第40話 下剋上
「続けて、第二試合に移る。次の対戦者はレース・ノワエ対アイリーン・フォン・フェーベル!!」
「ピュウピュウーーーー」
「平民かぁ。珍しいな。」
「でもフェーベルってラーウス王国の武家だよな? 流石に無理だろ。」
「そうだね。」
「…平民ごときに大きい顔をさせるわけにはいかんな。」
「当然だ。調子に乗らせて良いことなど何もない。」
「中立都市の弊害だな。」
大多数の生徒は平民に対して否定的だ。それもそのはず、平民が貴族を上回る力を持つということは世界が揺れるということ。そう容易くは壊れないだろうが、無視してよい存在ではない。下の者は下に留まっていればいい。這い上がる機会は与えない。
「ていうか、実際彼女はどのくらい強いのー?」
「さあな。彼女とは違うブロックだったから分からん。」
「そもそも彼女はフェーベル家の次期当主だろう? どちらかというと将寄りなのかもしれないぞ。」
「あー、その可能性も十分にあるって言うか、むしろそっちが本命かもねぇ。」
「英雄ぐらい強ければ話は別なんだけどな。英雄なんて滅多に生まれる者じゃない。」
「そう考えたら我が国は安泰だな、エルがいる限り。」
「「…」」
ここで全員が沈黙する。エルグランドが大人しく国に従うとは思えなかったからだ。彼はきっと強制されることを好まない。気に入らないことは実力で排除するだろう。それだけの力が芽生え始めている。
「…ま、何とかなるだろ。」
「そうだね。うん、そうに違いない。」
「ハァ、そうであればいいのだが。」
三人がそんなことを話しているとは露知らず、エルは舞台上に立つ平民を眺める。
(レース・ノワエ、俺の世界に抗った愚かな異分子の1人。そもそも彼女の出身国はどこだ?)
パンサーと戦った際にエルは仙人となったが、そのなかでもレース・ノワエは灰色に染まらなかった稀有な人物だ。平民だからと言えばそこまでかもしれないが、彼女からは新しい風を感じた。
(だが――弱い。世界を壊すにはまだ足りない。)
見た感じ彼女は強い、アイリーンを圧倒するほどには。ただ、武力一つでは何も変えられない。なぜなら――
(俺が居る。世界の秩序は崩させない。)
エルグランドがエルグランドである限り、今の世代が武で頂点に立つことは不可能なのだ。で、ある以上、武力では何も変えられない。最後には必ずエルグランドが君臨するから。
(それを覆すには仙人になる必要があるが…、厳しいだろうな。才能云々じゃなくて適性の問題だからな。…それにしてもあの馬鹿女は押されているのか、いい気味だ。)
愉快に思うと同時に憐れみも感じる。こんな大舞台で平民に負けてしまえば、貴族として立つ瀬がない。それに加えて彼女は次期大貴族の当主だ、長が負けるとなれば群れの動揺も大きいだろう。もしかしたら、ハーブルルクスに少し流れてくるかもしれない。
(貴族も大変だ。)
「ハァッ!!」
アイリーンがレースに斬りかかるが、うまく受け流されてしまう。それでさらに焦って攻撃が単調になってしまうという悪循環に陥っていた。
(私はフェーベル家の当主になるのよ! エルグランドがいるのに、平民如きに負けてられないわ。)
フェーベル家という重い看板が少女にのしかかる。常々母に吹き込まれていたハーブルルクスの脅威。保身に長け、建国期から続く大貴族。そして何の因果か、自分と同年齢の少年。彼のせいで自分もオルトゥス学院に来る羽目になった、補佐役として。だからこそこんなところで躓いていられない。自分には大いなる使命があるのだ、増長したハーブルルクスを叩き潰し、軍を統制し続けるという役目が。
「チマチマと躱して!! 攻撃してきたらどうなの!」
レースの消極的な戦い方にアイリーンの溜まりに溜まった不満が爆発する。およそ目の前の相手は戦う気があるとは思えない。
「安い挑発だな。この後も試合があるのだ、本気で戦ってどうする? 次はあの男だというのに。」
レースの言葉がさらにアイリーンを苛立たせる。まるで、自分が勝つのが決まっているかのような口ぶりだ。
「そういうのは勝ってから気にしたらどうかしら?」
「貴族がそれを言うとはとんだ皮肉だな。」
「なっ!? それはフェーベル家に対する侮辱として捉えていいのかしら!?」
「好きにしろ。」
「立場をわきまえなさい! 平民が!」
「…平民ねぇ、じゃあ、その平民に負けてるお前はどうなんだ?」
「負けてないわよ!」
「そうか? 周りはそうは思っていないみたいだぞ?」
レースが剣で観客席を示す。確かにそこにはアイリーンを失望したような目つきで見下ろす生徒たちがいた。
「…あいつ、弱くね?」
「確かに。強いっちゃ強いけど、前の試合に比べたら見劣りするのは確実だな。」
「でも平民でここまで勝ち上がって来たってことは、貴族を倒してきたのよね?」
「まぁ、そういうことだろうな。そもそも一年の大半が勝てないだろうし。」
「ハァ、貴族が平民に負けるのか。」
「いや、普通の貴族なら分かるけどさ、武家の貴族が負けたら駄目だろ。」
「それはそう。皆が皆、武家出身ってわけじゃないからね。」
「…じゃあ、フェーベル家が負けてるのはヤバくね?」
「やばいな。」
成人すらしていない少女に、武家出身だから強いというレッテルが貼られる。これが貴族の世界なのだ。ひたすらにレッテルを貼り合い、道を外れた瞬間に糾弾するチキンレース。努力・過程なんて意味がない、結果が全て。負けたら終わりなのだ。
「可哀相だねー。」
「ああ。レースとやらも結構やる。平民だからといって侮れない、か。」
「だが、少なくともエルより先に負けてはいけない、フェーベルを背負うのなら。」
「…改めて器に入りきらない物を背負わされるって酷だよね。」
「仕方がない。そういう立場になる家に生まれた以上、避けられない宿命だ。」
「それはそうだ。トップが全てを放棄したら困るのは下の者だ。」
「だねー。」
(…優秀な者の子供が優秀とは限らない。いつかはこの世の仕組みも変わるのかもね。)
「な? 誰もがお前の劣勢を肯定している。」
「ッッッ、黙りなさい!」
怒りに任せて振るわれた剣をレースはあっさりと受け止める。それどころか剣を捌きながらゆっくりと歩み始める。
「何か裏の手を持ってるかと思っていたが、この分では持っていなさそうだな。」
「クッ、近づくな!」
「私が勝つ!!」
レースはここ一番の気迫を見せ、アイリーンを追い詰めていく。相手が貴族だということもあって力が無限に湧き出てくる。己は貴族が嫌いだ。彼らは傲慢強欲強引で、彼らの意思一つで平民の運命が決まってしまう。そんなのは絶対におかしい。平民も同じ人間なのだ、違いなどない。――いつか、世界を変えてみせる。そのためには己が実践して希望を灯さないといけない。数多いる貴族を押しのけ、一番上に立つ。そうして初めて人々も上を向ける。
「嘘よ、嘘、私は負けない。」
「悪いな。今日は私の日だ。」
レースの剣がアイリーンの持つ剣を弾き飛ばし、アイリーンの首元にそっと添えられる。
「そこまで! 勝者、レース・ノワエ!!」
華々しく勝者の名が謳いあげられるも、あまり盛り上がらない。平民が貴族に勝つ。途中で結果は見えていても、いざ突き付けられたら固まってしまうものだ。
「フンッ」
レースが観客を馬鹿にするように一瞥し、舞台から降りようとしたその時――エルと視線が交わる。
(エルグランド・フォン・ハーブルルクス、あいつを越えなければ先はない。是が非でも倒す。)
(いい敵意だ。怯えを隠すためではなく、心の底からの純粋な敵意。心が強い、な。)
堂々と視線を合わせてくる姿にエルは評価を一段階上げる。平民にもかかわらず喧嘩を売ってくるのは素晴らしい。単に暗殺される危険を考えてないだけかもしれないが、それでも中々できることではない。
(何が望みか知らんが、潰してやろう。全部今まで通りでいい。革新は――必要ない。)
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