第31話…高嶺の花

「あっ……」


 リリーはこの少年を見たことがあった。

 少年の顔が一瞬引きつったように見えたが、リリーが話始める前に、何事もなかったかのようにお辞儀した。


「初めまして。タイム・ハル・ウィステリアと申します」


 顔が、見入ってしまうくらいパクツにそっくりなイケメンだ。そして、12才にしては高身長でリリーとそう変わらない。


「初めまして。リリー・カノ・オウカです。ウィステリア候爵令息は、叔父様が丁寧になった感じで新鮮だわ」


 リリーはにこにこしながらカーテシーで挨拶をした。

 タイムは、今までに見たこともない美しい挨拶をするリリーに惚けてしまった。


 オウカ公爵がげんなりしながら溜息をし、パクツは笑いながらタイムの後頭部をはたいた。

 オウカ公爵は何かをぶつぶつ呟いている。


「お前には高嶺の花だ」


 パクツはタイムに諭すように言った。


「?!?!」


 後頭部を押さえながら、タイムは父親を見やって目で色々な感情を訴えた。


「私が色々ご案内しますね。お父様と叔父様はご用事があるみたいだから」


 オウカ公爵が心配そうに振り返りながら、パクツと執務室へ消えていった。

 パクツは何故か上機嫌でオウカ公爵を誘導していた。

 何だか楽しそうねとリリーは思いながら、手を振って二人を見送る。


「ウィステリア候爵令息は…」


 タイムは焦ってリリーを手で静止した。気不味そうに、すみません、と話始めた。


「あの、俺のことはタイムと呼んでください。敬語も要りません。俺の方が年下ですし。あの、皇城で……俺の姿見られましたよね」


 付いてきている従者達に聞こえないように、タイムはリリーに尋ねた。

 リリーは内緒話のようで楽しくなって、近くに寄って同じ様に小声で話始めた。

 突然近寄られて、タイムは平常心を保つのに必死だ。


「やっぱり! あの少年はタイムだったのね。私はリリーと呼んでね。遠かったから、はっきりとは見えなかったんだけど……2日前に着いていたの?」


 自分から言いおいて、突然の名前呼びと、リリーの名前呼びの許可に、タイムは自分の心臓がどこにあるかわからなくなるくらい一瞬パニックになった。


「あー……えっと、あの、内緒にしてもらえると有難いんですけど、馬車に乗ってるふりをして、馬でちょっと先に。到着前に馬車に戻るんですけど」


「え、そうなの?! バレないのね?!」


 初めて聞く話に、リリーは目をキラキラさせた。


「前に父上がやってたことがあって……もしかしたら父上にはバレてるかもしれないですけど。リリー、さんに見られるのは想定外でした」


「ふふっ、呼び捨ててくれて大丈夫よ」


 リリーはタイムの面白い話に夢中になって、屋敷中を案内した後、客間でティータイムにも付き合ってもらった。

 ウィステリア候爵の話を他者に聞かれてはいけないので、人払いをして、部屋には二人きりだ。


ガチャ

コンコン


 お馴染みの、扉の開く音とノックの音が逆にされた音が聞こえた。


「タイム! お前ここにいたのか」


 パクツが扉から呆れた顔で覗いている。


「叔父様! お話は終わりました??」


 リリーはパクツを見るや飛びつきに行った。

 パクツは軽々と受け止め、リリーは満足そうだ。

 リリーの淑女らしからぬ行動と、2人の距離の近さに、タイムは驚きで口が開いたままになっている。


「あ、ごめんなさい!! つい癖で……」


 癖?!


 どんな癖なんだと突っ込みたいところだが、もう何からどう突っ込んで良いのかわからなくなって、タイムは止まってしまっている。


「お前なぁ、どこに居るかくらい言付けろ」


「あ、すみません」


 パクツの言葉に我に返って、タイムは気不味そうにした。

 でも、ここをすぐ探し当てたような感じがするのは気の所為だろうか……


「そんなに楽しかったのか?」


「え?! いや、あ、はい」


「へぇ、珍しいな」


 パクツは意味ありげに笑って、リリーをふわりと下ろした。


「残念だが、部屋に一旦戻るぞ……笑えるくらいデカイ部屋に」


 リリーがにこにこしている。


「??」




「はーー?! 何すか、この部屋?! え、てかここって、部屋なんすか?! やっべえ!! 部屋なのに落ち着けないとかあるんすね」


 良い反応をするタイムに、パクツは大笑いして満足そうにしている。

 一通り歩いて見回ったあたりで、やっとタイムが冷静になれた。


 2人は、とりあえず置いてあるソファにどかっと座ってみる。


「この部屋だけで、お前の伯父上は張り切らせたらまずいってわかるだろ? 体力怪獣のガキのリリーが走り回って息切れしてたからな」


 タイムはリリーという言葉に少し反応してしまう。


「いや、広さが異常っすから……あのー、父上、小さい頃のリリーは」


 普段あまり他人に興味を持つことのないタイムが聞いてくるのを、パクツは嬉しそうに見ている。


「やべえギャングだったが、かなり可愛かったな」


「見たかったなぁ、あーあ」


 ソファにもたれて、タイムは天井を仰いだ。

 それを見てパクツは呆れている。


「お前の方が年下だから無理だろーが……あ!そういや、どっかの部屋に肖像画があったな」


「見に行きましょう、父上」




 この後、結構な大きさの幼い頃のリリーの肖像画と、去年あたりのリリーの肖像画を、パクツ達の滞在部屋に軽々と移動させた。


 オウカ公爵お気に入りのリリーの肖像画は、執務室に置いてあるし、とりあえず無くならなければ良いのか、誰からも何も言われなかった。


「……持って帰って良いんじゃねぇか」


「そうしましょう!」


 肖像画を見ながら、ウィステリア候爵父子が何やら企んでいる。

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