第7話 王都
屋敷を出てから数日、すでに持ってきた軍記物は読み終わり、エルは退屈し始めていた。
(ミスった。もっと本を買い込んどくんだった。まさかこんな暇とは。)
エルが後悔していると馬車が止まった。何やら外が騒がしい。念のため弓と矢を持って出る。
「ガチャ」
「エルグランド様! どうか中にお戻りください。」
どうやら武装勢力に囲まれてるらしかった。慌ててエクスが声をかけてくる。若干、焦っているような様子が見受けられる。
(あー、これってハーブルルクス家に恨みを持ってるやつらの仕業か? 装備もちゃんとしてるし、潰された他の家が手引きしてそうだな。)
「…こいつらは?」
「当家に不満を持つ賊の集団です。」
「処分しても問題ないのか?」
「はい。ここは他領ですが、正当防衛の範囲でしょう。」
「そうか。」
(そういうことなら殺すか。ここで時間を取られるのも嫌だし。それに…、いい運動になりそうだ。)
「お前ら!! ハーブルルクス家の者か?」
集団の中からリーダーと思しき人物が歩み出てくる。
「貴様ら賊と話すことなどない。」
しかしエクスが切って捨てる。
(おおー、ばっさり言ったなぁ。)
「ああそうかよ!! それは俺らも同じだァ!」
エルはちゃっかり手にした弓を構える。
「さよなら。」
(わざわざ襲うのに前口上を述べる意味が分からん。)
放たれた矢は水平線に飛び、見事に相手の眉間に突き刺さる。
「ドサッ」
いきなりの不意打ちに反応できず、血を流して男が倒れる。
「テッサさん!? この野郎、いきなり何しやがる!」
エルは憤る者たちを無視し、すぐに指示を出す。
「さっさと殲滅しろ。」
「ハッ!、総員かかれぇーー、極力一対一は避けて戦え!」
見る見るうちに数を減らしていく不満分子ども。さすが大貴族所属の兵たち、圧倒的強さで蹴散らしていく。もう己が出しゃばらなくても問題ないだろう。
(しかしこの分だとよっぽど恨まれてそうだな。…一番まずいの王都か。)
「敵対勢力、掃討完了。」
「よし。エルグランド様、排除完了いたしました。」
「ご苦労。どうやら俺たちの情報が洩れているようだ。十分気を付けてくれ。」
「ハッ。…それとこの事をこの地の領主に報告しますか?」
あたりには血まみれの死体がいくつも転がっている。初めて人を殺したが、特に何の感慨も抱かない。そこに人としての重大な欠陥を感じるが、表には一切出さない。
「うーん、いや近くの町に代官がいるはずだ、そちらにとりあえず報告しておこう。」
(そもそも賊がいるのは向こうの不手際。そこまでしてやる義理はない。あらかじめ通行の通知はしてるだろうし。)
「かしこまりました。」
「では再び出発しろ。少し、昼寝する。」
「御意。」
その後は特に何かが起こるということもなく、無事に三日かけ王都に着いた。
「ようやく着いたか。」
マジックミラーの窓から外をのぞく。やはり王都の方が人が多く、建物の数も多いように見える。エルは何となく負けたような気持ちになった。
(…ここにあのゴミ《コークス》がいるのか。ま、会わないだろう。こんだけ人がいるんだ。)
馬車が進むにつれて人通りが少なくなっていく。
(貴族街に向かっているのか。…そういや王都にも屋敷があったな。)
エルの予想通り、閑静な高級住宅街に入っていく。ただ暇な貴族が多いのか、いくつかの視線を感じる。
(仕事しろ、仕事。)
かなり奥までやってきたとき、馬車が止まる。
「エルグランド様、到着いたしました。」
「ガチャ」
「ご苦労。送迎に感謝する。結構遠かったな。」
「そうですね。どうぞゆっくり休んでください。」
エクスが屋敷の鍵を開ける。中は意外と綺麗だった。おそらく管理人でも雇っているのだろう。
「ちなみに陛下の謁見はいつだ?」
「明日か、明後日が望ましいですね。予定では四日間の滞在の予定ですから。」
「じゃあ、明後日にするか。」
「かしこまりました。ではそのように先方に伝えておきます。」
「ああ、よろしく頼む。…ちなみにこの中で王都の地理に明るい奴はいるか?」
「私は毎回ご当主様の随伴として王都に来てますので、それなりに詳しいと思います。」
「そうか、分かった。なら明日は王都の散策と行くか。色々見て回りたいしな。」
「承知いたしました。それでは平民用の服を用意しておきます。」
「ああ、そうだな。お前たちの分も用意しておけ。」
「…しかし」
「隣にいかつい格好した奴と周るなんて御免だ。」
「それでは不敬罪を適用できませんが、宜しいですか。」
不敬罪を適用するには貴族ということがはっきりしているか、もしくは貴族だと推測することになる合理的な要素が要件となっている。
「買い物ぐらいでそんな大げさなことをするつもりはない。」
(暗殺される可能性を自分で上げてどうする。)
「そこまで仰せられるなら承知いたしました。」
「ああ、手間をかけるかもしれんが頼む。」
明日の段取りを軽く取り決めたころで一人になる。エルが選んだ部屋は領地にある屋敷の自室と変わらない広さで、とても驚き、そして呆れた。
(普段は使わないのにこんなに広いのか、無駄にも程がある。それぐらいしないと体面を保てない貴族の世界ってのもくだらない。)
だが自分は奪う側なので、毛頭変える気はないし、変えることもできないのですぐに思考を切り替える。
「あ~。明日はどこに行くかな。本屋は確定だろ、…槍でも見に行くかなぁ。」
「コンコン」
「エルグランド様。」
しばらく部屋でゆっくりすると言ったのに、尋ねてきた。どうにも面倒くさそうな匂いがする。
「どうした?」
「パピスビル家の者が来ております。」
「何だと?」
(パピスビル家って、確か絶賛潰しあいの最中じゃなかったっけ?)
ハーブルルクス家はいくつかのフロント商会を有しているが、そのうちの一つがパピスビル家のフロント商会と争っていたはずだ。たしか、服飾業界の利権に関する取り合いだったような気がする。仕掛けるはハーブルルクス家当主のアイン。宝石、ミスリルの供給を牛耳って得た潤沢な資金をバックに攻め立てているのだ。
「ガチャ」
(面倒なことになった。かといって変に言質を取られても困る。というか大体こういうのって俺に言うのか? コークスはどうなんだ?)
「…仕方がない。会うだけ会おう。応接室に案内してくれ。」
(相手のメンツをつぶしてもいいけど、そうすれば平穏にまず王都を出られないだろうしな。そもそもやり合ってるのは俺個人じゃないし。…ま、どうでもいいけど。)
「承知しました。応接室にお通しいたします。」
「お茶とか入らないから。」
(急に来やがって。あらかじめアポイントを取るってしらないのか。)
せめてもの抵抗で相手には何も提供しない。適当に話を聞いて帰ってもらおう。
「わかりました。」
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