23 INTRIGUE'S END:計略の果てにて息吹く者 ②

 大前提として、この絵図を描いている容疑者として最も有力なのは、『外交勢力』のトップである。

 そして──。



「『勢力』と言っても、その実態は幾つもの『派閥』の集合体でしかない」



 進行を任されたシュヴィア先輩が、手元の資料を見ながら説明する。



「ちょうど、我々『王女派閥』とパトヴァシアの『派閥』のような同盟関係が近いな。この規模を数十倍、数百倍ほどまで拡張したものが『勢力』と呼ばれるものの正体だと考えてもらって構わない」



 とはいえ、とシュヴィア先輩は前置きして、



「当然、一つの組織として纏まっている以上、実質的なトップというものは存在する。ちょうど、我々の指導者として殿下が君臨しているような形だな」



 しれっと組織のイニシアチブについて明言した形だが、パトヴァシア……いや、パトヴァシア先輩の『派閥』の構成員も最早自分達の上にフランさんが立つことには異論もないらしかった。異論どころか、眉を顰めたりといった不快感を示す者も一人としていない。

 シュヴィア先輩はその様子に頷いて、



「『外交勢力』の意思決定に携わっている『派閥』は、大まかに三つだ。そのうち、事実上のトップに君臨している生徒──即ち『外交勢力』の長の名は、『リグドーン=スティト=イクス=マルフィアト』。三年生の男子生徒だ」


「私も同じ勢力の一員だったから、あいつのことは知っているが……前任から可愛がられていたから勢力の長の座を引き継いだだけで、本人の能力はそうでもなかっただろ。無能ではないけど」



 自分が裏切られたと思っている相手だからか、パトヴァシア先輩の説明も自然と辛辣なものになっていく。

 ただ、それでも『無能ではない』という評価がつくあたり、それなりにデキる人間ではあるのだろう。でなければ、パトヴァシア派閥を鉄砲玉にした『王女派閥』の吸収なんて策を練ることができるはずもない。



「それと、こいつは聞いた話だけど……リグドーンのヤツが率いる『派閥』には、ヴィラムルースの元長子……アザレア、お前の義兄も新規加入しているって話だろ」


「え、そうなんですか」


「…………ふむ」



 パトヴァシア先輩の補足に、意外そうな声色で言うアザレアさんと、思案気に俯くフランさん。

 しかし、アザレアさんは相変わらず危機感が薄いなー。自分を疎んでいると思しき義兄が、自分を陥れることを前提にした陰謀を企んでいたって言われているんだ。もうちょっとピンとくるものがあってもよくないか?



「……確かに、ヴィラムルース男爵は家ぐるみで夜会によく顔を出していましたからね。元々、交流を手広くやっておりました。わたくしが夜会で面識を持つくらいには」



 フランさんも王族なので、それなりに夜会には顔を出したりしているだろうが──ヴィラムルース男爵は貴族としては位が低いし、何よりフィリデイ辺境伯領とどっこいどっこいの田舎の出身である。

 そんなヴィラムルース男爵の長子が一国の第一王女と面識を持てている時点で、彼の社交界での立ち回りの程が伺える。

 ちなみに、俺は家の方針で顔を出したこともない。そういう中央の煌びやかな文化に染まると領地ひいては国土の防衛に支障をきたすっていう昔気質な家風だったもんで。



「フランさんも、そういった夜会にはよく顔を出していたんです?」



 話の流れで、俺はフランさんに問いかけた。

 他に夜会で面識を持っていた貴族の子息で、この盤面に関係がありそうな人間やトピックスはないか──という話題に繋げる意図で聞いたのだが…………周囲には、そう受け取ってもらえなかったらしい。



「……アルマ、婚約者にすり寄る悪い虫が気になるのは分かるが……」


「おいおい。このタイミングで色ボケは勘弁してほしいだろ」



 は、はぁッ!? なんでそうなる!? 今のは普通に……、……ああいや、そういえば呼び方を変えたことで周りからは『関係が進展した』って認識されているのか。

 そのタイミングでこういう問いの仕方をすればそう受け取られてもしょうがないな……。



「ち、違う違う。違います。今のはただ、この盤面に繋がる情報を夜会から仕入れていないか確認したかっただけ」


「…………あ、違いましたの……?」



 …………。

 うおおおおおお、なんでそこで残念そうにするんだフランさん! ……ああいや、これについては俺をからかって遊んでるだけだな。普通に口元の笑いが隠せていない。本当にこの人は……。


 ぺいっ。


 俺は、フランさんの額を軽く指でつつく。



「あまりからかわないでください。話が逸れるでしょう」


「おほほ。ごめんあそばせ」



 慣れない扱いに頬が熱くなるのを感じつつ、俺はそっぽを向いて話題を元に戻す。

 フランさんは悪戯っぽく笑いながら、



「そういう意味では、他に大した情報はないですわね。ヴィラムルース男爵は『学園』での必勝法として『学園』外での友諠を結ぶことを重要視している節はありましたが」



 なるほど。そもそも夜会への参加が多かったのはヴィラムルース男爵の意向だったのか。

 『学園』内での闘争で全てが決着するという風潮に対して、盤面の外から干渉することを『必勝法』とする。……いかにもありがちな方策だが、効果は限定的なものに留まるだろうな……。

 フランさんも俺と同じ意見らしく、少し呆れたような雰囲気さえ漂わせながら続ける。



「その結果が『外交勢力』のトップ『派閥』への加入でしょうから、一定の成果は挙げられていると言ってもいいとは思いますわ。ただ、逆に言えば『それ以上の結果はない』ということでもあります」


「精々が、『勢力』内でのトップ『派閥』に加入できる程度のアドバンテージ。個人の『学園』での安泰まで確定させてくれるほどの有利ではない、というわけですか」



 フランさんの説明に、シュヴィア先輩がそう付け加えた。

 ついでに言うと、『勢力』そのものの盤石さはともかく、『勢力』内トップ『派閥』がいつまでもトップを保ち続けられるかといえば絶対にそんなことはないので、政争の渦中に巻き込まれる可能性を考えると、むしろ安泰とは言い難いかもしれない。

 このへんは、俺が転生の際に『太い実家』を望んだ時に考えていたことだったな。下手に権力の中心地に立ってしまうと、その流動性に巻き込まれた時にあっさり圧し潰されてしまう。そういう面倒事に巻き込まれたくなければ、最初からそうした中心地から離れたところによって立つのが正解なのだ。

 …………まぁ、現実にはそんな都合のいい安息の地など、この世のどこにもないのだが。



「よくわかりました。話の腰を折ってすみません」


「まぁ構わないだろ。それより──これで一層疑惑は確定的になったんじゃないか? ここ一ヵ月で突然自分が貴族の長子だと判明した庶子の『派閥』が、敵対『派閥』を吸収する為の鉄砲玉に。その『派閥』が所属する『勢力』のトップは、件の庶子の存在によって長子の座から転げ落ちた嫡男だった。……これ、流石に都合が良すぎだろ」



 そう言って、パトヴァシアはゆっくりと拳を握る。


 パトヴァシアの言っていることはよく分かる。

 今回の件、最終的にパトヴァシアの『派閥』の技術情報は守られたとしても、敵対『派閥』と繋がって情報を流したことにされていたアザレアさんはどのみち『派閥』にはいられなくなっていただろう。パトヴァシアがどう思うかはさておくとしても、対外的にはただの裏切り者なのだから。

 殺人的な偶然によりたまたまアザレアさんが選ばれた──と考えるよりも、今回の陰謀を糸引く者の周辺にアザレアさんのことを疎ましく思う者がいて、その意向が反映されているのではないかと思うのが人情である。


 実際に、その推理で筋も通って──



 ────いや、待てよ。



「だとしたら、おかしくない?」



 そこで俺は、気付いた。



「仮にこの計画を全部『外交勢力』のトップーーリグドーンが引いていたのだとして。……この陰謀の影響って、『外交勢力』の中だけでは到底収まらないよね?」



 何せ、事の発端となるパトヴァシアはただでさえ顔が広く、『商工派閥』との繋がりだってあるくらいだ。それが原因で『外交勢力』内での地位が低かったのだから、これは無視できない要素だろう。

 それに、目的が俺達『王女派閥』の技術情報を奪いたいっていうのも物議を醸すだろう。どの『勢力』もフランさんの持つ武力の凄まじさは把握している訳で、誰だってほしいと思っているはず。

 『外交勢力』は軍事力を下敷きにしているから余計にその傾向が強いだろうが、『商工勢力』や『農政勢力』だって超火力は欲しいと思うはずだ。分かりやすい戦力は、『学園』内でのイニシアチブを獲得することにも有用だろうし。


 そうなると当然、他の『勢力』は何かしらの理由をつけてでも待ったをかけようとしてくるだろう。

 いや、『外交勢力』の横暴に反発し、『王女派閥』に協力する──とか何とか言って横槍を入れて、その見返りに技術情報を求めるくらいのことはする。俺がもし他の『勢力』の長だったら、間違いなくそうするからだ。

 だが現実には、他の『勢力』からの横槍は一切なかった。


 つまり。



「……、『。いや……むしろ、矢面に立っていたのが『外交勢力』だと考えれば、裏で糸を引いているのが『商工勢力』って可能性は考えられないかな」



 『商工勢力』が、黒幕である可能性。


 フランさんは、もともと軍事力の扱いを巡って『外交勢力』とは対立していたんだ。目の上のたんこぶだったことは間違いない。そこにきて、同じ三大『勢力』の一角である『商工勢力』から、『王女派閥』への工作について打診されたのだとしたら。

 ……焦った『外交勢力』が、『商工勢力』の口車に乗って暴走した……という可能性は高い。

 おあつらえ向きに、パトヴァシアの『派閥』は『商工勢力』とも関係が深い。どちらの『勢力』とも関係があるからこそ、両『勢力』共通のスケープゴーストとして抜擢されたのだろう。


 何より、そう考えれば他の『勢力』が横槍を入れてこない理由にも納得がいくのだ。

 『商工勢力』はもとより、『農政勢力』にしたって二つの『勢力』を同時に敵に回したくはないだろう。『王女派閥』の戦力は欲しいだろうが、手に入るかも不明瞭なモノに執着して確実に不利な状況に飛び込むようなことはしたくないはず。


 俺の推論は、周りから見てもそう的を外したモノではないと受け取られたのだろう。

 他の面々も、俺の言葉に対して戸惑いはあれど、否定の言葉は出てこないようだった。

 その中で、アザレアさんだけがスッと手を挙げた。



「確かに、アルマさんの言うことも間違ってなさそうだけれど……でも、確証がなくないかしら?」



 ごもっともな指摘だ。

 何より、この局面で冷静でなければまず出てこない視点だろう。実際、今の俺の話には根拠がない。状況証拠と俺のインスピレーションで物を言っているだけ。そんな推理をもとに集団で動くわけにはいかない。



「うん、そうだね」



 だから──





 ──発想を、逆転させてみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る