22 INTRIGUE'S END:計略の果てにて息吹く者 ①

 ──女神に唆されてとはいえ、新たな生を得て。


 オレなりに、変わろうとしたつもりではあった。

 平穏な暮らしの中でならオレのクソったれな才能が誰かを傷つけることもないと思った。だってのにこの世界は否が応でもオレの才能が表舞台に引っ張り出されるような最悪な治安だった。だからオレは、

 魔法を学び、歴史を学び、経済を学び……オレなりに、この世界に生きる人間として真っ当な努力をしてきたつもりだ。

 実際に、フィリデイ辺境伯領ではオレが考案した工夫で領民の暮らしが多少良くなったりもした。多分、功績スコアの九一二点の中にはそんな要素もある程度は含まれているだろう。

 ……だが結局は、あのザマだ。

 オレが行動した結果っていうのは、いつだってああいう形に収束していく。


 『リンカーネイト:オーバーライド』。


 オレが平穏な世の中を作る為に生み出したあの魔導論文は、結果的に世界を滅ぼしかねないカタストロフの引き金でしかなかった。


 アザレアさんを助けた時だってそうだ。

 あの時オレは、そうすべきと思って彼女を助けたが──別にそれは、オレ自身に善性が宿っていた訳じゃない。ただ『そうするべきという良識を知識として持っていて』『実際に事も無げにそれを遂行できる能力がある』だけだ。ただタスクとして、それをこなせるからその通りにしただけ。

 実際に、オレは彼女を救うのは当たり前だと言ったその口で、目的の為にパトヴァシアを欺き危険に晒している。……結局は、善人の皮を被っているだけに過ぎない。


 そして何より救えないのは、オレはそんな自分の本性を嫌悪しつつも、やはり達成すべき目的を前にすれば一切の躊躇なく、外道の選択肢を選ぶってことだ。

 抗おうとして行動指針を日和見に捻じ曲げたところで、それは変わらない。最終的に、オレはそういう選択肢をとる。そういう人間なのだ。

 ……デーアが『人間力が足りていない』となじるのも、無理はないのかもしれないな。だって、結局、外道の選択肢を選ぶのは変わりないのだ。無駄に抗うだけ抗って善性をアピールするだけの回り道。オレがやっていることっていうのは、ただ自分の罪悪感から目を逸らす時間稼ぎをしているにすぎないのだろう。


 つまるところ、結局オレは──





「何も変わってないな……」


「……アルマ?」



 『決闘』騒動から一時間後。

 パトヴァシア派閥との最終調整を待っている間のことだった。


 思わずぼやいた言葉に、横にいたフラムジア殿下が首を傾げる。

 ……おっと、思わず口を突いて出ていたらしい。オレは気を引き締めて、意識を現実へと引き戻す。



「浮かない顏ですわね、アルマ。何か懸念事項でも?」


「いえ、何でもありません殿下。ごく個人的な話です」



 オレがそう答えると、フラムジア殿下は少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。

 見るだけで罪悪感をかき立てる王族の処世術とは違う、演技くささのない表情だ。



「……アルマ。アナタとは功績スコアを巡る打算から始まった婚約ですけれど……わたくしは、そうした事情とは別に、アナタと心を通わせたいと思っております。だって、せっかく志を同じくできる婚約者ですもの。利害で繋がるだけだなんて、悲しいですわ」


「…………」



 唐突に、フラムジア殿下はそんなことを話し始めた。そっ、とオレの手にその細い手を重ねる。その所作からは、純粋にオレのことを慈しむ感情が見て取れた。


 まぁ、オレとの心の距離を近づけたいっていう殿下の気持ちは伝わってるよ。

 フラムジア殿下、なんか距離の詰め方がぎこちない上にちょっと強引だもんな。打算で関係を回すのは得意でも、プライベートの関係をどうこうするのは苦手。そういうタイプなのだろう。

 普段と違って、個人的な距離を詰めようとしている時の殿下は分かりやすいから、却って打算が感じられなくて心地よくはある。これすらオレのパーソナリティを理解した最適化された処世術だったら、大したものだが。



「アナタとはまだ付き合いが浅いですが、それでもアナタが何かを一人で抱え込んでいることくらいはわたくしも分かります。その年齢で、九一二点もの功績スコアを抱えているんですもの。何もないわけがありませんわ」


「……まぁ、そうですね」



 特に、此処を否定したりはしない。

 そんなことは最初の最初からバレていることなのだし、だからこそオレも彼女の派閥に参加することを決めたのだ。もっとも、『リンカーネイト:オーバーライド』については墓場まで持っていく所存だが。



「あの時に言ったことを、覚えていますか?」


「……?」



 問いかけられて、オレは首を傾げる。

 言われた内容は覚えているが……此処で言われている文脈が分からない。あの時に言われた台詞のうち、何が今の文脈に繋がっているんだ?



「わたくしは、確かにアナタの功績スコアを見てアナタを欲しました。その理由は、既に話した通りです。わたくしには野望がある。わたくしのリンカーネイトを一般化することで防衛火力を高め、魔獣戦線にさらなる平和を齎すのですわ」



 ああ、そうだ。

 その野望は、オレにとっては眩しいものだ。オレと同じように平穏を目指し──しかし、オレとは違い管理された、安全な未来を描くことができる才能。

 オレが欲してもついぞ手に入れることができなかった、尊い能力だ。彼女のような君主の為なら、オレだって力を尽くしたいと思う。……ただ、無制限に力を使えば、きっとオレの忌まわしい才能は彼女の輝かしい夢も食い破ってしまうだろうが。



「しかし同時に、アナタのような手合いを味方に引き入れる為には、自分も身を切る覚悟が必要だとも言いました」


「…………ええ」



 確かに、そう言っていたっけ。

 勧誘を蹴ったオレに対してさらに言い募ったシュヴィア先輩に対して、フラムジア殿下はそう言って宥めていた。

 確かに実際、フラムジア殿下の身を切った『婚約』はオレにとっても想定外だった。アレのお陰で、オレは逃げ道を失った訳だし。最終的な費用対効果はさておき、功績スコア:九一二点の人材を引き入れるという意味では最適解だったと言っていいだろう。



「アレは、『婚約』のことだけを言っていた訳ではありませんわ。もしもアナタが何かを抱え込んでいるのなら、それも含めて共に分かち合う。それだけの覚悟なくして、どうしてアナタの力を借りられるでしょうか」


「…………」


「……そうは言っても、今はまだ、アナタにわたくしのことを信頼させるだけの実績がわたくしにはありませんけどね。だから、今すぐに重荷を寄越せとは言いません。これは、決意表明のようなものだと思ってくださいまし」



 そう言って、フラムジア殿下はさらに笑みを深める。

 ただそれは、優し気というにはあまりにも挑戦的で──



「いずれ必ず、そう遠くないうちに。アナタにわたくしのことを認めさせ、その重荷を明け渡させてみせますわ。わたくしを誰だと思っておりますの!」



 『婚約宣言』よりも情熱的な宣戦布告に、オレは思わず笑ってしまった。

 ……別に何かが解決するような話ではないが。

 それでも不思議と、さっきまでの鬱屈とした気分は大分改善されたような気がした。



「……分かりました。そのつもりで待っていますね、フランさん」



 だからオレも、少しだけでも王女殿下フラムジアの──婚約者フランさんの心に報いる為に、今できる精一杯の笑みを向けた。

 直後、フランさんの表情がぱあっと明るくなる。



「デレましたわね!? 今、アルマがデレましたわ!」


「だぁー!! 騒がないでください! 照れますから!」



 っていうかこの世界、なんでデレるなんて語彙が王族にまで浸透しているんだよ!?

 リンカーネイトのイメージソースの話もそうだけど、いくらなんでも地球の文化が入り混じりすぎじゃない!?




   ◆ ◆ ◆




 ──そんなわけで、パトヴァシア派閥との『決闘』から一時間半後。

 フランさん率いる『王女派閥』は、パトヴァシア派閥と一旦合流して今後の動き方について詰めていた。



「…………えと、このたびは、本当にご迷惑をおかけして……申し訳ありませんでした」



 パトヴァシア派閥を代表して、リーダーのパトヴァシアがそう言って頭を下げる。

 結局『決闘』にはオレが勝利したので──パトヴァシアは技術情報の詐取が欺瞞情報で、『王女派閥』は無実であるということで、オレ達とパトヴァシア派閥の間では決着した。

 そういう訳なので、パトヴァシアがオレ達に詫びを入れているという訳だ。



「頭をお上げなさい、パトヴァシア」



 そして、パトヴァシアの謝罪を受けて、フランさんがそれに応じる。

 肩にぽんと手を置いたフランさんは優し気な笑みを向けて、



「よくよく話の流れを追ってみれば、アナタも被害者ではありませんの。今回の件は、アナタを陥れる情報戦の側面もありました。……『外交勢力』が、アナタがたを欺瞞情報で欺いて我々と衝突させたのですから」


「ありがとうございます、殿下!」


「おほほ、今更畏まらなくてもよろしくてよ。わたくしとアナタは最早盟友。共にこの陰謀に立ち向かいましょう」


「……! ああ!! お願いするだろ!」



 互いに言葉を掛け合い、そして固く握手を交わす。

 過去のしがらみをものともしない、麗しい和解の光景だ。


 ──此処までが、事前に取り決めていた話の流れである。

 いや、情緒的な動きが一切ないというわけでもなく、実際に事前の打ち合わせの段階ではこれと似たような光景が実際に繰り広げられていた訳だが──結局のところ、オレ達『王女派閥』もパトヴァシア派閥も、巨大な組織が背景にある陰謀に立ち向かわなくてはならないのは変わらない訳で。

 その為には、パトヴァシア派閥を『王女派閥』の傘下に置いて、連携しながら事に当たっていかなくてはならない。ただ、トップでその危機感が共有されていたからといって、ヒラの派閥構成員にまでその温度感が伝わるかといえば、いくら派閥構成員がトップに忠誠を誓っていたとしても難しいだろう。

 だからこそ。



「──皆様、聞きましたわね。我が派閥の構成員も、パトヴァシアの構成員も! 今この時より、我々は一蓮托生です!」


「まずは私達を陥れようとしたこの陰謀! それを打開するのが先決だろ! そしてその後も、私達はフラムジア殿下……そして賢明で勇敢なその婚約者殿が率いる『派閥』と協調していく! いいな!」



 わっ! と。

 両派閥の構成員が、一斉に歓声を上げる。当初は敵対していた二つの派閥だが、ツートップの宣言によって構成員たちが抱えているわだかまりは(少なくとも表面上は)解消できたようだ。

 ……その一因にオレが含まれているのは果てしなく複雑なのだが、そうなるように立ち回ったのはオレ自身なので何とも言えない。はぁ、フランさんにフォローしてもらってなかったら、もっとブルーになってたかもなぁ。


 さて。

 本番は此処からだ。


 次は、オレ達が黒幕を責め立てる番。

 陰謀の糸を手繰り寄せて──暗がりでニヤニヤ笑いをしている悪党に、目にもの見せてやりますか。

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