17 STAKE INERTIA:望まれない才能 ③
「そんなはずないと思うんです……!」
──聞こえてきたのは、揉めているのがありありと分かる声だった。
そこは、『学園』には無数にある庭園のひとつ。
位置的には、
対して、
ただ、今回のところはフラムジア殿下の役割はそんなにない。基本的には、
……さっき、デカイ口叩いたところだしな。
◆ ◆ ◆
「この一件、私に解決を任せてもらえませんか」
徐に
無理もない。
そんな人間がいきなり『派閥』のピンチに『此処の命運を自分に任せてくれ』と言い出したら、そりゃあ驚くだろう。
「…………しかしだな」
当然、難色を示す。今回の場合は、シュヴィア先輩が口を開いた。
「別に現状、打つ手がない訳でもないのだ。要は、我々が技術の窃収をしているという欺瞞情報を打破できればいいんだからな。そして、欺瞞情報の撃ち合いについて我々も不利ではない」
シュヴィア先輩は、
まぁ、分かってはいる。殿下が入学する前も、シュヴィア先輩達はこの学園で暮らしていたってことだろう? ──シュヴィア先輩達は、フラムジア殿下の入学に合わせて『学園』にやってきた訳じゃない。殿下がいない間も、彼女達は『学園』で生活していたし、その中で彼女達なりの人脈を築いている。
確かにこの『派閥』は発足間もないから地盤は緩いが、そういう意味で情報戦について全くの無力でもないというのはその通りなのだろう。
「それでは、遅いのです」
だが、それじゃあ足りていない。
相手はパトヴァシア派閥だけとは限らないのだ。彼女らが『外交勢力』の尖兵に過ぎなかった場合、たかが尖兵の仕掛けた情報戦程度にいちいち対応しているようでは
だから、必要なのは勝利ではない。事の顛末を知ったあらゆる勢力が
「『外交勢力』の出方もまだ分かりません。今我々が見せるべきは、パトヴァシア派閥を鎧袖一触で蹴散らせる『イカレ具合』です」
外の権力が『無礼講』の名目で薄められる『学園』において重要となるのは、あくまでも『学園』の中での評判。向こうだって技術の窃収っていう評判への攻撃をしているのだから、こっちだってそれを利用しない手はない。
「……そこまで言うからには、作戦はあるんだろうな?」
あえて自信満々に言い切ると、シュヴィア先輩の方が話を聞く姿勢を見せて来てくれた。
おそらく
「ええ。まずは──」
陰謀の為なら王女の『派閥』だろうと関係なく噛みつく治安の悪さ。
技術の窃収という悪評。
野心家かつ人情家というプロフィール。
……これらの材料を並べれば、
◆ ◆ ◆
「アルマさんやフラン殿下とは、入学式とオリエンテーションで仲良くなってて……」
声の主は、アザレアさんだった。
必死に弁解しているようだったが、その場の雰囲気は彼女を責め立てるとかといった性質ではなさそうだ。
「だが! 実際に情報は出回っているだろ。こっちの技術を盗まれたと言われて黙っていたら、私達だってナメられるだろ!」
声を張り上げるのは、台座のようなモニュメントの上に腰かけた少女だった。
年の頃は一四、五くらいに見えるほどに幼い。だが、『派閥』の中心的な立ち位置にいるところからして、彼女の年齢が見た目相応ということはないだろう。
亜麻色の髪をポニーテールにまとめた少女は、勝ち気そうな輝きを帯びた瞳に怒りさえ称えて言う。
「アザレアが裏切ったとは思っていないだろ。でも、相手はあの腹黒王女だ。こっちの知らない技術で、ウチの技術情報を盗み取った可能性だって否定できない! 向こうがその気なら、こっちだって受けて立つまでだろ!」
そう言って気炎を上げる少女。
幼げな見た目と裏腹に、固い意志を秘めているらしきその少女こそ──パトヴァシア=エスティ=イクス=エルデールドだ。
そして向こうの話からして、どうやらパトヴァシアが欺瞞情報の源ではなく、彼女自身も受け取った欺瞞情報を真に受けて行動しているようだな……。…………予想通りではあるが、こっちにとってはマイナス要素だ。
まぁ、今からやることに変わりはないが。
「──随分な言いっぷりだね」
そんなパトヴァシアとその一派に聞こえるように、
その声を聞いて、その場の全員の視線が
「あっ、アルマさん……!」
まぁ、バツは悪いだろう。
「こうも一方的に窃収者の汚名を着せられたら、こっちだって黙ってはいられないよ」
「ハッ、よくここに顔を出せたな。その度胸は評価してやってもいいけど」
対して、パトヴァシアは突然現れた
おそらく、ある程度はこうなることを想定していたのだと思う。普通に考えて、こんな分かりやすい汚名が流されていたら何かしらのアクションは取るからな。その中の予測の一つとして、直接の干渉も考慮していたのだろう。
「それで、何の用だ? まさかカチコミって訳でもないだろ」
「さぁ、それはそっちの出方次第だけど」
挑発的な笑みを向けてくるパトヴァシアに、
……実際のところ、弁証という点で
向こうの言い分は『フラムジアの「派閥」が技術の窃収をしている』というものだが、これを否定するのは悪魔の証明だ。盗んでいないという証拠なんて、提示のしようがないからな。
日本国の司法的な観点で言えば、推定無罪なので疑われる謂れはない。ただし──此処は魔法学園、貴族の学び舎という名の戦場である。言うなれば、生徒同士の格付けで全てが決まるヤンキー学校。そんな場でレッテル張りが完了してしまえば、それはもうこの『学園』においては事実にも等しい重みを発揮する。
ならば、どうすればいいか。
「そもそもの問題として──」
「──どうしてあなた達は、自分達の技術情報に盗んでもらえるような価値があると思っているのかな?」
「…………んだと?」
ぴくり、と。
パトヴァシアの眉が、小さく揺れた。看過できないラインへと、感情の振れ幅が広がっていく。
……ああ、胃が痛い。こうやって人に怒りを向けられるのを前提とした立ち回りをするのは、精神によくないな。まぁ、必要だからやるけども……。
「だって、そうでしょ? 技術情報が盗まれるということは、大前提としてあなた達の技術情報が私達にとって価値がないと成立しない。でも、そもそも──あなた達程度のチンケな技術情報を盗むほど、私達が困窮していると思う?」
けらけらと。
当然の理を話すように、
分かっている。
彼女達の技術に、積み重ねてきた軌跡に、価値がないなんて馬鹿な話はない。だからこそ彼女達はその『可能性』を提示されただけで黙ってはいられなくなっているし、その疑いをかけられただけで
だが、その上で
交渉の席を蹴飛ばすような暴挙だが──この後の流れを考えれば、必要なことだ。
「お前……私達のこと、ナメてるだろ?」
当然ながら、パトヴァシアはまるで猛獣が唸りを上げるように低い声色でそう返してきた。
技術情報を盗んでいる疑いをかけられている相手が、弁解するどころか自分たちの技術情報の価値を嗤いながら否定しているのだ。ここまでされて頭に来ないヤツはいないだろう。
……まして、『野心家で人情家』なんてプロフィールを持つ人間ならなおさらだ。
確かに、可能ならば波風を立てずに決着をつけるのが理想ではある。
既にこっちは後手に回っているのである。日和見の選択をとってこのまま無限に立場が悪くなるくらいなら──
「ん? 何か間違ったことでも言ったかな? 弱小派閥のお山の大将さん」
──『喧嘩に勝って黙らせる』のが一番早い場合もある。
禍根は残るかもしれないが、そんなのはやりよう次第である。
「ふざけやがって……。第一、盗む理由なら十二分にあるだろ! お前らは新興の『派閥』で組織の地盤もまだ安定していない。オリエンテーションで大規模な勧誘を仕掛けたことからも明白! 功を焦っているお前らが技術情報を盗もうと考えるのは自然な流れだろ!」
「ほう?」
挑発に乗って来た──いや、立場上乗らざるを得なかったパトヴァシアに対して、
『功を焦っているから、技術情報を盗もうとした』。
今、パトヴァシアはそう言った。それならば。
「私達が、功を焦っていると。それだけ技術的余裕がなく、あなた達の技術を欲していると。そう言っているんだね?」
「それがどうしたと……、」
「よろしい! じゃあこうしよう!!」
パン、と手を叩き、
よしよし。この状況まで持っていく事が出来れば、もうこっちのものだ。
「私とあなた達が戦って、あなた達が勝ったなら。その場合は、私達は自分達では勝てないあなた達から姑息にも技術情報を盗むしかなかった貧弱な『派閥』だと認めるよ。ただし!」
横のデーアが、ニヤニヤと状況を見守っているのが分かる。
「私達が勝つことがあるのならば。その時は、正面から戦って勝利できる程度の貧弱な『派閥』の技術情報を私達がコソコソ盗む理由なんてない……ということになるよね?」
当然、こんな理論展開は無理筋だ。
普通に考えて、正面から戦って勝てるからといって技術情報を窃収をしない理由にはならない。
だが、パトヴァシアは自分で言ってしまった。フラムジアの『派閥』が技術情報を盗んだのは、組織の地盤が弱いからだと。その上で功を焦っているからだと。
自分でそう言ってしまったからには、もう認めるしかない。『弱いから技術の窃収に走ったのだ』という立場でいるからには、その『弱い』相手からの挑戦から逃げる訳にはいかない。
もしも逃げるようなことがあれば、そしてそれを吹聴されることがあれば──今度は、自分達が張ろうとしていた『
「──『決闘』ですわ」
ピッ、と。
「フラムジア=イクス=アンガリアの名において、我が婚約者・アルマ=イクス=フィリデイとパトヴァシア=エスティ=イクス=エルデールドの決闘を此処に申し立てます!」
陰謀の為なら王女の『派閥』だろうと関係なく噛みつく治安の悪さ。
技術の窃収という悪評。
野心家かつ人情家というプロフィール。
小難しいことは色々とあるだろうが、結局のところ行き着く先はシンプルだ。要は、『技術の窃収』という噂を一気に上書きできるようなインパクトのある情報を大々的に広めることができればいいのだ。
日本国的な法の観念が存在しない『学園』において重要なのは、大多数の生徒が信じられるだけの『レッテル』だ。そして貴族同士の代理戦争の様相を呈している『学園』において最強のレッテルと言えば──分かりやすい喧嘩の勝敗、というわけである。
「……良いだろう」
『決闘』を申し込まれたパトヴァシアは、流石に少し動揺があったようだが──しかしすぐに気を取り直すと、そう言って頷いた。
「受けて立つぞ! 恥知らずの盗人め! その根性、このパトヴァシア=エスティ=イクス=エルデールドが叩き直してやるだろ!!」
パトヴァシアの啖呵によって、その場の流れは確定した。
さてさて。
これで、やるべきことはシンプルになったな。
──あとは、
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