第29話 予選
エルは思わず目の前の対戦相手を軽蔑の目で見てしまう。戦わずして降伏なんぞありえない。棄権なんてするくらいなら、どうして参加したのか? こいつのせいで時間を取られたというのが一番腹立たしい。
「お前、ここにいる意味ねぇよ。さっさと退学しろ。」
エルが目の前の生徒に向かって言い放つ。その言葉に相手は反論しようとするも言葉が出てこない。エルの目が本気で凍てついていたから。事実、エルはこれ以上になく重いプレッシャーを放っていた。笑って見過ごす段階を大幅に超えている。
「言い過ぎだ、エルグランド。早く戻りなさい。」
身体が固まった生徒を庇うべく、教師が割って入る。あくまでも審判として中立でなければならないが、すでに試合は終わっているのでこのくらい問題ないだろう。それよりも生徒同士の仲が悪化しないように注意が払う必要がある。下手すれば生徒同士の戦争が始まってしまう。
「というか、棄権って試合終了の条件じゃなかったですよね? 初めの説明に入っていませんでしたよ。」
ここでエルは矛先を教師に向ける。確かに棄権というのは条件に含まれていなかった。だが、それはそうだろう。まさか生徒が戦わずして降参するとは予想だにしなかった。勝てずとも最後まで戦うのが騎士である以上、まだ成人していなくても騎士道を実践するのは当然のことだ。だが、直前に他の生徒の腕を砕かれた姿を見て怖気づく気持ちも理解できる。まだ彼らは12歳、精神的にも育ち切っていない。
「暗黙の条件と言うやつだ。もう戻りなさい。」
「…。」
エルは言いたいことは山のようにあったが、黙って背を向ける。
(ハァー、退学するか? でも、特にしたいこともないしな。もうちょい何とかならんのか? この世界は。)
中立都市スペスの人間は七大国の均衡を維持することに腐心しすぎている。それを見てたら段々と破壊したくなってくるではないか。誰かが何かを大切に守っている物を壊したく思うのはエルの悪癖だ。大事な何かを守れないのがあるべき世界だと思うから。ならば世界を体現する己が実行すべきではないのか。
(…なーんてな、俺が何かするということはない。面倒だし。)
その後も順調に試合は消化されていき、Aブロックの上位者7人が選出された。
「では、あみだくじで対戦相手を決める。それぞれ名前を書きなさい。」
(ふーん、一人は、一回戦わなくてもいいのか。ま、どうでもいいけど。)
それよりもエルは同じブロック内の少年に興味があった。そして、どうもその少年も自分に興味があるらしい。燃えるような視線を先ほどから感じる。
(イグニス・フォン・フレイム。名前覚えちゃったよ。)
「では結果を発表する――」
どうやら、エルは一回戦を回避できたようだ。
(これがほんとのシードってね。楽でいいな。)
そして始まる児戯のような退屈な試合。どの生徒も無様に負けないように戦っている印象を受ける。
(守りに入りすぎだ。そんなに負けるのが恐ろしいか? …いや、違うな。敗北自体を恐れてるんじゃない、負けて評判に傷がつくことを恐れているんだ。…くだらん。)
だが、この男は別格。
「行くぜっ!」
圧倒的な強さで相手を破壊する―イグニス。ハインに通ずる何かを感じる。
(これは次期称号後継者か?)
どうも力でごり押す傾向にあるが、技もそれなりの水準で纏まっている。きっと何度も叩き込まれたのだろう。人々の期待が見て取れる、いずれ国を背負って立つと。
(雰囲気的にはソル王国だけどなぁ。あのギラギラした感じ、いかにも太陽って感じじゃないか。)
髪も赤に近いオレンジ。これでソル王国出身じゃなかったら、どこの出身だというのか。
(…いや、プルウィウスアルクス王国出身って言われても違和感はないな。)
「――そこまで。勝者、イグニス・フォン・フレイム。」
(かなりやる。上下間の差が激しすぎる。上位層は期待していいのかもしれない。)
同じ人間だというのにレベルが違いすぎる。まだ人間には可能性があるのかもしれない、そう思ってしまう。
「では、次。エルグランド・フォン・ハーブルルクス――」
二回戦の始まりだ。だが、エルの心は一ミリも動かなかった。対戦相手の女はすでに腰が引けている。今にも棄権してしまいそうだ。
(やる気なくすわ。剣を弾いて終わらすか。)
もはや自分の槍すら見せたくない。一生懸命に磨き上げたのに、披露する相手がこれじゃやるせない。
「では、始め!」
開始の合図と共にエルが動く。
「カランカランカランカラン」
エルの槍が相手の剣を絡めとるように動き、相手が無手となる。そして間を置かずに女の首元に槍を突き付ける。
「降参しろ。」
「…降参します。」
予定調和的に試合が終わる。もはや何の感情も湧いてこない。
(まあ、どうせ次の相手はあいつだ。ちったあ、楽しめるだろ。)
「勝者、エルグランド・フォン・ハーブルルクス――」
「勝者、イグニス・フォン・フレイム――」
ついに決勝戦を除いて、すべての試合が終わった。
エルの予想通り、決勝まで勝ち上がってきたのはイグニスだった。Aブロックの決勝ということもあってたくさんの注目が集まる。
「おい、あれってあのラーウス王国の奴じゃないか?」
「ほんとだ。髪の一部が灰色だから間違いない。」
「相手は誰だ?」
「イグニス・フォン・フレイムだってよ。次期日照候補らしい。」
「マジかよ。」
「あのエルグランドってやつも次期灰人候補じゃないのか?」
「どうかな?」
「え? あの強さだから当確だろ?」
「いや、彼はハーブルルクスだから。」
「なるほどな…。」
他国においてもハーブルルクスの肥大化は有名だ。王家も喰われるのではないか?、そう思わせるだけの勢いがある。それに他国の王家も怯えているのだ。明日は我が身かもしれないから。
「おい、見ろよ。とうとう決勝みたいだ。」
上級生の間でもAブロックに視線が向けられる。他のブロックはまだ決勝ではないため、注目度が非常に高い。
「残ったのはイグニスとエルグランドか、順当だな。イグニスってどのくらい強いんだ?」
一人がソル王国出身者に尋ねる。彼の風貌からして一番可能性が高いと思ったから。
するとやはり正しかったようだ。
「次期日照は確実だと言われている。小さい時からあいつは有名だったよ。」
ソル王国出身の生徒が羨望を宿した瞳で答える。
ソル王国の人間なら誰もが日照になることを目指す。本当は自分もなりたいが、あそこまで輝けない。日照は国家の顔、国民に夢を見させる義務があるのだ。国家を遍く照らす太陽として君臨しなければならない。
「へー、それは見ごたえがあるな。エルグランドもかなりやるようだし。」
「そういやエルグランドの家名ってハーブルルクスだよな。ということはアイリスの兄弟なのか?」
薄々みんなが気付いていたことをある生徒が言葉にして尋ねる――ずっとエルグランドを見つめている女性、アイリスへと。
「…ええ、そうよ。」
「彼も優秀だったのか?」
その質問にアイリスの眉間にしわが寄る。自分の記憶が正しければ、彼は出来損ないだったはず。コークスごときに反撃さえできない弱者――そのはずだったのに。
「…いえ、そんなことはなかったと思うわ。」
それに髪も綺麗なプラチナブロンド一色だった。決して灰色の部分などなかった。父が何らかのテコ入れをしたのかもしれない。そもそもエルグランド程度ではオルトゥス学院へ進学させないだろう。あの男は利がない事は一切しない。母の死に際でさえ、彼は商談で居合わせなかったのだから。
「そうなのか…。」
「しかしこれは楽しみな一戦だな。どっちが勝ってもおかしくない。」
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