第8話…第ニ皇子リョウとユウの拗らせ

 春に学園の新学年が始まる。

 まだ少し外は肌寒く、しかし春の訪れは少なからず見られるようになってきた。


 冬が始まる前に長期の休みがあり、その間に学生達は、各々の領地に帰省したり、皇都に留まって人脈づくりに勤しんだり、忙しく過ごしている。


「ねぇアキラ、魔法薬学の授業の教材ってこれであってる?」


 仰天の婚約候補者が内密に決まったのが、新学年までラスト一週間の時で、リリー達はそろそろ通うための準備をしなければならない。


「あーこれ複雑だよな。あと……この草で完璧。あ、ユウ、これは似てるけど違う魔法石だ」


「えっ、どこからどう見ても同じにしか見えないんだが。見分け方は??」


 授業に必要な教材は、いつも3人で準備している。アキラが一人で入学する時から、関係ない2人も興味津々で、一緒にしていたのは楽しい思い出の1つだ。


 今回も、卒業したアキラも参加して楽しい時間を満喫している。


「よし、これで2人とも完璧だな。頑張れよ!」


「あーあ、本当に学園にアキラがいないのね」


 1人分の荷物がないだけで、リリーはジワジワと寂しくなってきた。


 2人とも、アキラのいる学園しか知らない。自分たちはふわふわしていても、アキラがいてくれるから何も支障がなかった。


 学園でもやっぱりアキラに守られていたんだと、リリーは改めて思う。

 自分がそう思うならユウはもっと実感しているかもしれないと、リリーはユウの方を見た。


「ま、寂しくなったら、いつでも呼んでくれ。リリの呼出ならすぐ駆け付けるから」


 ユウを見たリリーに気付いたのか、アキラはリリーの視線を邪魔しながらリリーの頬にキスした。


 すかさずユウが二人を離してきた。


「兄上、最近多すぎだろ」


 扉をノックする音が聞こえ、シリイが出ようとすると勢いよく扉が開いた。


「兄上たち! リリ!! 終わった?」


 第二皇子のリョウ・レン・フィズガが勢いよく入って、リリーへ飛びついた。

 これもいつものことで、リリーは抱っこするように受け止めて、抱きしめた。


「ええ、もう終わったわ。リョウは今日のお勉強は終わった?」


「うん! だから今日はリリと一緒に居て良い?? 一緒に寝ようよ!」


 リョウはリリーに懐いていて、アキラと競ってスキンシップをしたがるため、ユウの悩みの1つとなっている。

 ユウはリョウを下ろそうとしたが、リョウに手を叩かれて拒否された。


「ユウ兄あっち行って」


 それを見ていたアキラが、笑いながらリョウを後から捕まえてリリーの頬にキスして下ろした。


「アキラ兄! 俺がリリにキスしようと思ってたのにー!」


 リョウはピョンピョン飛び跳ねながらアキラに怒っている。

 長身の兄たちにはまだまだ届かないリョウは、とっても可愛らしく見えてリリーや侍従たちの癒やしだ。


「あはは! 悪い悪い。あと、一緒に寝るのはダメだ」


「兄上もリョウもいいかげんにしろ」


 微笑んでいるリリーの頬を自分の服でゴシゴシ拭きながら、ユウは2人とリリーの間に入った。


「ユウが婚約者になるからって、独占は断固として反対します!」


 アキラがユウに抗議していると、リョウも真似て入ってきた。


「そーだそーだ! あ、ユウ兄もしたら良いんじゃない? そしたら皆一緒で、おあいこ! 良いでしょ?」


 突然のリョウの提案に、ユウは目を見開いて動かなくなった。

 リリーは片手を自分の頬に付けて首を傾げた。


 私が頬にキスされ放題ってことかしら。


「何を言っ」


 ユウはしどろもどろで言葉が出ない。


「あ、嫌ならしないで!無理してまですることじゃないから、今まで通りで」


 リリーにそう言われると、出来るものも出来なくなってしまうし、何が正解だかもうユウは混乱中だ。


「違っ……」


 リリーを異性として意識し始めてから、ユウはリリーへのスキンシップを頻繁に出来なくなってしまった。

 好き過ぎて恥ずかしくて、それどころではなくなってしまって。

 そんな理由を言うわけにもいかず、ユウは固まったまま動けない。


「ははっ、そんな奥手だったか。ま、こっちはこっちで自由にさせてもらおうか、なぁ、リョウ!」


「うん!」


 理解しているのかしていないのか、リョウは返事をしてアキラと得意そうに立っている。

 そして、待ちきれなかったのか、リリーの隣へ行って手を繋いだ。


「行こう、リリ! ねえ、俺が大きくなったら、婚約者になってね!!」


「ふふっ。そうね、立派な男性になってね」


 リリーはリョウが可愛くてにこにこしながら答えた。


「リリ、大好き!!」


 昔はリリーからも二人へ頬にキスを何度もしていた。

 オウカ公爵が一生懸命止めていたけれど。


 最近は淑女たるもの自ら口付け等してはいけませんと口酸っぱく言われてきたため、流石にもうリリーからしないのは皆わかっている。


「リリ、前は兄上たちにしてたんでしょ? 俺にもほっぺにキスして!」


 リョウのそんな要求に、リリーは応えたりしないだろうと2人とも平然と見ていた。

 リリーはにこにこしながらリョウの目線まで下り、リョウの頬にキスした。


「「はぁ?!?!」」


 固まってしまったユウをおいて、アキラがムキになり始めた。


「リリ?! 何で俺たちにはしないのに、リョウにはしてるんだ?! 俺にもしてくれて良いと思うけど?! ほら」


 グイグイ詰め寄るアキラを軽く抑えながら、リリーは焦って答える。


「あの、リョウはまだ5歳だし良いかなって」


「子どもだからカウントされないってことか? いやいや、そんなことはないだろ」


 リリーはどうしたら良いか焦って、リョウと手を繋いだまま固まっている。


「アキラ兄、うるさい!!」


「子どもじゃないなら離れろ!」


 アキラはリョウとリリーの手を離そうとしたが、リョウが必死にリリーの手を死守し始めた。


「いやーだね」


 従者達から見ると、とても微笑ましい光景だった。


 しかし、姉弟関係からまだ脱することができず若干拗らせているユウにとっては、何とも言えないもどかしい時間となった。


 俺だってリリーと手を繋ぎたいし、リリーの頬にキスをしたい。

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