16 STAKE INERTIA:望まれない才能 ②

「……噂の出どころは、『外交勢力』になります」



 シュヴィア先輩以下、『派閥』全員が集まったあと。

 『派閥』のたまり場となっている公園の一角で、シュヴィア先輩はそう切り出した。

 こちらにやって来た時は大分慌てていたシュヴィア先輩だったが、今はもう気を取り直したのかすっかり落ち着いている。こういう切り替えが早いから、余計に無茶ぶりをされるんだろうなぁ……。

 リアクションも良いからフラン殿下からしたらイジり甲斐がありそうだし。


 ちなみに、事情が事情なのでデーアには名簿作成を切り上げてこっちに来てもらっている。まぁ、能力で発現した名簿が消えても、顔と名前はまだ憶えているからこっちで作成の続きはできるしな。



「具体的には、パトヴァシア=エスティ=イクス=エルデールド率いる『派閥』です。構成員は全部で六人……『派閥』としては小規模と言っていいでしょう」


「エルデールドの継承権第三位ですか……。確か、『下克上』を狙っている野心家でしたわね?」



 『下剋上』というのは、この国特有の文化だ。

 前の世界のいわゆる『下剋上』──家臣が主人の地位を奪うこと──とは違い、この世界における『下剋上』は家督継承権の低い者が、上位の家督継承権者を追い落として家督を継ぐことを指す。


 法的には原則的に長子が家督を継ぐことになっているので、ちょっと聞いただけでは何か血腥ちなまぐさい気配を感じるかもしれないが──実は必ずしもそうとは限らない。

 家督継承権というのは放棄することができるので、上の兄姉に継承権を放棄するだけのメリットを提示したり、家に放棄を促させるほどのメリットを提示することができれば、殺人沙汰を演じなくとも『下剋上』は成立しうるのである。


 まぁ、当然ながらハードルはメチャクチャ高い上に、上の兄姉も家督を継ぐつもりで人生を送っているわけだから、多くの場合はとても揉める。家によっては、余程のメリットがない限り継承権の放棄を──どころか、恥と捉えるところもあるくらいだ。まぁ、ウチの話なのだが。

 そういう事情もある中で、それを推して継承権を狙うという連中は、おしなべて野心家の傾向がある──というわけだ。


 …………で、その野心家のパトヴァシア嬢が、何だってこっちに喧嘩を売るような真似をしているんだ?



「『派閥』としての専攻は『外交勢力』の中でも兵糧特化。軍事そのものというよりは、その裏を支える供給網の構築に有用な魔法の研究を行っている一派となります」


「……それは、ややこしいところですね」



 シュヴィア先輩の解説に、オレは思案しながらぼやいた。



「……供給網の構築を専攻しているということは、内戦戦略を応用した交通網を利用している『商工勢力』とも親和性があるということです。となれば……」


「ああ、その通りだ。……よく理解しているな」



 シュヴィア先輩は頷き、



「パトヴァシア派閥は『外交勢力』の中でも、比較的『商工勢力』と距離が近い『派閥』です。その分『外交勢力』の中では地位が低いですが……本人としては、あくまで鞍替えではなく『外交勢力』の中で地位を高めていきたいと思っているようですね」


「では、『商工勢力』との関係を調整していけばいいのではなくて? 何故そうしないのです?」



 シュヴィア先輩の解説に、フラムジア殿下が当然といえば当然の疑問を投げかけてくる。

 よその勢力との関係が強いっていう特徴は、確かに自勢力内での立ち位置的にはマイナス要素かもしれないが……そのへんは正直立ち回り次第だとも思う。よその勢力の情報を自勢力に還元する形で動くとか、いくらでもやりようはあるだろう。

 上昇志向のパトヴァシアがその選択を選んでいないのが、殿下にとっては不思議なのだろう。シュヴィア先輩もフラムジア殿下の疑問自体には理解を示しつつ、



「ええ、最適解を選ぶならそうなるでしょう。ただ、それを選べない理由があります」


「……選べない理由?」


「複雑なものではありません。単純に、



 シュヴィア先輩の回答に、フラムジア殿下が『あ~……』と微妙な顔をした。そんな顏してやるなよ。気持ちは分かるけども。



「パトヴァシアは野心家な一方で人情家でもあります。なので、勢力による区分で人付き合いを制限するということを嫌悪する傾向があります。……私見ですが、この点については私も共感するところですね」



 つまり、噂の出どころは勢力で付き合い方を変えたりしない人情家だが、同時に『下剋上』を狙う程度には野心家の少女。

 プロファイルは大分進んだが……肝心なところが不明なままだ。



「相手のことはよく分かりましたわ。ですが、我々が置かれた現状が不明瞭ですわね。『技術を窃収する』とはどういうことですの?」


「そこについては、私から説明しましょう」



 説明を引き継いだのは、『派閥』の財布の紐を握っているシュケル先輩だ。



「向こうの言い分によると、パトヴァシア派閥の新規派閥構成員が殿下とアルマ君に取り込まれた──という話らしいです。その過程で、重要な『派閥』の機密情報が抜き取られたと」


「…………なんですって?」



 シュケル先輩の説明に、フラムジア殿下の表情が険しくなる。

 無理もない。っていうかオレもギクリとした。……殿下とオレに、派閥構成員が取り込まれた……? 言いがかりにしても突飛すぎやしないか……? 思い当たる節なんて……、



「なんでも、入学式の折に接触したあと、オリエンテーションの間中ずっと二人で勧誘していたと……その新規構成員の名は、アザレア=イクス=ヴィラムルースというそうですが」


「………………」



 あ、


 あああああああああああああああああああああああああ!!!! そうかよそうか、そうつながるのか!!

 そういえば確かに、人情家で野心家っていうプロフィールはアザレアさんから聞いていた『挨拶に行ったら派閥に勧誘してきた』っていう先輩の情報とかなり符合する。というかそもそも、アザレアさんが加入したところは』ってしっかり言っていたじゃないか!

 最悪だ……。いくら何でも巡り合わせが悪すぎるだろ……。



「とすると……ひょっとして、殿下とアルマっち、?」


「いや、それはないと思いますわ」



 こめかみに青筋を立てながらのアズトリア先輩の言葉に、フラムジア殿下はさらりと否定を入れた。

 うん。それについては、オレも同意見だ。



「実は、私がちょっとアザレアさんからリンカーネイト能力の一部を聞き出しちゃったんですよね。もしもアザレアさんがパトヴァシアさんとグルで、私たちが技術情報を盗もうとしているって濡れ衣を着せようとしているなら……向こうが真っ先に突いてくるのはそこじゃないかなって」


「アルマちゃん? それ濡れ衣じゃなくなっちゃってないかしらん?」


「濡れ衣です」



 そこについてはちゃんと理論武装の用意はあるから心配要らない。

 ……ともあれ、向こうの主な指摘点が『自分の構成員をオリエンテーション中ずっと囲っていた』に留まるなら、アザレアさんから情報は渡っていないと考えて良いだろう。その点で言っても、アザレアさんがパトヴァシアの思惑で動いていないのは明白だ。

 おそらくアザレアさん云々は都合の良い言い訳で、とりあえずこっちに濡れ衣を着せることができれば何でもよかったんだと思う。



「でも実際のところ、技術を盗んでいるという濡れ衣を着せられたところで、どうでもよくないですかあ?」



 そこで。

 事態を静観していたデーアが、徐に爆弾発言をする。まだデーアをどう扱ったものか分かっていない『派閥』の先輩達はじいっとデーアの方を見るが、既にオリエンテーションでヤツが会話しているところを見ている殿下は違った。



「……どういうことですの?」


「いやあ☆ だって、我々は別にどの勢力にも所属してないわけですしい? 何なら本当に盗んであげて、我々の血肉にしたって問題なくないですかあ?」



 極論を言ってしまえば、デーアの言う通りではある。

 技術情報の強奪なんて、むしろこの『学園』での争いの理由としてはメジャーな部類だろう。小競り合い程度なら、居直ってしまったって問題ないはずだ。

 ……小競り合い程度なら、な。



「それじゃ駄目なんだ。……いくらなんでも、相手の動きが早すぎるからね。おそらく、入学前から殿下に狙いを決め打ちしていた勢力が裏で動いてると考えた方がいいんだよ」



 デーアの言葉に、オレはそう返す。

 いくらオリエンテーションで華々しく活躍したからといって、すぐさま疑惑を流すのは無理だろう。十中八九、この動きは前々から準備されていた流れと見ていい。殿下の性格を考えれば、常日頃から周りには野望を話していてもおかしくないし……政治の世界では、わりとフラムジア殿下は敵も多いのではないだろうか。

 ……そして、事がただの『派閥』間の小競り合いでないとするならば。



「……そうですわね。学内施設の利用には、その施設を縄張りとする勢力に仁義を通す必要があります。もし仮にこのはかりごとが『外交勢力』主導なら、疑惑を解かないと我々は『「外交勢力」に不義理を働いた』ということになるので、施設利用が滞るでしょうね」



 ……いや、それだけじゃない。『商工勢力』についても、関係の深いパトヴァシア派閥が不利益を被ったとなれば制裁に加わる可能性もある。

 そうなると、最悪全ての勢力を叩きのめさない限り学内施設が利用できなくなる可能性すらあるのだ。当然、図書館の利用もできなくなるわけで……それはオレにとってはかなり困る状態だ。



「……『外交勢力』からは、一応の窓口も提示されております。向こうの要求としては、我々の恭順と、賠償として技術情報の提供を求めるとのことです」



 逸れた話を元に戻すように、シュヴィア先輩が言う。その表情は、分かりやすく苦々しいものだった。

 …………あー、つまり、か。


 『外交勢力』と言っても、背景にあるのは軍事力だ。ただしフラムジア殿下と『外交勢力』は、その軍事力の利用の仕方を巡って対立がある。

 蓄えた軍事力を他国に向けることで交渉カードとして機能させたい『外交勢力』と、今よりも軍事力を高めて魔獣戦線に終止符を打ちたいフラムジア殿下。……そしてこのまま行けば、フラムジア殿下は国王となり、彼女の方針が国の方針となっていく。

 そうなれば、近隣諸国に武力をちらつかせることで国力を増強したい『外交勢力』の立場は自然と悪くなっていく……という訳だ。


 だから、『学園』にいるうちに『王女派閥』を傘下に入れる。つまり、フラムジア殿下を『外交勢力』入りさせる。

 さらに、フラムジア殿下が魔獣戦線に終止符を打つ為に蓄えている技術情報を手に入れて、自勢力で独占することでさらに戦力増強を図る。

 ……軍事力を下敷きにした勢力としては、いかにも描きやすそうな絵図ではないだろうか。



「……折よく、殿下が隔絶した能力を見せたばかりなことですしね。提示する条件としては納得です」



 っていうか、このタイミングで急に噂が流れたのって、殿下が披露した能力を見て向こうの抑えがきかなくなっちゃったみたいな背景もあるんじゃないか? 何せ、一〇人もいれば魔獣戦線がかなり落ち着きそうな『象徴的な戦力』だ。外交的にも喉から手が出るほど欲しいだろ。



「だからみだりに能力を見せびらかすべきではないんですよ。こういうこともあるのですから……」


「……ううむ。今度からはちゃんとアルマに相談しますから……」


「ハハハ。殿下のじゃじゃ馬ぶりを制御できるようになるなら、国母としての資格は十二分だな」



 ぐちぐちと文句を言うオレを見て、シュヴィア先輩は楽しそうに笑う。お目付け役が増えたからって気楽になりやがって……面倒事はお前にどうにかして押し付けてやるからな……。

 ……まぁ、あの演説を悪手と言うつもりもないが……このまま噂が広まってしまえば、せっかく得た新規加入者も尻込みしてしまうだろう。早急に解決する必要がある。


 …………それに。


 



 フラムジア殿下の政治的方針の転換を狙った陰謀? そんなものは、正直どうでもいい。


 重要なのは──連中が、という部分。

 技術力を抽出する目的での配下入りなんて、最悪も最悪だ。そんな理由で傘下に堕ちたりすれば──その時点で、どう考えても技術力を全部毟られる。

 殿下のリンカーネイト能力もそうだし、ネヴィアちゃんの回復技術にしたって、軍事力を下敷きにした勢力からしたら垂涎ものだろうし。


 そして何より──その流れを辿って行けば、間違いなくデーアにも目が向く。

 そうなれば、そこから芋づる式に『リンカーネイト:オーバーライド』に到達されてしまうかもしれない。

 仮にシラを切り続けて、論文自体が見つからずとも……誰かが『リンカーネイト:オーバーライド』をする可能性は大いにある。あんなものは、手がかりさえあれば誰だって見出しうるのだから。


 そして、軍事力を外交カードとして積極的に切りたがるような連中に『リンカーネイト:オーバーライド』が知られれば、世界がどうなるか。

 …………そんなことは、言うまでもないだろう。


 ……仕方ない、な。

 こればっかりは、他の連中には任せてはいられない。ありきたりな方法による解決を待つことはできない。もう二度とこんな搦め手が来ないように──



 ────オレ自身が直接、叩き潰さなきゃいけない。

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