第28話…ウィステリア候爵vs2人の皇子
オウカ公爵家に滞在のためウィステリア候爵がやって来るという話が、皇城内でも噂になっていた。
ウィステリア候爵といえば、寡黙で謎に包まれた人で情報が少ない。元オウカ公爵の護衛で超絶強く、市井出身でありながら頭も良いということしか皆知らなかった。
アキラとユウが興味を持たないわけもなく、ウィステリア候爵が到着したと聞いてから訪問を打診した。
勿論パクツは嫌がったが、断れるわけもなく、オウカ公爵は小一時間ならと返事をした。
◇
2人が来る時、パクツは出迎えで待つのが嫌で、クレス騎士と手合わせをすると言って逃げてしまった。
マリルはパクツと鉢合わせないように、領地内視察と銘打って、少し遠目の別荘へ1ヶ月程滞在しているため不在だ。たとえ居たとしても、出迎えは……まだ出来ない。
オウカ公爵は、従者達と一緒だったが……リリーもまだ来ないし、一人で申し訳無さそうに出迎えて、手合わせ中の中庭へ案内した。
先客が来ていたが、リリーだった。
アキラとユウを出迎えるのを忘れるくらいパクツとクレス騎士の手合わせに見入ってしまっていたようだ。
リリーはアキラとユウに気付き、焦って手を振って挨拶した。
その後方からシリイが来たのを確認すると、急いで駆け寄って、シリイの服を掴む。
リリーは小声にしたつもりだったが小声になりきれなかったらしく、男3人にもしっかり聞こえてしまった。
「シリイ、どうしよう! 叔父様が、ものすごく格好良いのよ!!! 話し方も格好良かったけど、剣術は最高だわっ」
リリーは目をキラキラさせ、顔を真っ赤にして感動している。
そんなリリーを見て、男3人はフリーズしていてる。
「?!?! リリが格好良いなんて言葉使ってるの初めて聞いたかもしれない。私も言われたことないのに。でもパクツは確かに剣術は最高だし、良いのか? いや……」
今のリリーの発言で、オウカ公爵はちょっとしたパニックだ。
アキラとユウは、悔しそうに真剣に2人の手合わせを見始めた。
2人の護衛も瞬きもせず手合わせに見入っている。こんなレベルの高い手合わせを見ることが出来る機会は後にも先に無いかもしれない、と。
クレス騎士も相当な実力を持っていて、オウカ公爵の護衛の前は、皇城騎士の中で唯一の若手でホープだった。
自分の後継なら、自分の眼鏡に適う人間でないとぶっ潰すと言ってパクツが選んだだけあって、やはり優秀な騎士だ。
そんなクレス騎士に一度も押されることなく手合わせが出来るパクツは、やはり只者ではない。
初夏の青空の元、2人の手合わせが映えている。
◇
クレス騎士が膝を着いた時、アキラとユウの二人は上着を脱いで護衛に渡し、パクツの方へ向かった。
「「俺ともお願いします」」
「俺が先だろ! 年功序列だ」
「何言ってんだ。若輩に譲れよ。俺が先だ」
パクツはクレス騎士に下がるよう合図し、クレス騎士は一礼してオウカ公爵の護衛へと戻った。パクツはタオルで汗を拭きながら何やら考えて、揉めている2人を見た。
こいつらがリリーの、へぇ……
未だに頑なにフィズガ帝国内で喋らないようにしているパクツは、練習用の切れない剣を2人に投げ渡し、2人を指さして同時に来いと悪そうにニヤリと笑って合図した。
とりあえず、かなりとっても舐められているのがわかったアキラとユウは、イラッとして珍しく黒いオーラをまとっている。
「皇族様貴族様は大っ嫌いで、いつもは時間の無駄で相手なんてしねぇが、リリーの目の前でぶっ倒してやれば、色々と都合良いし、何よりも面白れぇかもな………とか絶対思ってそうだよね」
呆れ顔のオウカ公爵が、パクツの真似をしながら独り言のように呟いた。
聞こえたクレス騎士が苦笑いしている。
聞こえるような距離にはいないが、パクツが自分の方へ向いて悪戯っ子の様にニヤリと笑ったのが見えて、オウカ公爵は溜息をついた。
「まったく……悪巧みも上手いんだよね。誰に似たんだか」
その隙をついて、アキラとユウは同時に切りかかったが、パクツの一振りで弾き返された。
わかってはいたが、腕力が全く違う。
アキラはそのまま流れるように回転して反撃したが、パクツは完璧に避け、次にくるユウからの足元への攻撃を避けつつアキラに一撃入れてユウにも仕返した。
2人は諦めることなく向かっていく。
◇
2人が立ち上がれなくなったところで、パクツが終了の合図をしてタオルを取りに行った。
「叔父様、私とも手合わせして下さい!」
ずいっと身を乗り出して、リリーはお願いした。オウカ公爵はあわあわしていて、シリイは顔面蒼白だ。
そんな様子を見て、パクツは声を出しそうなのを我慢して笑い、リリーをお姫様抱っこした。
「「「?!?!?!」」」
「今日は仕舞いだ。手合わせは、明日でどうだ」
アキラとユウには聞こえないくらいの小声でリリーの耳元で応えた。
リリーは嬉しそうに笑って抱きついた。
「本当に?? 絶対ですよ!!」
パクツはまた悪戯っ子の様な顔をして、楽しそうなことをリリーに囁く。
「よし、このまま走ってやろうか?」
リリーは目が輝いた。
「良いんですか? はいっ! あ、お先に戻りますね!」
その場の皆にリリーは声をかけた。
と同時に、パクツはリリーをお姫様抱っこしたまま走って行ってしまった。
リリーは子どもの様にキャッキャと笑って楽しんでいる。
残されたアキラとユウは、練習用の剣を地面に突き刺し、呼吸がやっとの状態で横たわりながら、その様子を見るしかなかった。
おまけに初夏で気温はそこまで高くはないが、やっぱり日向は暑そうだ。
まるで屍の様だと思いながら、護衛達は気不味そうに2人から距離を置いて待っている。
「くっそぉ……全っっ然、相手にされて、なかったよな」
アキラが息も絶え絶えという感じでユウに話かけた。
「ああ、息も、切れてなかった」
ユウも同様に、やっと返事ができる状態だ。
「余裕こいて、リリ抱えて走りやがって。こっちは立ち上がれないっての」
「全く、歯が立たなかったな……同世代じゃなくて、本当に良かった、としか思えない」
「本っ当、それだな。あれは、確実にリリの好みだろ」
「「………」」
言ったアキラ自身も、敢えて発言しないようにしていたユウも、自爆ともいえる言葉に思った以上にショックを受けてしまい、本当に屍の様に立ち上がれなくなった。
後日、様々な人からウィステリア候爵について質問されるも、悔しい思いしかないアキラとユウはノーコメントを貫いた。
それもパクツの思惑通りだとは、思いもせず。
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