くらいしか確認できないから、何も分からないのと同義なんだけれども。
……いや、デーアがこのナリで平均以上の格闘能力を持っていることを考えると、見た目すらもアテにはならないのか。ホント、詐欺だよなコイツの見た目……。言動も十分詐欺だが……。
「な、なんだか緊張するわね……っ」
そう言うアザレアさんの傍らには、体長二メートルほどの巨大な漆黒の狼が鎮座している。見るからに噛まれたら痛そうな牙や引っ掻かれたら痛そうな爪と言い、戦闘能力はしっかりありそうな気がする。
……が、五メートル級の魔獣ジナラシに比べたら厳しいかもな、という感じだった。勝手に納得。
「そうだね。……にしても、強そうなリンカーネイトが大勢いるなあ」
流石に中型魔獣クラスの巨大さ……とは行かないが、それでもそれなりに巨大なリンカーネイトが大勢いるので、会場は凄い圧迫感だ。
学内で揉め事が起こればこのリンカーネイト同士の戦闘で決着をつけようというのだから、安定したといはいえ一〇〇〇年間魔獣相手に生存競争をしていた戦士の国家だ。
そんな感じで妙な方向性の感心をしていると──
──ズズン、と。
明らかに重量の違う物音が、
振り返ると──そこには、超巨大な恐竜のような爬虫類の腕のみが草原にめり込むような勢いで地面に手を突いていた。あれは……部分発現? かなりの高等技術だ。……一年の段階で、もう使える人がいるのか。
……にしても、本当にデカイ。もしも全身があったら、二〇メートルくらいはある──ちょっとした大型魔獣クラスだぞ。
その巨大な龍の腕の出どころに視線を向けたところで、
「アルマ」
そこにいたのが、
「随分と楽しそうですわね。────ところでその
……正直、後ろのデカイ腕よりも、よっぽど圧がありました。
はい。
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