第10話…婚約者の二人とタナー小公爵の想い

「リリ、行こう」


 ユウは自然に手を出してエスコートした。

 今もまだ周囲がザワついている中、今度はユウがエスコートをしたので、静まり返ってしまった。

 オウカ公爵令嬢は、アキラのみならずユウにとっても特別なのだと、知らしめるには十分だった。


「では皆、失礼する」


 手を上げ、皇太子らしく去っていく姿に一同惚れ惚れしたが、二人が去った後はそれどころではなかった。

 ユウの普段見せない姿に黄色い声を上げたり、羨ましがったり、アキラがいなくなってチャンスだと思っていた男性諸君が項垂れていたり、それはそれは騒然とした。


 去った2人はというと、生徒会室へ向かっている。

今日は新学年の初日なので、歓迎式典の入学式があり、それに生徒会メンバーは出席する必死がある。

 その前の、メンバーの顔合わせだ。


 ユウは、リリーに付いて行こうとしていた子息たちをしっかり見てイラついしまい、つい人前で見せつける様にスキンシップをしてしまったことを心配していた。

 アキラのせいで人前でされるのは慣れているとはいえ、俺がしてリリーは嫌がっていないだろうか。機嫌はどうだろうか……


 チラッと見ると、リリーもこっちを満面の笑みで見ていた。


「「?!」」


 リリーもユウも驚いてしまっている。


「リリ、何か?」


「ごめんなさい! こっちを向くと思ってなくて! ふふっ。ユウは頼もしくなったなと思って」


 にこにこしながら話をするリリーを見て、ユウはとりあえず安堵した。


「私は立場的に、男性を力で制したりしたらダメな立場でしょう? 適当なあしらい方も上手くないから、公爵家に迷惑がかかるし」


 確かに、リリーが武芸に秀でていることを表面上隠していることをわかった上で、強引にくる輩もいるかもしれない。

 リリーが強く出られないのを逆手に取って。


「だから、以前はアキラがね、私に来る前に止めてくれていたみたいで。だから何も考えず学園生活を楽しめていたの。今度はユウに助けてもらって……二人には申し訳ないけど、とっても有難いわ」


「ああ、アキラも俺も、リリを守るのは趣味みたいなものだから。気にしないでくれ」


 「趣味?」とリリーは目をパチクリしながらユウを見ていると、後から小声で何やら聞こえてきた。


「ああ、確かに。趣味か……ふっ」


 タナー小公爵が妙に納得して、つい口に出して笑ってしまったらしく、それに気付いた2人が後にいる自分に振返ったので焦り始めた。


「あ?! いや、申し訳ない!!」


 どうぞ前を向いて下さいとジェスチャーしてペコペコした。


「あ、そういえば、あなたも生徒会なのよね!どうぞよろしくね」


 にこりと笑いながらタナー小公爵に声をかけた。

 タナー小公爵はしどろもどろになりながら、ペコリと礼をして更に数歩後ろへ控えた。



 リリーはタナー小公爵がずっと気になって仕方がない。

 二人は同じ年齢で、記憶にないが小さい頃は皇城で皆でよく遊んでいたらしい。

 学園でも同回生で、今までどちらかが学年首位と次席を取ってきた。

 それに、ユウの側近兼護衛として頻繁に顔を合わしている。ユウとは談笑する姿を見るし、仲が良さそうだ。

 にも関わらず、リリーとユウの会話に入ってきたこともないし、リリーと目も合わせてくれない。

 呼び方も、オウカ公爵令嬢様だ。余所余所し過ぎる。

 過去に何かやらかしたのかもしれないとリリーは心配している。

 折角だし、仲良くしたいのだけれど……



 トウマ・センカ・タナーは、タナー公爵家の長男で、年が近いため幼い頃から皇城の皇子たちの遊び相手としてよく登城していた。

 リリーもその内の一人で、可愛くてキラキラしている女の子に幼いタナー小公爵が心奪われるのも時間がかからなかった。


ーー大好きだ


 6歳になってユウの側近に決まり、以降ほぼ一緒に行動している。だから、どんなにリリーを大切に想っているかも、長年に渡りどれだけ拗らせているのかも、全て見てきた。


ーー皇太子殿下には幸せになって欲しい


 リリーがどれだけ素敵な人かということも、ユウを大切に思っているということも、痛いほど理解している。

 好きな二人が婚約者となる事が、タナー小公爵は本当に嬉しい。

 ユウが恋焦がれた人と結婚できる際は、きっと何よりも感慨深いはずだ。


 自分の想いが実ることが無いと早々に気付き、最初は勿論絶望した。


ーーそれでも好きなんだ


 しかし、想うだけなら誰にも迷惑はかからない。リリーを密かに想い続け、この気持ちは必ず墓場まで持っていく。


 とある雨の日に自室で籠って考えていたら、その考えに辿り着きスッキリしたので、タナー小公爵はその案を採用した。

 そうしてユウの側に居続けている。


ーー死ぬまで想い続ける


 リリーが幸せであれば、それで良い。

 自分は2人を命ある限りお助けしていこう、と決めている。


ーー後から見ているだけで良い


 でもやはりリリーと話をするのは、タナー小公爵は緊張するし心が揺れてしまう。

 誰かに知られでもしたら一大事だ。

 なので出来る限り、寄らず、話さず、遠くから、他人行儀で、を基本にしている。


ーー振り返った時の姿が、特に綺麗だ


 そんなタナー小公爵は最近気付いてしまった。

 もしかしたら、一番拗らせているのは自分かもしれないと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る