第一章◇公爵令嬢リリーと動き始める何か

第16話…15年前のお話①ほっぺにちゅ

 春の歓迎式典のユウの挨拶もメンバーのお披露目も無事に終わった。目も当てられないような事も起こったけれど、それもアキラとユウのお陰で大火事にならずに済んだ。


 そろそろ春も終わろうかとしている、春と夏の間。

リリーは父親であるオウカ公爵と向かい合って座っている。


 公爵邸の執務室、謂わばオウカ公爵のホームである場所で、リリーが来客用ソファにドカッと淑女の欠片もなく。

 足を組み、剥き出しの剣を片手で持ち、反対の手で触りながら、公爵を見据えている。

 ちなみに、リリーの隣にはビクビクしながらリリーの兄のオウカ小公爵、タツァックが座っている。


「ねえリリー、足を組むのは……お父様の前だしさ」


「何か?」


 リリーは冷たい視線をタツァックに向けた。


「いえ、何も」


 そして、リリーはオウカ公爵の方へ向き直し、正面を見据えて話し始めた。


「お父様に、きちんと、説明していただきたくて。お兄様の貴重なお時間をいただいて参りました。何のことかわかりますわよね?」


「……はい」


 今の今まで説明から逃げていた公爵を、リリーはやっととっ捕まえて座らせることが出来た。

 先日の学園での騒動や細々とした日常の些細な嫌がらせをリリーが話すと、オウカ公爵は青褪めて頭を抱えた。


「……本当に申し訳ない」


「ええ、ですから説明を」


 オウカ公爵は少しの間沈黙し、護衛のクレス騎士に目配せした後、リリーとタツァックと向き合った。


 オウカ公爵は溜息をついて、真剣な顔になった。

 クレス騎士に施錠と防音魔法を指示し、かけ終わったのを確認して話を始めた。


「クレス騎士の前の護衛を知っているかい?」


 リリーは少し考えてから頷いた。兄のタツァックはしっかり頷いている。


「確かパクツ叔父様ですよね。隣国のミンティア国の王女様に見初められて、当時後継者のいらっしゃらなかったウィステリア候爵の養子になられて、ご結婚されたとか」


 オウカ公爵は頷きながら2人を見ている。


「お姿は、私がかなり小さい頃だったので、はっきりとは覚えていませんが少しなら。遊んでいただいた記憶が、ほんの少し」


「僕は覚えています。父上の弟のような方ですよね。以前はよく来られていました」


 オウカ公爵は2人の答えに満足そうにして、1つ深呼吸をして口を開けた。


「2人ともよく覚えているね。では、此処から先の話は、口外しないと約束して欲しい」




 今から15年前、25才で若くして爵位を継いだオウカ公爵は、威厳をもって手腕を振るっていた。それは周りが引くくらいだった。

 実のところ、家族に会いたくて残業をしたくないために必死に鬼の如く仕事をしていただけだったのだが……これは知る人ぞ知るお話。


「おとうさま!おかえりなさい!!」


 もう少しで5才になるリリーの兄、タツァックが満面の笑みで走ってくる。後から、まだ数ヶ月のリリーを抱いて公爵夫人が歩いて来ている。

 こんな幸せな光景を毎日見るために、残業しなくても良いようにオウカ公爵は頑張っているのだ。


「ここは天国か」


 少しやつれて見えるオウカ公爵が呟いた。


「やだっ、あなた大丈夫ですか?! お疲れ?! 横になりますか?!」


 オウカ公爵夫人は真剣に心配し始めた。


「あ、いや、大丈夫だよ。おや、リリーは今日はご機嫌だな。リリ、ただいまー。珍しく魔力も安定しているね」


 生まれながらに莫大な量の魔力を持っているリリーは、魔力が安定せずいつも機嫌が悪かった。



「きょう、こーひさまとアキラが、きてくださったのですよ!アキラとあそびました。こーひさまは、おなかに、あかちゃんがいました」


 アキラは側室の子どもだが、皇妃は我が子のように可愛がっており、オウカ公爵家に訪問する度に年の近いタツァックと遊ばせるために連れて来ていた。


 公爵は食事を取りながら、子どもたちはデザートを食べながら、その日あったことを話するのが公爵家の毎日の楽しみとなっている。


 そうかそうかと、目を細めながら話を聞く公爵は、執務中とは大違いで、別人のようだ。


「それでね! アキラがリリのほっぺにちゅーしたら、なきやみました」


 食べようとしていた肉を落とし、一気に公爵の顔が青ざめた。

 タツァックはあれ?と、首を傾げて、夫人はしまったという顔をしている。


「ほ、ほっぺに、何だって……?!」


「ちゅーです! アキラもリリも、かわいかったです」


 夫人が頬に手をついて、タツァックを笑顔だが困った顔で見ている。


「タツ。お父様に止めをさそうとしてはダメよ」


 オウカ公爵は俯いて小刻みに震え始めた。


「俺の天使に。どうしてくれよう……あのクソ皇帝め」


 まだ何かブツブツ呟いている。と思ったら、急に顔を上げて、涙目でタツァックに真剣に諭し始めた。


「タツ、もし今度からリリーに誰かそんなことをしようものなら、必ず止めなさい。良いかい、リリーを守るんだ。オウカの名前を使っても良いから、必ずだよ。父様とお約束してくれ。お願いだ、頼む」


 泣きそうになりながら幼子に頼み込んでいるオウカ公爵を、夫人は呆れ顔で笑いながら見ている。

 周りの侍従たちも、呆れながらもニコニコしている。


「わかりました! でも、なんかいも、なきやみました。ちゅーのふたりは、すっごくかわいかったです」


「何回も?!?!」


 タツァックは父に最終的なトドメの一撃を食らわせ、にこにことデザートの最後の一口を頬張った。


 リリーは、公爵の椅子の横に置いてあるベビーベッドでうつ伏せになって、顔を起こして珍しくご機嫌にしている。

 そして、公爵を見てあぶあぶ言っている。


 公爵は、色んな意味で泣きそうになっているのだが。


 ご機嫌なのは嬉しいが、オウカ公爵はとても複雑な気分で、イライラして夜は寝付けなかった。


 翌日の早朝、オウカ公爵は仕事の前に皇帝に面会という名の抗議をしに皇城へ向かった。

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