第3話…気付いていないのはリリーくらい

「私はまだ考えがまとまっていないのだけど……」


 一息溜息をついて、リリーは少しずつ少しずつ言葉を絞り出してみる。


「兄だと思っていた人が義弟になる、のよね。その上、相手があの子なのが……ちょっと、どう言ったら良いか……」


「そうか」


 何故あんな同じ年の義妹が出来てしまったのかしら。


 もう全ては父親である公爵のせいだと思ってしまう。

 リリーが知らない何かしらの世界があるのかもしれないけれど、そこまで無知でないのだから、説明くらいして欲しいとリリーは思っている。


 気まずい沈黙のまま、ユウはリリーたちオウカ公爵家の滞在が許されている皇城内の桜花宮へ送ってくれている。


 皇城はオウカ公爵領内にあるのだが、歴代皇帝の側近として働いているオウカ公爵家には皇城内に滞在宮があり、そこにリリーは昔からよく遊びに来ている。


 ユウは何も話したくないらしく、珍しく時折不機嫌な溜息をつく。


 こんなに時間を長く感じたのは、リリーは初めてかもしれない。

 エスコートで手が触れているくらい近くにいるのに、リリーはユウの考えていることがさっぱりわからない。


 ユウの後ろに付いているタナー小公爵も、先ほど追い付いて呼吸がまだ整っていないリリーの侍女シリイも、いつもと違う二人に戸惑っている。


 桜花宮に到着し、ユウは挨拶だけして次の執務に向かって行った。




「何なのよ、もう!!」


 ドサッとソファに座って、リリーはさっきまで出来なかった悪態をつく。

 何故ユウは何も話をしてくれなかったのか、今リリーは怒りより悲しみの方が強い。


「ねえ、シリイは本当に知らなかったの??」


 ソファの後方で茶葉を選んでいるシリイに尋ねてみる。


「全く存じ上げておりませんでした」


 シリイはカチャカチャと茶器の準備をしながら丁寧に答えた。

 どうやってリリーのフォローをしようかと考えながら。



 シリイが極秘に話を聞かされたのは、今朝の登城後、リリーが授業を受けている時だった。


 いつもは部屋の中で、いつでもリリーのために動けるように待機する。


 しかし今日は、研修終わりの新人侍女を実地訓練として入らせてほしいと知り合いの皇族付侍女にお願いされていた。ベテラン皇族侍女と二人らしいので、公爵家も許可し、シリイは少し自由時間を得たのだ。


 部屋を出たところ、シリイは皇太子ユウから呼び出された。

 直々に呼び出しなんて今までされたことがなかったので、何かしらの事があるのだろうと考えながら向かった。


 そこでシリイが聞かされた内容は、驚愕することもあれば、心から喜ばしいこともあった。


 皇族のご子息様"たち"と、公爵家のご令嬢"たち"のご婚約の内定の話だった。

 内容に対して、動揺を見せずただしっかりと聞いているシリイにユウは続けた。


「シリイ、答え難いかもしれないが、何を返事してくれても構わない。お前は俺たちのことを長年見てきただろう。だから俺の気持ちもわかっているだろう」


 ユウからこの様な話がくるとは思わず、一瞬驚いたけれど、シリイははっきりと答える。


「はい、きっと間違えていなければ、存じ上げております」


「……リリは?」


 シリイは気不味そうにしている。


「気付いていないのはリリー様くらいかと」


「……だろうな」


 ガックリ肩を落とし頭を抱える皇太子は、申し訳ないが可愛らしい少年に見えて、シリイは微笑ましく思ってしまう。

 皇城やオウカ公爵家の人という人は2人の皇子がリリーを大切にしているのを昔から見てきているのだ。


 ユウは絞り出すように続けた。


「……兄上の方が良かったと思われるのが、どうしても嫌なんだ」


 昔から、ユウはリリーより年下であることを少し気にしている。

 アキラの方が年上で頼りになり、リリーとお似合いだとユウは思っているのだろう。


 何とも可愛らしい悩みに、シリイは震えそうになりながら聞いていた。

 この話が、今後の二人の関係をどう変えるのか……長年お世話をしてきて、恐れ多くも我が子のように見てきたシリイとしては、気持ちが引き締まる思いだ。


 少しだけ助言して、後は見守ろうとシリイは決心した。


「殿下、発言宜しいでしょうか」


「ああ、勿論だ」


 ユウはまだ頭を抱えたまま、視線だけシリイに向けて答えた。


「内容は人伝えではなく、殿下御本人から直接リリー様にお伝え下さいますよう」


「ああぁぁ、やはりそうだよなぁ……」


 皇太子は今日1番の溜息と共に、シリイの言葉に被せて返事をして、更に頭を抱えてしまったため、シリイはもう見ていられなくなってしまい目を閉じた。



「ねえ、シリイ、聞いてる?」


「あら、すみません! ボーッとしてて」


 侍女は一緒にお茶などできる立場ではないが、リリーはいつからかシリイをお茶飲み友だちにしてしまい、今は二人でティータイム中だ。

 いつも様々な話をするけれど、今は勿論、先程の件についての愚痴の場となっている。


「それより皆して何で隠したのかしら……そんなに私は邪魔なのかしら。別に変なことはしないわ」


「そんなことありませんよ。寧ろ、その逆でしょう」


 シリイの言葉を聞いて、リリーはふて腐れたようにしている。


「それなら教えて欲しいわ! ユウは、続きがあるけど言いたくないとか言ってたのよ!?」


「皇太子殿下がですか……」


 シリイは若干呆れ顔になってしまった。


「やっぱり、お尻を叩いとくべきでしたかね」


 項垂れながらボソッと不敬罪になりそうな事を口に出してしまったシリイは、ハッとリリーの方へ向いた。

 リリーは何も聞こえてなかったようで、頬杖をついてまだふて腐れている。


「きっと続きのお話を説明していただけますよ。それまでお待ちになって差し上げて下さい」


「……んー、待ちきれるかしら。自信がないわ」


 ふふっとシリイが笑う。


 何て素直で可愛らしい。まだまだ子どもだと思っていたのに、もうご婚約のお年だとは。お転婆すぎて困るところはあるけれど、十二分にお育ちになって……


 シリイは目を細くしてリリーを愛でる。


「……また突撃するとでも思ってるのね。しないわ、そんな事」


 リリーは上目でシリイを見て口をとがらせた。


「いいえ。まぁ、黙っていた旦那様には、されるのでしょう?そこはお止めしませんよ」


 オウカ公爵は昔からリリー様を可愛がり過ぎていて、今回のことも不本意なため説明したくないのかもしれない。


 リリーの聞いていない、明るみに出る前に婚約の破棄を画策していたのかもしれないと、シリイは勘ぐっている。


 公爵様ならやりかねない……


「そうね、お父様はいつかお話しなきゃと思ってたの。お題は沢山あるわ。ああ、丸腰で良いかしら、剣を持って行って良いかしら。少しは怖いに遭っていただいた方が良いわよね」


 何だか思ったより不穏な雲ゆきになってしまって、オウカ公爵の話題を出してしまったことを、シリイは少し後悔した。


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