第12話…大丈夫
式典のある講堂までの広い広間を通っていると、甲高い声が聞こえてきた。
「お姉様!!」
天井が高いので、余計に響く。
「アキ・イラ様は私のものよ! 近寄らないでくれる?」
あちらの方から、義妹のマリルがバタバタとリリーを睨みつけながらやって来た。
あわよくばアキラと呼ぼうとしていたけれど、きちんとアキ・イラと呼んでいることにリリーはホッとしながらも、マリルの発言にはやはり緊張してしまう。
深呼吸して、人差し指を口の前にやって、幼子に言い聞かせるように話始めた。
「少し声のボリュームを下げて。そんなに大声で話してははしたないわ。まだ婚約は内密なことでしょう? それに、皇子殿下をもの呼ばわりしては失礼だわ」
注意されたことが気に入らなかったのか、マリルはムッとして口を尖らせた。
「あら、これが平民では普通に相手の喜ぶ言い方だったのよ! 酷いわ! 私が元平民だからって、また馬鹿にしてるのね?!」
本当にそうなのか平民の方々に聞いてみたいなと最近リリーは思う。
リリーの知っている市井の方々は穏やかで、きちんとしていたと思うのだ。
それに、もう何ヶ月も公爵令嬢としての教育を受けているはずなのに、これである。もう溜息しかない。
必死に堪えながら、リリーは穏やかに返した。
「そうではないわ。ここでは周りの人たちは平民の方は少ないの。驚かせてしまうでしょう?」
「酷いわ!! あんまりよ!」
もう何かの茶番劇だろうか、早く立ち去りたいとリリーは気が遠くなってきた。頭も痛くなってきたかもしれない。
ああ、異世界にでも飛んでいきたい。そんなことを考えているリリーを見て、ユウが近付いてきた。
「リリ、こいっ、ん゙ん゙っ、このご令嬢は全く聞いてないぞ。真面目に相手にするだけ無駄だ」
ユウ、今こいつって言おうとしてたわね……
リリーは周りに気付かれないように目で突っ込んでおいて、微笑んでおいた。
オウカ公爵令嬢が、皇族や貴族のご子息ご令嬢の前でこんな醜態を曝すなんて、公爵家に泥を塗るどころか、肥溜めに落とされてる気分だとリリーは思う。
はぁぁぁ、と長めの溜め息が聞こえて、足音がマリルへ近付いた。
心を無にしたアキラが、リリー達の方へ振返り苦々しい顔をした。
「では、皆、俺はここで。ユウ、気を取られず皆と進め……行きましょう、ご令嬢」
アキラは手を出して、嬉しそうなマリルをエスコートする。
ただ、去り際にリリーにだけ微笑むことを忘れずに。
「……アキラ、本人の名前も公爵家の名前も使わずにあの子を呼んでいたわ」
歩きながら、小声で独り言の様に言ったため、どうやら近くにいたタナー小公爵くらいしか聞き取れなかったらしい。
ユウは気付くことなく先頭を歩いている。
深呼吸をして、腹をくくったタナー小公爵はリリーに向かって話し始めた。
「あー、第一皇子殿下は彼女を認めていないということを、周囲に知らしめるためでしょう。どうやらそれを理解した人間は……少なからず、いるようですね。そこから噂で広がっていくでしょう」
普段なかなか自分に話かけたりしないタナー小公爵が珍しく説明してくれているので、リリーは少し驚きながら耳を傾けた。
「認めていない彼女に付く者は、許さないという圧力をかけるためでしょうか……オウカこ、えー、リリー様を守るために。大切に想われてますね。まぁ、あなたには皇族が付いてますし、タナー公爵家も微力ですが理解致しております。大丈夫です」
リリーはふふっと柔らかく笑って、タナー小公爵に歩きながら軽くお礼のお辞儀をした。両手を胸の上に合わせて少し膝を折るだけの仕草が、本当に美しい。
タナー小公爵も周りの目を忘れて見惚れてしまうくらいだった。
「とても光栄で頼もしいわ。トウマの言う大丈夫ほど安心できる言葉はないわね」
タナー小公爵は顔を赤くしてお辞儀をした。
アキラに言われて名前で呼び合うことになったが、初めてのこの瞬間はトウマにとって思った以上に衝撃的だった。
しかし、近くにユウが居たことを即刻思い出し前を向くと、不機嫌そうに自分をチラ見しているユウと目が合い、一瞬で冷静に戻った。
タナー小公爵は、気不味そうに会釈をした。
これくらいは許して下さい……
名前呼びの瞬間が嬉し過ぎて、崩れなかった自分はよく頑張ったとタナー小公爵は思った。
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