第4話…もう1つの婚約
「15時までにお召し物を変えましょう」
シリイに言われ、そういえばドレスで走ってしまったことをリリーは思いだした。
滞在宮があるのは便利で、一通り揃っているため数日と言わず何か月でも過ごせるようになっている。
皇城の侍女たちも手伝って、リリーは湯浴みをして身支度を済ませた。もう良い時間になってきている。
彼女達は親切で丁寧なのだが、いつからか早い段階でユウの瞳の水色や髪の亜麻色のドレスを選びたがるようになった。
なので、衣装部屋にあるドレスはそのような色ばかりになってしまっている。
ユウも、リリーが滞在している時はリリーの瞳の紫色や髪の栗色の服で合わせていて、二人が揃って歩いていると、人という人全てが目を細めて微笑んで立ち止まる。
リリーはというと、幼い頃からこうなので特別な事情はないと思い込んでしまっている。
ユウやアキラのアピールに気付いていないのは超鈍感なリリーくらいで、オウカ公爵家は関係者ほぼ全員が申し訳なく思っているとか。
今日はユウの瞳の水色がベースのドレス。
紺青や白でされた刺繍がとても美しく際立っている。
背中やデコルテが少しだけれどいつもより開いていて、上半身は大人っぽい。
しかし腰の後がフワッと大きなリボンで膨らんで、そこからの流れるようなラインが絶妙だ。レースも良い仕事をしており、可愛らしさもあるドレスだ。
「んー、これは、素敵なデザインね……」
リリーが唸るように感心しながらドレスを褒めると、皇城の侍女が得意そうな顔でリリーに説明し始めた。
「これは、皇妃様のご指示でデザインされた物でございます。出来上がりを御覧になられて、早くリリー様が着た姿が見たいと仰られておりました」
「流石、皇妃様。それなら後でお見せしたいわ」
別の侍女が外からノックしてドアを開ける。
「リリー様、皇妃様が本日ご夕食を是非ご一緒にとのことです」
何かしら、この用意周到感。手のひらで転がされている感じがするわ。
リリーは皇妃に畏敬の念を感じた。
「ええ、喜んで。楽しみにしておりますと、お伝えいただけるかしら」
侍女は嬉しそうにリリーのドレス姿を見た後、かしこまりましたとお辞儀をして、静かに去って行った。
◇
「皇太子殿下がいらっしゃいました」
15時ちょうどに扉を叩く音がしてシリイが扉を開けると、ユウと側近のタナー小公爵が入ってきた。
ユウはリリーを見て、その可愛さや美しさに一瞬硬直したが、直ぐにリリーとドレスを褒めた。
リリーはユウの栗色の衣装から目が離せなかったため、曖昧な返事しか出来なかった。
栗色でリリーの髪の色と合わせてはいるものの、まるでユウのためにある色にしか見えないくらい似合っている。
ご令嬢達の心を鷲掴みにして離さないユウの容姿に、リリーは感心して視線を外せないでいる。
心なしかお互い顔が赤くなっているようだけれど、そんなことを気にする余裕もないくらい、リリーもユウもいっぱいいっぱいだ。
周りの従者たちも二人の姿に見入っていたが、先にユウが気を取り直して、いつものように2人でソファに座った。
お茶の準備が終わった後、ユウの合図で全員が部屋の外に出た。
秘密裏の話をする時には皇族は人払い出来て、その間は二人きりで話が出来る。
「リリ、先ほどの話にはもう一つ内定した事があるんだ」
「ええ、それは良い話? 悪い話?」
「俺にとっては良い話だが、リリにとってはどうかわからない」
「なら、とりあえず聞かせて!」
リリーはとりあえずどんな話でも聞かないと、判断できないわと、気合いを入れた。
「……リリと俺の婚約」
リリーの目が大きくなった。
「え!! ユウと私が?婚約??」
ユウは頷くだけで、ずっとリリーを見据えている。
リリーは手を胸に当てて、背もたれに寄り掛かって上を向いた。
「ああ、良かった! 私もそろそろ婚約よねって思ってたの。アキラか、他国の要人か、国内の貴族か。誰かしらって思ってて」
「皇城外はありえないな」
ユウを真っ直ぐ見直して、姿勢を正したリリーは笑顔になった。
「ユウなら嬉しい」
ユウはリリーの予想外の反応のお陰で、嬉しいはずが、用意していた言葉がどれも使えない。
ただ信じられず、リリーから目が離せない。
「どうしたの?ユウ??」
「あ、アキラの方が良かったと、言われたら……どうしようかと思ってた」
安心を通り越して動揺してしまったユウは、リリーに言われたくなかった事を自分で言ってしまうという、まさかの失態を犯す。
「あ、いや……」
慌てふためくユウを、リリーは笑いながら見ている。
「ユウで良かった!!」
リリーの可愛さが許容範囲を超えてしまい、ユウはとりあえずシリイが用意したハーブティーを飲み干した。
いつもとは違う種類だったので、その話題に変えることが出来て、ユウはリリーと何とか普通に会話することが出来た。
昔から「シリイは全て凄いのよ!」とリリーは誰それ構わずにシリイを宣伝している。
そんなシリイはこの事態を予測していたのか、ユウのために鎮静作用があると言われているお茶を淹れていた。
「シリイは凄いでしょう?」
リリーがいつも言う言葉に納得してしまうユウだった。
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