第31話 自覚

エルの突きがイグニスのお腹に突き刺さり、イグニスは呼吸困難となってしまう。だが、それでも倒れない。決して自ら膝を折るようなことはしない。


その様子を見てエルは目を細める。

(まだ立つか。満足に息もできていないのに。…分からない、なぜ折れない。)

すでに己に勝てないことは理解できているはず。ここで一回心を折って、もう一度這い上がれるかどうか試すつもりだった。これでは審判に試合を止められるかもしれない。


「グッ…。」

イグニスは腹を抑えて眼前の敵を見据える。どういうわけか彼は仕掛けてこない。とりあえず今の間に回復を優先する。


「――お前はなぜ最強になりたいんだ?」

唐突にエルグランドから問いが投げかけられる。どういう意味があるかは分からないが、答えないわけにはいかない。最強は自分の根源でもある。


「…。」

だが、すんなりと答えが出てこない。その代わりに絶対に忘れることのない思い出が浮かび上がってくる。

『ねぇねぇ、イグニス、私は絶対日照になるんだ!』

『無理だろ。女でなったことある奴いねぇじゃん。』

『そうだけど! だからって、私が無理とは限らないでしょ。日照になったら、しょうがないからイグニスの事も守ってあげるよ。』

『は? 誰が女に守られるか。そもそも日照になるのは俺だ!』

『イグニスじゃ無理だよ。女々しいもん。』

『ハァ? 女々しくなんかねぇよ!』

時に喧嘩しつつも二人は切磋琢磨し、順調に強くなっていった。この時のイグニスは輝かしい未来が待っていることを疑ってなかった。

だが――

『ウル!』

『…あれぇ? イグニス? 来てくれたんだ。』

『ああ!』

幼馴染は床に伏せっていた。庭で剣を振りかぶっていたころの面影はなく、顔が青白い。とてもではないが、健康そうには見えない。

『母上、イグニスと話したいから二人にしてくれませんか?』

『…分かったわ。』

母が去り、部屋に二人きりになったところでウルが話を切り出す。

『…ねえイグニス、私、もう助からないみたい。』

『…ハァ?、何言ってんだ? ただの風邪だろ。すぐ直る。』

必死に声が震えないように言い切る。明らかに普通の風邪と違うのは、子供ながらに分かる。

『私聞いちゃったんだ。母上とお医者さんが話しているのを。…助からないんだって。』

『おい…、う、嘘はやめろよ。』

『嘘じゃないよぉー。』

ウルはこれまで何とか堪えてきた涙を溢れさせてしまう。久しぶりに幼馴染に会えて気が緩んでしまった。本当は気丈に振舞うつもりだったのに、イグニスの顔を見てたら泣けてきた。

『ウルっ!』

イグニスは初めて見るウルの涙に固まるも、すぐに抱きしめる。抱きしめた腕からは彼女の細さが伝わってくる。いつのまにかこんなにやせ細ってしまっていた。思わず顔が歪みそうになるのを必死にこらえる。ここで心配そうなそぶりは見せられない、彼女を不安にしてしまう。


ウルが泣き止むまでイグニスはじっと抱きしめる。

『えへへ…、ごめんね。もう大丈夫、ありがと。』

『…ウル。』

「ねぇ、一つお願いしていい?』

『ああ、勿論。』

『じゃあさ、絶対日照になってよ。私の分までさ。』

『何言ってんだ。言われなくても俺は日照になるっての。』

『…そっか。なら安心だね。皆をちゃんと守ってあげてね。』

『任せろ。俺は歴代でも最強の日照になる男だからな。お前もついでに守ってやるよ。』

『…うん、うん。じゃあ、大陸でも最強になってよ。それぐらいじゃないと認めないんだから。』

『余裕余裕。そもそも日照が最強だろ。』

『それはそうだね。』

二人は顔を見合わせて微笑む。まだこのころにはウルも余裕があった。しかし冬が深まるにつれて、ウルの体調は目に見えて悪くなっていた。

『ウル、大丈夫?』

『大丈夫だよ。イグニスだって頑張ってるもん。これくらい…、ゴホッ…』

布団に座っていたウルが大量に吐血する。真っ白な布団を赤に染める血が死を連想させる。せめて死ぬ前にイグニスに会いたかったなぁと思いつつ、ウルの意識が薄れゆく。

『ウルっ!? 誰か、医者を呼んでちょうだい!』



その夜、ウルはすぐに逝った。葬式にはイグニスも呼ばれたが、ずっと呆然としていた。目の前の遺骨を見ても、これがウルだったとは思えない。

(ウルが死んだ? 嘘だろ。だって昨日はあんなに元気だったのに…。)

『イグニス、これはあの子からの手紙です。どうか読んであげてちょうだい。』

ウルの母親から文が手渡される。イグニスはその軽さに現実味を感じ、次から次へと涙が出てくる。

『う、ウァァァァーー』


家に帰ってから、しばらく布団に寝転がる。ウルが書いたという手紙を手に持つも、開く気にはない。だが、それでも気づけば己の手は勝手に開いていた。

『イグニスへ

 この手紙を見ているということは私は死んだんだね。せめて冬は越したかったんだけどなぁ。仕方がない、これも運命だ、そう思うことにするよ。

 きっとイグニスは女々しいから凄い悲しんでいると思うけど、私としては悲しんでほしくないかな。それよりも私との楽しい思い出を思い出してほしい。一緒に剣を振ったり、ピクニックに行ったよね。他にもたくさん良い思い出を思い出せるよ。私はいなくなっちゃうけど、イグニスの中では生きてるから悲しまないで。日照は皆の太陽でなくちゃならないから、悲しい顔はしちゃ駄目なんだよ。

 あとここにだけ書くけどさ、もし私が病気にならないで大人になってたら、イグニスと結婚してたんだろうなぁって勝手に思ってたよ。イグニスもそう思ってくれてたなら嬉しいな。また、いつか会おうね、バイバイ。


追記:頑張れ、イグニス! 絶対最強の日照になって皆を守るんだぞ!


ウルより』

流し切ったと思っていた涙が再び溢れてくる。彼女はどんな思いでこの手紙を書いたのだろうか?、それを想像するだけで胸が痛い。本当はもっと彼女も生きたかったはずなのだ。手紙の滲む文字がそれを証明している。

(…見ててくれ、俺は絶対に皆の太陽になる。)

ウルは星となった。ならば自分が太陽になれば少しは近づけるかもしれない。たとえ近づけなくとも、死んだ後で胸を張って彼女に会いたい。だからこそ、約束は守ってみせる。

これがイグニスにとっての始まりだ。だからこそ、最強の日照になる。疑問の余地は無――

(…ほんとうにそうか?)


「負けるなーーー、イグニス!!」

「頑張れーーーー」

「日照になるんだろーーー、ここで負ける暇はないぞーーーー」

「お前が次の太陽なんだーーー、ぶちかませーーー」

「お前ならやれる! そいつを倒せーーーー」

「お願い…、勝って!」

「諦めるなーーーーーー」



イグニスの瞳に、声援を送るソル王国の生徒たちの姿が映る。彼らは同胞であり、大切な友達だ。大半が小さい時からの友達だが、今回知り合ったばかりの生徒も含めて、全員が必死な顔をして自分を応援してくれている。それを見て身体の奥底から力が出るのと同時にプレッシャーも感じる。己は負けてはいけない――否、

『皆をちゃんと守ってあげてね』

彼らを守らないといけないのだ。

(…そうか、強さはそのための手段だったな。勘違いしてたよ、ウル。頼む、俺に力を貸してくれ!)

イグニスは自分が背負うモノをはっきりと自覚した。少し重すぎるような気もするが、悪くない気分だ。生きれなかった彼女の分まで背負って、世界へ羽ばたく。これはその序章に過ぎない。


ふと思い出の中の彼女がこっちを見て笑った――ような気がした。


「…さっきの質問に答えてやるよ。何のために最強になるか?、んなもん大事なモノを守るために決まってんだろ、ボケッ。俺は強い! 慄け、エルグランド!」















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