第26話…宝石の出処
貴族内では宝石を土産にするのは滅多にないことだ。恋人へのプレゼントや記念日の記念品としてなら聞いたことはあるけれど……
リリーは違和感を覚えた。
マリル親子が宝石が好きだからといって、小石サイズの宝石であっても、毎回でないにしろ準備するなんて難しいはずだ。
「ええ! あ、でも、毎回じゃない、のよ。時々ね。殆どは、平民じゃ買えないとこのお菓子。すごく可愛いピンクの袋に入って、る、のよ」
所々言葉遣いを直そうとしているのがわかるので、なんだか微笑ましいなとリリーはマリルを可愛らしく思えてきた。
「そう。お店の名前は覚えてるかしら?」
「……あ、マリルのマが付いてた!あとはわかんない、わ。んぐっ、これ美味しい。あ、文字読めなかったし、あとは全然わかんない!」
重要な情報かもしれない事を聞いて、緊張するはずが、マリルの折角の言葉遣いへの配慮が無くなってしまったことや、食べながら話することの方が気になって、リリーは思考回路がそろそろ悲鳴を上げそうだ。
エセ公爵令嬢の喋り方をするマリルをどうにかできないか、そんなことばかりがリリーの頭を占領してしまった。
マリルはお腹いっぱいになって満足そうに部屋を出て、侍女たちが項垂れならそれに付いて行く様子を、リリーは同情しながら見送った。
「剣術の手合わせより疲れたかも……」リリーはソファにもたれ、シリイの機嫌が治ってきたあたりから、リリーもやっと通常運転になり頭が回り始めた。
宝石の生産地は、確かセイチのスモス子爵領ね。安直だけど、何かしらに関わっているかもしれないわ。うちの領内だから、お父様に言えば早いかしら……
◇
夕食が終わってから、リリーはオウカ公爵の執務室を訪れた。
オウカ公爵は焼菓子を用意して、ソワソワしながら待っていた。久しぶりに仲直りした大切な娘が訪れてくるのが、楽しみで仕方なかったらしい。
そんなオウカ公爵を軽く流しつつ、自分の好きな焼菓子だったので、リリーは機嫌良くいただくことにした。
出してくれたお茶が今まで飲んだことのない格別に美味しいもので、リリーは感動しすぎて要件を忘れるところだった。
そんなリリーを見て、オウカ公爵も大満足といったところだ。
「……うん、それは本丸で無いにしろ、何かしら関わっているはずだね。父様が情報を集めておくから、リリは少し待っていてくれるかい」
「……わかりました」
オウカ公爵はじっと焼菓子を食べているリリーを見なら、念を押した。
「危ないことはやめてね」
「わ、わかり、ました」
お茶を飲みながら、リリーは目を逸らしてしまった。オウカ公爵は諦めの表情で焼菓子を口に運んだ。
「あ、そういえば、パクツがこちらに来ることになったよ」
「え、パクツ叔父様ですか?!」
オウカ公爵はミンティア国の特別なお茶を飲みながら頷いた。今回はこのお茶を持って来てもらえるかなと考えながら。
「リリが幼い頃はよく来てたんだけど、長らく来てないよね。父様は視察とか登城とかで、時々会ってるんだけど。領地の対応があったりで、用事済ませてさっさと帰ってたから。今回は何週間かは滞在できるかな」
「……剣の名手なんですよね」
ギョッとした顔でオウカ公爵はリリーを見た。
「あ、いえ、どのくらい凄い方なのかなーなんて。お父様なら色々ご存知かと」
焦るリリーを横目に、お茶を一口飲んで自慢気に答えた。
「ああ、あれに勝てる者はいないよ」
「そんなに?!」
オウカ公爵が人の能力について言い切ることは珍しい。つまり、それだけの名手だということだ。
リリーはウィステリア候爵の来訪が楽しみで仕方なくなった。
そんなウキウキしているリリーを見て、オウカ公爵は自分の発言を後悔した。ついつい弟自慢をしてしまう癖が未だに抜けないのは、もう諦めてはいたが。
しかし実のところ、本当なら大声で、行く先々で、リリーの剣術がどれだけ素晴らしいかを言いふらしたいくらいなのだ。
魔力量は生まれつきの物なので自慢するものではないが、体術や剣術や勉強等の後天的なものは本人の努力次第だ。
確かにセンスも必要だが、貴族の子息なんかはすぐ音を吐くようなことを、リリーが長年努力をしてきたこと、努力が出来る子なのだということを、誰よりも自慢したい。
しかし、この国では出来ない。
令嬢が剣術なんて、という好奇な目で見られてしまう。この国のこういう所に、嫌悪どころか憎悪に近い感情がある。
リリーの人目を盗んでの練習はクレス騎士に相手を許可しているし、父としては気付かない振りをしている。
こっそり希少な素材の剣を用意して贈ってみたり、こそこそ環境を整えてやるくらいしか出来ない。
だから、抜本的に国を変える必要があると、日々好きでもない仕事を鬼のようになりながら頑張っているのだ。
仕事で色々な土地に行くことで業務外のことも詳しくなったし、問題が起こってもすぐ対応出来るようにもなっている。
そんなわけで、きっと今回も大丈夫だろうと思って油断してしまっていた。
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