第28話 初戦
「ではこれよりAブロックの予選を行う。予選の方式はまず28人を4人一組に分け、その後4人一斉にバトルロワイヤルという形で戦う。そして4人の中で勝ち抜いた者からさらに絞り込みを行う。名前を呼ばれたら前に出るように。」
(ハァ、やっと始まるのか。一人一人戦うんじゃないんだな。まぁ、その方が手っ取り早くて助かるけど。)
相手が誰であろうと自分のやることは変わらない。第一シードを勝ち取り、特権を享受すること、そして――キラキラした者を自分以下の順位にすること。それで世界の秩序は保たれる。その上できっと嗤えるだろう、これ以上なく。
「――エルグランド・フォン・ハーブルルクス、以上だ。」
いきなり名前が呼ばれた。どうやら一組目のようだ。
(勝って勝って勝つ。それで俺が頂点だ。…明快でいいね。)
「では、武器はそこに置いてあるものから選ぶように。」
教師がそう言うやいなや、エル以外の生徒が一斉にテーブルの上に置いてある武器選びに走る。それを見てエルは呆れ果てるほかない。確かに武器の性能が試合の成果を分けることがあるのは同意するが、見苦しい真似を晒すのが貴族なのだろうか? そもそもそんな大差ない武器で勝敗が左右されるのであれば、それはもう実力ではなく運だろう。
(…見るべきところなしか。悲しいよ、俺は。)
ただ、そのお陰で若者の未来の芽を摘み取ることに罪悪感を覚えないのには感謝すべきだろう。自分のせいで本来上に行くべき人物が燻ぶるのは本意ではない。
(まあ、そんなやつは月末のシード争いで食い込んでくるんだろうが。)
実力さえあれば這い上がれる。まだ中立都市スペスは優しいと思う。国内ではそんなことは滅多にない。貴族が成り上がりを阻むから。
(…まあ、どうでもいいな。…これにしよう。)
エルが手に取ったのは1.6メートルほどの槍。自分の背丈よりも大きいが、このぐらいがちょうどいいだろう。身体強化せずとも、それなりに振れる。
「では、ルールを説明する。まず戦う範囲はその白線内。ちなみに踏むのもアウトだ。そして急所、首以上の部位を狙った攻撃は失格だ。あとは降参か、教師によるストップも試合の決着条件だ。他に質問はあるか?」
「「「「…。」」」」
「なさそうだな。では、構えて…始め!」
するとエル以外の三人が目を合わせたかと思うと、エルを囲むように展開してくる。どうやら一番強い者から蹴落とすつもりらしい。さすが貴族の子供、陰湿な手にかけては一流だ。違う国出身の者たちであるにもかかわらず、阿吽の呼吸である。
エルは彼らの様子を見て、思わず嗤ってしまいそうになる。どこの国もこれが共通なのだ。ということは、己がどの国に生まれようとも灰色の世界は構築されたということになる。
(俺の世界が補強されるばかりだ。戦略としては正しいのかもしれないが、人として正しいとは思いたくない。命がかかってるわけでもなし。)
身体強化を施す。出力は2倍、ハインと戦った時と同じ強さだ。ハインほど強そうな雰囲気の者はいないが、すでに蹂躙すると決めている。
(まずは…一人。)
「ゴウッ」
エルの強烈な突きが対戦相手の腹に突き刺さる。それを受けた選手は崩れ落ちてしまう。速すぎて、全く対応できなかった。初めから嫌な予感はしていた。目の前の強敵は3人が敵に回っても、動揺する素振りすら見せなかったのだ。それは勝つ自信があったということ。そして己の弱さに泣きそうになる。そこそこ自信はあったというのに。
「くっ。」
「う、嘘。」
残る2人も動揺を隠せない。決闘の噂話は聞いていたが、これほどの強さとは思わなかったのだ。
エルの揺るぎない立ち姿に、二人の心が折れ始める。――どうあがいても勝てない。
(心が弱い。技もない。身体も貧弱。見てるこっちが悲しくなってくる。)
ここで思い出すのはハインの姿。彼は絶対に諦めようとはしなかった。それどころか限界を超えて、己を倒そうとしてきた。結果は惨敗だったものの、心の強さは圧倒的だった。
(だが、こいつらはどうだ? 格上の相手に対して挑む気概がない。そんなやつに俺が負けるわけねぇだろ!)
誰に向けてか分からない怒りがエルの身体を突き動かす。お前の世界はずっと灰色のままだ――そう突き付けられた気がしたから。本当は、心の奥底では綺麗な世界を望んでいるというのに。
「パキッ」
流れるような動作でエルの槍が一人の腕の骨を破壊する。刃引きされているため、血は噴き出さなかったが、代わりに強烈な打撃として伝わった。その結果が骨折だ。
(あっ、ヤベッ。つい力を入れすぎた。)
手から伝わってきた感触に冷静さが戻ってくる。少しやりすぎた。これでは武器を漁る姿を嗤えない。自分も彼らと同じだ。
「うアアアアアーーーー」
腕の骨を砕かれた生徒が絶叫する。あまりの痛みに手に持っていた武器を落として蹲ってしまう。
その姿にエルは完全に牙を抜かれた。こんな相手を蹂躙をしても虚しさが募るだけ。相手は世界と戦う前に敗れた。もはや惨めすぎてどこを見たらいいか分からない。彼は世界に挑戦する権利すら持っていなかった。きっと大多数がそうなのだろう。初めに戦ったハインが稀有だった。それが真理なのだ。
(あらら、泣いちゃった。国際問題にならないよな? これ。)
興ざめにもほどがある。疑似の殺し合いで、相手は痛くて泣いてしまったのだ。一気にオルトゥス学院への期待が萎む。ここには各国のエリートが集まっているというが、己の尺度からすれば案外そんなことはないのかもしれない。
「そこまで!」
審判役の教師が慌てて止めに入る。そして腕を抑えて転がる生徒を舞台から降ろす。
「すぐに医務室へ連れていってください。」
「不味くね?」
「あの感じ、骨まで行っててもおかしくないぞ。」
「強すぎだろ。」
「だって、あのハインに勝ったんだぜ? そりゃ、強いさ。」
「勝てないだろ。あんなの。」
怪我人が出たことで周囲がざわつく。その様子に上級生もチラホラ気づく。
「おい、あっち運ばれてないか?」
「ほんとだ。腕抑えてるね。」
「貧弱だなァ、おい。」
「ま、一年生だしね。」
「…アイリス? どうかした?」
「いえ、別に。」
アイリスはそう答えるが、目が一点をとらえて離さない。
間違いない、あのAブロックで戦っているのは――
「…エルグランド。」
負傷者が医務室へ消え、場に残るのはエルともう一人。
「では、試合を再開する。始め!」
(あー、早く終わらそ。)
エルがそう思った時――
「棄権します!!」
最後の一人が食い気味に降参を宣言する。どうやら無様に前の二人が負けて戦意喪失したようだ。己を見つめる目が恐怖に染まっている。
「…そうか。では、第一試合の勝者はエルグランド・フォン・ハーブルルクス!」
まさかの幕切れにエルは思わず、こぼしてしまう。
「つまんね。」
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