第30話 激突
エルとイグニスが向かい合う。エルは余裕で構えているが、イグニスは闘争心をむき出しにしている。
(そうそうこれだよこれ、これを待ってたんだ。俺は。)
イグニスが醸し出す灼熱の雰囲気。まるで真夏の太陽を見ているかのように錯覚する。ただひたすらに熱い。しかし、これすらも押しつぶすのが世界。いや、そもそも――
(俺の世界を引き出せるかな?)
いっそ世界すら見せずに、最大効率の身体強化で叩き潰してやろうか? どのように相手の心を折ろうか?、さまざまな選択肢が頭を駆け巡る。
一方、イグニスはエルと話したいことが多々あった。剣と槍どちらが得意なのか?、身体強化の最大強化率はどのくらいなのか?――あの決闘で見せた雰囲気は何だったのか? だが、何事にも順序というものがある。イグニスは逸る心を押さえつけ、ゆっくりと口を開く。
「お前とはずっと戦ってみたかった、エルグランド・フォン・ハーブルルクス!」
エルと同じブロックだと分かった時からずっと身体の疼きが止まらなかった。本国でも感じたことのない胸の騒めき、誰からも感じたことのない何かをこの男は持っている。
「なるほど。お前はソル王国出身か?」
エルとしてもこれだけはどうしても聞いておきたかった。プルウィウスアルクス王国かソル王国か、気になって試合に集中できない。
「そうだ。そういうお前はラーウス王国か?」
「ああ。」
(ソル王国出身か。…まあ、妥当だな。)
「じゃあ灰人の座を狙っているのか?」
直球で聞いてくるイグニス。これは答えづらい質問だ。イエスと答えればますますラーウス王国の生徒内で難しい立場になるだろう。かといってノーと言えば、後々目指すとなったときに大きな制約となるかもしれない。どちらにせよ言質を取らせなければいいだけの話だ。
「さあな、未来の事なんて考えたこともない。今を生きるので必死でとてもとても。」
首を横に振るという細かい芸も入れていく。貴族は大袈裟なぐらいでちょうどよいのだから。
「ふん、白々しい演技はよせ。お前のどこが必死だ、やる気がなさそうなくせに。」
「それは違う。なさそうじゃなくてないんだよ。」
「なら、俺がやる気にしてやるぜ!」
(ああ、期待しているぞ。ぜひ頑張ってくれ。)
心の中ではそう思うも、どこかで絶対に無理だと諦めている自分がいた。目の前の彼はまだ何も背負っていない。イグニスの目を見れば分かる――綺麗なものしか見てきていない、よく言えば純真な目、悪く言えば深みのない目。己の師匠と似ているようで違いすぎる。師匠は世の中の醜い、汚い、忌避すべき部分を知ってもなお、世界の綺麗さを信じていた。だからこそのあの深み。だが、イグニスは違う。彼はまだ真の意味で世界を見ていない。きっと周りの大人たちが神童を潰さないように、間違った方向に育たないように綺麗な世界を見せ続けてきたのだろう。ならば真の意味で世界を背負う自分に勝てるはずもない。
(…方向性が決まったな。さあ、試練を乗り越え、反逆者となってくれよ。)
「二人とも構えなさい。では、始め!!」
審判の合図と共にイグニスが最大限の身体強化と共に突っ込んでくる。
(さて、とりあえず2倍にしておくか。)
一番使い慣れた出力。これが己の身体に最も馴染む。まだ余力はあるが、これ以上は疲労度が桁違いになるのでエルとしては踏み入れたくなかった。
「フンッ」
イグニスは剣と槍がぶつかる瞬間、さらに魔力の出力を上げ、一気に己の限界へと達する。
(2.1ィーー。これが…限界だ。長くは持たねぇ、ごり押すしかない!!)
「オララララーー」
(おっ? こいつ!!)
エルは相手の緩急差に対応するも、うまく差し込まれてしまった。どうやら相手の身体能力の方が上のようである。ただ、すでに決めている。目の前の相手を完膚なきまでに叩き潰すと。そこからようやく彼は真の意味でスタートラインに立てる。
(力でなら俺に勝てるってか? それは甘えんだよ!)
2.1,2.2.2.3.2.4、2.5、どんどん数字が上がっていく。己の最大出力は2.85倍。まだ余裕はあるが、短期決戦なら、という注釈がつく。全力で戦えば一分と持たないだろう。これでもかなり身体にキているのだから。
「ガンッ」
エルのたった一振りでイグニスの剣が持っていかれる。その様子を見て観衆は盛り上がる。
「お、おいおい、一振りでイグニスの剣を押し返したぞ。」
「え、えぐ。」
「マジかよ。英雄クラスの出力じゃないか?」
「ま、まさかぁ。」
震える声で返答する生徒。もしそうだとするならば上級生すらも勝てない怪物だ。それに加えてハーブルルクスの肩書を使えば、ラーウス王国内の躍進にとどまらないかもしれない。他国にとっても脅威だ。
(…まだ空の型は見せないでいいか。大地の型で行こう。)
「ゴウゥ」
地から天を穿つような突きが放たれる。大人の騎士が放つ突きよりも速く、重い。それにこの技の精度、緻密な努力と天賦の才が見て取れる。
「クソっ! この化け物め。」
イグニスはとっさに剣の腹で受けるも体勢が整っておらず、剣ごと押し切られてしまう。そして手に残る衝撃は己よりも強い事をはっきりと自覚させてくる。それが今までにないほど悔しく、苛立ってくる。同世代であれば負けるつもりなどなかった。根拠はないが、心からそう思っていた。
「この程度か? イグニス。大したことないな。」
(なかなかやるが、ハインと同じくらいといったところか。まあ、そこが天井なのかもな。)
相手はまだ成長途上、伸びしろはある。対して己はすでに完成されている。肉体の成長はあるが、もはや魔力の強化率は伸びないだろう。
(2.85倍か。英雄クラスの最大出力と比べても遜色ないから、多分ここが人類の限界点なんだろうな。)
種族としての限界。そこに達した者たちで勝敗を決めるとすれば、それはもう生まれ持った肉体の差になるだろう。強化率が同じなら、必然と元の数字によって結果は決まる。
(残酷だ。生まれた時からすべてが決まっているのだから。)
「…強ぇ。俺が最強だと思ってたのに。」
イグニスのそんな言葉に疑問を抱く。
「お前の国にはお前より強いやつは居ないのか?」
「現時点ではいらぁ。でも成長すれば俺が勝つ。」
「フン、見た目通りの傲慢さだな。」
(あながち間違いでもないのが、こいつにとっての不幸か。このままでもソル王国では頂点に立てるのだから。)
だが、それでは大陸の頂点には立てない。中途半端な強さはかえって残酷な結果を招くことになるだろう。それはそれで面白いかもしれないが、これだけの人材を燻ぶらせるのはもったいない。
「うるせぇ…、テメェはここで倒す。俺は最強になるんだ!」
イグニスがそう叫んで後先考えずに突貫してくる。
(これが俺のほんとのほんとの本気だ、2.2倍ィーーー。)
身体が軋む。ここまで限界に近づいたのは日照との稽古以来だろう。絶対にエルグランドは倒す、己こそが最強にふさわしい。
「だからそれじゃ、勝てないつってんだろ!」
エルはそんなイグニスを見て苛立つ。この期に及んで彼は自分の事しか見ていない。
見たいものしか見ないのであれば、この先はない。
(2.6倍だ…)
その結果、エルがイグニスを圧倒する。空の型も解放し、天地からイグニスを攻め立てる。すでに防御が追いついていない。次から次へと打撃が加わり、イグニスの魔力までもが乱れ始める。とうとう限界に挑んだ反動が来てしまった。
「終わりだ。」
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