13 WRONG'UN JUNGLE:青二才達の戦場 ⑤

「あっいやっこれはそのっ……」



 傍らに見知らぬ少女を侍らせて楽しく会話。そしてそれを見る、妙に威圧感のある婚約者。

 この状況で能天気に挨拶できるほど、オレは平和ボケしていない。というか、『殿下ってそういう嫉妬心みたいなものを露わにするタイプだったんスね』──などと考える間もなく、オレは弁解態勢に入っていた。



「これは誤解でですね、こちらは学園に来るまでの道中で魔獣に襲われていたのを助けた少女で……」


「ふふ、おほほほ! 冗談ですわ。そんなに怯えなくとも、妻が他の女と楽し気にしているだけで腹を立てるほど器の小さな女ではなくてよ」



 慌てて弁解するオレを見て、フラムジア殿下は楽しそうに笑う。いや、妻て。確かにそうなのだが……。……今朝のやりとりと言い、この人意外とおちゃめなところがあるよな……。

 フラムジア殿下はスッとオレのすぐ傍に立ち、



「……失礼。わたくしは、フラムジア=イクス=アンガリア。この国の王女ですわ。──レディ、お名前を伺っても?」



 と問いかけた。

 ……いや、いちいち聞かなくても『王族特権スコアビューア』が……いや、オレが存在すら知らない魔法なんだ。おそらく一般には伏せられている魔法と考えるべきだろう。

 隠しておけば、偽名とか使って悪さしようとするヤツを泳がせることもできるしな。


 フラムジア殿下の問いにアザレアさんは頷いて、



「あっはい。アザレアと言います。アザレア=イクス=ヴィラムルース。ヴィラムルース男爵の息女です、フランさま」


「…………ふむ」



 普通に自己紹介するアザレアさんに、フラムジア殿下は何故か難しそうな表情で頷いていた。

 ……何か気になることでもあるのか? いや、オレも気になること自体はあるけれど……。



「妙ですわね」



 とはいえ、アザレアさんが何か企んでいるようには思えない。念の為デーアに警戒だけさせておきつつ話の成り行きを見守っていると、フラムジア殿下は困ったような色を滲ませながらそう言った。



「ヴィラムルース男爵のことはよく知っております。王都で催される舞踏会によく顔をお出しになる方ですから。しかし……わたくしの記憶が正しければ、彼の長子の名は『ウィラルド=イクス=ヴィラムルース』だったはずですわ」



 ……なんだと?

 この場でフラムジア殿下が嘘を吐くメリットなんてない。オレは思わず横に立つアザレアさんの表情を伺った。

 アザレアさんの表情は、どこかハッとした様子だった。心当たりはあるらしい。……あるらしいが、痛いところを突かれた驚愕や諦め、焦燥、あるいは敵意といった色は見受けられない。

 心のどこかで警戒していたトラブルが発生してしまった……といったところか。だとすると……、……まさか。か?



「ウィラルド=イクス=ヴィラムルースは今年入学の新入生ではありますが、性別は男。本人にはまだ会っていませんけれど……」


「ええっと……」


「…………殿下」



 フラムジア殿下に顔を近づけたオレは、そっと耳打ちする。


 というか、最初からおかしいと言えばおかしかったのだ。

 フィリデイ辺境伯領に比べれば内地とはいえ、ヴィラムルース男爵領も魔獣が頻繁に出没するほどの僻地である。それなのに、貴族の長子が中型魔獣に対応できるような護衛もつけずに単独で移動? ……あり得ない。商人ですらよほどケチでない限りは護衛をつけるのが常識のこの国で、たとえどんなに貧乏でも貴族が魔駆車に護衛をつけていないのはおかしい。

 それに、アザレアさんの言動。これも、思い返してみれば──


『あっ、すいません……。突然おっきな声で』


『そう言って、少女はぺこりと頭を下げる。』


 ──あの時のアザレアさんの所作。

 貴族の子女としては、いささかラフすぎるな──と少し疑問に思っていたのだ。フラムジア殿下に対しての態度も、田舎貴族が相対したにしてはどことなく緊迫感がないというか──そもそも殿下のことを『フランさま』なんて呼ぶのは、殿下と親しい相手を除けば平民向けのプロパガンダの影響をモロに受けている庶民くらいのものである。

 つまり。



「……おそらく、では」



 アザレア=イクス=ヴィラムルースは生まれついて貴族として育てられたのではなく、ヴィラムルース男爵が平民との間に作った私生児である──という可能性。

 可能性として、ない話ではないのだ。

 そもそも、魔獣との生存競争が一〇〇〇年近く続いたこの国において、貴族の子ども──魔法の担い手は、いくらいても足りない。それゆえ、私生児も認知すれば正配(正式な配偶者の意)との間にできた子と同様の権利が保障されるように法律で定められている。

 そして──知っての通り、この国において家督の継承権は例外なく長子に認められている。

 つまり、こういうケースが発生しうるのである。

 仮に妻との間に長子が産まれるよりも先に誰かに子どもを産ませた場合、継承権は先に生まれた子が持つ、というケースが。

 だから仮にヴィラムルース男爵が平民との間に子どもを作ったあとずっと認知していなくて、ごく最近になってその子どもの存在が発覚した場合……これまで平民として暮らしていたアザレアさんが突然貴族として認められるだけでなく、長子として次期ヴィラムルース男爵の地位につき、『学園』に入学する……という事態が成り立つ。


 そしてこの生い立ちは当然、揉め事のタネになる。

 何せ本来の長子であったはずのウィラルドさんとその母からしてみれば、突然現れたどこの馬の骨とも知れない平民に自分の将来が全部搔っ攫われた訳なのだから。たぶん今頃、ヴィラムルース男爵家の空気は地獄もかくやというほどの最悪っぷりを記録していることだろう。

 そう考えると、護衛もつけずに学園に移動させていた理由もなんとなく想像がつく。ワンチャン死んでくれないかなとか思っていたんだろう。胸糞悪いが。


 …………正直、こういう混乱が発生する以上、長子に問答無用で家督を継がせるこの国の法律って悪法じゃねぇかな~と思ったりもするのだが、今よりも命の価値が安かった時代では、平民の子とかそういうことが言ってられないくらい貴族の子(=魔法が使える戦力)が必要だったんだろうね……。基本的に、貴族の血を引いていないと極端に魔法の適性が下がるらしいし。

 なんというか、戦乱の時代の倫理をそのまま引きずってしまっているがゆえの混乱、という感じがする。


 ともあれ、だ。



「は、はいっ。……ええとその、私は元の名前がアザレア=メイヴンで……。元は平民だったんですが、実は父がヴィラムルース男爵であると、一ヵ月くらい前に分かりまして、それで……」


「──理解しましたわ」



 そしてフラムジア殿下も、賢いお方だ。そこまで言われれば状況は把握できる。



「話しづらいことを言わせましたわね。……困ったことがあれば、ある程度便宜ははかりましょう」


「はっ、はい……」



 王族らしい迂遠な謝意を伝えて、フラムジア殿下は静かに腕を組んだ。



「楽になさい。『学園』では無礼講です。それに一か月前まで平民だった娘に完璧な礼儀を求めるほど、狭量な人間ではありませんから」


「は、はひぃ……」



 あ、萎びちゃった。まぁ平民が突然王族に『楽になさい』とか言われても、逆に楽になり方が分かんないよね。

 オレはそれとなくアザレアさんに笑みを向けておきつつ──うわっ、なんか腰を掴んで引き寄せられた!?

 見ると、フラムジア殿下がオレの腰に手を添えて自分の近くに引き寄せているようだった。殿下は上背のある方なので、精々一六〇センチくらいしかないオレはすぐ近くになるとちょっと見上げる形になる。

 距離が、近い気がするのだが……。



「……殿下?」


「単なる婚約者同士のスキンシップですわ。このくらいは気にしないこと」


「あっ、はい……」



 ……殿下も殿下なりに、オレと親しくなろうとしてくれてるんだろうか。にしては、距離の詰め方がなんか不器用な気がするのだが……。あと、ちょっと照れてるくらいなら辞めた方がいいんじゃないっすかね。



「おや☆ ようやくレクが始まるようですよお!」



 と、そこで完全に存在感を消して事の成り行きを見守っていたデーアがわざとらしく声を上げた。

 生徒たちの眼前に現れたのは──恰幅の良い、壮年の女教師。ええと確か……名前はオライヴァ=マリル=イクス=カンダリオーだったかな。



『──皆さん、まずはご入学おめでとうございます』



 オライヴァ先生は、辺りを見渡し──正確には生徒達のリンカーネイトを確認して──朗らかにそう言った。

 拡声魔法が、穏やかな声色のオライヴァ先生の言葉をあたり一帯に聞こえるほどに拡大させている。



『最近では、この「学園」の中は貴族同士の代理戦争の場である……などという風潮もあると聞きますが、皆さんはどうかそういった風聞には耳を貸さないでくださいね』



 おっしゃる通りである。

 冷静に考えて、『学園』内での争いごとがそのまま将来の力関係に直結するような環境なのがおかしいのだ。もっとこう、普通の学園モノみたいな感じで、文化祭的なのとか体育祭的なのとか、そういう平和的なイベントで進行していくような感じでさあ……。……そんなこと言っても仕方ないっていうのは、分かってるんだが。



『このレクリエーションにしても、真の目的はリンカーネイトを発現することによる示威行為ではなく、互いに互いの「魔法の才能」の具現を開示することで学友同士の距離を縮めるものなのです。──私は、毎年皆さんのリンカーネイトを見ることが楽しみでして』



 頬に手を当てながら、オライヴァ先生はにっこりと目を細めた。



『今はまだ、皆さんは己の「魔法の才能」の真価を掴めていない方も多いでしょう。皆さんの傍らに立つ彼らは、いわば皆さんの「可能性」です。彼らと向き合い続ければ、やがて必ず素敵な可能性が花開きますよ』



 生徒たちは大半がまだリンカーネイトを発現してから一週間かそこらなので、能力を把握できていない。そういう生徒達をフォローする意味もあるのだろう。ただ……。

 …………『可能性』、ね。こんな邪神に残らず塗り潰される程度の『可能性』なんてたかが知れているとは思うが……。



『今日はまず、皆さんが己のリンカーネイトの輪郭を掴むきっかけとする為に──その技術的成り立ちをお話しますね』



 ──ずずん、と。

 地響きとともに、その指先の動きをなぞるような形で巨大な石板がせり上がった。

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