第6話…ユウとタナー小公爵

 リリーに婚約のことを話した後、いつも通りに歩いて角を曲がった。いや、いつも通りに歩けていたかは定かではなかった。


 一気に気が抜けて、しゃがみ込む。


 すぐに立ち上がれない。皇太子がこんな格好でいるなんて、見られたら前代未聞だ。

 ここは桜花宮、他に誰も歩いていないはずなので、見られることはないはずで、きっと心配ない。


 先程のやり取りは現実だろうか?

 夢じゃないだろうか?

 俺で良かった?

 幻聴か、それともただのフォローか……

 それにしても今日のドレスは似合い過ぎて綺麗だった。

 何であんなに可愛くて綺麗なんだ。

 本当にリリが婚約者になるのか?


 さっきから、頭の中でずっと堂々巡りを続けている。


 タナー小公爵が呆れ顔でユウを見ているのが、背中からの圧でわかってはいた。


「皇太子殿下ー、生きてますかー?」


 タナー小公爵が立ったままユウを覗き込んできた。


「…………」


 ユウは目を合わさずだんまりを決め込む。


「んー、まぁ、半々っすかね」


 返事ができないユウを確認したが、タナー小公爵は続けた。


「内容は外居たんでわからないっすけど、とりあえずは大丈夫だったみたいっすね」


 側近だがタナー小公爵の方が1つ年上だからか、ユウに対する態度が少々軽い。


「な、何でわかるんだ」


「ダメだったら、もっとこう……意地張って普通にしようとするんじゃないっすかね、殿下なら」


 確かに。


 よくわかってるなと、ユウは感心してしまった。感心ついでに言っておきたいことがあったのを思い出した。


「お前の最近の喋り方、外っ面と違いすぎて気に入らないんだが」


「あぁ、何か、皇太子殿下の側近がお硬いと、何となく箔がつくかなーって。殿下を思ってこそっす」


 しれっとした顔をしながら話するタナー小公爵の言葉を、ユウは訝しげに聞いている。


「何だろうな、最後の言葉は素直に受取れない」


「本心っすよー」


 全然素直に受け取れないユウは、タナー小公爵をずっと薄い目で見ている。


「あと、お前は昔からリリに弱いよな」


 ユウは真顔になって、タナー小公爵を真正面から見据えた。


「へっ?! はっ?! そんな、いや、何ていうか、ほら、極度の美人には緊張するんすよ。今まで関わってきたことがないんで、免疫ないんすよね。てか、別に弱くないっすけど?!」


 声を裏返らせて話始めたタナー小公爵は、あわあわしながら早口で弁解を始めた。

 ユウが再度訝しみながらタナー小公爵から視線を外さない。


「えっ?! いやいやいや、ちょっ、ま、待って下さい。何でそんな顔するんすか?! 警戒対象とかに入れないで下さいよ?! ほんっっと、勘弁して下さい!!」


 余計に怪しいなと思いながら、ユウはじとっと見ている。

 しかし、こんなやり取りをしていたら、ユウは少しずつ普通に話せている自分に気が付いた。


 ああ、それなりに大丈夫だ。


 ゆっくり立ち上がって、ユウはタナー小公爵と話しながら夕食までの準備をしに自室へ向かった。


 夕食前にリリーを迎えに行かなければならない。


 あからさまなドレスの色使いが、たまらなく恥ずかしくなってきたが、着替えてもおかしいし、とにかく耐えるしかないのだろうかと、ユウはまた悩み始めてしまった。


 どんな顔して会えば良いのかとか、どんな話題を用意したら良いかとか、もう兎に角細かいところまで……何から何まで悩み事がどんどん湧いてくる。


 部屋の扉付近でタナー小公爵が呆れ顔で溜息をついている。早くしてくれという圧をユウに向けて放ちながら。


 そう、ユウはとても時間をかけて悩んでしまった。


 その所為でリリーを迎えに行くのが少し遅くなってしまい、後悔することになるのを今のユウは知らない。


 リリーを迎えに行きたいのはユウだけではないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る