25 INTRIGUE'S END:計略の果てにて息吹く者 ④

 その後の処理は、非常に迅速に行われた。

 録音音声を添えられた、陰謀の糾弾。それに伴い、『王女派閥』の疑惑は解消され──また、フランさんの証言もあって『パトヴァシア派閥』についても同様に被害者という向きで見られるようになった。

 必然的に、矛先は『外交勢力』と『商工勢力』のトップへと向かい──今は、色々とゴタゴタしている。


 そんな急転直下の翌日。

 本来であれば授業初日というスケジュールだったのだが、流石に入学式当日に三大勢力のうちの二つでトップが失脚したとあれば、生徒だけでなく『学園』全体も大騒ぎだ。

 特に二勢力に所属している生徒達の混乱は大きく、教師達も彼らへの対応に追われている為、本日は休講──ということになった。本当に大事になってしまったな……という感じである。



「……大変なことになりましたねぇ」



 『王女派閥』が溜まり場にしているいつもの庭園のベンチにて。

 オレは、呑気にそんなことをぼやいていた。隣にはフランさんが座っており、一緒になってのほほんとしている。



「此処からが本番ですわよ。三大勢力のうちの二つでトップが崩れ落ちる大事件ですからね。脇を固めていればスムーズに終わりますが……問題が問題です。大揉めの可能性もありますし」


「そうなれば、『王女派閥』は被害者面で首を突っ込んで人事に口を挟むチャンスだろ」



 フランさんの台詞に重ねるようにして、数人の配下を連れたパトヴァシア先輩が言う。

 かなり悪し様な物言いだが、ニヤリと笑った表情は、むしろ『いいぞもっとやってやれ』みたいな含みがあるようだった。

 パトヴァシア先輩の『派閥』だが、このゴタゴタで完全に『王女派閥』に吸収合併される形でまとまった。その為、現在『王女派閥』の総数は二一人。

 このゴタゴタで上手く立ち回ることができれば、今はまだどの『派閥』にも加入していない新入生やあぶれた上級生を取り込んでさらに『派閥』を大きくできるだろうな。


 その上、今回の事件の被害者というスタンスで『外交勢力』と『商工勢力』の後任人事に口出しできたとあれば……いよいよ一『派閥』には留まらない影響力を手に入れることができるようになる。

 ま、そんなトントン拍子で上手くいくとも思えないけどな。



「捕らぬ狸の皮算用だよ。流石に向こうだってそこの口出しは全力で牽制してくるでしょ」


「わたくしもそこはそう思いますが……ただ、アルマにはこの先も頑張ってもらわないとならないかもしれませんわね。昨日は八面六臂の大活躍だったではありませんの」


「ああ…………」



 やっぱりツッコミが入ってしまった。

 パトヴァシア戦にデーアを送り込んでの諜報に、仕方なかったとはいえちょっと頑張りすぎてしまったもんなぁ。

 『リンカーネイト:オーバーライド』の技術提供から離れる為に、実務関係での手腕を評価してもらおうと頑張ったは良いけれど、そうなれば当然、こういうしち面倒くさい仕事を回されるようになるんだよな。

 …………一番怖いのは、そうして仕事が回されるようになることで既存のポストについていた人の仕事を奪って不和を生まないかってことなんだが……。



「そうは言っても、私は若輩者ですから。失敗することもあると思いますし……というか、もともとこの『派閥』でこういう調整事をやっていたのって誰なんですか?」


「ん? ああ、シュヴィアですわよ。『仕事が多すぎて死ぬかと思ってたから、こういうのを任せられるヤツが入って来て本当に良かった』と喜んでいましたわ」



 う、うわぁ……!! これ円満に丸投げされるヤツだ……!

 ふざけんなよ……! あの人完全に武官も兼ねてる感じの従者だっただろうが……!! そんな人に調整事を任せてるんじゃねーよ……!!



「……というか、アルマはわたくしには敬語なんですのね。昨日の『派閥』全員に呼びかけている時の口調、親しみが持ててよかったですわ。わたくしにもそうしませんこと?」


「…………まだ親密度が足りませーん」


「そんなパラメータがありますのっ!?」



 あるんだよ。

 っていうか、公衆の面前でカリスマ第一王女様とタメ口でイチャつく度胸はオレにはないから。



「そういえばパトヴァシア先輩。今って『外交勢力』や『商工勢力』はどんな状態なの? 後任決めを始めているのは知ってるけど、元々の所属筋とかから情報ってもらってない?」


「そうだな……。この後話そうと思っていたが、『外交勢力』の方はトップの頭のすげ替えで決着がつきそうな雰囲気だな。昨日話していたアザレアの義兄──ウィラルドについては『ボクは聞いていない!』とかなんとか言ってたらしいが……まぁそんな言い逃れは無意味だろ。ただ、『商工勢力』の方が問題で……」



 パトヴァシア先輩は、そう言って少し気落ちした様子を見せる。

 なんだかんだで『商工勢力』には友人もいるから、その所属『勢力』が揉めているのは悲しいのだろう。人情家らしい脇の甘さだ。

 …………いや、こういうところを『脇の甘さ』って評価しちゃうのがダメなんだよなぁ~オレ。多分……。



「今回の件って、色々と企んでいた大元は『商工勢力』のトップ……イスラちゃんだったじゃないか」



 あ、その呼び方ってことはこの人、『商工勢力』のトップとも面識あったのね……。



「で、『商工勢力』はもう丸一年イスラちゃんの天下でな。体制もイスラちゃんの手腕を前提にして動いていたから、そのイスラちゃんが失脚したことで色々とガタガタらしいってことは聞いてるだろ」


「後任決めどころじゃなくなる可能性もあるってこと?」


「ああ。今なんて設備の利用すらもままならなくなってるって聞いてる。図書館にも立ち入れないくらいらしいだろ」



 そこまでなのか……。

 せっかく『派閥』の中でもそれなりの権限を与えてもらった訳だし、この機に乗じて図書館の利用について色々と策を巡らせたいなと思っていたんだが……この感じだと、もうちょっと後にした方が効果的かもしれないな。



「そういえば、今日はアルマのリンカーネイトは一緒じゃないのかしら?」



 と、そこでふと思い出したかのように、フランさんがデーアのことを話題に出す。

 デーアについては、今日はシュヴィア先輩につけておいている。声明を出した後の動きを決める為に、昨日の現場の状況とかを説明する必要があったしな。

 一応、あの場ではリグドーンのリンカーネイトと戦闘もあった訳だし。まぁ最初から速攻で終わらせる為に前以て空気を出しておいたから戦闘にもならなかったようだが。



「ええ。シュヴィア先輩と一緒にいるはずです。色々と情報を連携してもらう必要がありますから」


「……本当に、変わったリンカーネイトですわよねぇ。物質創造の能力もそうですが、独自の視聴覚を持つのも、自律稼働ができるのも、通常のリンカーネイトでは考えられませんわ」


「あはは……私もよく分からないんですよね、正直。契約コントラクトの関係だとは思いますが」



 苦笑しながら、オレは言葉を濁しておく。

 リンカーネイトの良いところは、都合の悪いところは『自分にもよく分からない』と言っておけばいいところだ。実際問題、技術としてはブラックボックスなところが大半なので、こう言っておけば『そうなんだ』で話が終わる。

 ただ、フランさんはそこでは留まらず、



「でも、アレを技術として一般化できたら本当に便利だと思うんですのよねぇ」


「…………っ」



 その何気ない一言に、オレはギリギリで自分の肩がびくりと震えるのを理性で抑えきった。

 ……まぁ、分かっていた。そういうことを言われるのも、最初から覚悟している。そして此処で無理に否定の言葉を入れれば、それはそれで怪しまれるということも分かっている。

 っていうか、フランさんはオレが何かを抱えているということも、功績スコアが九一二点あることも分かっているんだ。オレがここの関連技術を可能性だって、既に気付いているだろう。……オレの信頼を得ていないうちからそこに突っ込めばオレとの関係が終わるから、踏み込めないでいるだけで。


 だからオレが死守するべきラインは、此処だ。


 何かを隠していることには気付かれているが、迂闊に触れれば関係性が終わると思わせているライン。

 此処以上にオレがナメられれば、もうおしまいだ。そうはならないように立ち回っていく。これが、オレの今後の活動における必須事項だ。



「……そんなにいいものでもないですよ。見ていて分かるでしょう? 私にも行動が制御できないんですから。まずは、デーアの手綱を握れるようになってからですね。技術開発は。でないとまともにリンカーネイトを使えなくなってしまいますよ」


「手厳しいですわねぇ……」



 ちょっと冗談めかして言うと、フランさんも溜息を吐いて矛を収めたようだった。……はぁ、これを今後ずっとやらなきゃいけないのか。これは、なるべく早くに『リンカーネイト:オーバーライド』を抹消しないと大変だな……。



「おや、私の話ですかあ?」



 噂をすれば影が差す──という訳でもないと思うが。

 そこで、まるではかったかのようにデーアが顔を出した。



「別に何でもないよ。それよりどうしたの? シュヴィア先輩は一緒じゃないみたいだけど」


「あー……それがちょっと、緊急事態でして☆」



 デーアがそう言った瞬間、オレの背筋に冷たいものが走った。

 何か……何か致命的な問題点が。

 細かな見落としの連続が、まるで伝導体のように通電して、一本のラインになっていくような感覚。

 絶句しているオレを置いていくような速度で、デーアは次にこう続けたのだった。




「イスラ=イクス=パーダムニット……でしたっけ? あの人、失踪したっぽいんですよねえ☆☆☆」




   ◆ ◆ ◆



「私も詳しく聞いたわけではないんですけどお」



 そう言って、デーアは自らの唇に人差し指を当てた。

 愛嬌のある仕草だったが、この世のものとは思えない美貌で軽々しく行われるそれは、却って不謹慎さを見る者に感じさせる。



「今朝から、連絡が取れていないとのことで。陰謀がバレて居づらくなった『学園』からの逃亡説とか、これまでに恨みを買った生徒からの拉致説とか、色んな陰謀論が紛糾しちゃってて、『商工勢力』はもうカオス☆ って感じですねえ☆」


「…………最悪だ」



 デーアからの状況報告を聞いて、オレは思わず呻き声をあげる。

 まさしく、状況は最悪だった。『商工勢力』にはまだ何だかんだ言ってイスラを神輿から降ろしたくなかった『派閥』だっていただろうし、他の有力候補が神輿に担がれるのを止めたい『派閥』だっていただろう。となると次に発生するのは、犯人探しという名の『犯人のレッテルを押し付けることによる風評攻撃』の応酬だ。

 そしてそんなものが始まってしまえば……もう、『商工勢力』という枠組みそのものが存続するかどうかも分からなくなってくるぞ……!?



「……アルマの言う通り、まずいですわね」



 そして、オレと同じく現状の危機感を共有してくれているフランさんが、沈痛な面持ちで呟く。

 具体的に、『商工勢力』が潰れたらオレ達にどういうデメリットが発生するか。


 まず、『学園』の治安が著しく悪くなる。

 『外交勢力』『農政勢力』『商工勢力』の三大勢力によってパワーバランスが均衡していたのが、これまでの『学園』の平穏の正体だったのだ。このうち『商工勢力』が崩壊すれば、他の『勢力』はこの機に自分の『勢力』を増強しようとする。

 そうなれば当然、発生するのはパイの奪い合いだ。二つの『勢力』が本格的にぶつかり合うことになれば…………その影響が『学園』の中だけで収まってくれるかは、正直怪しい。

 もし仮に影響が『学園』の外に出てしまえば。

 ……その時に発生するのは、破滅的な『内戦』である。

 『農政勢力』と『外交勢力』、二つの『勢力』の背後にある貴族たちがそのままぶつかってしまえば、この国の国防はガタガタだ。……そしてそののちに発生するのは、魔獣による蹂躙である。


 次に、オレ達を神輿に担ぎ上げようとする連中が絶対に現れる。

 『商工勢力』がダメになったという状況に対して、代わりの『勢力』を用意することでとりあえずの均衡を保とうとするっていう発想だ。

 だが、これはちょっと考えるだけでも問題だと分かる。

 だってそもそも、『勢力』というのは各々の重視する政治的信条によってつくられた結びつきだ。あぶれた連中というのは大体が元『商工勢力』な訳だから、『経済分野の発展を重視する』集団が『魔獣戦線の収束を最優先する』集団に迎合できるわけがない。

 必然、次に発生するのはぶくぶくに膨れ上がった『王女』での内乱である。絶対に御免被りたい。


 あとは、可能性は低いが学校からの介入だろうか。

 これは大多数の生徒達からしたら絶対に避けたい未来だろう。学校側から学園生活が管理されるようになれば、彼らの多くが持つ目的である『将来の為の格付け』の為の活動が大きく制限される。

 そうなれば必然的に、格付けの場は『学園』の外に持ち出されるようになるので……オレとしても、この路線は避けたいところだ。


 このように、ちょっと考えるだけでもかなり酷い未来がちらついてくるのが、今の状況だといっていい。

 ……いやほんと、マジでやばいな、これ。


 まずは、何としてでもイスラを見つけ出さないとまずい。

 それこそ、一時的に替え玉を用意してでもひとまずの安定を築かないと……、


 …………ん? 待てよ?



「…………、」


「どうしたんですかあ? ご主人様。何か気になる点でもお?」


「……失踪説に、拉致説。今日になって『消えた』。……そこからして間違いなんじゃないの?」



 背筋に冷たいものを感じながら、オレは口から思考を垂れ流す。

 これまでの流れに、不自然なところはなかったか?


 たとえば、イスラがデーアの糾弾を受けて、罪を認めるあの時の流れ。あの時のイスラは、落ち着き払いすぎではなかっただろうか。

 確かにイスラはクールな性格をしていたようだったが、だとしても、普通はもっと抵抗するんじゃないか?

 実際に、リグドーンはリンカーネイトを出してまで無駄な抵抗しようとしていた。失脚して未来が真っ暗になる瀬戸際なんだ。普通に考えたら、もっと形振り構わなくなってもいいだろう。


 それと、今回の陰謀。

 オレ達を陥れる為に、わざわざ『外交勢力』の末端『派閥』を陥れて欺瞞情報を流す……という策略だった訳だが、これって果たして最適解だったか?

 人間、それも数え年で一七、八くらいの少年少女なのだから、常に最適解を選べなくても不思議ではない。

 不思議ではないが……目的が『フランさんの技術確保』なのだとしたら、いくら自分達の隠れ蓑に使いたいからといって『外交勢力』を間に挟むのは少しばかり非効率的だろう。

 まるで、『外交勢力』も巻き込んで、失敗時の混乱を大きくしたがっていたような──この現状を踏まえると、そう考えたくもなってくる。


 

 そこに思考が辿り着けば、自然とこんな疑問も思い浮かんでくる。



「──今回の陰謀を計画した『イスラ=イクス=パーダムニット』。彼女ってそもそも、?」



 『替え玉』。


 今回の陰謀は、『王女派閥』を屈服させその技術情報を取り込むのではなく──、『というものだった可能性。


 ……考えろ。

 だとしたら、この絵図を描いた本当の黒幕の目的はなんだ?

 『商工勢力』を機能停止させたこの状況で、黒幕がやりたいことは?

  経済分野に特化した技術力を持ち、経済を活発化させることで国力を強化するのが目的の組織、『商工勢力』。リンカーネイトの能力に見切りをつけた者が多い為、純粋な魔法技術では他の『勢力』に一段劣るこの『勢力』を弱体化させて、得られるメリットは……、


 …………あ。




   ◆ ◆ ◆




 ちなみに、オレの目的である『リンカーネイト:オーバーライド』の抹消には『大図書塔アカシア』への接続が必須となるが、この『大図書塔アカシア』の接続にはある程度の設備を有する施設が必要となり、この『学園』では図書館がそこに該当する。

 こんな具合で、それぞれが有力な施設を互いに縄張りとして保持して牽制しあうことで、それぞれの優位性が保たれる……というかなり面倒くさい均衡によって、この『学園』の勢力バランスは成り立っているわけである。




   ◆ ◆ ◆




「で、『商工勢力』はもう丸一年イスラちゃんの天下でな。体制もイスラちゃんの手腕を前提にして動いていたから、そのイスラちゃんが失脚したことで色々とガタガタらしいってことは聞いてるだろ」


「後任決めどころじゃなくなる可能性もあるってこと?」


「ああ。今なんて設備の利用すらもままならなくなってるって聞いてる。くらいらしいだろ」




   ◆ ◆ ◆




 一〇〇〇年以上の歴史を持つこのアンガリア王国には、彼を筆頭にして歴史上で一〇人、功績スコアが一〇〇〇点を越えた偉人──『聖者』が存在している。


 彼らの行跡は『護国の誉れオナーオブアンガリア』を通して『聖跡せいせき』という。アンガリア王国ではこの一連の流れを『列聖』と呼び──これを成し遂げた者は『聖者』として国民から例外なく尊敬を持って扱われる。




   ◆ ◆ ◆




『──第二の「聖者」メイヴィス様が降誕暦一六六年に設立した「──』




   ◆ ◆ ◆




「…………図書館だ」



 オレは、呆然と呟いていた。

 何故今まで気付かなかったんだ、とすら思っていた。


 『商工派閥』が瓦解した今! 普段なら執り行われている『図書館』の守りは、完全にフリーとなる! その状況なら、『!!



 ────『!!!!



「デーア!! 今すぐ移動!! 図書館まで連れて行け!!!!」


「アルマ? どうしたんですの急に!? 状況を説明してくださいまし!」


「今はそれどころじゃない!!」


 フランさんがオレの腕を掴んで問い質してくるが、オレはそれを煩わし気に振り払う。

 一から十まで、説明している暇はない。

 この黒幕の目的は……オレの予測が正しければ、もう既に八割がた達成されてしまっているのだから。


 つまり。



ッ!! !!!!」

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