閑話休題3〜新婚ウィステリア候爵夫妻の里帰り

 パクツ騎士改めウィステリア候爵となり、初めて夫妻揃ってオウカ公爵家へ結婚の報告とお礼を兼ねて訪ねてきた。


 パクツは数ヶ月前にココアナと結婚して、オウカ公爵家を離れウィステリア候爵の本邸で暮し始めた。今は全てを引き継いだところだ。


 引退したウィステリア候爵夫妻は、候爵領の端の自然豊かな場所にある別邸でのんびり暮らすのだそうだ。穏やかな2人にはもってこいの場所なのだそう。


 業務は、オウカ公爵に選ばれパクツの事情を知らされた側近と執事長が手伝っているし、元々賢いパクツは態度は悪いが難なくこなしている。


 タツァックは7才、リリーは2才になっていた。



「やあ!よく来てくれたね」


 オウカ公爵は、暴れるリリーを抱っこしてボロボロになりながら笑顔で迎えた。

 パクツの要望で、迎えはオウカ公爵と護衛のクレス騎士だけだ。


 リリーはバタバタしてパクツの方へ行きたがっている。


「……リリーは相変わらずやべぇな」


 パクツは馬車から降りて、ココアナに手を差し出した。


「お兄様、お久しぶりです! 2週間、お邪魔致します!」


 ココアナはパクツの手をとって、キラキラした笑顔で馬車から降りてきた。


 お兄様と呼ばれるのも良いし、2人ともお似合いだし、良い縁談をまとめられたなぁと、リリーで見た目ボロボロになっているオウカ公爵の心はホクホクになった。



「ああ、部屋なんだけどね。君が使っていた部屋と隣の部屋をぶち抜いて一部屋にして改装したんだ。君たちが来てくれた時用にと思って」


 リリーはずっとパクツの方へ移りたがっている。

 パクツは慣れない手付きで抱っこ……荷物を抱えるようにリリーを持った。

 すると、リリーは満足そうにパクツに寄り掛かって、ご機嫌に何か話し始めた。


「はぁ?!?! 前の部屋でも広過ぎて十分だっただろ……あれより広いのか」


「出来上がりを見て、ちょっと張り切り過ぎたかなと思ったよね、ははっ」





「こりゃあ……かなり広いな」


 従者たちが荷物を運び、侍女たちがせっせと荷物整理している。


 部屋を案内してくれたオウカ公爵とリリーが一緒に来たが、何人もが忙しくしている中、リリーが走り回っても何とも思わないくらい広い。

 リリーが遠く小さくなっていく。

 中庭くらい……もしくはもう少し広い。


 パクツが普通に喋っても従者たちに聞こえないくらい広い。


「まぁ、ほら、これから家族も増えるかもしれないしさ! ダンスの練習も出来るよ?」


「やかましいわっ!! んなことしねぇ! お前、子ども何人とかの話じゃねーぞ、この広さ! 見ろ、体力おばけのリリーが走り回って息切れしてんぞ……張り切るにも限度があるだろ」


 パクツはリリーを抱き上げて、高い高いすると、リリーはご機嫌にキャッキャと大笑いした。

 今リリーはパクツに抱っこされてニコニコしてしがみついている。


「僕だと暴れまわるのに! 何故?!」


 隣でココアナが、もう我慢できないと吹き出して爆笑し始めた。


「お、お兄様とリリーちゃんはパクツのことを大好きなんですね! それに、お兄様、パクツが帰ってくるのが相当嬉しかったのね!! ふふっ、数ヶ月しか離れてないのに!」


 リリーはパクツに完全に寄り掛かって、ココアナを見て手をパチパチしている。


 その後、広くて落ち着かない面白い部屋で支度をして、二人はドレスアップしてホールへ向かった。


 部屋は、広い中にも公爵家らしい心遣いがされていて、着替えのための小さな部屋1つ分くらいの仕切られたスペースや、何も入っていない棚や大きな衣装ダンス等、何から何まで揃っていた。


 形だけでもお披露目パーティーをしないといけないと、オウカ公爵が申し訳なさそうにパクツに事前に連絡をくれていた。そのために持って来た荷物が多かったが、まだまだ入りそうだ。

 というか、直ぐにでも住めそうだ。


「ふふっ、お兄様、同居を狙ってるのかしら」




 パーティーではオウカ公爵が上手く挨拶をして、ウィステリア候爵夫妻として2人でダンスを踊って、タスクをこなし、立食の食事を楽しんでいた。


 食事を取りに行く時も食べる時も、ココアナは誰にも話しかけず、扇子をパタパタしながらパクツの腕を掴んで全く離れない。

 そんな様子なので、誰もウィステリア候爵に話かけようと寄りたくても寄れない状態だ。

 他国の王族に自ら話かけるような不届き者は居ない。


「こうしていたら誰も来れないでしょう? くっつき過ぎかしら? 嫌じゃない?」


 本当はパクツが大好きで離れたくないだけなのだが、ちゃんと守ってるわよとアピールをしてみる。

 パーティー中くっついておけば、色々な事が全て丸く収まる話だとココアナは数日前に思いついたのだ。


 何より、他の女性がパクツとダンスを踊るのを絶対に見たくない。

 今まで自分以外と踊ったことがないのなら尚更、今後もずっとダンスの相手は自分だけであって欲しいとココアナは願ってしまう。


 それを知ってか知らずか、パクツはふと笑った後、耳元まで近付いて小声で囁いた。


「ああ、助かるな。俺に勿体ない、最高の女だ」


真っ赤になったココアナを、パクツはふわりと抱き上げた。


「なっ……ちょっと!」


「さっきから足引き摺ってんだろ。バレないとでも思ったか。黙ってろ」


 ココアナは、ダンスが終わって気が抜けた時に足を捻ってしまった。隠していたつもりなのにバレていたのが恥ずかしくて、パクツの言う通りにおとなしくなった。


 パクツはココアナをお姫様抱っこして、オウカ公爵の元へ行き、周りの人たちをザワつかせた。

 あの寡黙で女性関係は一切噂のなかったパクツ騎士が、大切そうに自分の妻を抱え喋っている、と。

 しかし小声なので、何を話しているか聞き取れない。それが更にざわつかせた。

 さらにパクツはオウカ公爵に小声で喋った。


「こいつが足捻ったみてえだし、部屋に戻る……もう良いよな」


「ああ! それはいけないね。ここもそろそろお開きの時間だし、戻って来ないでゆっくり休ませてあげて。お大事にね」





ガチャ

コンコン


 扉を開けた後、パクツはとりあえずノックをする。


「やっぱここか」


 公爵家の執務室、皆寝静まった後にパクツが入ると、オウカ公爵が卓上を整理していた。


「ああ、来るかなと思ってね。今日は仕事はもう無いんだよ。お茶でも飲むかい」


 茶菓子も並べて、もうお湯も沸かしている。準備万端で、後は役者が揃うだけになっていた。


 パクツはニヤリと笑って片手に持っていた袋を見せた。


「来た時に渡した土産とは別の、ミンティア国の茶葉だ。王族しか扱えないやつ、家からココアナに内緒でちょろっとな」


 オウカ公爵は目が輝いた。

 ミンティア国の王族しか許されない門外不出の茶葉があるとは聞いたことはあったが、都市伝説だと今の今まで思っていた。


「え?! 本当?! それ本物?! やっぱり存在したんだ!! 飲もう飲もう」


「待て。淹れ方を叩き込まれたから、俺が入れる」


 パクツがオウカ公爵を制止した。


「えっ………」


 オウカ公爵は、パクツが淹れたお湯ベースのお茶のようなものを思い出して固まった。


「何かすることは……」


 折角の幻の茶葉がっ!!


 オウカ公爵は心配でパクツの周りをウロウロしていたら、パクツに睨まれた。


「鬱陶しいから座っとけって」


 パクツはお茶を淹れているため、器用に足であっちいけをしている。

 オウカ公爵はしょんぼりしながらソファに座った。



「ほらよ、驚きやがれ」


 ハーブティーを入れた茶器をオウカ公爵の前と自分の席に置いた。香りが断然今まで飲んだお茶達と違う。

 一口飲んだオウカ公爵が小刻みに震えている。


「お、お、美味しい……何だこれは。茶葉が美味しいのか、君の腕が良いのか」


「どっちもだな」


 パクツは得意そうにソファに座った。


「君の入れたお茶を美味しいと思う日がくるなんて。未来は何が起こるかわからないから楽しいんだけど……何だか色々と敵わなくなってきてるのが怖い」


「上手くなっただろ?? あいつ、茶についてはスパルタ過ぎんだよ。これで及第点だとよ。最初大喧嘩したな」


 有難みなく普通にお茶を飲みながら、パクツは溜息をついた。


「ははっ、どうやったらお茶淹れるのに大喧嘩できるの……まぁ、仲良くしてるみたいで良かったよ。それにしても、これは美味し過ぎる」


 あのパクツの腕前だと怒りたくもなるだろうなとオウカ公爵は少し納得しながら、お茶を少しずつ楽しんだ。


「残りはそこに置いてある。兄上への献上品だ」


 パクツは悪戯っ子のように笑った。


「良いの?!」


 時々しか呼んでくれない"兄上"を言ってもらえたし、幻の茶葉が手に入ったし、オウカ公爵は感動に打ちひしがれている。


 どんな立場になっても、夜更けにお茶を飲むのは2人にとって欠かせない最高の楽しみだ。

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