第15話…リリー囲まれる

 リリーが教室移動で友人たちと歩いていた時、大勢の平民たちに囲まれた。


「オウカ公爵令嬢様はどれだ?」



 学園では、貴族のみならず平民クラスもあり、無償で学問を提供している。

 平民の学力が上がることで出来る仕事が増え、生活力も上がり、その結果国力も上がるはずだと皇妃が提案し、その通りになっている。


 そのため、人脈づくりがメインの貴族側よりも平民側のクラスの方が数が多い。

 その平民クラスにもマリルは通い始めた。読み書きから習うのが程よいレベルだったからだ。

 それに、貴族クラスに通うためのマナーが、マリルには全くといって良い程身についていなかった。


「お姉様は、私に意地悪してくるのよ! 平民から公爵家に入ったからって、全く可愛がってくれないの」

「この前なんて階段から落とされそうになったし、私のドレスを用意しないように手を回すし、悪魔みたいな人だわ」

「食事も一緒にとってくれないの。食事内容も違うのよ!!」


 有る事無い事、どちらかというと無い事ばかりを毎日毎日マリルは教室で大声で話していた。


「何だそいつ、嫌なヤツだな」


 日に日にマリルの話を聞く人数が増え、今では同じクラスの者たちだけでなく、隣のクラスからも聞きに来る者もいるほどとなった。

 平民クラスでは、リリーは今や立派な悪役令嬢だ。


「オウカ公爵家って皇族と仲良いんでしょ? マリルも会ったりするの??」

「それも聞いて! 自分は皇族と仲が良くて部屋には招き入れたりするのに、紹介なんて全くしてくれないのよ! その時間は皆から部屋から出るなって言われるし」

「本当に嫌な人たちね!!」


 マリルは気持ちが良かった。

 自分の言う事を皆んな信じてくれる。完璧令嬢のリリーを落とせて自分が一番でいられる、マリルはこの場所が大好きだった。



「あ、お姉様……」


 マリルがそう言うと、そんな平民クラスの学生達がオウカ公爵令嬢を囲むのは当然のことだった。


 生徒会で一緒の6回生のカヨ・ナツ・ビスカが偶然通りかかり、リリーを最後まで1人にさせないようにしていたが力負けしてしまった。

 そして他の貴族の子息令嬢も平民の圧に負けて、少し後へ移動させられてしまった。


「私がリリー・カノ・オウカと申します。あの、何かご用でしょうか?」


 リリーは何かあったのかしらと、不思議に思っている。


「マリルに謝れよ! 毎日虐めてんだろ?」

「そうよ、可哀想で聞いてられないわ!」

「王族と会うのも除け者にしてるとか、最低」

「階段から落とそうとしたんだろ?! お前もやってやろうか?!」

「着る服を用意してもらえないって聞いたけど」


 リリーは何の事を言っているのか本当に分からなかった。

 全く身に覚えのないことばかりだし、こんなに大勢から悪意をぶつけられるのは初めてで、リリーはどうしたら良いかわからない。

 どんどん囲まれてしまい、リリーは友人たちと完全に離れてしまった。


「ごめんなさい、それは……全て私や公爵家のことかしら?」


「はー? 白々しいこと言うなよ!!」


「でも、どれも私に身に覚えがない事なの……」


 リリーの友人たちの中にセイチがいたが、走って何処かへ行ってしまった。

 他の者たちは平民の罵声にリリーが囲まれてしまっているのを見て、怯えてしまっている。


 リリーは今にも心臓が破裂しそうだ。



「いたっ!皇太子殿下!!」


 ユウは後ろの方から聞き覚えのある声がしたので振り返った。


「ご無礼を! あの、リリー様がっ」


 セイチはユウに助けを求めようと、どこに居るかわからないユウを探して無我夢中で走ったので、息が切れて上手く喋れない。

 その様子から緊急だとユウは察した。


「どこだ」


 セイチはこちらですと指を差して、共に急いだ。


 中庭の広くなっている所で、人だかりができている。中心で囲まれているのはリリーだ。


「何をしている!」


 皇太子の登場に一同静まり返った。


 珍しく怒りの形相をしているタナー小公爵が、急いで人混みを掻き分けた。

 ユウはセイチにお礼を言って、タナー小公爵の作った道を進んでリリーの側に辿り着いた。すると、リリーが震えながら毅然と立っているのが見えて、ユウは血の気が引いた。

 リリーはユウに気付いて、頑張ってにっこり笑った。


 走って向かいながら、セイチが少し説明をしてくれたので内容は把握出来ているが、怒りが収まらなさそうだ。

初日にアキラに注意されたのに。


「詳しくは、そこのスモス子爵令息に聞いた。さあ……皆、マナーの基礎授業で最初の方に習うと思うが、下の者が上の者に紹介をするのは、上の者に頼まれた時だけだ。つまり命が欲しい者は、皇族へ頼まれてもいない何者かを紹介することはまずない。不敬罪で重罪だからな」


 人前では寡黙なのに、ユウは言葉が止まらない。息を整えるために一呼吸おいて、ユウは更に冷ややかな眼差しになった。


「私は、一度も、リリにその者の紹介を頼んだことはない……その他も出鱈目だろう」


 マリルは悔しそうに俯き、リリーを睨んでいる。

 それに気付いたユウは、視線を邪魔するように立ち位置を変えた。震えているリリーに、もうこれ以上負担をかけたくなかった。



「行こう、リリ」


 リリーは気丈に振舞っていたが、まだ少し震える手を差出した。ユウはエスコートせず、リリーを抱きかかえてお姫様抱っこした。


「?! ユウ!」


「大丈夫、黙って」


 恥ずかしさよりも安心が勝ってしまったリリーは、そのまま身を任せてみた。正直、もう何も考えたくなかった。

 涙が溢れそうなのを堪えるので精一杯だった。

 一人で大勢に囲まれて、しかも身に覚えのない事でここまで標的にされたことはなかったから。


 疲れた……ユウは、落ち着く。


「よく聞け、リリー・カノ・オウカに敵する者は、私に仇するものとみなし誰として容赦しない。覚えておけ」


 ユウはそう言うと踵を返し、足早にその場を後にした。


 いつもクールな皇太子がこんなに怒りを顕にするのは珍しく、その姿に周りは更に沈黙した。

 暫く経った後、学生たちは無言のまま散り散りに退散した。


 皇太子殿下は、愛しい人を守る本当に王子様の様な人だと、街中で噂が流れた。

 そして、リリー・カノ・オウカは、冤罪で大勢に囲まれても、臆すること無く毅然とした態度で、平民を馬鹿にすることなく対等に対応する、素敵なご令嬢だとも。

 まだ婚約は周知されていないが、学園に通う多くの市民が、未来の皇帝と皇妃に様々な期待や憬れを持つことになった。


 ただ一人、リリーが見えなくなるまで睨んでいた者を除いて。

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