18 STAKE INERTIA:望まれない才能 ④
「前言は撤回できないからな、一年坊」
──『リュカの森』近くの平原に立ったパトヴァシアは、腕を組んで
その立ち姿には、自分の力量への信頼から来る自信が満ち溢れているようだった。
「元よりそのつもりはないよ」
そう言って、
現在地は、先ほどパトヴァシアの『派閥』の面々が集まっていた庭園から少し離れたところにある平原だ。
『学園』内は広大な敷地に自然が広がっている為、『学園』と言いつつ殆ど手つかずの自然が多く残っており、此処もそんな自然のうちの一つである。
周辺には障害物は何もなく、平原には傾斜も高低差も存在していない。足元には背の低い草が生えているが、これは走行の妨げになるほどのものでもない。
数十メートルほど走った先にはちょっとしたサイズの林があるが……此処を利用するのはちょっと現実的ではないな。
総じて、『よーいドン』で敵のリンカーネイトと殴り合う形の環境条件だ。
「『決闘』の流儀は流石に分かっているだろ?」
「リンカーネイト同士で雌雄を決し、相手の術者は狙わないって原則でしょ? 流石にそこは弁えているよ」
パトヴァシアの言葉に、
まぁぶっちゃけ術者へのダイレクトアタックありなら
「そう。『学園』の『決闘』はリンカーネイト戦だ。好きなだけ策を弄しても良いが、相手の術者は傷つけない。そこの一線を越えたら、何もかもおしまいだろ」
そこまで言って、パトヴァシアは組んでいた腕を解く。
…………彼我の距離は一五メートルほど、か。リンカーネイトの膂力を考えれば、まだ中近距離と言えるレベルの距離感だ。
「そうだね。お互いに、リンカーネイトの優劣を通して雌雄を決そう」
「ああ」
最低限の条件を確認した、その直後。
パトヴァシアの背後から、巨大な一羽のフクロウが空へと飛び上がった。
◆ ◆ ◆
──支援タイプのリンカーネイトか……。
空を見上げながら、
パトヴァシアのリンカーネイトは、翼長およそ三メートルほど。鳥としては巨大だが、リンカーネイト基準の戦闘能力で考えると、鳥というフォルムであることも手伝って、そこまでの格闘能力は有していないだろう。
空を飛びながら、こちらと距離を取る挙動。
リンカーネイト能力か像が備えた攻撃かは不明だが、おそらくは中~遠距離攻撃によって一方的にダメージを与える戦法を好んでいるのだろう。
巨大なフクロウという像から真っ先に連想されるのは、羽毛を飛び道具として使って来るパターン。次点で、遠距離攻撃主体と油断させてからのカウンター不可レベルの高速攻撃とか、か。
リンカーネイト能力については、現時点では材料が少なすぎる。相手が『兵站関連の技術開発を行っている』という前提条件を頭の片隅に入れておくだけにしておこう。具体的な可能性については現状で深掘りするのはデメリットの方が大きいだろうし。
いずれにせよ、相手の間合いの取り方から次の攻撃を予測していくのが重要になってくるはずだ。
「ほお、空を飛ぶリンカーネイトですか。……しかし、術者の目視操作ではそう遠くまで飛ぶことは難しいのでは?」
「いや、そうでもないよ」
敵リンカーネイトの動きをデーアに観察させながら、
確かに、既に説明した通り、大部分のリンカーネイトには視覚が存在しない。そのため、リンカーネイトの操作は基本的に目視で行われる。ただ……だからといって長距離用のリンカーネイトが存在しないわけでもない。
「リンカーネイトに視覚がないなら、魔具で後付けしてやればいいんだ。今は、通信用の魔具も発達しているからね。一〇〇メートルくらいなら、映像のやりとりができる魔具だって存在する」
十中八九、パトヴァシアのリンカーネイトも
上空視点からの遠隔操作。確かに、兵站の面では優秀な技術である。
「見たところ、そっちの女がお前のリンカーネイトだろ? 綺麗な見た目してるし、大分変わったタイプではあるが……戦闘開始と同時に構えたあたり、近距離戦が得意らしい。なら、この決闘はこっちに分があるだろ。何せこっちは、空からの遠距離攻撃が主戦法なんだから!」
巨大なフクロウのリンカーネイトに上空を飛ばせながら、パトヴァシアが言う。
確かにデーアの手札が近距離攻撃しかないのなら、射程距離外を飛びながらちまちま削っていくだけで倒せる。ただ……接近戦タイプのリンカーネイトに遠距離攻撃がないと考えるのは、慢心だろ。
「デーア」
「はいな☆」
分かりやすい近距離用の武装。自分の推測が正しかったことを確信したパトヴァシアの表情に、僅かな笑みが浮かんだ。
……油断はしていないみたいだ。おそらく今アイツが考えているのは、デーアが跳躍しての接近戦だ。接近戦タイプのリンカーネイトなら、ひと跳びで二〇メートルくらいの跳躍は容易だからな。
距離をとっての遠距離戦を発言で仄めかすことで、急加速をしての電撃戦で裏をかく方向にこちらの思考を誘導しようとしているのだろう。
だが、その戦略性を踏まえた上で言わせてもらおう。
その戦略は、浅はかだと。
「やって」
「承知致しました、ご主人様☆☆☆」
デーアは跳躍することもなく、ただその場で長剣を振りかぶった。
ごうん!! という轟音と共に、長剣が残像を残すような勢いで一閃される。剣の投擲が来ると思ったのだろう。咄嗟に刻むような急制動をとるパトヴァシアのリンカーネイトだったが──そうではない。
「第一に。接近戦特化のリンカーネイトは総じて高い膂力を誇る。なら、その膂力を使って物質を投擲するだけで遠距離攻撃だって賄うことができる。ダメージは与えられなくても、飛行中のリンカーネイトを撃ち落とすことくらいは容易だよね」
接近戦タイプのリンカーネイトに飛び道具は使えないという固定観念。それがまず、戦闘経験の少なさを物語っている。
最初から飛び道具の可能性を考慮できていないから、実際にこちらの予備動作を見てから飛び道具の可能性に気付いて、慌てて急制動をとることになる。だからこそ、それ以上の策に気付く余裕がなくなる。
「次に。──苦し紛れの回避じゃあ、広がる液体は回避できないよね?」
デーアの見上げた先に飛ぶフクロウのリンカーネイトには──てらてらと輝く油が付着していた。
「な、あ!? なんだ!? これ……何かついてる!? いつのまに!?」
パトヴァシアが驚愕に声を上げるが──答えは『剣を振ったタイミング』だった。
最初に剣を発現したのは、分かりやすい近距離戦のアイコンを発現することで、相手に近距離戦に絡めた戦略を意識させる為。また、遠距離戦に気付かせたとしても『剣の投擲』に可能性を限定させる為である。
だが実際には、剣を発現した後に追加で油も発現し、剣に纏わせるようにしていたのだ。
その状態で剣を振れば、遠心力で吹っ飛ばされた油はそのままフクロウのリンカーネイトへと飛散する。剣の投擲にすら思い至っていなかった相手が取れる行動は、咄嗟に急制動をかけて何とか攻撃を回避しようとするだけ。だが、その程度の回避挙動では、高速かつ広範囲に飛散する油を躱しきることはできない。
「油だよ。……もちろん、引火だってする。これが何を意味しているか、分かるかな?」
こちらは距離に関係なくリンカーネイトに攻撃を仕掛けられる。
しかも、次に放つ火種の遠距離攻撃が当たれば、問答無用で炎上し、決着がつく。その事実を突きつけていく。一種の精神攻撃だ。
分かりやすく、パトヴァシアの表情から余裕が削ぎ落されていく。
……まぁ、実際にはまだ向こうは能力を使ってきていないので油断ならない状況ではあるのだが……。
ちなみに、デーアの能力だが──今回の戦闘では、こちらの世界の物質に限定して戦うつもりである。
流石に異世界の物質を発現するのは異質すぎる。……無論、この世界の物質をなんでも発現できるという時点でもかなり異質ではあるんだが、
「……っ、でも、それならそれでこっちにだってやりようはあるだろ!」
パトヴァシアの言葉と同時に、フクロウのリンカーネイトが大きく旋回する。
……実は油の重みで飛行性能が下がってくれないかなという期待も多少はあったのだが、流石にリンカーネイトの膂力か。そういうことはなかったらしい。
フクロウのリンカーネイトは、デーアの頭上で円を描くように旋回を始める。……む、これは。
「デーア! パトヴァシアの周りを円を描くように回避!!」
「承知しましたあ☆」
デーアがリンカーネイトの膂力で駆け出した直後、フクロウのリンカーネイトから高速で放たれた羽毛が、ズズン!! と先程までデーアがいた地点へ突き刺さっていく。
……やっぱり羽毛を飛び道具にして使ってきたか。事前に考察していたから、早く反応することができたな。
あと、狙いを定める時の精神的負担をかける為にあえて術者の周辺をうろちょろさせてみたのだが、全然気にせず攻撃してきたな……。
射撃の精度に関しては、パトヴァシアはかなりの自信を持っているようだ。つまり、アレがメインウェポンと見て間違いない。高速移動による接近攻撃の可能性はもう排除しておくか。
「くっ……! これも駄目か! だが、攪乱の役割は成功しただろ!」
回避機動自体は、問題なく行えたが──しかし、向こうの目的は単なる目くらましも含んでいたらしい。
こちらが回避を終える頃には、フクロウのリンカーネイトはリュカの林の中へと飛び込んでいた。
…………逃げた?
「……何のつもりかな? 林の中に逃げたところで、私にはそれを追う理由なんてないんだけど。誘いのつもりなら、ちょっと雑すぎない?」
「ふん。言っていればいいだろ」
挑発まじりに問いかける
どうやら、あの林の中で能力を使って、逆転の準備を整えようとしているらしい。
……うーん、どうしたものかな。
何をするつもりなのか分からないが、みすみす準備を整えさせるのも面白くない。かといって、敵に準備をさせたくないあまりに慌てて林の中でフクロウのリンカーネイト相手に戦いを挑むのは論外だ。間違いなくなす術もなく削られるだろう。
と、するならば……。
「警戒して立ち止まるか。そりゃそうだろ。林の中は私のリンカーネイトの独壇場だからな」
──そんな風に思考を巡らせていると、パトヴァシアは顔に浮かべる笑みをさらに色濃くする。
こちらが攻めあぐねているのを感じ取ったのだろう。ここぞとばかりにこちらの精神に対して圧をかける言動で、パトヴァシアは続ける。
「だが、かといって攻めあぐねるようじゃ五〇点だ、一年坊。いいか、此処からが──」
まるで翼を広げる猛禽のように、両手を広げ、空の狩人を使役する少女は宣言した。
「私の『
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