【完結】リンカーネイト:オーバーライド||女神に騙されて修羅の世界に転生したけど平穏スローライフを目指します。
家葉 テイク
00 RISKEY TICKET:転生は修羅への片道切符
──女の嘲笑が耳障りだった。
「あ、あは……あははは、あはははははははッ! す、素晴らしい……! 素晴らしいわ! 想像以上よ! これが『■■』……これが『■■■■■■■』!! いいわ、この力さえあれば……」
それは、野望の結実。
女は、この国の全てを出し抜いた。己と敵対する全ての人間を知略で上回り、そして最強とされる力を手にした。
大義があった。女には理想があり、望む世界があり、守りたいものがあった。それゆえに、女はあらゆる犠牲を払い、世界の全てを敵に回した。
そして今、その遠大な計画は実を結び──女は、至高の愉悦に浸っていた。
屋内だというのに不自然に立ち込める霧の中、女は哄笑する。
そして目の前の『それ』を見据え、己の更なる飛躍に思いを馳せながら────
「きっとこの星の『覇権』、」
「──
「をげボばッ」
言葉の途中で、血を吐いて倒れ伏した。
おそらく、『それ』──■■■■■は特別害意を示したわけではなかった。単に、不快感を示しただけ──ただそれだけの動作によって、全てを手中に収めたとばかりに世界を嘲っていた女が、顔中の穴という穴から明らかに致死量を超える血を垂れ流して、倒れている。
つまりは、そういうこと。
暗躍し、権謀術数の限りを尽くし、英雄の前に立ち塞がる悪役。そんな当たり前の構造は、とっくの昔に失われている。
そんな分かりやすく、制御しやすい盤面は、存在しない。
黒幕が用意した秘密兵器は、その掌の上から零れ落ち。
そして誰も制御できないまま、蓄えられた悪意を撒き散らす。
今ここにあるのは、そんな無秩序で荒廃した混沌。
それゆえに──絶望的なほど、終わっている。
「さて……咎なき若人に託すのは業腹だが、未熟であろうとぬしも
次の瞬間、■■■■■の背後から大量の魑魅魍魎が溢れるように現れた。
八岐大蛇、ドラゴン、ヨルムンガンド、ヒュドラ、バハムート、青龍──和も洋も中も関係ない。想像できる限りの全て──ありとあらゆる怪異が、無尽蔵に溢れ出てくる。
そしてそれらは互いに互いを食らい合いながら、無差別な破壊を撒き散らしていた。
建物の外壁は早々に食い破られ、霧と共に空へと噴き上がった数多の怪異達は、今にも世界の全てを埋め尽くす勢いだ。
「
──立ち込める霧の中に、魔女の微笑みだけが薄っすらと浮かび上がる。
世界の終わり。
シンプルに、そんな言葉を思い浮かべるほかなかった。
きっと、先ほど斃れた女はこの事件の黒幕ではあった。
だが、黒幕が倒れたからといって事件が全て片付いてハッピーエンドで終わるほど、現実は単純じゃない。知った風な口をきいて、盤面を支配しているつもりだった黒幕ごときが倒れても、その陰謀の産物がそこで綺麗に消える訳じゃない。
むしろ。
コントロールする支配者を喪った
──そうなることなんて、ずっと前から分かっていたはずだったのに。
「クソ……クソクソクソっ!! 最悪だ!! こんな結末を迎えない為に、
「──大変みたいですね、ご主人様」
瓦礫の陰で蹲っていると──その横を抜けて、災厄の前に立つ一人の女がいた。
桃色の髪。
鶯色の瞳。
神々しささえ感じる美貌を持つその女は、神聖な印象を与える笑みを浮かべたまま、
「なるほど確かに。ご主人様にとって、これは失敗かもしれません。『■■』を■■■■■■■にする理論──『■■■■■■■:■■■■■■■』☆ ご主人様にしてみれば、この理論の実践そのものがある種の
詩でも詠むような調子で流麗に、女は言う。
どんな彫像よりも美しい横顔で、どんな神話よりも輝かしい横顔で。
「ですがそれは、本当に『ただそれだけ』のものなのでしょうか☆ 別の意味も、見出せたりしないですかねえ?」
──どんな極悪よりも、禍々しい横顔で。
「これも全部計算通りか、邪神…………!!」
そんな女を見上げ、
女はそれをさらりと受け流して、肩を竦めた。あまつさえ笑みすら浮かべ、
「……ま、私にとって『必勝法』の証明に等しいことは否定しませんけれどもお」
──先ほどは倒れ伏した女が黒幕だと言ったが、それはあくまでも『この事件』単体に絞った上での表現。
事実は、さらに多層的だ。
確かに、この陰謀はあの女が作り上げたものだった。そこにこの邪神は少しも介在していない。
──だが、この陰謀を作り上げるのはあの女でなくともよかった。
別に誰でもよかったのだ。
遅かれ早かれ、誰かがこのカタストロフを引き起こしていた。そういう状況になるよう、盤面を築き上げた諸悪の根源がいた。
それが、この女だ。
だから、黒幕は確かにあの女だったが──真の邪悪は、この桃髪の女神だった。
──最初から、そのことを知っていたはずなのに。
「んー……まだ、ですか。人間力が足りていないですよお、ご主人様☆」
歯噛みする
そして、
「ご主人様だって心のどこかでは分かっているはずです。このカタストロフには、穴がある。まだここからひっくり返せる方法は残っている。だけど、アナタは心の領域に鍵をかけてしまっている」
「……は?」
そこで、レールが外れた。
「だってそうでしょう? だからこそ、ご主人様は深層心理でこんなにもシミュレーションを繰り返している。この最悪の事態を打開する方法を見つける為に。──こんな夢を見るくらいに」
気づけば、世界が崩壊しているのかと錯覚するような破壊音は止み、しぃんという空虚な静寂が辺りを包んでいた。
それだけではない。
崩れ落ちる建材は空中で静止し、立ち込める土煙はその瞬間の形を保ち続けていた。
一つ一つ、鱗が落ちるみたいに──現実感が剥離していく。
いや。
最初から、現実なんかではなかった。
場面の解釈ががらりと変わる。
既に起こった現実の追認ではなく──これから先、起こりうる惨劇の『予見』へと。
「である以上、何かの答えが此処にはあるのです。この惨劇に至るまでのどこかに、打開のための切り札が眠っている。状況は確定していますかあ? 惨劇はもう取り返しがつきませんかあ? 本当にもう、諦めるしか手立てはありませんかあ? その程度で敗北を認めるようでは、人間力が足りていませんよ、ご主人様ッ!!」
両手を広げ、世界を賛美するような荘厳さで──女は歌うように謳った。
「……正直、ここでゲームオーバーでは、私も少し都合が悪いんですよお。だから………………いい加減に目覚めてください、ご主人様。ここからが、逆転の時間ですよ☆」
そう言って、桃髪の女はこちらの感情などまるきり無視して、腕を掴んで無理やりに引き立たせる。
まるで勇者に試練を与える女神のように。
そんな神話の一節のように、神々しい佇まいで──
「そして、これからも末永く、私を楽しませてくださいねえ☆☆☆」
──邪神のように、笑った。
◆ ◆ ◆
万物の霊長、という言葉がある。
あらゆるものの中で最も優れたもの、要するに人類のことを指す語彙らしい。
なるほど、人類が地球の覇権を獲得した──生存競争において最も優れた種族というのは、およそ反論の余地のない事実だろう。
武器はあらゆる獣を一方的に屠れるようになったし、技術は遠大な自然をも支配するようになった。もはや人類滅亡の最大のトリガーは人類同士による核戦争だ、なんて言われるほどである。
『星の覇権』。間違いなく、地球において、人類はその称号を手にしている。
だが、それは地球上の話だ。
地を抉る巨獣。
海を呑む大蛇。
空を覆う怪鳥。
例えば仮に──一つひとつが人智を超えた、そんな生物が鎬を削る世界で、人類の『叡智』とやらがどれほど役に立つだろうか?
縄張り争いが、街を滅ぼしかねないほどの激突。
一つ一つの魔獣が繰り出す一撃は、人類が何千年もの長い時間をかけてようやく発明し、数億円もかけて生産した戦略兵器の一撃に等しい。
文明の存亡、なんてお行儀の良い言葉じゃない。まさに人類という『種族』そのものの行く末がダイレクトに天秤にかけられた生存競争が前提となる世界。
そんな世界が、あった。
その世界は魔法と呼ばれる超常の異能技術が科学技術に代わり栄え、民主主義に代わり魔法技術と魔獣との生存競争を一手に担う貴族たちによる専制主義で社会が運営されていた。
剣と魔法のファンタジー。
そんな形容をすれば、誰しもイメージくらいはできるかもしれない。
そんな世界において、人類は『星の覇権』など程遠い弱小種族だった。
ただ、人類もただ弱者の立場に甘んじていたわけではなかった。
一〇〇〇年に渡る人類の歴史、魔法技術の集大成。
四奏魔法・リンカーネイト。
────それこそが、全ての悲劇の始まりだった。
え?
なんでそんなことを知っているのかって?
良いことを聞いてくれた。
もちろん、別に
経緯を端的に言おう。
────私は、あの邪神にハメられた。
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