第32話…皇子2人と遭遇
「タイム、次はこっちよ」
リリーはタイムの腕を引張って、桜花宮を案内している。
タイムとしては不本意らしいが、リリーはタイムを弟のように可愛がり始め、数日で距離は近付いていた。
今日はウィステリア小侯爵の初めての謁見と登城に、リリーも父親達について来たのだ。
タイムは持たれている腕をスルッと引抜くようにして、リリーの手を握った。
リリーはにっこり笑って何事もなかったように、そのまま進む。
手を繋いで案内する姿は、タイムの思いとは裏腹に、まるで姉弟のように見えて、侍従たちは微笑ましく見守っている。
「あいつは鈍すぎるから……少しくらいじゃ気にも止めねぇな。やり過ぎるくらいが丁度良いだろ。思い出的に良いんじゃねぇか。とりあえず楽しめ」
父親からのよくわからないアドバイスを元に、とにかく積極的にしている……のにも関わらず、全くタイムの気持ちに気付く事もなく、動揺もしない。
「何故だ……」
何だろう、この空気を掴む感じ。
何としてでも攻略したくなる難攻不落を目の前にしているようで、どうしても落としたくなる。
何故、こんなにも意識されないのか、タイムは理由が分からなかった。
しかしそれは、皇子たちが現れると、あっさりと納得できたのだが……
廊下を歩いていると、遠くから声が聞こえてきた。
「あ、いた! リリ!」
廊下のあちらの方で手を振っているのは、アキラとユウだ。
2人で競うようにリリーの方へ向って来て、結局押しの強いアキラが先にリリーの手を取ってキスをしたと思ったら、頬にもキスした。
「やめろ、兄上」
アキラがキスしたリリーの頬を手で拭いて、ユウもリリーの手にキスして挨拶した。
所作は精錬されていて優雅だけれど、優雅の欠片もないような、そんな子どもっぽいやり取りだ。
アキラはタイムに見せつけるかの様にリリーの後から抱きついた。ユウはアキラを引き剥がそうとしている。
リリーは、はいはいといった感じで流れに身を任せる感じで立っている。
「バタバタしてごめんなさいね、タイム」
そうリリーが謝ると、アキラがバッとタイムの方へ向いた。
タイムはキョトンとしている。
「ああ、お前がウィステリア候爵の長男の……タイムだったか。謁見だと話せないからな! 先に話したくて、会いに来たんだ。父親にそっくりだなぁ。俺は第一皇子のアキ・イラ・フィズガだ」
リリーに抱きついたまま、アキラはタイムに話かけて、握手をするため手を出した。
タイムも思わず手を出して、挨拶の前に握手をした。
「あ、申し遅れました。タイム・ハル・ウィステリアです。よろしくお願い致します」
普通、皇子2人を相手にすれば緊張してそれどころではないが、タイムはパクツに似て肝が座っている。
それに王族出身のココアナからも教育されているので、この歳で隙のない立派な礼が出来るのだ。
それを見てアキラは関心したように「へぇ」と漏らし、ユウの紹介もした。
「で、こっちが皇太子のユウ・ウス・フィズガ」
「タイム・ハル・ウィステリアです。よろしくお願い致します」
アキラがユウの紹介までしているが、まだアキラとユウのリリー争奪戦は続いている。
タイムはそのやり取りを見せられ、なるほどこれだけのことを毎度されているなら、少し積極的にいったからといっても、リリーにとっては何てことないんだと痛感した。
皇子2人の所為か……
何だかとても妬ましく思えてきて、性格もパクツに似ているタイムは二人を挑発したい衝動に駆られた。
「お2人には父がお世話になったと聞いております……私もまだ勝ったことがありませんが」
アキラもユウも、ピリッとなって止まった。
パクツにそっくりな顔で言ってくるタイムを見て、先日の手合わせを2人の皇子に思い出させた。
やっとアキラがリリーから離れたので、タイムは少しホッとした。
「ウィステリア候爵が……喋るんだな」
ユウがボソッと呟いた。
以前、リリーがウィステリア候爵の喋り方も格好良かったと言っていたのを思い出してしまい、1人でイラッとしている。
「はい。家では普通に。あとはオウカ公爵様と御夫人、タツァック様とリリーの前だけでは喋ります」
「ウィステリア候爵は俺達をどう言っていた?」
アキラが本人に聞けなくて聞きたかったことをタイムに向けた。
"「あいつらは立てねぇようにしてやったんだが。まぁ皇族にしては出来る方だな。俺の噂が立ってねぇからな、余っ程悔しかったんだろ。実力はお前の方が、若干上だな」"
若干か……
「皇族の方々ですがよく出来ると。あと、私の方が少し上だと」
タイムはリリーの方へ振返って手を握り、頬にキスをした。
そして、それを見てかなり憤っているアキラとユウをチラッと確認した後、リリーの目を見た。
「リリー、俺より弱い奴と結婚しないで下さいね。その都度、相手が誰であっても潰すんで」
「……父子そっくりだな」
質問したユウも聞いていたアキラも、怒りで震えそうなのを抑えながら、ウィステリア候爵にそっくりな挑発的な目をするタイムと睨み合った。
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