第17話…15年前のお話②隣国のミンティア国

「はぁ……行かねばならないかな。病を理由に休んだりとか」


「もう、何を仰っているの。何のご病気ですか」


 オウカ公爵夫人が、夫の身なりを整えながら諭すように応えている。

 何泊かかけて仕事で出かける際の、お決まりの公爵夫妻のやりとりがなされていた。侍従たちもやれやれといった雰囲気で、見送りの準備をしている。

 公爵はこれから隣国のミンティア国へ、新国王就任式典への祝賀出席と外交のために出立しなければならない。

 皇帝は後から転移魔法陣を使って移動するが、頻繁に使えるものではないので、他の出席者や護衛は地道に馬車移動だ。

 自分の護衛のパクツ騎士と、皇族護衛騎士や侍従たちと先陣で旅立つことになってから、それはそれは駄々をこねる子どものように、オウカ公爵は毎日行きたくないと言い続けていた。

 最終日の今日も然り。


「行きたくない」


「お土産は、ハーブティーでお願いしますね。ミンティア国のハーブは本当に良いものですから。帰宅されたら、お茶をご一緒して下さいませ」


 オウカ公爵夫人はしょぼくれているオウカ公爵の頬にキスをして、馬車まで連れて行き、最後は押し込んだ。

 手慣れたもので、皆安心して見ている。



「おとうさま、いってらっしゃい!!」


 タツァックがジャンプしながら手を振ると、侍女のシリイに抱かれたリリーも真似をしてバシバシと手を振った。

 涙目のオウカ公爵は、公爵邸が見えなくなるまで窓からしょんぼり見ていた。

 馬車の向かい側でパクツ騎士がやれやれと呆れ顔で黙って見ている。



 ミンティア国はフィズガ帝国と同じ言語を使っていて、昔から互いに友好的だ。

 魔法を使える者が希少で領地は小さいが、温暖な気候で海や山に恵まれ、とても富んだ国で、どの街も比較的栄えている。

 王城は大きくはないが、白を基調とした幾何学的な建物で、城下ともよく合っていて、誰もが見惚れてしまう。


「妻と子どもに達に見せてやりたい……」


 度々呟いて涙ぐむオウカ公爵に、パクツ騎士は呆れたような視線を送るだけで静かに護衛に付いている。

 今回は皇太子が国王に就任する式典が行われるため、城下町は活気づいてお祭り騒ぎで賑わっている。



 滞在先の王城の離宮に到着して、侍従たちも荷物を整え終わった時、王族たちが挨拶にやって来た。

 ミンティア国の王族は仲が良く、平民たちとも距離が近くフレンドリーなため、国中で人気がある。


「ようこそ、ミンティア国へ! 長旅ご苦労様でした。お疲れでしょう。しっかり休まれて下さい」


 数日後に国王になる皇太子が挨拶をし始めた。若くて今のアキラのように感じの良い、好青年だ。


「父の我儘で世代交代することになり、他国の方々には色々とご迷惑をおかけします」


 どうやら、健康なうちに自由な時間が欲しいと引退を宣言したらしい。皇太子が弱冠20才にも関わらず優秀だからできる話だ。

 皇太子の後に5才下の妹のココアナ王女が付いている。

 兄妹仲が良いという噂は本当らしく、そろそろ王女の婚約の時期だが、皇太子が完全にブロックしていると臣下が嘆いていた。


「王族だというのに皆フランクで感じ良いんだね。国民に人気があるのは納得だよ」


 相槌をするだけのパクツ騎士に、オウカ公爵は独り言の様に喋り続けている。



 式典はミンティア国らしい、とても温かい雰囲気の中行われた。誰もが笑顔で、人だけでなく街も喜びに溢れていた。


 式典後に晩餐が行われ、各国の主要達が招待されている。立食で、ダンスもあり、自由に過ごせる良い雰囲気だ。


 ココアナ王女とオウカ公爵が談笑をしている時だった。暗い顔をしてゆっくり近寄る男がいた。


「初めまして」


 オウカ公爵が、その男とココアナ王女の間に入るようにして挨拶をした。

 その男は公爵を無視し、進もうとする。

 ココアナ王女しか見えていないようだ。異様な雰囲気に、周りも次第に三人の様子を伺い始めた。


「ココアナ王女……その方はどなたですか。私めを覚えていますか?」


「……いえ。あの、申し訳ございません、どちら様でしょう」


 オウカ公爵に隠してもらいながら、ココアナ王女は返事をした。


「こいつは誰だ?!私の求婚を断って、こいつを選ぶのか!!」


 自分の名前も明かさないし会話になっていない。

 これはまずいと、公爵は周りを見渡した。


 近くでパクツ騎士が剣の鞘に手をかけて様子を伺っている。

 他の王族は距離のある場所のため、まだ気付いておらず、周囲の参加者は少しずつ離れて距離を置いてくれている。


 魔力を使うにはもっと離れてもらいたいところだが、魔法が常でない場所ではそういった知識が無いため、なかなか距離がとれない。


 ココアナ王女に背後から二人組の男が手を掛けた。


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