【完】公爵令嬢リリーは完璧ですが鈍感です〜皆が溺愛していますが、なかなか本人に届きません!〜
小川かりん
プロローグ◇公爵令嬢リリーと仲間たち
第1話…公爵令嬢リリー
いつもは使わない綺羅びやかな謁見の間に続く階段を、ドレスを捲し上げヒールを鳴らしながら、上品さの欠片も無く上っていく。
リリー・カノ・オウカは公爵令嬢として生まれ育ち、マナーや仕草は一級品、容姿端麗で、社交界の華と呼ばれている。
ここは魔法が存在する国。
魔力量は余程のことがない限り遺伝で受け継がれていく。魔力量によって家門の高さが決まってきたと言っても過言ではないが、その中でもリリーの魔力量は半端ない。
優秀な両親に似て、文武関係なく何事も苦なくマスターしてきた。
そう、武の部分も。
「おにーさま! 剣をしましょう!」
「お兄様はお勉強があるから、午後の授業の時にね」
「今日は魔法剣をやってみたいのです!」
「えっ、まだ早いよ?!」
オウカ公爵家ではよく見られた兄妹のやりとりだった。
兄に剣術の授業に付添い、一緒に学んでいたら妹の方がはまってしまったのだ。
女性は淑女たれという中、上級騎士たちと良い勝負ができる令嬢なんて、何処を探してもリリーしかいない。
騎士たちはリリーに負けないために鍛錬を怠らない。
リリーの兄であるオウカ小公爵が妹に負けっぱなしである事は、知る人ぞ知るお話である。
生まれ持った性格か、また共に育ったのが男児たちということもあってか、リリーの根っからのお転婆は今も尚健在。
幼少期は人前でも走り回っていたが、16才の今は人目を盗んで嗜んでいた。
オウカ公爵の目下の悩みは、娘の過度の自由奔放さだとか。
◇
でも今は、止まっている時間なんてない。
周りの雑音が足音が聞こえず、リリーは自分の呼吸しか聞こえなくなってきた。
途中まで頑張って付いてきていたリリーの侍女も、もう見えない。
リリーが兄と同様に慕っている皇子がどこぞやへ婿入するとの情報が入ったのは、つい先程のことだ。
◇
リリーの通っている学園が長期休業のため、朝起きて家庭教師のグループ授業を受けるために登城した。
いつ来ても輝いている皇城は、正に威厳ある皇族の住まいだ。凛とした雰囲気が素敵な、リリーが幼い頃から大好きな場所だ。
皇族や上級貴族の子息令嬢を数人集めての授業のはずが、今日の出席者はリリーだけで、先生も何故だか気まずそうにしていた。
「今日はリリー様だけでして……宜しいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
「申し訳ありませんが、お付き合い下さい……」
お付き合い? どうしたのかしら?
今日はリリーによく分からない始まりだった。
授業終了後も先生の様子は何だか変だった。
「あ、本日は出来る限り速やかに公爵家の方へご帰宅されますようにと、のことです……」
先生はしどろもどろ言っていた。
何も予定なんて無いのに何故かしら?皇城で何かあるのかしら……
リリーの幼い頃から専属侍女をしているシリイが、授業の終わりと同時に中に入ってきた。リリーが予定を聞いても首を横に振るので、特に何も無いようだ。
「あ、そういえば今は薔薇の時期ね! すぐ帰るなんて勿体無いわ」
先生は一瞬ギョッとした顔をしながら、深々とお辞儀をして静かに部屋から出ていった。
授業中に待機してくれていた新人侍女の様子を話しながら庭園まで向かった。
シリイは不在だったため、心配だったらしい。
庭園に着くと、皇城の侍女たちが数人いた。
「えぇっ?! ショック! それ本当なの?!」
「だって聞いたんだもの」
「お相手は??」
噂好きの侍女たちがヒソヒソと、でも小声になりきれない声で話していた。
リリーは立聞きは良くないと思いつつ、耳に入ってくるものは仕方ないし、とりあえず出来る限り聞き流そうと花を愛でていた。
今の時期は薔薇が見事で、立ち止まらずにはいられない。
「今年も格別ね、シ」
リリーがシリイに話かけようとしたその時だった。
「皇子殿下がご婚約されるなんて!」
一瞬世界が止まったようだった。
ただ心地良い風だけが吹いている。
止まった後は瞬時にリリーの頭が回転し始めた。
だから今日授業に居るはずの皇子達もいなかったのね。
他の貴族の子息令嬢もいなかったわ。
私が皇子達に会いに行かないように、足止めも兼ねて授業を行ったのよ……
先生のおかしな態度にも納得がいってしまった。数日前から周りが可怪しかった事にもリリーは気付いた。
何で問い詰めなかったのかしら!
シリイも何も聞かされていなかったのか、リリーの方を向いて固まっている。
「お嬢様、ご、存知で」
「ないわ!」
◇
リリーが無我夢中で階段を上りきったら、やっと厳格で伝統的な堀細工がしてある大きな扉が向こう側に見えた。
中には謁見の間がある。
今この中に話を聞ける彼がいるはず。
最高の防魔も施してあり、武装も許されない、謂わば丸裸にされた気分になる空間だ。
目の前まで来ると、いつも何とも言えない緊張感が走る。
事前に連絡していなかったけど、リリーが何も言わなくとも2人の衛兵が扉を開けようとしている。
「リリー様、皇太子殿下はこちらです」
誰が来るか分かっているなんて流石皇城だわ、とリリーは自嘲気味に鼻で笑ってから息を整える。
二重扉の先程よりは小振りだが重圧感のある奥の扉へ、リリーは一歩一歩ゆっくりと進んだ。
こんなに走ったのはいつ振りだろうとリリーは考えながら、深呼吸して自分を落ち着かせながら髪を少し整え、謁見の間に入る。
どういうこと?!
声に出しそうになるのをぐっと堪えて、リリーは奥の方にある少し上がった位置の玉座を見上げる。
そこには、リリーの知らない雰囲気を纏う皇太子がいた。
いつも皇族らしい格好をしているけど、今日は正装だからか余計に輝いて見える。
特別美しい皇太子に、リリーは何もかも負ける気がしてならない。
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