第33話…手を離さない

「学園内を案内してやったらどうだ?」の皇帝の鶴の一声で、リリーはタイムを案内することになった。


「懐かしいな! なぁ、オウカ公爵」


 皇帝が嬉しそうに、オウカ公爵に話掛けた。


「因縁の日ですね」


「おい」


 そんなやり取りがあった、ウィステリア小候爵のタイムの謁見は、父親のウィステリア候爵は喋らないし大人達も貴族会議の準備があるしで、サラッと終わった。


「何の意味があったんすか、謁見(これ)って」


「無ぇな」


 ウィステリア候爵と小侯爵の会話に、オウカ公爵は苦笑いするしかなかった。


「立派に親子になっちゃってるね……」


「親子ですから」


 タイムの教育を頑張っているココアナが聞いたら、卒倒ものだ。

 オウカ公爵は、タイムがパクツをかなり尊敬しているのは見ていて感じるし、とりあえず何も言うまいと心に決めている。


「では、リリーに案内してもらって参ります! リリー、行こう」


 タイムはリリーの手を取って、さっさと学園に向かう馬車にリリーをエスコートして乗込んだ。


「ねえ……あれ、誰に似たの?! 距離が近いんだけど」


「あー、あんなもんだろ」


 オウカ公爵は隣でぶつぶつ何か言っているけれど、積極的にいける息子の一面を見て、外に連れ出して色々経験させてやるのも面白いもんだなと思いながら、パクツは馬車の2人を見送った。


「やっぱり一言物申したくなった」


 パクツは適当に2人に手を振って、リリー達の方へ行こうとするオウカ公爵を無理矢理に公爵邸へ帰る馬車に乗せた。




 学園行きの馬車の中で、タイムはリリーにとにかく質問した。

 学園はどんなクラス編成なのか、全学年同じ授業を受けられるのはどれか、リリーは何の科目を取っているのか、リリーの周りにはどんな人達がいるのか、生徒会にはどうやったら入れるか……

 来年の自分の身の振り方を、今から計画しなければならないのでタイムは情報収集欲が尽きない。


 そうしている内に学園に着き、タイムは初めて学園に足を踏み入れた。


「今日は普通に授業がある日なの。私とユウは休講申請をしてお休みしていたのだけど」


 ちょうどお昼休みが終わり、午後の授業への教室移動をしている生徒が大勢いるので、とても活気があって賑やかだ。


「あ、リリー様!」


 生徒会のメンバーが通りかかった。

 リリーと二人きりでいる男性を珍しそうに見ているので、一通りメンバーの紹介をして、タイムの紹介をした。


「タイム・ハル・ウィステリアです。来年入学予定です」


 その場にいる生徒会メンバーだけでなく、周りを歩いていた生徒も足を止めてタイムを凝視し始めた。

 静まり返って、まるでリリーとタイム以外の時が止まっているかのようだ。


 ウィステリア候爵領地は帝国の最南に位置していて、隣接するのはミンティア王国かオウカ公爵領地のみということもあり、その他の領地とは特に関わりがない。

 秘密のベールに包まれているので、ウィステリア候爵家の事といえば、皆それなりに興味がそそられる案件だ。


「リリー様と一緒にいる方は来年入学ですって」

「私の弟が同学年ですね」

「あんなに素敵なご子息がいらっしゃったのね」

「リリー様とご一緒だなんてどんなご関係なんだろう」


 あちらこちらで小声だけれどざわつき始めたので、リリーはどうしたものかと気まずそうにタイムを見た。


「ごめんね……皆タイムに興味があるみたい」


 いや、どちらかというとリリーの方に興味がありそうだけど……という言葉を飲み込んで、タイムはリリーと手を繋いだ。


「皆様、来年からよろしくお願い致します。今日は時間内に学園を案内してもらうことになっていますので、これで」


 タイムは手を繋いだままビシッと綺麗な挨拶のお辞儀をして、リリーもタイムに合わせて同じ様に礼をして、その場を後にした。

 その2人の完璧な姿が、またその場を静まり返した。



「リリーはどこ行っても人気ですね」


「そうかしら?きっと公爵令嬢だから気を使ってくれているだけよ」


 貴族のご令嬢はこんなにも謙遜するものなのだろうかとタイムは不思議に思う。

 タイムが噂に聞く貴族令嬢と良い意味でかけ離れている。


 リリーといると幸せで楽しい。リリーが側にいてくれたら、それだけで良い。どうしても、リリーの隣に居るのは自分が良い。

 こんな気持ちになったのは初めてで、きっと後にも先にもにこんな気持ちにさせてくれる人は現れないような予感さえもする。


 その後も、自分の手汗が気になったリリーが手を拭こうと離そうとしてもタイムが手を離さず、リリーに学園の案内をしてもらった。


「タイムはどこが気に入った?」


「何か不思議な雰囲気がした、地下のめちゃくちゃ広い真っ白な変わった部屋。奥に見えたの祭壇なんすかね、使い方がわからなくて気になりました」


 リリーは、タイムを見ながら、その真っ白な部屋を思い出した。リリーも今まで学園内の案内の時しか入ったことのない部屋だ。

 浄化の魔法が施されているからか非常に綺麗で、天井窓で採光をされているからか、地下なのに眩しいくらいだ。


「あそこは、特別な時しか使われない部屋らしくて……私も実際使っているのを見たことがないの。見たのも今日が2回目よ。だからかしら、私も実は不思議な感じかする場所なの。一緒ね!」



 公爵邸に帰ってきて、タイムはリリーの頬にキスをしてお礼を言った。


「リリーありがとう」


 アキラの過度のキスに慣れているリリーなら、この程度は大した事ないんだろうとタイムはわかっていた。


「ええ! 楽しんでもらえたみたいで、良かったわ」


 そのやり取りを見て仰天したオウカ公爵は、流石にくどくど注意したが、タイムは適当に返事をして最後にこう返した。


「伯父上、そんなに気にしたら禿げますよ」


 オウカ公爵は驚きの顔をして、パクツに振り返った。


「今、昔の君を思い出したんだけど?!」


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