31 GOD BLESS YOU:この修羅の世界に復讐を ⑥

「それで? 状況は?」



 腕を組んでオレに問い質すフランさんは…………明らかに不機嫌そうだった。

 当然だ。さっきあんな風に振り切って勝手にどっか行ったわけだしな。

 だが……説明などできるはずもない。そもそも目の前のメイヴィスの時点で、オレがどうあっても隠し通したかった『リンカーネイト:オーバーライド』の産物なのだ。完璧に詰んでいる。


 正直、フランさんが来てくれたのは本当に助かった。

 あんな風に振り切ってしまったのに追いかけてくれた。場所だっておそらく殆ど手がかりはなかっただろうに正確に到着してくれた。

 そのことは、素直に嬉しいと思う。何だかんだで、オレだって冷徹じゃない。そういうフランさんに対して、少しずつ絆されている部分はあると思う。彼女と本当の意味で協力できたら、どれほど……。

 ……だが、それでも『リンカーネイト:オーバーライド』のことは……。



「……ええと……その」


「アルマ」



 言い淀むオレに、フランさんは静かにそう言った。

 真摯な声色だ。それに、己の心を疑ってもいない。





 あっさりと。

 フランさんは、言い淀むオレに対してそれ以上追及せずに、指示を求めだした。

 状況を理解できない状態では、指示の意図を汲むのも難しいだろう。絶対に、今どういう状況かは聞いておきたいはずだ。なのに。



「……この状況が、アルマの回避したかった事態そのものなのでしょう? ならば、状況を問うのはですものね」



 …………。



『……そうは言っても、今はまだ、アナタにわたくしのことを信頼させるだけの実績がわたくしにはありませんけどね。だから、今すぐに重荷を寄越せとは言いません。これは、決意表明のようなものだと思ってくださいまし』


『いずれ必ず、そう遠くないうちに。アナタにわたくしのことを認めさせ、その重荷を明け渡させてみせますわ。わたくしを誰だと思っておりますの!』



 …………フランさんは、オレにした宣言を守り切るつもりなんだ。

 オレから言い出すのを待つと言った以上、状況がどうであれそれを問い質すのは約束に反する、と。そう言っているのだ。


 オレは…………。


 ……、



「…………『リンカーネイト:オーバーライド』は、私が過去に書いた魔導論文なんだ」



 ……そもそも『リンカーネイト:オーバーライド』の産物であるメイヴィスを目撃された時点で、秘匿の路線は詰んでいるんだ。

 しかも戦局はかなり不利。フランさんの能力がなければ『蟲毒』にも太刀打ちが難しい以上、彼女の不信を育てるのも得策じゃない。とすれば、なのは、オレが彼女に包み隠さず真実を伝えることなんだ。

 うん。だから……やるしかないんだ。



「内容は、詳細は省略するけれど……簡単に言うと『リンカーネイトに人格情報を埋め込むことで、能力を改変すること』だね」



 メイヴィスは…………下がっているらしい。

 フランさんの攻撃を警戒してか、本棚の近くにまで下がってこちらの様子を伺っているようだ。



「能力を……」


「人格情報はかなりの完全性を求められるから、その点でこの技術は実用化不可能だったんだけど……人格情報に『聖跡せいせき』の情報を使うことで、『聖者』の人格をリンカーネイトに組み込む方法での実現が可能だと分かったんだ」



 オレがそう説明すると、フランさんの視線がまずデーアに寄る。

 ……ああ、この説明だとデーアも『聖者』だと思うか。



「コイツは違うよ。天然もの……言うなれば、唯一のオリジナルってところかな……。ただ、私はこの魔導論文が危険だと考えていて、なんとかして抹消したかった」


「ですが……そうはならなかった。イスラに暴かれて……、」


「いや……違う。イスラじゃないんだ」



 アイツは、本当にただの可哀想な被害者。

 ……もちろん、もともとフランさんのことを陥れようと計画はしていたんだろうけどさ。



「真の黒幕は……アザレアだった」



 その言葉に、フランさんが息を呑む。

 オレが気絶したアザレアを背負っている時点でなんとなく怪しいとは思っていたのだろうが、身内が実は黒幕だったとはフランさんも思いたくないだろう。

 でも……彼女がこの凶行に出た理由については、フランさんも知っておかなくちゃいけない。



「彼女のお母さんは……殺された。ヴィラムルース男爵の庶子として生まれ、認知すれば我が子の相続権が失われるからとヴィラムルース男爵夫人に相続調査を妨害され……その結果、魔獣との遭遇という不慮の事故で命を落とした」


「…………、」


「この世界の過酷さと、それによって歪んだ形で運用されてきた国内法、その前提で動く人間の業で……アザレアのお母さんは死んだ。だから世界への復讐として、アザレアは『リンカーネイト:オーバーライド』に手を出したんだ」



 であれば、アザレアは此処で死なさせない。

 『リンカーネイト:オーバーライド』の暴走を止めるという理由ももちろんあるが……それ以上に、この一件の決着には、絶対にアザレアを立ち会わせなきゃいけない。



「……経緯は分かりましたわ。で、アレは?」


「メイヴィス。この図書館の『聖跡せいせき』に記録されていた人格情報から復元された『聖者』のリンカーネイトだよ」


「…………ふむ、その魔力。ぬしはの末裔か」



 そこで、オレの説明をじっと聞いていた──おそらく大半は本人にとっても初めて知る情報だっただろう──メイヴィスがフランさんを見た。

 え? 魔力? ……一応魔力の存在自体は誰でも見ることができるけど、魔力を見ただけで血筋とか分かるもんなの……?



「いかにもですわ、『聖者』メイヴィス様。……お初にお目にかかります。アンガリア王国第一王女、フラムジア=イクス=アンガリアですわ」


「やめよ、『聖者』などと……。仮にも王族に敬意を払われては敵わん。妾は片田舎の平民産まれよ。……ジジイのヤツめ、やはり後世の人間が必要以上に祭り上げているではないか……」



 メイヴィスは居心地悪そうに言う。

 史実では、メイヴィスは貧しい村の生まれとされている。そこから己の才覚によって成り上がり、『国父』ウナシウスに見出されて貴族となったのだ。

 生涯独身を貫いたので、その血筋は現在には残っていないと聞くが……弟子は多くとっていたから、彼女の名は今も弟子の家系として残っているらしい。

 …………そういえば、アザレアの旧姓も『メイヴン』だったか……。



「……まぁいい。妾の能力は、『影を使って怪異を描き、魔獣として実体化させること』だ。実体化させた魔獣は一体一体が能力を持ち……同種の怪異を食い合わすことで『蟲毒』という超火力を出すこともできる」



 ひゅんひゅん、と。

 メイヴィスが二メートルにもなる筆槍を振り回しながら言う。



「元が影だから、弱点は光だ! を使えば苦も無く消せるだろう。王女を軸に立ち回れば、妾を攻略できるはず──」



 直後。

 ドッバァ!!!! と、本棚の陰から大量の『霧』が撒き散らされた。




「──というわけでも、なさそうだな……」


「……な、なんなんですの!?」


「…………話している最中に、『霧を吐き出す怪異』を発現していたようだ。身体が勝手に動くから気付くのが遅れた……不覚だ」


「自分の身体なんだからちゃんとしっかり監視しててよ!!」



 我ながら理不尽なことを言っているとは思うが……!

 しかし……最悪だ。生み出された怪異自体は影を元にしているから光で簡単に消せるとしても、生み出された『霧』は能力で生み出されたものだから関係ないって訳か……!

 そりゃそうだ。仮にも『リンカーネイト:オーバーライド』の能力が、『直射日光の下ではまともに使えません』なんて片手落ちな訳がない。己の能力の弱点くらい、己の能力自身でカバーできて然るべき……だが、そんな自分で自分の尾を咥えて隠すウロボロスみたいな解決法ありか!?



「……! 気をつけろ! 新たに『妾だけ霧を見通せるようにする怪異』と『霧の中で発生した音を反響させる怪異』を描いたぞ!」


「馬鹿なんじゃないの!?」



 霧で攪乱した上で、自分だけ霧の中で問題なく行動できるようにして足音などで奇襲を察知しようとするのも妨害するって!? なんでもありじゃねーか!!

 ……いや、最初に何でもありだろとは思ったけど、ここまでなんでもありなことある!? ……これ駄目だ。本格的に、メイヴィスに時間を与えるとどうしようもなくなってしまう!!

 オレは駆け回りながら、



「私はイスラとウィラルドを回収してくる! デーアはフランさんの護衛! 死守して!!」


「ちょっ、アルマ!? 一人では危険ですわ!」


「フランさんはとにかく炎を撒き散らしてメイヴィスを牽制して! その方が全体的な生存確率は上がる!!」



 ……音が反響しているなら、足音でオレの居場所を探知するのもできないはずだ。

 だとするならば…………。



 オレは今の戦闘で来た道を戻ってから、本棚の陰を通って慎重に進んでいく。

 しばらく進んでいくと、ウィラルドの姿は簡単に見つけることができた。……もう霧がこっちまで広がっているか。これはもう、図書館全域まで霧が広がっていると見ていいだろうな。

 ──と。



「……ウィラルド、だったか? さっきの戦域から一息に吹っ飛ばされたとしたら、このあたりにいるはずだが……」



 そこに、メイヴィスが佇んでいた。

 傍らには馬みたいな形の虫がふわふわと浮かんでいる。……あれは……『三尸さんし』か?

 まぁ大分アレンジが加わっているからどうせ原典通りではないんだろうけど、多分『人の罪を神に報告する』特性あたりをアレンジして、周囲の情報を自分に伝達するように仕立て上げているのだろう。

 霧を出している怪異や音を霧の中で拡散している怪異とやらが見当たらないが……そっちについては、現在のメイヴィスの生命線だ。おそらく隠しているのだろう。



「…………!」



 オレは息を潜めて、咄嗟に物陰に隠れる。

 どうやらまだ見つかってはいないらしいが……最悪だ。これは時間の問題だぞ……!?



「……どこにもいないな。目を覚まして逃亡したか?」



 しゅるる、とメイヴィスの足元で、何かを啜るような鳴き声が聞こえる。

 ……大方、蛇の怪異でも発現しているのだろう。ピット器官による体温感知だ。光学探知の他にも複数の方式で探査してくるとは抜け目ないが……。



「…………王女の牽制のお陰か、蛇の怪異の反応が悪いな。小娘、そこにいるなら聞け。妾は今近くにいるぞ。見つかるヘマはするなよ」



 ……メイヴィスの呟きの内容からして、フランさんの牽制はかなり功を奏しているらしい。

 実際に今も、断続的に炎がこっちに飛んできているくらいだ。霧があるから、怪異が消し飛ぶほどの明かりにはなっていないようだが……。


 とりあえず今のところは、メイヴィスの警戒対象はフランさんに向いているらしい。

 フランさんの牽制を邪魔しようと、メイヴィスは水を放つ河童の怪異を作り出しての遠距離攻撃に切り替えているらしい。



「……気を付けて! 足元が水浸しになれば、霧を解除してからの電撃攻撃で一気に私達だけ感電させられるよ!」



 様子を見て、オレは声を上げて二人に忠告する。

 音が反響しているなら、大声を上げたところで居場所がバレる心配もない。



「……! 確かに。分かりましたわ!」



 オレの指示を受けて、フランさんが周辺の足元に炎を撒いている(石造りだからこういう無茶をしても建物自体が燃え上がらないのは助かる)らしき光景を横目に、オレはさらに倒れているイスラを回収した。

 ……よし、これで二人は回収できたな。あとは、コイツらを戦場から離れた場所に置いて………………と。



「『肉よ昂れ、軋みを巡り癒せ』」



 身体強化を強めながら、オレは二人を戦域から遠く離れた図書館の入り口に寝かせておく。

 アザレアも…………此処に置いておくか。頼みの綱メイヴィスが屋内にいる以上、アザレアの逃亡を心配する必要もない。身体強化があるとはいえ、下手に抱えて運動に不自由が出ても事だし。


 さらに駆け足で戻ってくると──状況はさらに進展していた。

 足元の水を消す為に炎で床を舐めるフランさんに対し、メイヴィスは攻めあぐね始めたらしい。霧が徐々に炎で焼かれたことで、そもそもの霧自体も晴れ始めている。

 物理的な現象ではない『闇』そのものを出す怪異なんかもいるようだが……やはり、特殊な現象を発生させる能力は『縛り』が厳しいようだ。大した効果は得られていない。



「──!! まずいな……気をつけろ! 『真空を生み出す怪異』を描いた! 真空の壁で炎を遮って、『蟲毒』をやる隙を作るつもりだ!!」



 慎重に駆けて、



「……って言っても、多分聞こえてないでしょ。真空の壁を作っちゃったら、そこで霧は分断される。『霧の中で発生した音を反響させる怪異』の効果だって、そこで分断されるんじゃないの?」



 こっち側の音は……反響しているな。つまり、『音を反響させる怪異』はこっち側にいる訳だ。

 辺りを見渡すメイヴィス。……だが、感知はできないだろう。

 さて。



「……確かにな。とすると、この場はぬしに切り抜けてもらうほかないようだが……」



 言いながら、メイヴィスは筆槍を振るう。

 おそらくは──『蟲毒』を発現しようとしているのだろう。

 向こうからはオレの居場所は分かっていないだろうが、分かっていないなら範囲攻撃に切り替えてしまえばいいという訳だ。オレには攻撃の手札がない訳だから、目の前で『蟲毒』を生み出す隙を見せても問題ないという判断なのだろう。

 正しいな。


 ──さっきまでの時点なら、の話だが。



 ボジュ!! と。



 メイヴィスの周囲に浮かび上がっていた影が、一撃で消し飛ばされる。



「な……!!」



 メイヴィスの表情が、驚愕に彩られるが──それは別に、影が一撃で消し飛ばされたからではないだろう。

 ──自らのすぐ背後に立っていたオレに、メイヴィス自身が気付けていなかったからだ。



「……どうやってだ? 透明化の魔法ではないだろう。三尸にも蛇にも感知はさせていた……魔法では潜り抜けられまい」


「単なる文明の利器だよ」



 そう言って、オレは足元に転がっていた布を手で拾い上げる。

 すると──手が不自然に



「量子ステルスって言ってね。私の時代の技術だよ。──多分、君の時代にはなかったものでしょ?」


「そこではない……。そもそも一体それをどこから……あの邪神の腕は両方ぎ取られていた。察するにヤツの能力は両腕を起点にしたものだろう。ならば……」


「両方? 違うでしょ。片方は、前以てアザレアによって切断されていただけ」



 そして、思い出せ。

 オレに能力を解説するとき、デーアがなんと言っていたか。

 あの真実だけを語りながら他者を欺く邪神が、なんという風に己の能力を表現していたか。




『……もし戦闘で両手が切り落とされたりした場合は?』


『リンカーネイトの自動修復が完了するまで、物質を☆』




 ──あの会話の中で、デーアは『両手が切り落とされれば物質を手元に発現できなくなる』とは言っているが、

 おそらくあの邪神は、仕込んでいたんだ。自分の両手が失われるような大ピンチの中で、自分のリンカーネイトの言葉を疑い真実に辿り着けるかどうかという『試練』を。本当に最悪な所業だが……。


 ……お陰で、オレも含めて完全に意識の外からの奇襲に成功できた。



「ウィラルドを回収する前、私は密かに切り落とされたデーアの右腕を回収していたんだ。場所はすぐ近くだったし……懐に仕舞うなりすれば、腕自体は目立たないからね。後は……」



 そしてその段階で、オレは量子ステルスの布を発現して被っておいたのだ。

 メイヴィスが蛇の体温感知を用いてもオレのことを見つけられなかったのは、おそらくフランさんの炎で温度がまばらだったからじゃない。量子ステルスの持つ赤外線も屈折させる性質によって、体温感知すらもすり抜けられただけだろう。

 そうして二人を回収して避難させたオレは、そのままメイヴィスの後ろに回り込み──



「──この軍用懐中電灯で、影を消し飛ばしたって訳だよ」



 デーアの能力さえ使えれば、あとはこちらのものだ。

 オレは軍用懐中電灯を構えて──



「……! 接近戦攻撃に切り替えるぞ! 手はあるんだな!?」



 ──怪異による攻撃は問答無用で消されると判断したのだろう。メイヴィスが筆槍を握ってオレの方へと駆けてくる。

 リンカーネイトの膂力だ。当然、こんな距離なんて一瞬で詰められてしまう、が──。



「もちろん。──それは幻影だよ」



 メイヴィスの一撃はオレに突き刺さり──しかし、何の手ごたえもなく空振りとなる。

 せっかく、霧という天然のモニタがあるんだ。

 デーアの能力が使用可能ならば、オレの姿を投影する方法なんて、それこそいくらでも存在している。そして音が反響している以上、出どころを感知することはメイヴィスには不可能だ。



「霧を画面にした映像の投影か……良い手だ。小娘、音を反響する怪異が解除されたぞ!」


「妥当だね。そして次に仕掛けてくるのは──先ほどの真空の壁を作り出す怪異を解除しての暴風による私の態勢崩しと部分的な霧払い──現在地の把握ってところかな」



 オレの予測を裏付けるように、強烈な風が吹き荒れる。

 オレは吹っ飛ばされないように踏みとどまるが──しかし周辺の霧は綺麗に払われてしまう。必然、オレの居場所もメイヴィスからは丸分かりだ。

 しかし。



「強風が起きれば、当然それに伴う空気の流れも発生する。……さてメイヴィス。?」



 既に──周辺には空気を撒いておいてある。

 オレが、解除時の気流を計算に入れて分布しておいた空気だ。そして解除タイミングがあらかじめ分かっているのであれば──そのタイミングで、オレが発現しておいた空気も解除できるのは道理。

 つまり。



「う、ぐぉッ!?」



 突然発生した頭上からの暴風に、こちらへ肉薄しようとしていたメイヴィスは地面に叩きつけられる。

 大気という見えない重石に一時的に縛り付けられたメイヴィス──だが、実のところオレの目的は

 ドドドッ!! と。

 暴風の流れに乗って、数本のナイフがメイヴィスの背中に突き立っていく。

 人間相手ならば、これでチェックメイト──しかし相手はリンカーネイトだ。この程度では行動不能にすら陥らない。だが、それでいい。こちらの目的は殺傷ではなく、



「フランさん! デーア!!」


「アルマ、いったい何をやったんですの!?」



 ──ズドン!!!! と。

 巨大な龍の腕が、真上からメイヴィスを押さえつける。

 そして同時に肉薄したデーアが、メイヴィスの手から筆槍を勢いよく蹴り飛ばした。


 ……デーアがやられたことの再演だ。

 メイヴィスの能力は、筆槍を起点によって発動していた。これを取り除いてしまえば、怪異を実体化することは不可能になる。そしてメイヴィス自身の動きも取り押さえてしまえば──完全に、動きを封じたことになる訳だ。


 あとは、



「じゃあ二人とも、ちゃんと眼は瞑っててね。最悪失明するかもしれないから」



 そう言って、オレは軍用懐中電灯を掲げて──

 ──



 ……うむ、よし。

 霧の影響で石製の本棚表面にも結露が生じているから、天然の鏡面としても機能してくれる。

 これで怪異の取りこぼしもないだろう。下手に炎を撒くよりもずっと本に優しい解決策である。



「……いやあ。流石ですねえ、ご主人様☆」



 無事にメイヴィスを無力化したオレを見て、デーアは言う。

 本当に、本当に楽しそうに。



「切り落とされた腕を躊躇なく拾い上げ利用する胆力! 扱われた異形の科学の数々! どれをとってもまともじゃない! バケモノ! それでこそ、私のご主人様です☆☆」



 …………ああ、何となく分かったよ。

 何でオレが、こんなにもこの女のことを嫌悪しているのか。


 ──コイツは、オレのことを

 オレが疎み憎しんだこの性質を、デーアは真正面から肯定する。異形だからこそ、ゲテモノだからこそ、外道だからこそ──そこには価値があると、デーアは純粋に言ってのける。


 だが、オレが望んだものは、その道の先にはない。

 だから、デーアの肯定がオレの望んだものの否定のように聞こえて──だから、必死にこの女の言うことを否定したがっていたんだ。


 でも。

 だけど。



「………………私はこの異形の才能を使よ」



 本当に、この邪神の思い通りにならないと決意するのなら。

 あの日に死なせてしまったと同じ道の先を目指すというのなら。


 ……受け入れ、その上で抗うべきだ。



「ああ、そうだよ。オレの才能は、どう足掻いてもこれだ。必要に駆られれば切り落とされた右腕を躊躇なく拾い上げて使い倒し、二四人も殺した手管を何の反省もなく利用し尽くす。それがオレだ。どうしようもなくな」



 それでも。


 そんなオレの善性を、信じてくれる人がいた。

 それはかつての世界の友人であり──この世界においては、フランさん。それにアザレアだって──それは陰謀の糧にされてしまったけど、アイツだって結局のところ、オレの善性を信じた。被害者というポジションに置かれた自分を、アルマ=イクス=フィリデイは見捨てないと──そう考えた。

 それは、紛れもなく信頼だと思う。


 オレは、オレが思っている以上に──信頼されている。



「その上で、オレはこの才能を正しく使って見せる。もしもこの才能が人を殺す方へ向いてしまうのだとしても、全力で抗ってやる。やることなすことが人死にを齎す? ふざけんな。そんな詰み一直線の前提なんか認めてやるか。ゲテモノでも外道でもなんでも使い倒して、そんなクソったれの性質の抜け穴なんか幾らでも暴き出してやる!!」



 だから。

 悪いが、お前の思い通りにはならないぞ。デーア。



 そんな意志を込めた眼で見据えると、デーアはまた、楽しそうな笑みを浮かべた。

 女神の様に荘厳で、邪神のように陰惨で──少女のように爛漫な笑みを。




「──良い人間力です☆」

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