15 STAKE INERTIA:望まれない才能 ①

「あんな話、聞いてなかったんですけど」



 ──レクリエーションの後。

 オレとフラムジア殿下は、『派閥』の溜まり場に使用している公園にやってきていた。入学初日はレクリエーションのあとは放課なので、『派閥』に加入している人間なら『派閥』の集まりに参加するのが通例なのだ。

 普通の新入生はそこのところをどうするか考えつつ様子見をする訳だが、オレの場合はそういう段階を幾つかすっ飛ばしてしまっているのでしょうがない。

 ちなみに、デーアは別件で作業があるので今は席を外している。


 そういうわけで溜まり場にやってきたオレは、他の『派閥』のメンバーが集まるまでの時間でフラムジア殿下に苦言を呈していた。

 ……いやね? 行動には理解を示すよ?

 自分のリンカーネイト能力を札として扱った、所信表明と『派閥』の勧誘。それ自体は、リスクを度外視しつつも最小化してリターンを取った『賢いハイリスク・ハイリターン』の戦略として頷けるところではある。

 きちんとオライヴァ先生にも話を通しているあたり、理想が先行しすぎて盤面の構築を疎かにしているという夢想家めいた悪癖とも無縁だと思う。


 ただし、それをオレにも伏せていたことについては、多分戦略云々とは関係ないお茶目さが出ている気がするのだが……?



「お説教のタイミングでも敬語ですの? わたくし達はもう婚約者なのですから、私的な場でくらい砕けてもいいですわよ」


「話を逸らさないでほしいんですけど!」



 ついでに言うと、別に婚約者同士でも普通に敬語を使ったっていいだろ! お前、王族だろうが!

 マジでどうしたらいいんだこのお茶目王女はよ……。



「朝の一幕といい、フラムジア殿下は私に対してお遊びが過ぎるきらいがあります。打ち解けた相手への親しみゆえかもしれませんが、突然来られたら私も困ります。準備ができていませんから」


「と言いつつ、あの後来た『派閥』の加入希望者を上手く捌ききっていたではありませんの」


「頑張ってやり遂げたのを見て『これくらい平気だな』ってハードル上げるのは最悪雇用者仕草ですからね!? 反省してください!」



 くっ……! これだから叩き上げスパルタ国家の元首はよぉ!! やらねば死ぬが前提の環境だから、自他に対するハードルの上げ方がえげつないんだよ!!

 実務能力を評価してもらえるのは(『リンカーネイト:オーバーライド』の情報流出から遠ざかるので)歓迎だが、かといって信頼と丸投げを混同された苦労人ポジになるのも御免被りたい。こっちはまだ下積みで頼れる人脈もろくにないのである。



「それに、私だからリンカーネイト能力の開示にも理解を示しましたけど、あれだって本来なら滅茶苦茶な暴挙ですからね。そこのところ分かってるんですか?」



 オレは……まぁ、そもそも固定化された能力の普及によって世の中を変える『リンカーネイト:オーバーライド』を考案するくらいだから、能力開示のリスクを度外視するという方針にも理解は示せる。正直、メリットがあるならデーアの能力を開示することも選択肢に入るくらいだ。

 でも、普通に考えたら三年の学園生活のド頭ド初っ端で自分の能力を公衆の面前で開示するなんてあり得ないのだ。


 いくらあの能力が強力と言ったって、穴が全くない訳じゃない。

 たとえば、『学園』での戦闘は相手の術者を直接傷つけるような運用は許されていない。明文化されている訳じゃないが、そんなことをするような危険人物は社会的に抹殺される。だから、誰もやろうとしない。

 裏を返せば、『どうやったって術者を傷つけてしまいかねない状況』を作ってやるだけで、あの大火力は簡単に封じることができるのだ。リンカーネイトの後ろに自分を配置するとかすれば、流れ弾のリスクによって気軽に撃てなくなってしまうし。

 このように、対策を打とうと思えばいくらでも打ててしまうのだ。能力の開示がリスクというのは、そういうことである。その対策を正面から踏み越えられる自信がない限り、本当はやらないべきだと思う。

 まぁ、殿下の場合は『自分への対策を打ったところで、臣下の護りがある限り大丈夫』って発想なんだろうけれども。



「おほほ、早速シュヴィアみたいなことを言っていますわ。アナタは彼女と馬が合いそうですわね」


「……苦労人認定しないでください」



 だからぁ、その枠に入れられたら今後のオレの学園生活の胃の安全が守れなくなるだろぉ! いや、正直既にそこについてはもう既に諦めモードではあるんだけどさ!



「それに、加入希望者を捌いたって言っても、ただ顔と名前を一致させた上で名前を控えて名簿作成しただけですよ」



 隠れて名簿をデーアに発現させて、そこに記録しただけだ。やっていることは単純作業なので、何も誇れるようなことはない。

 ちなみに、この場にデーアがいないのはその関係だったりする。

 当然、能力で出したものは一時間後には消えてしまうので、デーアは現在オレの自室に戻って名簿の写しをしてもらっているのだ。こういうときに単独行動を取れるデーアは便利だな。

 ……まぁ、それは一時的にオレの防御が手薄になるってことでもあるんだが、そこはそれ。いくら学園内の治安が終わってるといっても問答無用の襲撃事件が当たり前に勃発するわけではないし、仮にあったとしても、『オレの望み』をリアルタイムで読めるデーアは『願望の変化』からオレの身に危険が迫ったらすぐに感知できるしな。


 それに、期せずして『派閥』の新規加入の手助けはできるようになったけど、これって良し悪しなんだよなぁ……。

 何せ、このままだと新規加入者の勧誘をしたという功績はフラムジア殿下のものになってしまう。それだとオレは精々実務を引き受けただけで、望む功績は得られないのだ。それじゃあ意味がない。



「この分なら、品評会での発表成果と併せて一年生だけでなく二年生や三年生も集めて、かなり早い段階で『派閥』の拡張を狙えるのではないかしら。わたくしが手ずから集めた手勢を『幹部』としつつ、新規に集めたメンバーをヒラ構成員とする序列を作れば、組織の規律も守れそうですし」


「スムーズに行けば、そうでしょうね」


「…………含みがありますわね?」



 かなり楽観的なフラムジア殿下だったが、オレが一言そう付け加えると、すっと表情が引き締まる。

 そう。実際に、スムーズに行くとは限らないのだ。



「この調子で革新的なイメージを持った新規勢力が幅を利かせるようになれば、割を食うのは他の『派閥』ですからね。十中八九、妨害が出て来るでしょう」



 昨日色々と調べていて知ったのだが、『学園』に存在する『派閥』にも、大まかに三つの勢力があるらしい。

 それらの勢力はそれぞれ特化している分野が異なっていて、特化分野に応じて『外交勢力』『農政勢力』『商工勢力』と呼ばれている。


 『外交勢力』は、アンガリア王国が備えて来た軍事能力を、小康の兆しが見えて来た対魔獣戦線に向けるのではなく、他の魔獣の生息圏と隣していない諸国家との交渉カードとして使うことで国を豊かにしようという発想の勢力だ。

 外交……と言いつつ背景には分かりやすい軍事力があるので、簡単に言えばコイツらは人類での内ゲバ推進派といったところか。


 『農政勢力』は、対魔獣戦線が小康状態の今、国土を富ませて国民の生活水準を向上させ、より国家の体制を盤石にしよう! というのが目的の勢力だ。

 農作物や土壌の改良が可能な能力を持つリンカーネイトの術者が大半を占めていて、サポート系のリンカーネイト能力の研究をしようという気概のある生徒達が集まっているらしい。


 『商工勢力』は、対魔獣戦線に対しての内戦戦略の一環でアンガリア王国が得た広大な交通網を利用して経済を活発化させ、その力でより多くの富を得て国家を強靭にしようという勢力だ。

 ここの勢力は、あまりリンカーネイト能力を重視していないようだった。おそらくリンカーネイト能力の研究では大した効果が得られないと見切りをつけた術者や、あるいは洗脳能力みたいな対人特化の能力を持った術者が所属しているのだろう。


 この三大勢力はそれぞれ学内の施設を縄張りとして保管しており、縄張りの施設を使用するには該当の勢力と色々と折衝しないといけない。

 ちなみに、オレの目的である『リンカーネイト:オーバーライド』の抹消には『大図書塔アカシア』への接続が必須となるが、この『大図書塔アカシア』の接続にはある程度の設備を有する施設が必要となり、この『学園』では図書館がそこに該当する。この図書館を主に縄張りとしているのは『商工勢力』だ。

 こんな具合で、それぞれが有力な施設を互いに縄張りとして保持して牽制しあうことで、それぞれの優位性が保たれる……というかなり面倒くさい均衡によって、この『学園』の勢力バランスは成り立っているわけである。


 ただ、面倒くさいは面倒くさいが、それでも一応この三大勢力によって『学園』では戦力の均衡が保たれて平和が維持されている。

 フラムジア殿下の『派閥』──『王女派閥』は、当然この三大勢力のどこにも該当しない分野だ。さらに革新的な所信表明によって急速に加入希望者を増やしているので──三大勢力から見たら、自分の牙城を崩してくる脅威になるだろう。



「それはそうでしょうね。ですが、それを厭っていてはいつまで経っても現状は変わりませんもの」


「ウチのリンカーネイトが聞けば、『良い人間力ですねえ』なんて言ってほくほくしそうな台詞ですね」



 あの邪神はこの手の『信念を持った無鉄砲』を無責任に歓迎するきらいがあるし。

 とはいえ、オレとしても自分の寄る辺を泥船にはしたくないから全力で協力はするけどな。



「……そういえば、アルマのリンカーネイトなのですが、」



 フラムジア殿下がそこまで言いかけたタイミングだった。

 バタタ! と足音が連続して、こちらに向かって来る。『殿下!』と呼びかけてくる声から察するに、シュヴィア先輩達だ。

 かなり急いでやってきているところからして、オリエンテーションでのフラムジア殿下の暴挙を聞いていち早く駆けつけたとかだろうか。


 到着したシュヴィア先輩は、そんなオレの予測を上回る剣幕でこう切り出してきた。



「殿下! 大変です殿下!! !!」



 ………………。


 ……ほらね? もう面倒なことになってきた……。

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